ハリネズミが愛した独白私は、彼の独白が……
彼の呟きが気に入っていたのです。
ハリネズミが愛した独白
彼との出会いは、桜が散り始めた頃。
Twitterで、フォロワーさんがリツイートしてくれた、彼の140字のSSがきっかけでした。
−−−
人が人であるために、なにが必要だと思う?
欲望?理性?倫理観?お金?愛情?協調性?社会性?
全部必要だとも言えるし、全部必要ないとも言える。
…僕はどうかって?
僕は痛みが必要だと考える。
痛みを忘れずに生きることが、きっと人だと思うから。
だから今日も、僕は痛みと共に生きる。
−−−
きっと、何のことだか分からないと思います。きっと大半の人は、彼の作品を見向きもしないのでしょう。
それでも、私は…彼の文章に、世界観に惹かれてしまったのです。
私も、人に対して臆病で…人との付合いで沢山傷ついたり、傷つけたりしてきましたから、親近感を覚えたのでしょう…
気づいたら、彼のアカウント「NIL」をフォローしていました。
***
それから、彼の呟きを見るのが日課になりました。
彼の呟きは、終始誰に宛てたわけでもない内容ばかり。Twitterなんて、そんなものですよね。
それでも時たま……彼の痛みが伝わるような呟きに、彼が生きづらさを抱えて生きている様を垣間見ることができました。
ーーー
桜の樹の下には、死体が埋まっているというけれど、僕の目の前にある桜は…どうなんだろう?
ーーー
今日は空が青くて、泣きそうになった。
ーーー
蝉の音は嫌いだ。あの日を思い出してしまうから。
ーーー
彼の独白めいた呟きで、共感できるものに「わかるよ」という意味で、いいねを送っていました。
きっと私の送った「いいね」なんて、彼にとってはどうでも良いものなのだと思います。
それでも、私は彼の独白に「いいね」を送り続けました。
そんな日々を続けていたあの日、湿度が異様に高くて蝉の鳴き声が煩かったあの日。
彼の呟きに変化が起きました。
−−−
また失敗した。
−−−
……一体どういう意味なのでしょう?
彼にリプを送るか考えあぐねていたら、新しい呟きが更新されました。
ーーー
酸素を遮断したのち、顔の内側から熱を帯び、次第に刺すような痺れを増すあの感覚…
今回は、今回こそは大丈夫だと思ったのに。
ーーー
何かの隠喩なのでしょうか…
やけに嫌な予感がします。
−−−
季節が季節だから、索条痕を汗疹とごまかせるのは幸いだ。
−−−
………え?
さくじょう……こん………?
彼が何を失敗したのか、分かってしまいました。
彼は………自らの首を締めたのです。
頭が真っ白になりました。
失敗して良かったと思う反面、彼が抱えている生きづらさを考えると納得する気持ちもあるのが、なんとも言えません。
彼に何かリプを送ろうかとも思いました。
それでも…やっぱり私は、臆病ですから…
自分の言動で彼を傷つけてしまったら…と思うと、行動には移せないのです。
私にできるのは…いつも通り、1つだけ「わかるよ」という意味のいいねを送ることだけ…
臆病故に、自分を守る行動を取ることしかできない自分が情けなくなりました。
***
失敗した彼の独白は続きます。
日に日に、痛みを増しながら。
−−−
今まで言語化できなかったけれど、自分がどうしてクズなのかが、分かった。
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目の前で、酒に酔った父に姉が首を締められていた。
母は泣きながら止めている。
僕は、それを見て「いいな」って思った。
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だから僕は…こんな僕は居なくならなくちゃいけない。
−−−
……泣きそうな気分のまま、肯定することもできないまま…
彼の独白を見つめ続けます。
すると、どうでしょう…
またしても、彼の独白…もとい呟きに変化があらわれました。
−−−
首を絞める父と、首を締められた姉。
お互い、そんなことが起こったことを忘れてる。
でも、僕は覚えてる。
ああならないように。人でいるために。
手放していい痛みを、今日も持つ。
きっと、それが贖罪。
自家中毒を伴う、贖罪。
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今まで、ありがとう。
−−−
そのツイートには、日本酒とエナジードリンク…そして、ハリネズミのぬいぐるみが写っている写真が添付されていました。
彼の独白を見守り続けた私は、全てを理解しました。
そして、慟哭しました。
きっと、彼はもう、この世には居ないのでしょう。死因は急性カフェイン中毒もしくは、心不全でしょう…
臆病でごめんなさい。本当にごめんなさい。
私は泣きながら、彼が居ないSNSを去ることを決意しました。
彼の今までの独白は、痛みは…死にたがりの私が持つことに…覚えていることにしました。
彼がいう所の、手放していい痛みなのでしょう。
最後に自分のアカウントページにアクセスし、私のアカウント「ハリネズミ」を削除しました。
彼に認知されていたと知っていたのなら、話かければ良かったな…
臆病のまま、殻にこもり、自分も彼も傷つけた私に相応しい最後だ、と自嘲しながら。
彼の独白を。呟きを。痛みを。
手放してもいい痛みを抱えて、今日も生きる。
終