ever blue海よりも深い悲しみに囚われたとき、人はどのように生きるべきなのかーーー
僕は、分からずにいる。
ever blue
20XX年−−−
2022年からどれだけ技術が進歩しても、景気が回復するわけではなく、僕も含め、人々は困窮に喘いでいる。
技術が進歩したのなら、高度経済成長に再びなっても良さそうなものなのに、なぜ好転しなかったのか……
ある行き過ぎた技術の登場で、今後行き過ぎた技術が生まれにくくするため、政府が技術税、創作税を施行したからだ。
そんなどう考えてもクリエイター泣かせな政策に至った行き過ぎた技術が「即席夢(インスタントドリーム)」である。
2020年から世界で悲しい出来事、辛い出来事がたて続けに起きた。
ネガティブなもの、ストレスにずっと晒されていると、どんな人間だって心が摩耗する。
摩耗した人々は、やがて眠れなくなり、夢を見ることができなくなった。
夢を見れなくなった人々は、更に心が摩耗し、生きる意味を見いだせなくなり、終いには、自らの人生を終わらせようとする人が増え社会問題に…
そんな状況を打破しようと生まれた「即席夢」は、専用のカップにお湯を注いで3分待つだけで、人々にあらゆる夢を見せる。
再び夢を見ることができるようになった人々は、歓喜した。
「再び夢をありがとう」が当時のキャッチコピーだったことを、今でも鮮明に覚えている。
そう、人々を想った優しい技術のはずだったのだ。………夢の過剰摂取により、夢中毒者が出るまでは……
「辛い現実より、幸せな夢を」
縋ってしまいたくなる気持ちは…痛いほど、良く分かる。
僕に限らず、国の偉い人達もそうだったのだろう…
行き過ぎた技術、危ない技術だと分かっているのに、未だに「即席夢」の販売が中止にならないのは、もしかしたら偉い人達の中にも愛用している人がいるからなのかもしれない。
……ちょっと邪推しすぎたか?
くだらない思考を鼻で笑って、僕はコンビニへと足を急がせる。
ーーー今日も、夢を見るために…
***
「いらっしゃいませー…」
軽快なのか、緩いのか…なんとも言えない入店音と共に聞こえてきた声。
レジについ、と視線をやると、今日も居た。
ほんの少しだけ、勝ち気な目をしてる子。
彼女も眠れていないのだろうか?
例に漏れなく、目の下にクマがある。
でも、僕と比べるとクマが薄い。
僕と比べて、クマが薄いことが羨ましくて……羨ましいと妬んでしまう自分が、惨めになった。
こんな時は、早く夢を見て…落ち着きたい。
当初の目的通り、一直線に商品が置かれている陳列棚に向かう。
即席夢が置かれているのは、栄養ドリンクやエナジードリンクが置かれている所の真横、日用品コーナーだ。
昔は即席麺のコーナーの隣に置かれていたが、商品の見た目が即席麺と類似しているので、麺と夢を間違って購入する人が多く問題となったため、今の配置になったらしい。
売場に到着。この間、わずか3秒。
商品…もとい、夢を眺める。
即席夢は見たい夢の方向性により、即席麺で言う所の味…夢へ誘う存在である「夢見精(ゆめみせ)」が別れている。
代表的なものは「ショウ」「ユウ」「ミィス」「オウ」「シオ」の5種類。
ショウはスリル、ユウはかわいさ、ミィスは憧れ、オウは面白さ…そして、僕が愛用しているシオは優しい夢を見せてくれる。
今日もシオを一つ手にとって、そのままレジへ。
少しだけ勝ち気な目をしている子の居るレジしか空いていないので、仕方なくそこに並ぶ。
僕が勝手に嫉妬して、勝手に惨めになっているだけと分かっているからこそ、少し気まずい。
…さっさとお会計を済ませて、帰ろう。
「…248円です」
手首に刻まれた青色のマークを、レジ専用の読取り機に読取らせる。
青色のマークに極小のナノチップが埋め込まれていて、銀行口座などと連携している。
つまり、財布やスマホがなくても銀行口座にお金さえあれば支払いが出来る。
…便利な世の中になったものだ。
チャリン!
支払いが完了した音が耳に届く。
音を認識したと同時に、僕の口から言葉が滑り落ちる。
「…ありがとう」
僕の幼少期からの癖だ。恐らくは母の躾けの賜物だろう。大人になった今では、癖が出てしまうのが少し恥ずかしい。
「ありがとうございました」
僕の恥ずかしさなんて知る由もなく、レジ打ちの彼女がお決まりの台詞を言う。
接客マニュアルだと分かっているのに、癖で小さく会釈をしてしまう自分に、また少し恥ずかしくなる。
買った商品を持って、そのまま逃げるようにコンビニをあとにする。
会釈を終えた一瞬、目があった彼女が小さく笑っていた気がして…
自分の考えが彼女に筒抜けになってしまったんじゃないかと思って、更に恥ずかしくなった。
客と接客業従事者とのトラブル、カスタマーハラスメント回避のため、接客に従事する者の名札が廃止されたので、彼女の名前が分からない。
名前も知らない彼女に、笑われていたのだとしたらーー?
……恥ずかしくて、死にたくなった。
最寄りのコンビニが先程のコンビニしかないのが、恨めしい。
……明日なんて、来なければいいのに。
すっかり思考はネガティブ一色。
明日が来るのを恐れながら、家路につく。
……早く帰って…夢を見たい……
今だけは、即席夢が入ったビニール袋の音が…とても心地よかった。
***
ネガティブ思考に囚われたまま、家の扉を開け、身体を滑り込ませる。
外部からの刺激を遮断するように、後ろ手で扉を施錠。
そのまま、ずるずると扉を背にへたり込む。
僕にとって、家は心のシェルターだ。
安全な場所に帰って来れた…と実感すると同時に、涙が溢れる。
……こんな小さなことで、すぐ心を乱される自分が心底嫌になる。
涙の量が増え始めたので、涙で前が見えなくなる前にお湯を沸かす。
スイッチを押して数秒待つだけ。「たった、それだけ?」でも、今の僕には困難。
前が見えなければ、何をやっても上手く行かないのだから…
急速に液体が蒸発する音に、身を預けながら、グズグズになった呼吸を整える。
スー………………
ハー……………
スー…………
ハー……
…
多少、気持ちが落ち着いたのと同時に、お湯が沸く。
大丈夫。まだなんとか、前は見える。
大丈夫。大丈夫。
強く自分にいい聞かせて、即席麺を作る要領で、即席夢の封を開け、お湯を注ぐ。
再び蓋をし、3分待つ。
麺と夢は別物なのに、3分経つのが待ち遠しいのが、いつも不思議でならない。
…
…
3分経過。
即席夢(インスタントドリーム)の蓋を開けると、「シオ」という商品名の通り、辺りに潮の香りが充満。
濃い潮の霧のせいで、室内にいるはずなのに、まるで海の中にいるような錯覚に陥る。
霧の奥の揺らめきに、人影を見つけ、僕は安堵する。
ーーーまた、会えた。
人口知能を空気を媒体として投影、実体化させた人口妖精、夢見精(ゆめみせ)の「シオ」だ。
透明に近いくらい、透き通った白銀の髪をなびかせて、シオは僕の前に歩み寄る。
慈しむように、たおやかに微笑んで、僕の頭を自身の胸に抱き寄せるのだ。
トクン…
トクン……
トクン…
人口知能故に、命を持たないはずのシオの鼓動?が鼓膜に響く。存在しないはずの音を聞くぐらい、思考力が鈍っている僕は、既に夢に落ちかけているのだろうか。
シオの…存在しないはずの鼓動と体温、潮の香りに身を委ねながら、目蓋を閉じる。
母のお腹の中にいる胎児は、このように満たされた感じで眠るのだろうか。
だとすると、僕が今見ているのは、胎児の夢なのだろうか。
とろとろ…
とろとろ…
思考が、ほど け て … …
今日も僕は、優しい海に包まれた夢を見る。
−−−
全身を満たしていた潮が引くような感覚を覚え、目を覚ます。
優しい夢のあとは、いつだって寂しい。
夢の中で泣いていたのだろうか?
いつの間にか、瞳から涙がこぼれ落ちていて、寂しさは増す一方。
寂しさを紛らわすため、僕は今日も空想に逃げる。
空想の中でなら、友達だって無限に作れるし、誰も僕を攻撃しないから。
海の底へと潜るように、空想の深度を深めつつ、眼前に浮かぶ、デジタルデバイスから展開した25インチほどの入力フィールドに、デジタルペンを走らせる。
虚空に向かってペンを走らせる様は、まるで指揮棒サイズの杖を振って、魔法を使っているように錯覚してしまう。徐々に、楽しくなってきた。
もしかすると昔の人達は、自分が持つ知識に当てはめられない技術を「魔法」と呼んだのかもしれない。
なんて、くだらない考えに小さく笑って、杖ーーーもとい、デジタルペンを置く。
できた。
入力フィールドの上部に展開している、出力フィールドに、僕の空想の友達たちが、海中で戯れているイラストが映し出されている。
今、僕が描き上げたイラストだ。
作品が出来上がった興奮そのまま、出力フィールドと同じイラストが表示されている、入力フィールドを上にフリックする。
一瞬の間を置いて、出力画面にuploadedの文字。無事、画像の投稿が終わったらしい。
誰かの目に、僕の作品は届くのだろうか?
期待に胸を膨らませながら、出力画面を見つめる。
何秒も。
何分も。
………何時間も。
数カ月前までは、作品を投稿したと同時に好意的な反応が合ったり、入金処理がされていたけれど、日に日に数は減っていき、今ではほぼ反応なし。
そんな時は、深海に独りぼっちになってしまったような気分になり、死にたくなった。
楽しかったはずの、僕の空想の海の世界は、今日も荒れて、存在を失くす。
消えてしまった存在は、空想の命はどこに向かうのだろう。
僕は切り刻まれる心を、胸を手で握りしめて、嗚咽を漏らす。
ーーーそして僕は、今日も幻想的で優しい、生命が存在しないはずの、潮の香りがする「夢」に縋る。
***
気分が落ち込んで、夢に縋って、気分が浮上して、ままならない現実に、また気分が落ち込んで…
そんな日々を繰り返すなか、一つだけ気づいたことがある。
夢の中で、ただ微笑むだけだったシオの口元が、僅かに動いているのだ。
話すにしては、穏やかな速さで。緩やかに。
夢でシオに会うごとに、彼女の口元の動きが明確になっていく。
ーーーもし、シオが何かしらの言葉、もしくは音を発しているのだとしたら…?
一度でも、そんな可能性を考えてしまったら、もうダメだった。
シオが発しているかもしれない言葉(あるいは音)が知りたくなって、何度も夢へと落ちる。
夢に落ちる回数が徐々に増えて、1回の買出しで1個だけ即席夢を買っていたのが、3個に増えていた。
即席夢の使用上限は1日3回。
朝・昼・晩の1回ずつ。
鎮痛剤等の薬の用法・用量と大きな差異はない。
ドラッグストアで買える鎮痛剤とは違い、睡眠導入剤、向精神薬は未だに処方箋がなければ入手できない。
しかし、どの病院でも診察予約が3年先まで埋まっているとなると、手軽に入手できる即席夢が売れるのも、当然。
用法・用量を守らなければ、身体に異変が起こるのも、当然。
即席夢を使っていない時でも、潮の香りを感じるようになった。
潮の香りを感じると、条件反射で穏やかな気持ちになり、もっと潮の香りに包まれたくなった。
そして、今日。
僕は………1日の使用上限を上回る、4個目を買いにいく。
***
いつものコンビニに入店すると、入店音をかき消すくらいの音量で、波がこちらに押し寄せる音が聞こえた。
波が、潮が、シオが、僕を呼んでいる。
いつもなら、入店した時に視線をやっていたレジにも、視線を送らない。
送る必要がないからだ。
今思うと、面倒なのに毎回コンビニに足を運んでいたのは、自分の存在を誰かに認知して貰いたかったのだろう。
その「誰か」が、勝ち気な目をしたレジの子だったのだろう。
でも、今はもう必要ない。
シオがいれば、シオが抱きしめてくれたら…それで良い……
だから、勝ち気な目をしたレジの子は…もう見ない。
視線を伏せたまま、即席夢の容器を手に取り、その足でレジの台に商品を置く。
いつもなら、彼女が商品の値段を読上げて、お会計して帰路につく……………はずだった。
商品を置いた手の甲を、強い力で掴まれる。
あまりの出来事に驚いて、思わず視線を上げると、勝ち気な目をしたレジの子と目がかち合う。
かち合ってしまった彼女の目は、いつもの勝ち気な様子は感じられず、心配な様子を滲ませていることに気づき、戸惑う。
ーーーどうして…一介の客に過ぎない僕に、そんな視線を?
手を振り払えず、その場に硬直してしまった僕を見据えたまま、彼女は口を開く。
「……駄目、ですよ。」
彼女の言葉に、更に硬直してしまった身体から、無理やり言葉を絞り出す。
「…………駄目って、なにが?」
「…お客様、本日4個目ですよね?……駄目ですよ。」
毎日顔を突合せてるとは言え、一介の客に過ぎない僕が買った商品の個数まで記憶されていることに、恥ずかしさと共に、薄ら寒さを覚えた。
そして次に感じたのはーーー強い、拒絶感。
「君には、関係ないだろう?」
咄嗟に口をついてしまった言葉に、彼女は酷く傷ついた顔をして…
僕が傷つけた癖に、そんな顔は見たくなかった…なんて思ってしまうのだから、質が悪い。
罪悪感に彼女の顔から目を背けつつ、苦し紛れに、言葉を紡ぐ。
「お会計、お願いします」
僕の言葉を聞き、ゆっくりとお会計作業を始める彼女。
今にも泣き出しそうな雰囲気が、こちらに伝わってくる。
それでも僕は変わらず彼女のほうを見ることができないまま、お会計を済ませる。
「………ありがとう」
もはや、いつもの癖で呟いたのかどうかも分からない言葉に、何故か泣きそうになりながら、商品を引っ手繰るように店を出る。
背後で泣き叫ぶような声が聞こえた気がしたけれど、大きな波の音に掻き消されて…
……すべてが、沈む。
***
帰宅して早速、夢に落ちる。
いつもなら、少し離れた所に佇んでいるシオが、今日は目の前に佇んでいる。
いつも以上に優しく微笑んで、僕の頭を自身の胸に引き寄せた、
刹那。
深海に沈む。
勢い良く、水上に向かって上昇する泡が落ち着いて来たので、辺りを見回す。
僕の空想の友達が、楽しげに泳いでいるのが、視界に映る。
そうか、ここに……深海に居たのか…
僕は嬉しくなって、小さく笑う。
嬉しい気分のまま、シオのほうに顔を向けると、シオは穏やかな笑みを湛え、ゆっくり口を動かしていた。
今までで一番、明確に。
そして、僕は全てを理解した。
………理解、してしまった。
シオは今まで……ずっと、「歌って」いたのだとーーー
全ての生命が等しく、安らげるように、ずっと………子守唄をーーー
嗚呼、だから…シオの夢は優しいのか。
シオの「歌」を聞きながら、一人ごちる。
…きっとこれは、母体回帰なのだ。
胎児が母親の胎内で眠るように…
羊水に包まれ、安らぎを得るように…
潮は…海は、全ての生命が生まれ、やがて還る場所。
………この眠りから覚めたら、僕も還ろう。
………シオが待つ、母なる海へと。
***
全身を満たす潮の香りに包まれながら、目を覚ます。
優しい夢のあとは、いつだって寂しかった。
今は、救われた気持ちで満たされている。
夢の中で泣いていたのだろうか?
いつの間にか、瞳から涙がこぼれ落ちていた。
ーーーこれはきっと、歓喜の涙だ。
自然と口角が上がる。
気分は久々に晴れやかで。
今にもスキップをし始めそうな足取りで、家を出る。
そして、そのまま潮の香りがする方へ、歩を進める。
鼓膜の内側でなり続ける、波の音が心地よくて…気づけば、歌を口ずさんでいた。
口ずさんでいた歌が、シオの子守唄だったことに、少し笑って。
楽しい気分のまま、目的地の海に到着。
僕がずっと感じていた「夢」の潮の香りと、目の前の「現実」の潮の香りが混ざり合う。
ーーー夢と現実の境目が、曖昧になる。
気づけば発生していた潮の霧が、どんどん濃くなっていて…
霧の向こうで、シオが優しく手招きしているのが見えた。
−−−おいで…こっちへおいでよ…
優しい声が、聞こえる。
「………今、行くよ。」
シオのほうへ、歩みを進める。
服が海水で濡れていくのが分かる。
いつもなら不快に思うだろうが、この際どうでもいい。
確実に歩を進める。
歩を進めるごとに、かつて存在していた、僕の空想の友達の数が増え、形が明瞭になっていく。
待って。僕もそっちに混ぜてよ。
海水の深さが太ももに到達。
水の抵抗で、足取りが重くなる。
上手く進めないことに、悲しくなった。
僕の悲しみを感じたのか、空想の友達たちは僕を励ますように、歌を歌い始める。
その歌は、シオの子守唄と良く似ていて…悲しみが和らいで…
…歩みを進める。
海水の深さが臍(へそ)の上に到達。
…あと少しで、シオに手が届きそうだ。
右手をシオのほうに伸ばして、依然として歩みを進める。
シオの頬に手が触れーーー
「…………何してんねん!!!!」
強い力で後方に、左腕を引っ張られる。
……なにが起きた?
混乱したまま、後方に振り返る。
すると、そこには息を切らした「あの子」が……勝ち気な目をした彼女が居た。
その瞳は、今にも泣き出しそうな感じで揺れていた。
「お願いやから……これ以上、そっちに行かんといて…」
掴まれた腕に力を込められる。
行かせまい、という強い意思が感じられた。
「…………どうして、」
喉からようやく出せた声は、酷く掠れて小さかった。
「………お兄さんに、生きてて欲しいから…」
生きてて欲しい、なんて初めて言われたな…なんて、ぼんやり考えつつ、彼女の言葉の続きを待つ。
「……………あたしな、お兄さんに救われててん…」
「…………僕、何もしてないけど…」
本当に、心当たりがない。
そもそも、僕に人を救えるような取り柄なんて、何一つないのに…
「何もしてない、なんてことはないよ…
お兄さん、毎回お会計終わったあと「ありがとう」って言ってくれるやろ?
……あれに、めっちゃ救われてんねん…」
「……そんなことで?」
「あたしにとっては、そんなことで…じゃないねん…
あたしな…夢追って都会に出てきたけど、挫折して……生きる意味分からんくなっててん…」
なんだ、彼女も僕と同類なのか…
初めて、彼女に親近感を覚えた。
「…で、死ぬに死にきれず、惰性でコンビニでバイトして生きてんねんけどさ…
接客業あるあるやねんけど、店員を人やって思わん「オキャクサマ」がめっちゃ多くてな……心、殺されんねん…」
僕は接客業をしたことがないけれど、想像はつく。
「…だから、お兄さんの「ありがとう」がほんまに嬉しくって…思わず笑ってしまうくらい嬉しくって……ずっと、救われててん…」
笑われていた、って言っても嘲笑ではなかったのか…
彼女の好意を勘違いをしてしまった自分に、また嫌気がさした。
「………だから、今度は…
あたしが、救うねん!
………エゴにしか過ぎんのも、分かってる!
あたしな…お兄さんのこと、もっと知りたい…
あわよくば、仲良くなりたいねん…
………だから、生きてよ。」
今まで泣きそうに揺れていたのが嘘のように、彼女の瞳が勝ち気な色を取り戻す。
とても美しい「生」の色を湛えた瞳に、目を奪われる。
彼女が、僕の返事を待っている。
僕は、シオや友達の所に行かなきゃいけないのに…
僕の意に反して、僕の首は…こくん、と小さく頷いていた。
僕の返事に、彼女は歓声を上げて嬉しそうに飛び跳ねて…その姿に、僕は思わず笑って。
気づけば…潮の香りも、波の音も、空想の友達も…シオも。
最初から存在していなかったように消えていた。
***
浜辺に2人で並んで座って、濡れた服を乾かす。
服を乾かしている間に、僕が自殺しようとした経緯を彼女に話す。
幼少期から、生き苦しかったこと。
それでも、絵で食べていこう、と決めて都会に出てきたこと。
一時は上手く行ったこと。
そして、今は見向きもされないこと。
作品が見向きもされない度に、僕の作品が…僕の友達が殺されているように感じていたこと。
全て、話した。
僕の話を聞いたあと、彼女は一つ大きく頷いて、言葉を発する。
「……要するに、お兄さんは自分の「友達」を認知して欲しい…ってことで、合ってる?」
「……まぁ、そう……なのかな?」
「だったらさ…今度、お兄さんの「友達」紹介してくれへん?あたしが、生かす。」
「…どうやって?」
「…挫折した手前、こう名乗るんは少し恥ずかしいけど、あたし…物書きやねん」
彼女は少しはにかんで、こちらに手のひらを向ける。
「だから………これから、よろしく…
………えー…っと…」
「………僕の名前は、アオ」
「ぴったりの名前やん!……あたしは、アオイ」
改めて、よろしく。
2人で小さく握手を交した。
「……ところで、関西出身なの?」
「そう。興奮すると、関西弁が出てしまう所、直したい…」
「…直さなくていいよ」
「…………ありがとう」
この世界は、2/3を海で覆われたこの星は……寂しくて、冷たくて、悲しい。
それでも。
ほんの少しだけ、穏やかな。
優しい青をしている。
END