イヴという少女についてあの日のこと イヴはお嬢様だった。過去形なのは訳がある。
真っ白い髪に、真っ白い瞳。透き通るような肌。この世のと思えない容姿に家族は戦慄した。恐れを抱いた。
イヴはお嬢様だった。過去形なのには訳がある。
「あなたなんかがいるから!」
「気味が悪い」
「人に見せるなんて一家の恥さらしだ」
イヴに対する扱いが使用人にまで移った。食事は抜かれる、風呂には入らせてもらえない、部屋から出れない。日常茶飯事だった。みすぼらしくなったと思えたが、この世とは思えない雰囲気は変わらなかった。
「気味が悪い!!!」
と顔を真っ青にして父に怒鳴られ、母に下働きへ出された。二度と帰ってくるなと言う言葉と共に。
「しかたない」
そんな言葉しか浮かんでこなかった。
下働き先でも使用人から気持ち悪がられ避けられ追い出される。一通りの仕事を教えてくれる人が現れたとしても主人から追い出される。客人に気味悪がられたからと言う理由でも追い出される。
給金なんてあってないような所で雇われ、追出されを繰り返す内に、ある一人の人の所へ行き着いた。お金持ちの男の人の所だ。
最初は優しかった。ご飯も最低限は食べさせてくれた。着替えも用意してくれた。
「キミはそのままでいなくちゃね」
大きくなることも小さくなることも、太ることも痩せることも許されなかった。ただただ男の言う通りに行動していればよかった。痛くも苦しくもない。ないはずなのに、イヴは自分が自分でなくなっていくようだった。
そんなときに思い出すのが、昔優しくしてくれた黒髪の従兄だった。
「げんきかな。また、あいたいな」
こんな毎日が続くと思っていた。
「助けに来た」
大きな大きな優しい目を向けてくれる男の人が扉を開けてやってきた。
よくわからないうちに、私を撫で回していた男は捕まって連れて行かれていた。
大丈夫だと言って優しい目をした男の人はイヴを抱き上げた。いつぶりかの人の温かさにホッとして眠ってしまった。
◇◇◇
目を開けたら知らない天井だった。
「目が覚めたか」と顔を覗き込んだ顔を知ってるような気がした。グレンと名乗った男の人は、会いたいと思っていた黒髪の従兄だった。
「遅くなって悪かった」
バツの悪そうな顔をして言って簡単に経緯を教えてくれた。
弟から、親族が集まった時にイヴが下働きに出され行方がしれないということを聞いた。不安に思って探したけど全てが後手で、イヴは屋敷を去った後と言う報告しか聞けなかった。そんな中、一つの手がかりを見つけた。幼女趣味の男の事だ。幼女を拐っては囲い込んでいた。証拠を集め摘発したのが先日だったって訳だ…と話した。
「さて。もう一人話したがってる奴がいる。会ってやってくれ」
グレンが出てくと同時に、大きな男の人がやってきた。
あの時の優しい人だ。
「目を覚ましたと聞いて…」
忙しいのに見に来てくれたのだろうか?からだが温かい。
「うん。ありがとう」
イヴが言うと、男の人は嬉しそうに笑った。
この優しい人の目に映るだけでイヴは温かい気持ちになる…という事を知るのは、まだ先の話だ。
ライドという男の人と
「イヴ」
まだ、イヴは白い天井の所にいる。グレンが言うには医務室というところらしい。よくわからない。よくわからないけど、ご飯が出てきて服も着替えさせてもらって、体までキレイにしてくれる。多分これが幸せという物なのだろう。
意識が飛んでいた。イヴの名前が呼ばれている。ライドがお盆に何かを持ってやってきた。それをサイドテーブルに置いて横の椅子に腰掛けて、イヴの顔を覗き込んだ。
「イヴ。大丈夫か?」
「だいじょうぶです。イヴはなにをしたらよいですか?ごはんのよういですか?からだあらいますか?それとも、ぬぎますか?おどりますか?」
そういうとライドは眉をひそめ苦しい顔をした。
「ちがいますか?では、どうしたらよいですか?なにもできないなら、イヴすてますか?」
「捨てない!捨てる訳ない…」
最後の方は消えそうな声だった。何か悪いことを言ったのだろうか。
「では、どうしたらよいですか?わかりません」
本当に困っているのに困った顔ができない。感情を出すと「気持ち悪さが増す」「自分の立場わかってないんじゃない?」と言われながら叩かれご飯を抜かれた。
俯いてできることを探していたら、ライドに抱きしめられていた。
「えっと……どうしたの?イヴまちがった?」
「間違ってない。間違ってないよ」
耳元で、すごい小さい声で悲しそうに囁いた。
「よかった。でもライド、かなしそう。どうしたら……」
「何もしなくていい!!」
腕の力が強くなった。
「ごめんなさい」
悲しそうなライドを見ていられなくて腕を回した。小さく見えた背中は、やっぱり大きかった。
「ごめんなさい。かなしくさせて、ごめんなさい」
「イヴは謝らなくていい」
イヴは、やっぱりどうしていいかわからなった。
ライドが、イヴを離すまで抱きしめているしかなかった。
「わかってあげられなくて、ごめんなさい」