一緒にお風呂に入ろう?「アザレア、一緒にお風呂入ろう?」
「えっ、嫌です」
半ば反射で断ってしまったが、この人は何を言っているのだろうか。本当に何を言った? そう思ったが、ミクリは不敵に笑うだけだった。
「フフフ、そんなに照れなくて良いのに。もう私たちは夫婦なんだし」
「何言ってるんですか、眠いんですか? まだ籍は入れていませんけど」
「でも、夫婦になるだろう。婚約者なんだから」
はあ、と思ったけれど、ため息だけで留めておく。
確かに、恐れ多くも私は天下のミクリ様の婚約者だ。
「それに、何を恥ずかしがることがあるんだい。お互いの裸なんて何度も見てるだろう?」
それには沈黙を選ぶと、フフフとミクリは楽しそうに笑みを深めた。図星というか、事実なのでそれは否定のしようがないけれど――それはそれだ。
嫌ですから、と首を横に振り続けた。
この人は私が押しに弱いことを知っていて、しかも私がミクリが大好きだから出来るだけ彼の願いを聞きたいと思っていることも知った上で、全部利用して自分の思い通りに進めようとする人だ。だから折れない方が良い、今回のはあんまりだと思う。
「なんだ、君は覚えていないかも知れないけれど、何度も一緒に浴室に私が君を」
「ちょっと!!」
鋭い声で抗議をしたところ、彼の軽やかな声が聞こえてきた。おい、笑い事じゃないぞ。
「うーん、そうだな……今日は手合わせをする約束だったね?」
「はい」
「じゃあ、私が勝ったら一緒にお風呂に入ろう」
なにがじゃあ、だよ。
「……じゃあ、私が勝ったらお風呂に一緒に入ろうって一ヶ月は誘わないでください」
「ふふ、なんだ。一ヶ月すれば勝負をしなくても一緒に入ってくれるんだね?」
この人を甘やかしすぎたようだ。ちえっと口で言ってやった。
「……じゃあ、一年誘わないでください」
そう言うと、さすがにミクリの笑顔がひくりと動いた。
「……ほう、ほう。あはは、本当に素直じゃないなあ。本当はちょっと恥ずかしいだけなんだろう? 意地を張らなくて良いんだよ。とはいえ……私も条件を少し変えようかな。一年は私が誘ったら一緒に入って貰おう」
なんっっだそれ!? と思ったけれど、つまり、一度で全ての決着が付くのだ、分かりやすくて良い。シンプルイズベスト。
「では始めましょうか、絶対負けませんから」
「それはこっちの台詞だ!」
あっ、怒ってる。
結果負けた。まさかのくろいきり搭載受け流しミロカロスだった。いつの間にそんな廃人みたいなミロカロスを思いついたのだろう。ひどい、あんまりだ。
「負けは負けだよ、分かってるね?」
上機嫌なミクリを思い切りにらみつけてしまったが、別に悪いことはしていないよね。
「じゃあ、お風呂も準備が出来たし、私は先に入るね」
先に洋服を脱いだミクリがそう言った。なんとなく目を合わせづらいけれど、目線を下にやるわけにもいかないので、懸命に彼の整った顔からとんでもない言葉が出てくる様子を見ていた。
「先に入るんですか……」
ということはつまり、この人は私が後から入ってくるのをじっくり眺めるわけだ。なんか、居心地悪いなそれ。
「おや、フフフ。それとも、私に脱がして貰うのがお好みだったのかな?」
「先に入っててください」
「はいはい」
失言だった!!! すぐに失言を拾い上げる、怖い、怖いと震えながら、とはいえ約束は約束なので洋服を脱いでバスタオルを取って、浴室を開けた。
正直、ミクリの家のお風呂は同棲前から――つまりは弟子の頃から何度か借りたことがある。そりゃそうだ、バトルで何度もずぶ濡れになるので、替えの服も置いていたし「そんな格好で家に一度帰るだなんて、それこそ風邪を引く!」と(おそらく下心無しに)心配されれば、独身男性一人暮らしの風呂を借りることにもなる。ごめんなさい極まりない。
ミクリの家のお風呂はとても広い。ポケモンたちがお湯につかることを想定して作られている、ミロカロスだって悠々と入れるだけの広さがある。
浴槽の端にミクリを見つけた、目が合うと目を細めてから、柔和な笑みで迎えてくれた。
「タオルでぐるぐるに巻かなくたって良いだろうに。どうせ脱ぐんだから。お風呂なんだよ?」
と言われて、そーーーーですね!!!!! と返してから、ミクリの傍から離れてかけ湯をしていたら、声をかけられた。
「アザレア。お互いの体、洗いっこしよう?」
洗いっこ、なんて言葉、この人でも使うんだなと思いつつ即座に断った。そこまでは条件に入っていない。
洗い終わって髪を縛ろうとしたところ、ミクリに「そこまでしなくていいよ、家族しかいないんだし」と言われて「家族じゃないので結びますね」と言うと、背中がかゆくなった。それくらいじゃ負けないからな。
「もっとこっちにおいでよ、君が恥ずかしがるから泡風呂にしたんだ。折角だし、ね?」
先ほどまでの強気な言い方と違い、どこか私を伺うような言い方だった。ああ、そうだ。ミクリだって私のことを色々考えていてくれたのに、恥ずかしすぎてそれどころではなかった……とミクリの近くに体を沈めると、案の定後ろから抱きしめられた。何もしないから、と言われて耳を食まれた。
「何かしてるじゃないですか」
「うーん、これはダメかあ。何なら良い? キスは良いよね?」
さすがにそれまで断るのはミクリを傷つけることになるな、と思い薄く笑うと、向かい合わせになるように回され、軽く口づけられた。
「ねえ、アザレア。あのね……」
ミクリがそう言いかけたところで、ジャッポーーーン!! と水柱が上がった。
「マチュ!」
しらたまだった。
バタバタ、という音をさせて、ルカリオも浴室の扉を開けて入ってきた。私とミクリを見て申し訳なさそうにしている。そ、そうか、しらたまを止められなかったことを申し訳ないと思っているのだろう。
しらたまは私が産まれたばかりの頃から一緒にお風呂に入って熱湯に訓練の一環で慣らしてきたこともあり、お風呂が好きだ。アニメでもメタングが温泉つかっていたので、はがねタイプだってお風呂に入る。
「マチュ、マチュ!」
しらたまにとって、お風呂とは私と一緒に入るものだ。だから急いでやってきたのだろう。
こちらに短い手足を器用に使って泳いできたので抱き上げて抱きしめた。
「……しらたま、そう言えばお風呂好きだったね」
ミクリがどこか諦めたような口調で呟くので、相棒をこれでもかと撫でてしまった。頬ずりをすると「マチュマチュ〜」ととても喜んでくれた。
ちょっとミクリは面白いのでこのままにしておこう、と私はしらたまを洗ってあげた。
以降もお風呂に誘われたが、私も慣れてどうでも良くなった。
ミクリには「そういうのを期待していたわけじゃない」と言われたが知ったことではない。何を期待していたのか知らないが、やぶ蛇だとにらんだので突かないことにした。
しらたまが新しいお風呂が広くて楽しいと気に入ったので何よりだし、次々とお風呂に乱入してくるポケモンたちが増えていくことを、この頃はまだ知らなかった。