【ミクリ視点】色々と吹き込むのはやめてくれ
アザレアとダイゴは仲が良い。
彼女からすれば、私と出逢うより前にダイゴと出会っているのだから、当たり前と言えば当たり前ではある。
私と彼女の間に共通の趣味と呼べるものは特になく、二人での話題と言えば専ら本やテレビの感想かポケモンの話題になる。
それが少し寂しくはあるけれど、彼女と一緒にいるだけで十分に満たされるため、私自身はあまり気にしていない。
「ミクリ、今度ダイゴさんの家にお邪魔することになったんです! 石のコレクションを見せてくれるそうで、一応ミクリには許可を貰ってとのことでしたので、ご報告を」
このように、彼女とダイゴの間には共通の趣味とも呼べる「石」がある。いや、ダイゴの趣味なんてだいたい石に関連するものなのだけれど。
元々彼女はそれほど石が好きなわけでも、詳しいわけでもなかったが、友人のツツジさんとダイゴの影響で徐々に石が好きになったという。ダイゴやツツジさんのように岩が好きとは言わないが、宝石は好きだと言っていた。
彼女と婚約し、同居するようになった今では、私の家にも少しずつ彼女の宝石コレクションが増えてきている。
なるほど、そんな彼女に今回はダイゴが石を自慢したくてたまらないらしい。
それは良い、それはもう存分にやっておけと思うが……。
「……待って、それはもしかして、ダイゴのトクサネの家で、君たちは二人きりになるということに対して許可を求めている?」
「そうなりますかね? 相手はダイゴさんですし、何もないですけど」
「まあ、それは、そうだろうが」
一応君には私がいるんだよ……!?
その一言を飲み込んで、なるほどねと言った後に彼女に同行すると告げると驚かれた。
「良いんですか? なんかダイゴさんが色々くれると仰っていたので、なおさらミクリには退屈じゃないですか? それにきっと、ずっと石の話をしますよ?」
まあ確かに、私は長々とした石の話を聞かされても困るけれど。
「ダイゴから色々譲って貰うなら、なおさら人手があったほうがいいだろう。それにね……」
一度区切ってから、彼女の瞳を覗き込んだ。
「君が他の男と二人きりなんて、嫌だ」
彼女は思い当たる節がない、と言う風に不思議そうな顔をしていた。
そのくらい、ダイゴは彼女にとって大切な人であり、そういった対象では無いのだろう。それは分かっているつもりだ。
「いらっしゃいアザレアちゃん! ミクリもボクの石を見に来てくれたんだね!」
「違うよ」
「違うの!?」
なーんだ、とダイゴが肩を落としたものの、すぐにじゃあ上がってと招き入れてくれた。
「わああ、いっぱい宝石がある!」
「アザレアちゃんが前に見たいって言っていた物、たくさん持ってきたよ」
ダイゴがそう言ってどうぞと招いたテーブルには、宝石商かと言わんばかりのケースに入った石が並べれらていた。
「たくさんルースがある!」
「ふふふ、ルースってそれだけで芸術的な美しさだよね。アクセサリーにするのもいいけど、やっぱりカボションは原石の次にそのままの石の良さがよくわかるし、ハート、星形もそうだけどカットによってどんどん表情を変えていくっていうのが、ルースだとわかりやすいんだよね」
「そうですね、アクセサリーにしていつでも見られるように持ち歩くのも好きですけど、さすがにアレキとかパライバクラスになると持ち歩く勇気ないです」
ルース、カボション、アレキ、パライバなど私にはおおよそわからない言葉での応酬が始まったが、私は何も突っ込まずに、近くの椅子に腰掛けた。
アザレアが他の男性と二人きりの空間にいる……というのが、相手がダイゴとはいえどうしても気になって付いてきてしまったが、心配は特にいらないだろう。
「それにしても、ダイゴさんが星型とかハート型のカットのものを持っているなんて意外でした」
「あ〜、そういうのに食いつく女の子も多いからね。少しでも興味を持って欲しくて取り揃えているんだ」
「なるほど-。私、カボションならルビーを持ってます!」
「ルビーかあ、いいね」
「はい、ルビーはステップ持ってたんですけど、ステップだと透き通るような感じなのに、カボションだとしっとりした感じがしますよね」
「そうそう! やっぱり、カボションだとまた違った良さがあるんだよね。これはどうかな、カボションルチル」
私もこういうの好きですよ、と言いながらアザレアがこちらに目を向けた。私を放置していたことに気がついたらしい。
「ごめんなさい、ミクリ。ミクリのことも考えずに」
「ううん良いんだよ。君が楽しいなら、それで私は満たされるから」
そういって抱きしめればダイゴから「ここボクの家だよ?」とツッコまれた。知ったことではない。
「はい、これが見たがってたランクの高いカラーチェンジもばっちりなアレキサンドライト」
「わー! でっか……これ何カラットあります?! はじめてこんなの見たんですけど!?」
「え? そんなに大きくないけど、4.06カラットだったかな?」
「頭おかしいでしょ。馬鹿でかいですよ」
ピンセットなくても持てるかも、なんてアザレアははしゃぎながらもちゃんと白い手袋をしていた。ダイゴはその間に部屋の明かりを落として、カーテンを閉めた。石をよく観察するためだろう。
「ほら、これがLEDで……こっちが豆電球」
「うわー、綺麗! アレキは持ってるんですけど、小さいキャッツで、カラーチェンジはそこまで分からないんですよね」
「キャッツも良いよね。好みが分かれるとも聞くけど、ボクは好きだな」
ダイゴは石のことなら大抵好きだろ、というツッコミを私たちはグッと堪えた。
「綺麗、こういう段階的に変わるライトってカラーチェンジを観察しやすいですね。私が持っているのはペンライトなので、カチカチって変えるんですけど、イマイチ分からなくて」
彼女はそう言って、自分のペンライトを取り出してカチカチと変えて見せた。確か、あれは細かいところをライトで照らす際にも彼女が使っているものだ。
「なるほど、まあ家庭で少しカラーチェンジを見たいだけなら良いだろうけど……せっかくだし、これあげようか?」
「お高いですよね!?」
「そんなことないよ。それにこれは先行投資なんだ。アザレアちゃんがもっと石を好きになってくれるようにってね!」
彼はそう言うと、アザレアではなく私に渡してきたので、はいはいと受け取った。
それはさておき、暗闇で男女が小さな石を観察するために近寄っている姿はなんとも私の気に障ったので、彼女の腰をつかんでそのまま軽く引き寄せた。
「近いよ」
「あっ、すみません。夢中になっていました」
「フフフ、分かってるけど……」
そう言いながら唇を寄せようとすればダイゴに肩を叩かれたので、寄せるだけにとどまった。
「アザレアちゃんが宝石以外も好きになってくれないかなあとボクは思っているよ」
「いや、基本無色鉱物そんなに興味ないですからね。石の色を見るのが好きなんですよ。それに、どんなに力説されても花こう岩は理解できないです」
「うーーん、残念。無色鉱物にもたくさん良さがあるんだけどなあ。じゃあ、アザレアちゃんが見たがっていたユークレースもいいね?」
「ユークレースは宝石なので見ます!!」
ダイゴさんは時々意地悪をする、なんてアザレアは怒りながらもダイゴにユークレースという宝石を見せて貰っていた。
「私が好きな岩なんて、ボルダーくらいですよ。オパールは遊色効果がギラギラのやつが好きなんですけど、オパール沼もダイゴさんに落とされたようなものです。遊色の違うものをたくさん貰ったせいで、ついにカンテラも欲しくなっちゃって」
「ボルダーもいいし、カンテラもいいよねえ。アザレアちゃんはどっちが好き?」
「うううん、カンテラかなあ」
「じゃあ今度探しておくね」
「深い沼に落とそうとしている……」
「ふふふ」
ダイゴは不敵な笑みを浮かべていた。
一通り、ダイゴが用意していた分は終わったらしく、アザレアがダイゴの部屋を歩き回って石を見ていたため、私も何となく彼女の後ろをついていった。
「うわー、これ綺麗。ミクリの色みたい」
彼女がそういって指さした石は、淡い青緑色をした小さな石だった。
「私みたい?」
「はい、光に髪の毛や瞳が透けたときにこんな色に見えます」
彼女がたまに、青緑色や緑色を見つけては私の色だ、と言うのがとても可愛らしい。
おそらくはカラーバス効果――あるひとつのことを意識することで、それに関連する情報が無意識に自分の手元に集まってくる現象のこと――なのだろう。彼女がそれらを「見たい」と思っているのだろうと思えば、それはなんともいじらしい。
無意識下で、私のことを好きでたまらないと叫んでいるも同然なのだから。
「そうだね、とても綺麗だ」
「う〜んこの色……ダイゴさん、この石フォスだったりしませんよね?」
アザレアがそう言いながら、石を指差すと、ダイゴが近づいてきて笑った。
「お目が高いね〜、その通りフォスだよ」
「フォスぅ!!?」
アザレアがそう言ってその場から飛び退いた、そのまま私の手にするりとすり寄ってくる。最近、彼女は不安なことがあると私の手を無意識で掴むようになった。多分、すり寄っているのも無意識だ。
「ここここれ、フォスゥ!? フォスなんてもんよく持っていますね!?」
「あはは、まあフォスは珍しいよね」
「これそんなに珍しいの?」
私が触ろうとすると、彼女に鋭い声で制止させられた。
「ちょっとミクリ、触るなら手袋をしてください! ……というかごめんなさい、ダイゴさん。私、大切な石に唾を飛ばしてしまったかも……」
「そこまで気にしないで」
彼女のその神経質ぶりを見てとても貴重な石だと分かり、ダイゴに私も謝罪した。するといいよ、と彼は軽く手を振った。アザレアが遠くから、それでも屈んだり、背伸びをしながら石を観察していた。
「これ……カラットっていうか、かなり大きい原石ですけど……一千万いやそれ以上は……」
「そうだなあ、さすがに値段はつけられないな」
「ですよね……」
アザレアに言わせれば、この大きさの石は見ないし磨いたものより尚更原石は価値が高いと聞かされ、不思議な石だなと思った。実際、彼女の解説によれば今日見た宝石の中で一番価値があるというか、何かの保険に入っていないとおかしいと言っていた。
「他に何か欲しいものはなかった?」
石を一通り見せ終わったダイゴはつやつやと、嬉しそうな顔でそう尋ねた。アザレアがダイゴからもらった石たちを眺めながら、う〜んと唸った後にああ、と声を上げた。
「ルースケース余ってたら欲しいです」
「何個くらいいる?」
「十個ぐらいください」
「わかった。ボクも多めに買いすぎてね、場所をとっていたから助かるよ」
「ルースケースって気がついたら無くなっているのに、場所を取るから不思議ですよね」
「そうなんだよね……」
何の話なのかわからなかったが、そのままダイゴとアザレアは石の飾り方の話になった。
「透明なルースケースを立てて使うのかっこいいですよね」
「最近こういうのも出てたんだ!! 知らなかったなあ」
とダイゴは感心していた。なんでも、ダイゴは石を見ることに興味はあっても、飾り方に関してはそこまで興味がないという。
石を撮るためにカメラも買ったと聞いた時は「せめて風景でも撮ってくれ」と思ったものだ。
ダイゴの家の窓際には、石が飾られていない。なんでも、石の中には日に当たることで色が落ちてしまうものもあるらしい。彼女がラリマーがちょうどそうだと言っていた。だから、私があげたラリマーもいつも服の下に身につけているという。
「これがこの前に話していた、アクセサリーに加工してもらったラリマーです」
「わあ、可愛らしい模様だね」
アザレアがダイゴに見せていたのは、青いラリマーのネックレスだった。茶色い紐で石が固定されており、どことなく異国情緒を感じるアクセサリーに仕立てられていた。
「ここがちょっとチョコなので安かったんですよ」
「チョコ、かあ。かわいい呼び方だね。ボクも今度からそう呼ぼうかな」
そういたずらっぽく笑う彼は、ずっと石の話をしているだけなのだということを時々忘れそうになった。
あの男は、本当に、アクセサリーではなくそれについている石にしか興味がないのだと感じさせられて、思わずため息をついた。さっきだって、アクセサリーの造形ではなく、石の模様具合を褒めていた。
お前、そういうところだぞ……と私は心の中で思った。
「そうだ、今度石の市場にも連れて行ってあげようか? そこだったら良いカンテラもあるかも」
「わあ、行きたいです!!」
彼女は楽しそうに手をあげて主張していた。
「じゃあ今度日を合わせて行こうか。ボクのために予定を空けておいてね!」
「ダイゴ、言い方」
私はツッコミを入れ、彼女に自分もついていくと申し出た。
「アザレアちゃん、順調に落ちてきているな……」
そう、ぼんやりと、しかし手応えがあるというふうにダイゴは呟き
「頼むから、私の妻に色々と吹き込むのはやめてくれ」
と私は懇願した。
簡単な解説 以前小説でラリマーを出したときは細かめに説明したのですが、今回は最悪「ここまで出せば検索に引っかかるだろ」という感じのものがおおいので、興味のある方はご自分で調べてみても良いかもしれません。
そんなに難しいものは入れていないので、詳しい方にはかなり物足りなかったかと思いますが、アザレアが宝石初心者という設定なのでお目こぼしくださいませ。
カットや石って結局見てみないと分からないものも多いですので。
《ルース》……カットを終えた石のこと、いわゆる裸石。ペンダントトップなどに加工されていないものを指す
《カボション》……カボション・カットのこと。
(例)カボションルビー→カボション・カットを施されたルビーのこと。
《アレキ》……世界三大希少石、アレキサンドライトのこと。
《パライバ》……世界三大希少石、パライバトルマリンのこと。今回の場合は「パライバという鉱山で産出されたトルマリン」程度の意味で流して下さい。
《ステップ》……ステップ・カットのこと。
《ルチル》……ルチルクォーツのこと。
《キャッツ》……キャッツアイ効果のこと。
《ボルダー》……ボルダーオパールのこと。
《カンテラ》……カンテラオパールのこと。
《フォス》……フォスフォフィライトのこと。