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    スイカズラ

    ぽた、ぽた、と雫が石畳をうつ音が聞こえてくる。
    暗い廊下に並ぶ柱に身を任せていた死神は水音のする方へと顔を向けた。
    「やあ、お早いおかえりだね。血相を変えて飛び出していったと思ったら」
    「…………」
    返事をしない影の腕には小さな子どもが収まっている。
    脱げかけた靴先から垂れる水滴が音の主だと知り、死神は仮面の下で目を眇めた。
    「ここしばらく君が元勇者を監視していたのは知ってたけど、弟子の子を連れてきちゃったんだ」
    「アバンに挑み、まだ未熟故に逆に返り討ちにあったようだ」
    ミストバーンは事実だけを淡々と語って見せる。
    「へぇ、なんでまたそんな無謀な真似を?」
    「……父親の仇だと、これ自身がアバンに対しそう詰め寄っていた」
    影は監視役の悪魔の目玉を通し見た光景を死神に聞かせる。
    卒業の証を渡されたあと、弟子は師に襲い掛かり、返り討ちにされ急流へと飲み込まれた。
    それを見たミストバーンは即座にその場へ飛び、死にかけていた弟子を掬いあげたのだ。
    「で、なんでそんな子を拾ってきたの。何か得があるとは思えないけどねェ」
    「これが抱く人間への憎悪は相当なものだ。鍛えれば魔王軍の戦士として役に立とう」
    「それはバーン様にとって、でしょ。ボクが言ってるのは君のことだよ、ミスト」
    死神の指摘を怪訝に思い、影は首を傾げる。
    「……バーン様の喜びは、同時に私の喜びでもあるが」
    「ああ、君はそういう考え方をするのだったね。ボクにはサッパリ分からないケド」
    やれやれと肩を竦める死神を無視し、影は彼の横を通り過ぎていく。
    「早急に飲んだ水は吐かせたが随分と衰弱している。しばらく回復に専念させたほうがよさそうだ」
    「随分と優しいね、それも全部バーン様のためかい?」
    「無論だ。人間の子どもごときに対してそれ以外何があるというのか」
    暗いフードの中で黄色い光が明滅するのは苛立ってる証拠であると死神は知っている。
    (これ以上突っ込むと、ミストのゴキゲンを損ねちゃうかな)
    引き際を悟った死神はそうかい、とだけ返事をして追及の手を止めた。
    若干ホッとした様子を見せつつ影は子どもを抱いたまま奥へと消えていく。
    (……ホント、君は嘘を吐くのが下手だねェ)
    親友の後ろ姿を見送りながら、死神はフフッと口元を上げた。
    ミストバーンは勅命で元勇者のアバンを見張っていたが、勿論彼と直には接触していない。
    あくまで気づかれぬように悪魔の目玉を使って監視を続けていた。
    故に影が移動呪文を使用して川に落ちた子どものそばへ直行することは出来なかったはずである。
    (わざわざ飛んで助けに行ったんだ。あんな人間の子どもひとりを救うために)
    そこまでする相手に情が全くないなどありえない。死神はそう思う。
    利用価値があるから連れてきたというのはそのとおりなのだろう、だがおそらくは後付けだ。
    助けたあとで使い道を考えたのに、逆だと自らに言い訳をしている……無意識に。
    「監視してるうちに情が移っちゃったのかな?お人好しのミストらしいけどさ」
    死神は鎌を肩に掛けて立ち上がる。そして誰に聞かせるでもなく小さくひとりごちた。
    「……ボクとしては、あまり面白くないんだよね」


    強い熱を帯びた岩壁に触れぬよう、死神は洞窟の中を歩いていく。
    部下の使い魔がおっかなびっくりしている様子を見て、死神は自分の懐に入るように促した。
    「ピロロにはキツイかもしれないね、なんといっても神の力による封印だから」
    はたして青白く光る結界が前方に見えてくる。全身に放りつくような圧を感じ、死神はその足を止めた。
    「……どうやら、ボクでもここまでが限界のようだ」
    無理矢理突き破ればまだ進めるのだろうが、そこまでする価値があるとも思えない。
    死神は顔を上げ、己を呼びつけた「主人」が現れるのを待った。
    来訪者の気配を察したのか、たちまちぐるりと空の一部がうねり渦から幻影が現れる。
    竜の形をした石像が朧に映るそれは、冥竜王ヴェルザーが飛ばした思念が具現化したものだろう。
    封印された彼がもはや無力であることは知っていたが、敬意を表し死神は片ひざをついて頭を垂れた。
    『ーーよく来てくれた、死神』
    「ハイ、冥竜王様のお呼びとあれば」
    心にもない言葉を並びたてながら、死神は眇めて目の前の主人の幻影を伺う。
    大魔王の地上破壊計画を監視するために、ヴェルザーは自分をバーンの元へと送り込んだ。
    にもかかわらず彼は地上を欲するあまり、勝手に事を急いたのである。
    挙句の果てには神の使いであるドラゴンの騎士に破れて封印されてしまうとは。
    魔界の一角を牛耳る王としてあまりにも思慮が足りない行為だろうと、死神は内心呆れていた。
    (知恵ある竜の最後の一匹がこの程度では、滅んで当然ってヤツかね)
    辛辣な本心を隠し、死神は主人が次に告げる言葉を待った。
    『見てのとおり今のオレは指一本動かせぬ。忌々しきは神々の封印と奴の下僕…ドラゴンの騎士よ』
    「……それで、ボクはこれからどうすればよろしいので」
    負け犬の遠吠えでしかない愚痴に付き合う時間が惜しく、死神は自ら先を促した。
    『うム。監視役としてバーンの元にお前を遣わしていたが、ことは急を要する』
    「……ヴェルザー様の元へ戻って来いと?」
    当然そう言いだすであろうことは死神にも分かっていた。
    もはや地上征服以前の問題だ、この冥竜は魔界での地位すら危うくなっているのだから。
    『我が封印を解く方法を探って欲しい。禁呪法や呪術に長けたお前なら可能なはずだ』
    「それはそれは、随分とボクをかって下さっているのですねェ」
    皮肉が通じなかったのか、ヴェルザーはそのとおりだと素直に返す。
    『まずはオレが力を取り戻せねば話にならぬ。地上を我が手にするためにはな……』
    (まだ諦めきれずそんな望みを抱いているのか。全く、まるで人間みたいな御方だね)
    ヴェルザーに従っていても自分に利益などない。死神は既にそう悟っていた。
    元々バーンの監視役兼協力者という仕事を彼から請負っただけで、忠誠心があるわけでもないのだ。
    (数百年費やしたわりには実のないオシゴトだったけど……これでオシマイ、か)
    死神は冷めた心持ちで薄く虚空を見つめる。
    「ヴェルザーから遣わされた監視役」という立場がなくなれば大魔王バーンの元には居られまい。
    彼にとって死神は冥竜王の使者故に渋々傍らに置いているだけの存在なのである。
    こちらとしても、バーンに対してはヴェルザーと同じく仕事として仕えている以上の義務は感じていない。
    彼が部下になれと言うなら契約しても良いが、おそらくあの老魔王は自分を信用してはいないだろう。
    (別に興味ないけどね、人と竜と魔族の覇権争いなんて。誰が勝とうがボクには関係ないことだ)

    ……だが。

    ふいに、全身をましろな衣で覆う「彼」の姿が死神の脳裏をよぎった。

    「ーーヴェルザー様、少々よろしいですか」
    意識せず主を呼び止めてしまい、我がことながら死神は驚く。
    だが次の瞬間には冷静に返り、スラスラと思い描くとおりに言葉を紡ぎ出した。
    「バーンは地上の元魔王を自軍に引き入れ、地上破壊計画を本格的に始動するつもりです」
    『何……!?』
    予測していなかったのだろう、ヴェルザーは驚く。
    「ええっ、それ……」
    懐にいるピロロの上げた小さな声を、死神はしぃっと口に指を当てて制した。
    以前から知っていたが、死神が冥竜王へ故意に伝えずにおいた情報である。ピロロが驚いたのも当然のことだ。
    「放置すれば御身の封印を解く前に、上の大地は消えてなくなるでしょうね」
    『それは……それでは、意味がない……ッ』
    むううとヴェルザーは唸り声を上げる。死神は仮面の下で紅い瞳を細め、先を続けた。
    「もう一度お伺いいたします。これからボクはどうすればいいのか」
    このままバーンの元に留まり、地上破壊計画を阻止すべく監視者兼暗殺者としての仕事を続行するか。
    地上の支配は諦めてヴェルザーの元に帰り、彼の力を取り戻すことに注力するか。
    「いかようにでも、冥竜王様の御心のままに」
    死神は目を伏せ、深く頭を垂れる。その先はあえて何も言わず、じっと相手の返答を待つ。
    ヴェルザーは迷っているのだろう、見なくても思念が激しく揺らいでいるのが伝わってくる。
    「……キルバーン?」
    懐からひょこりと心配そうに顔を出したピロロに、死神は大丈夫と片目をつぶり合図した。
    (この欲深い竜がどちらを選ぶかなんて、分かりきっているのだから)


    「……おや、珍しいね。君が出迎えてくれるなんて」
    石畳の廊下を進む死神の前に影が姿を現し、彼はニッコリと笑みを浮かべた。
    「ーー戻ってきたのか」
    「あれ、ボクが居なくなるかと心配してくれたのかね?そうなら嬉しいなァ」
    実際、情の深い彼のことだ、心配してくれていただろう。
    自分がヴェルザーの元へ向かったことは、おそらくバーンから伝え聞いたはずだ。
    「…………」
    死神の軽口には返事をせず、ミストバーンはただ押し黙っている。
    嘘を吐くのが下手な上、はぐらかすことすら苦手なのだ。
    生真面目過ぎる彼のその性分を、しかし死神は嫌いではない。
    「大丈夫だよ、ミスト。ボクが愛しい君から離れていくと思うのかね?」
    「……ヴェルザーはお前に帰還せよとはいわなかったのか」
    どさくさ紛れの口説きを無視し、影は死神を見つめる。
    闇の衣に隠れてその表情は見えない、だが死神は瞳を細めて真っ直ぐその顔を見据えた。
    「うん。このままバーン様の協力者を続けろと命じられたよ」
    それは半分本当で、半分は嘘だ。
    だが、己がヴェルザーに仕掛けた『罠』を彼に伝える必要は何もない。無論、バーンにも。
    「そうか……」
    親友の声に安堵が混じっているように聞こえたのは決して気のせいではないと、そう思う。
    当人もそれに気づいたのだろう、言い訳するように伏目がちにそのあとを続けた。
    「お前は有能な男だ。今後も我が軍のため働いてくれるのなら、バーン様もお喜びになろう」
    (うーん、それはどうかなぁ)
    即座に思ったがもちろん口には出さない。
    代わりに死神は仮面を取り、そのまま影のフードを覗くようにして顔を近づけた。
    「バーン様じゃなくてさ、君にとってはどうなんだい?」
    「?無論、私も嬉しいが……」
    不思議そうに返す影に軽く囀るように口付けると、死神は満足げに目を細めた。
    「うん、その言葉を聞きたかったのだよ。ミスト」


    ボクの欲しいものはここにしかない。
    ボクの欲しいひとはここにしかいない。
    だからボクの意志で、ボクのために留まり続ける。
    難しい理屈などない、ただそれだけの話なのだ。

    森下一葉 Link Message Mute
    2019/06/03 22:44:18

    スイカズラ

    #キルミス #擬人化
    死神と影と、冥竜王のはなし。

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