アカシア
「--キル、何故お前がここにいる」
地面に転がる敵を一瞥しながら、ミストバーンはそう口にする。
己に向けられた言葉と自覚してなお全く悪びれず、黒衣の死神は小さく笑った。
「偶然ボクの『仕事』もこの近くでね。
気配を感じてきてみれば君が多勢の軍と戦っているじゃあないか。だから、ついね」
「私があの程度の数を苦にするとでも思っているのか」
まさか、とキルバーンは首を振る。
影の強さはこの数百年何度も共闘してきた彼が、最も肌で感じて知っている。
「君が負けるなんてこれっぽっちも心配してないけど、
それでも愛しいひとには手を貸したくなるのが自然の摂理というやつさ」
お前の冗談は相変わらずつまらぬ、とミストバーンは平静に呟く。
「そりゃあ君を笑わせようとして言ってるワケじゃないしね」
軽くいなすと、死神は身をかがめフードに隠れている影の素顔を覗き込んだ。
「お節介だったかな?」
「……お前のおかげで仕事が早く済んだのは事実だ。バーン様もお喜びになろう」
ここで相手の好意を無下にしないのが影の影たる所以だと、死神は長い付き合いで理解している。
「ああでもね、ボクが君を手伝ったのはバーン様にはナイショにしておいてよ」
「……?何故だ。バーン様の信用を得る良い機会ではないのか」
主人からの信頼や賞賛をみすみす逃す意図が分からぬのだろう、
ミストバーンは不思議そうに小首を傾げる。
その様子を面白がってか、キルバーンは仮面の下で紅い瞳を細めた。
「あのお方にマメに動く奴とは思われたくないからね」
ボクはミストみたいに勤勉ではないのだよ。
そういって死神は嗤う。影はそんな親友を訝し気に見やった。
「お前は常に請け負った仕事は真摯に遂行するだろう」
「君にそういってもらえるなんて光栄だよ」
その言葉に嘘はないのだろう、しかしキルバーンは嬉しそうにあとを続ける。
「任された範囲ではキチンとやるさ。でもアンサツ以外にも仕事を増やされては面倒なことになるのでね」
『死神に暗殺以外の仕事を任せてはならない』
あの老獪な王にはそう思わせておいたほうが都合がいい。
褒美などいらないし、ましてや信用など得る必要は微塵もない。
何故ならミストと自分の友情が偽りではないと気づかれてしまったら。
万一、この親友との関係を盾に取られたら。
己がどういう選択をすべきか、死神自身にも分からないからだ。
上手く煙に巻かれたようで納得いかぬ様子の影に、死神は言う。
「ようするにボクはね、危うい芽は事前に摘み取っておく主義なんだ」