文字に飢えた人の話。
全てを見ると拙いものの、一端を拾い上げるとそれは私からすれば宝のような文字の山。それらを完成させたいと思うのは、物書きとしては仕方がないことだ。
だから、私は手を伸ばした。
伸ばしたそれは、個々を見ると全く類似しない物語。そして、ひとつひとつを手に取った理由もない。
理由などなくて当然。
私はただ、文字を完成させたかったのだ。
私は、物語を書くことが好きだった。そして、物語を書く以前に、文字を愛していた。申し分ない容姿(私自身は興味ないが)でありながら、私が文字以外に興味を持つことはなく、色恋も同様だった。私は、目に痛いほど華々しく着飾った女よりも、作家が──物語が生み出す、「文字」を愛していたのだ。
当然のように、物語に惹かれた私は、私自身も書いてみたいと思う。その思いを形にし出したのは、小学生だったか中学生だったか……。とにかく、記憶にある過去の私は物語を書いていた。
特にジャンルを選んだことはない。時代物を書いたこともあれば、大正ロマン、現代物、ファンタジー、SF(畑違いなこともありさすがにこれは上手く書けなかった)など、興味を示せば何でも書いた。
そして、当然ながら、そんな私が職にしようとしたものは作家以外にはなく、高校生の終わりごろ、とある賞で最も優秀な作品に選ばれ、出版されることになった。そして、数年後、世間からすると若い年で、名誉ある文学賞を受賞した。
出す本全てがベストセラー。そんな歪みのない、誰もが羨む人生を私は送っていた。けれど、私が満たされることはなかった。
「文字」が足りないのだ……。
周りに言われ、身なりを整えた。
周りに言われ、良い住居に住んだ。
周りに言われ、私は……──。
やはり、私が「文字」以外に興味を示すことはなかった。溢れる文字は留まることを知らず、私は物語を生み出し続けた。
私が、私自身の意思で行っていたことと言えば、物語を書くぐらいだ。否、私にはそれ以外にすべきことなどなかったのだ。
そんな最中だった。縁あって、私はとある新人賞の審査員を務めることになった。最初は純粋に楽しんでいた。まだまだ拙いところはあるものの、その中に光る文字を読むことが楽しくて仕方がなかった。
けれど、私はある時から一つのことが気になり始めた。
選ばれなかった「文字」はどうなるのか、と……。
そんな思いを抱え、私は審査員を務め続けた。
数年ほど審査員を務め続けたある年。私は作品の選考会のため、編集社に赴いていた。これは例年のことで、私は楽しみながら目についた全ての作品を読み漁っていた。けれど、私はあること気づいてしまった。
作品が未完成であるのなら私が完成させてしまえばいい、と──。
目の前には、未完成の作品。全てを見ると拙いものの、一端を拾い上げるとそれは私からすれば宝のような文字の山。それらを完成させたいと思うのは、物書きとしては仕方がないことだ。だから、私は手を伸ばした。
伸ばしたそれは、個々を見ると全く類似しない物語。そして、ひとつひとつを手に取った理由もない。
理由などなくて当然。
私はただ、文字を完成させたかったのだ。
何食わぬ顔で選考会に参加した後、私は自宅に帰り、パソコンに向かった。
私の頭の中で溢れていた物語と、今日知ってしまった、宝のような文字。繋ぎ合せてしまえばそれは、私の作り出したものでしかない。私はあくまで文字を使っただけであって、その文字が元あった物語と、私が作る物語とでは全く類似しない。
だから私には無いのだ。私の作り出したものが贋作であるという思いも、それが盗作であるという罪の意識も、何もない。
無くて当然なのだ。なぜなら、それは、それが私の作品でしかないから。
それから二年後。私は審査員を辞退した。
選考会に参加することすら、時間が惜しかった。
拾い上げた文字は数え切れないほどになり、私はただそれらを形にする時間が欲しかった。何食わぬ顔で日々を送り、人間らしく生活を送る裏で、私はただ物語を書き続けていた。
私が作り出したものは、ある時は短編集として世に出回り、またある時は長編として、やたら長い絶賛の言葉とともに世に出回った。世間一般では申し分ないルックスからか、いつの間にか出回った私の顔により、私の物語を好んだのか、顔を好んだのかよく変わらない者まで出てくる始末だった。
そんな状況では誰もが、私が自惚れていると感じていただろう。けれど、私はやはり文字以外には興味が無かった。肉親が私の金を勝手に使っていると知った時も、いつの間にか勝手に見合いなどというものが決められていた時も、私は何も感じなかった。否、感じてはいた。人に対する果てしない虚無感を。
ひたすら私に謝っていたのは兄弟だったか親だったか、そんなことはどうでも良い。媚びへつらう女も、その女の付き添いで来ていた者も、どうでも良い。
ひたすら謝る肉親に適当な金を渡し、媚びへつらう女に断りを入れ、私は自室にこもり物語を書いた。現在も過去も、私には文字以外何もなかった。文字以外何も要らなかった。
そんな暮らしを一体何年続けていたのだろうか。いつしか私の元に訪れるのは、編集社の人間と、掃除やら身の回りのことを任せきりにしている業者か、編集社で私を担当している人間と、彼が運んでくるファンレターや勘違い女からの告白の手紙くらいで、その担当者もいつの間にか変わっていることが多々あった。
それもまるで扉の向こうの世界のようなことで、私が部屋の外に出ることは滅多にない。わざわざ書店に出向かずとも本を読むことは出来たし、飲まず食わずというわけではなく、人間らしく生活もしていた。私におかしなところなど何もない。私はただ、物語を書き続けることが出来れば、文字に触れることさえ出来ればそれで良かった。
そんな私の人生がある作品により崩れるとは思ってもいなかった。
ある日、私は珍しく誰に言われるでもなく外にいた。これと言って行きたい場所はなかった。要は、なんとなく、というものだ。
窓を介さず吸う空気はやたらと澄んでいるように思えたが、都会の空気に何を考えているのだと苦笑し、すぐにそんな馬鹿な考えを振り払った。
街中を歩き、適当な書店に入り、良さそうな作品を選び、何冊か購入した。その後はやはり特にこれといってするべきことはなく、何の気まぐれか、遠回りをして自宅に帰ることにした。
その帰り道、私はとある美術館に立ち寄った。
無数の絵は、私に多くのインスピレーションを与えた。そういう意味では、絵画にも少しは興味があるのかもしれない。静かで動くこともなく、それに美しい。私の傍にあるには、絵画というものは丁度良いのかもしれない。
一通り絵画を見終えた後、美術館の奥まった場所に一枚の扉を私は見つけた。どうやらそこにも展示品があるのか、立ち入り禁止というわけでもなく、手を掛けた扉は簡単に開いた。
中は真っ白な壁に、同じく白の大理石が敷き詰められた、白い空間だった。そしてその部屋の壁にあったのは、私がこれまで見てきたキャンバスとは一回りも二回りも大きなキャンバスだった。それこそ、壁画と言っても過言ではない大きさだ。
モノクロを基調とした彩色で、絵には歌っているのであろう男の姿が描かれていた。それだけ。ただ、それだけの絵。けれど私は、何故だかその絵から目が離せなかった。
見れば見るほど、その絵画が美しく見えて仕方がないのだ。無彩色のそれが、私には淡く色付いて見えてしまうのだ。
歌っている男の顔は、微笑んでいるようにも笑っているようにも見えた。
言うまでもない。私はこの絵画に惹かれてしまった。
文字以外、何にも惹かれなかった私が。
ふと、私は、その絵画の近くに作品説明のプレートがあることに気がついた。
『 Title:Flat Canvas
作者:未詳 』
書いてあるのはタイトルと、未詳と書かれた作者欄。作品説明も、何もなかった。
おそらく作者が示す「フラット」とは「平ら」という意味ではなく「平坦、つまらない」という意味なのだろう。「つまらない画布」。自らの作品でありながら卑下するとは、どういうことなのだろうか。この作品にはどのような意図があったのだろうか。彼(私の中では作者は男と仮定されていた)は何故、この作品を描いたのだろうか。作品説明のないその絵に、私は様々な思いを馳せた。
浮かんだのは一人の絵描き。知名度など全くない、一人の絵描きの青年。自身の生み出したもの、オリジナルの絵に自身が持てず、模倣を謳う青年……。
これは今、私の目の前にある作品名から考えたことだ。私が思うに、これは彼の最高傑作で、彼の全てがこの絵に込められているのだろう。(この時点で私には、この絵に惹かれすぎ、空想に囚われていることなど気付きもしなかった。)
自らの絵をつまらないと言う彼が惹かれたのは、この絵に描かれている歌い人であろう青年。名前も何もかも知らない男の、歌と、それを奏でる声に惹かれた青年は、その姿を作品にしようとした。その男の姿を描こうとする一方で、喪失していく自信と、描けないことへの焦燥。
何度も何度も描き直し彼は──。
「っ!!」
そこでハッとし、私は空想の中から抜け出した。
これまでに浮かんだ文字を物語にし終えていないのに、私は何を考えていたのだろうか。我に返っても尚、私の意識に纏わり付く空想を振り払うように、私は絵画に背を向けた。
自宅に帰り、私は書きかけの物語に浸った。
時の流れを忘れ、私は物語を書き続けた。
時計の短針と長針が重なっても尚、私は物語を書き続けた。その後、長針がさらに二周ほど回り終えた頃、ようやく物語を書き終えた。それと同時に睡魔が私を襲い、それこそ私は死人のように床につき、深く意識を沈めた。
モノクロの世界に私はいた。
まるで美術館で目にしたあの絵画のようだと感じ、まだあの絵画に私は惹かれてしまっているのかと思い、苦笑した。
普段よくする書生のような格好で、けれど素足で、私はその世界を歩いていた。実家が呉服屋を営んでいたこともあってか、私の生活に着物は自然と馴染んでいた。部屋着といえば着物とシャツが当たり前で、その習慣を今更変えようとも思わなかった。
素足に伝わる熱は、温かくもなく冷たくもない。心地よい冷たさと言えば分かるだろうか。
ただフラフラと歩いていると、遠くの方に影が見えた。近づいてみると人がいた。キャンバスの代わりにスケッチブックをイーゼルに立てかけ、絵を描いている青年がいた。
不思議なことに、青年は私とは別の空間に、青年の部屋であろう場所にいて、私はそれをモノクロの世界から見ていた。青年が私に気づくことはない。
「……ぅ……違う、違うんだ」
青年が呟いた。スラリとした体格と爽やかな見目に反し、青年の声は低いバリトンだった。
「これじゃあイミテーション(模倣)だ!!」
おおよそ見目とは対照的な感情的な声を上げ、青年はスケッチブックの描きかけのページを破り捨てた。青年の周りにはたくさん紙くずが落ちていた。それらは全て、青年が自らの手で破り捨てたものなのだろう。
「こんなんじゃ……僕が描きたいのはこんなものじゃないんだ!!」
青年は、スケッチブックごとイーゼルを倒した。大きな音を立て、それらは床に投げ出された。
両手で頭を抱え込み、青年は項垂れた。
自らの作品が模倣であることに青年は苦しんでいた。
けれど、私は青年の思いが理解できなかった。苦しげな姿に同情も出来なかった。
「表現」というものは、物語であれ絵であれ歌であれ、それらはどこか類似していると思う。型にはまることは失敗ではなく、思想をどう表すのかが重要であり、それが、根本にある。
物書きを続ける中で私は模倣を恐れたことなどないし、苦しんだこともない。私は私であり、私は書きたいものを書いているだけにすぎない。文字を愛しているから、それを物語として表現しているだけにすぎない。思想は私の中にあり、物語が尽きることもなければ、それは何者にも侵しがたいものである。だから私は、自らが生み出したものを模倣だと慨嘆する青年の思いが理解出来なかった。意図して模写でもしない限り、模倣になることなどあり得ない。それに、それほど模倣は罪なのだろうか。意図せず類似してしまったそれは盗作なのだろうか。しかし、自らの作品が模倣であることに青年は苦しんでいた。
「何故苦しむ……。それほどまでに、模倣が罪だというのか。」
青年に声が届くはずがないと分かっていながら、思わず私はそう呟いていた。
「違うんだ……」
私の呟きに答えるかのように、青年が口を開いた。
「どんなに描いても、何かに似てしまう。
どんなに描いても、模倣でしかない。
どんなに描いても、それは僕のものではない。
どんなに美しくても、どんなに素晴らしくても、それが僕自身のものでなければ意味がないんだ。……そんなこと、ずっと、ずっと前から分かってる。
僕は僕だけのものが欲しい。
そうでなければ、誰かのものなんて、自分のものでないものなんて、何の価値もない」
自身への言葉なのだろう。
私は青年のその言葉に、心臓を鷲掴みにされたかのような奇妙な感覚がした。青年の言葉の一つ一つが私の脳髄に絡みつき、思考を侵す。
先ほどまで、青年を否定し、同情すら出来なかったはずの私が、今では否定の言葉すら何一つ浮かばなかった。
表現とは何なのか。
模倣とは何なのか。
オリジナルとは何なのか。
今の私には、何一つ解らなかった。
私のしてきたことは何だったのだろうか。
物語を好み、文字の美しさに惹かれ、ただ愛し、他には何も要らなかった。文字以外、必要なかった。けれど、今私がしていることは何なのだろう。
文字が埋もれてくことが耐えきれなかった。光に触れず、死にゆく言葉を救いたかった。私の手で、生かしたかった。
私のしてきたことが贋作や盗作なのか自問すれば、否と自答しよう。私は元あった作品の全てを奪ったのではなく、私の作品に使うことで文字を輝かせただけにすぎないのだから。その思いは今の私でも変わらない。ならば、今の私は『何』なのだろう。
私は、私自身の文字を生かすことが出来ているだろうか。否、出来てなどいない。私は、私の手で、私の空想で、私自身の文字を殺してしまった。
私の思想の中に、もう私の文字は無い。
足元から崩れ落ちるような感覚だった。現実でも、私の足元は消えていた。視界が闇に染まり、青年の姿が消えていく。私はモノクロの世界から逃げ出した。
勢いよくベッドから起き上がる。全身汗まみれで、言葉に出来ない焦燥が私の感情を激しく掻き乱していた。
額に掛かる前髪を掻きあげ、私は辺りを見渡した。壁一面の本、資料、手書きの原稿、起動されたままのパソコン。唯一、私が落ち着ける空間。私の愛した空間。文字に溢れた空間が、今は、酷く不安を感じた。
不安に駆られるままに、私は手書きの原稿を床にばら撒いた。本棚に収められていた
私の著書を床に落とし、ページを開いた。
まるで狂ったように、私は手当たり次第にそれらを読み漁った。
「無い……無いっ!!」
見つからない。
私の「物語」が見つからない。
錯覚では無かった。私が文学賞の審査員を務め始めた辺りから、だんだんと私の文字が無くなっていた。私の思想では浮かぶことは無い言葉が端々にあった。審査員を止めた辺りでは、私の物語すらなかった。
記憶の断片に残る、その文字が生きていた物語。私のものではない物語。けれど類似したものが今、私の手の中にある。
私は既に作家ですらなかった。
今すぐこの空間から逃げ出してしまいたい衝動、それこそ、発狂していまいたいほどの『何か』がこの空間にはあった。
得体の知れない恐怖から逃れるように、私は資料を破り捨てた。メモ書きも全て破り捨てた。私が完成させたいと望んでいた、そこにあった全ての文字を捨てた。
そして私は、憑き物につかれたように、ある物語を書き始めた。
その物語にタイトルはない。きっと、どのようなタイトルを付けても、それは意味を成すことはないと、何かに憑かれたような私にも、文字を愛しすぎていた自分にも分かっていたことだからだ。
物語の主人公は絵描きの青年。贋作と盗作(模倣)に怯えながらも、自分自身の絵(オリジナル)を探し求めるが、それが叶うことはなかった。
喪失していく自信と、描けないことへの焦燥に、青年は次第に狂いだす。そんな最中だった。彼が一人の歌い人と出会ったのは。
窓越しに歌を聴くだけで、名も、どんな人物なのかも知らない男の歌に、青年は惹かれた。
青年の歌声には色があった。青年が何よりも愛した鮮やかな色が。
青年は彼を描こうとした。けれど、何よりも色を愛した彼の眼は、既に色を映すことが出来なかった。唯一分かるのは、モノクロの無彩色と、自らの身体に流れているものが色鮮やかな赤色だということ。
色が見えずとも、彼は描こうとした。色を愛した彼は、部屋にある全ての色を使った。
描けず、滅茶苦茶な色でいくつものキャンバスを塗り潰した。
鮮やかな絵の具は全て無くなり、最後に残った赤色で描こうとした。
描けず、赤でいくつものキャンバスを塗り潰した。
残ったのは白と黒。モノクロの無彩色。
それと、今まで使うことのなかった壁一面を覆う程大きなキャンバス。
青年は何日もかけて、その二色だけで歌い人を描いた。出来あがったのは、青年が唯一、心から模倣ではないと思えたもの。彼の、最初で最後のオリジナル。
彼はサインも入れず、ただ、そのキャンバスの裏に「Flat Canvas(つまらない絵画)」と名付けた。その後、青年が絵を描くことは永遠になかった。
彼は表現の中で生きられなかった。
それが私の中で浮かんだ物語だ。
人らしい生活すら忘れ、私は物語を書き続けた。
『彼は表現の中で生きられなかった』。そう書き、私はその物語を完結させた。
そして私は、作家であることを止めた。
私が最後に書いた物語はいつしか世に出回っていた。誰が名付けたのか、結末が見えず、未完結にも思えることから、その作品のタイトルは「永遠『未完成』」とされていた。そして、その作品の最後には、盗作紛いの作品を書き続けた、文字を愛した作家の話があった。
私の最後の作品であること、物語に秘められた内なる狂気、それまでの私の作品になかったものに人々は惹かれ、その作品の読み手が絶えることはなかった。
私はそんな世間の賑わいを直に感じる都会から離れ、海に面した街に来ていた。幸か不幸か、贅沢さえしなければ十分に暮らしていけるほどの貯えが私にはあった。
私は今、海辺にいる。あの日の夢と同じ、着物の中にシャツを着て、素足で波打ち際を歩いていた。素足に感じる冬の波は、凍てつきそうなほど冷たかった。
私の片手には、「永遠『未完成』」と呼ばれ、世間に出回っている物語の原稿がある。編集社の手でデジタルデータとなり、不要になったそれを私は、唯一その物語の原稿だけを私が愛したもので溢れた空間から持ってきていた。他の原稿がどうなったかなど、私には知る由もないこと。もう、「永遠『未完成』」を書いた作家などいないのだから。
膝の辺りまで海水に沈み、私は手にしていた原稿を海風に乗せた。
凍てつくような波に攫われた原稿用紙は、次第にインクが滲み、海の底に消えていった。
それを見つめ、崩れるように私はその場に座り込んだ。音を立て、散った冷たい水は、温い液体と混ざり合い、私の頬を伝っていった。
私は文字を愛しすぎていた。
それこそ盲目的に。
表現の中で私は溺れていた。
END