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    しおり
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    しおり
    Dream King
     助けて……。
     タスケテ……。

     夢の王様は消えそうな声で叫びます。
     小さな王様は暗闇の中で独り、泣いています。


    「早く寝なさい!いつまで起きてるの!?」
    「分かってる!!……うるさいなぁ」
     母親の怒鳴り声にブツブツ文句を言いながら、少年はそれまでしていたゲームの電源を落とした。そして、眠そうに目元を擦りながら自室に戻ると、ボフッとベッドに倒れ込んだ。
    「あと少しだったのに~」
     先ほどまでしていたゲームのことを思い浮かべながら、形容出来ない声で少年は呻いた。
     それもそのはず、そのゲームは最近買ったばかりの、今人気のRPGで、少年は時間があれば、毎日のように画面に向かっていたのだから。
    「明日は部活サボって家に帰ろうかな……」
     そんなことを呟きながら、少年は眠りに落ちていった。時計はまもなく十一時。夜更かしをしがちの少年が眠りにつくには丁度といって良い時間だった。



     少年は不思議な世界を歩いていた。
     淡いピンクの空に、クリーム色の雲。土とは形容しがたい地面に、遠くの方には城のような建物までおぼろげに見えている。
     自らが創り上げたにしては、不思議な夢の世界に、少年は胸の奥底から湧き上がる高揚を隠す事が出来なかった。少年は、探索する気満々で、軽快な足取りで道を進んで行く。
    (スゲー世界。ゲームのやりすぎかな、俺。かなりファンタジー)
     そんなことを思いながらも、未知の世界では全てが新鮮で、足を止めることは出来なかった。
    「とりあえず……真っ直ぐ!」
     勢いよくそう叫ぶと、少年はさらに軽快な足取りで進み出した。
     どのくらい歩いたのか自分自身ではもはや分からず、だんだんと疲れ始めてきた時、少年の目の前には森が広がっていた。森の入口と思われる所には、一六〇センチに僅かに届かない少年よりも大きな、燕尾服を着たウサギの人形がいた。
    「こちらはお城に続く、【夢の森】でございます」
     森に入ってみようと、ウサギの人形に近づいた時、どこからか声がした。スッと胸に響くその声は、心地よいテノールだった。
    「え?この声どこから……」
     声の主を探そうと、少年は辺りを見渡した。キョロキョロと色々な方向を見ても、人の姿は無く、いるのは燕尾服を着たウサギの人形だけだった。
    (聞き間違い?空耳だったのか?)
    「こちらでございます」
     いよいよ声の存在を疑い出した時に、再び響いたテノール。
     少年は驚いて、声のした方を見るが、やはりそこにいるのはウサギの人形だけ。だが、少年はふと、ある思いが浮かんだ。
     ここは夢の世界。つまりは、現実ではありえないことが起きても不思議ではない。例えば、人形が喋り出したり──。
    (もしかして、このウサギ)
     一度気になってしまえば、心の中が濃い霧を張ったようにモヤモヤとしてしまう。それを晴らすために、少年は目の間のウサギに問い掛けた。
    「さっき喋ったのは、君?」
     そう問い掛けた瞬間、動かないはずの人形が、フワリと微笑んだような気がした。
    「さようでございます」
    「っ!?ホントに喋った……」
     人形なので口元は動いていない。だが、喋ったのは確かに目の前にいるウサギの人形だった。驚く少年に、ウサギは気にした様子も無く、恭しくお辞儀をした。
    「私の名は、ビギンレイス。ビギンとお呼び下さい。ご覧の通り、燕尾服のウサギ。『夢の森』の門番でございます」
     心地良いテノールが柔らかな声でそう告げる。格好のイメージを裏切らない、丁寧すぎる口調でウサギ──ビギンは語った。
    「時に、貴方様は城に向かわれるのですか?」
    「え?いや、決めてないけど……というよりこれ、本当に俺の夢?」
     夢なのに、夢に出てきたビギンにそんなことを聞いても意味が無い。そう分かっているはずなのに、あまりにも夢であるはずのものがリアルに思えて、少年は聞かずにはいられなかった。自らの想像が作り出した世界にしては、この夢の世界は不思議で、出来すぎていた。何より、夢にしては、まるでウサギは人間のようで、夢の世界は実体を持っているかのようだった。
    「ここは『夢の世界』でございます。ですが、貴方様の世界ではございません。極稀にいらっしゃるのです。貴方様のように、この世界に意識が迷い込んでしまう方が。本来であれば人間は立ち入ることの出来ない場所でございます」
     少年の問い掛けに、静かにビギンは答えた。
    (つまりここは俺の夢ではなくて、俺は意識だけこの世界に迷い込んだってこと!?……信じられないけど、夢の世界ならアリなのか?)
     ごちゃごちゃと混ざり合って分からなくなってしまいそうな疑問とビギンの言葉を必死に、少年は頭の中で整理していく。
     考え込むあまり俯いてしまった頭を上げると、黒曜石のように綺麗なビギンの瞳(実際には人形なので瞳ではないが)と目が合った。
    「お考えはまとまりましたでしょうか?この場所について理解いたしましたか?」
     ビギンの問いに、頷くことで少年は答えた。
    (不思議な場所だ……)
     少年は改めてそう思うと、ふとあることを思い、ビギンに尋ねた。
    「ねぇ、ビギン?この森の先にある城って誰か住んでるの?」
     森の向こうに見える城をしょうねんは見つめた。同じようにビギンも城の方を見つめた。
    「あそこは……この世界の王様が住んでおられる城でございます」
     僅かに口を濁し、ビギンは答えた。少年がビギンを見つめると、人形なので表情が動くはずがないのに、悲し気な顔をしているように思えた。
    「王様が、どうかした?」
     気まずい雰囲気を打ち消すように、少年は聞いた。
     ゆっくりとビギンは少年を見つめる。
    「王様は……お独りで城に住んでおられるのです。私どもが知らない時間から、ずっと。部外者は立ち入ることのできないあの城ですっと、でざいます。私どもが存じているのは、あの城に王様がお独りで住んでおられることだけです」
    「王様は寂しくないの?」
    「寂しい思いをしていらっしゃると思います。この世界の住民は城に入ることも、近づくことですらできません。ですから、誰も助けることができないのです」
    (そんなの……王様が可哀想だ)
    「そんなの絶対に寂しいに決まってる」
     少年は静かに呟いた。
     本当に城に王様が住んでいて、ずっと独りでいたのなら、それは本当に悲しいことだ。ビギンが知りえる間は確実に独りでいて、それ以上の間も孤独に過ごしていたのだとしたら、それは寂しい。
     この世界や王様について何も知らない少年も、悲し気なビギンの口調や、ずっと独りでいた王様のことを思うと胸が痛んだ。
    「俺なら……俺なら、あの城に近づける?」
     先ほどの「この世界の住民は城に近づけない」と言ったビギンの言葉を思い出し、少年は聞いた。「この世界に迷い込んだ自分なら入れるのではないか」という思いを抱き。
     少年の思いを察したビギンは、少年に向き直り、言った。
    「お願い致します。王様を助けてください。独りで居続けた、私どもの孤独な王様を救ってください」
    「もちろんだ、ビギン。行ってくる!!」
     そう元気よく叫ぶと、少年は走りだした。
    走り去る少年の姿が消えても尚、ビギンはお辞儀を続けていた。必ず、今度こそは王様が独りにならないよう、祈りを込めて。



     少年は一向に終わりの見えない森の中を走っていた。ただ、その先にある城を目指して。
     走り続けていると、向こうの方に二体の人形が見えた。一体は少年と同じくらいの大きさのテディベア。もう一体は、その半分ほどの大きさの可愛らしく飾り付けられたウサギの人形だった。
    (ビギンも人形なのに喋っていた。もしかしたらあの人形も……)
    「ねぇ、君たち!城への道はこの先真っ直ぐ進めばいいの?」
    駆け寄って行きながら、少年は問い掛けた。
    二体は驚いたように少年の方を向き、目の前で立ち止まり、息を整えている少年を何も言わず見つめていた。
    「君は、あの城に行くのかい?」
     テディベアが少年に聞いた。ビギンとは。違う、凛とした少年のような声だった。
    「そうだよ。この森の門番のビギンが教えてくれたんだ。一人ぼっちの王様のことを。この世界の住人がどうすることできないなら、外から来た俺がどうにかしたいじゃん」
     そう言って少年は、二体に同意を求めるように笑った。
     僅かな沈黙の後、ウサギの人形は言った。
    「本当に?……本当に助けてくれる?
     王様はね、真っ暗だった夢の世界を変えてくれたの。でも王様はお城から出れないの!私見たの。でもね、みんな見たことあると思うの。
     王様、寂しそうにお城の中から外を見てたの。王様は少しも笑って無かったの!
     お願い、王様を助けて」
     見た目と同じ、可愛らしい声を悲痛なものに変え、ウサギの人形は少年に訴えた。すがるように抱きついてきたウサギの人形の頭を少年は優しく撫でた。そして、ウサギの人形と同じ目線の高さまでしゃがむと、少年はウサギの人形の両手を自らの両手で包んだ。
    「約束……。王様は俺が助ける」
     ウサギの人形の緋色の瞳を見つめ、少年はそう言った。そして、傍らで見ていたテディベアの翡翠の瞳と目を合わせた。
    「君にも、約束するよ」
     真っ直ぐな少年の瞳を見つめ返し、テディベアは小さく頷いた。
     そして、
    「「ありがとう」」
     二人は声をそろえて、そう言った。
    「真っ直ぐ進めば城に着くはずだよ」
     ウサギの人形から手を離し立ち上がった少年にテディベアは言った。
    「分かった、ありがとう」
     二体にお礼を言い、少年は再び走り出した。
     森を通して、少年の噂は瞬く間に広がった。
     森の中に声が響く。

    『た……けて……を』

    (声?……一体誰の?)
    僅かに聞こえた声に、不思議に思い少年は耳を澄ませた。

    『また人間がやってきた』

    『王様を助けてくれる』

    『僕らの王様を救ってくれる』

    『我らの孤独な王様を』

    『今度こそ王様を』

    『助けて』

    『優しい王様を』

    『どうせ王様をまた傷つけるだけだ』

    『王様を助けて』

    (みんな……王様を思ってるんだ)
     姿は見えないけれど響く声。その声を少年は気味が悪いとは思わなかった。誰もがそれぞれに王様のことを思っている、その声とその言葉を、少年は走りながら聞き続けた。
    けれど、一つだけ気になることがあった。
    (『今度こそ』、『また』……どういう意味だ?)
     先ほどから聞こえてくる「また」や「今度こそ」という言葉。まるで、少年の前に誰かが来ていることを思わせるような言葉だった。

    『王様の城はすぐそこよ』

    『早く、早く』

     再び聞こえてきた声に、少年は考えることを止め、城を目指して走った。木々がだんだんと減り、森の終わりが見えてくる。


    ──助けて、優しく孤独な王様を……──


     たくさんの声が一つに重なった時、少年の目の前には大きな城があった。同時にそれまで聞こえていた声が聞こえなくなった。それは『この世界の住民は城に近づけない』ということを物語っていた。
    (着いた……)
     鉄格子の門に恐る恐る近づき、触れてみると門は簡単に開いた。キョロキョロと辺りを見渡し、誰もいないことが分かると、少年は城の中へ足を踏み入れた。建物の扉も簡単に開いた。これで城が古びていれば、人が住んでいるはずがないと錯覚するところだったが、城は蔦一本も無く、真っ白で綺麗だった。
    (王様はどこにいるんだ……?)
     次々に扉を開けていきながら、少年は城中を走り回った。どの扉を開けても、豪華な家具は置かれていても、人のいた跡など欠片もない部屋ばかりで、いよいよ少年は王様が本当にいるのか分からなくなってきた。
     そしてたくさんの扉を開けて行く内に、それまでのどの扉よりも大きな扉を見つけた。向かい合った二枚の扉の片側を開け、扉の間に身体を割り込ませて中を覗くと、太い柱が連なる広間にポツンと玉座があった。玉座まで続く赤いカーペットの上を歩き、玉座に近づく。近くで見ると、その玉座はとても大きかった。少年が座っても、もう一人は余裕に座れそうなほど大きな玉座だった。
    「王冠?」
     本来人が座るはずの所には大きな王冠があり、両手で持ち上げ被ってみると、少年の頭二つ分ほど大きかった。
    (どうしてこんな所に王冠が?)
     不審に思いながらも、王冠を元置いてあった場所に置き、広間の中を見渡してみると、玉座で見えなかったが、奥に扉があった。その扉を開けてみると、さらに廊下があった。見ると、扉は五つ。順々に少年は扉を開けていく。
     それまでの部屋とは違い、豪華な家具も何もない空っぽの部屋。厨房、そして洋服が置いてある部屋。四つ目に入った、全面鏡張りの部屋はドアノブがなければ部屋から出られそうにないと思った。
     そして、一番奥の突き当たりにある部屋の扉に手を掛ける。ゆっくりと扉を開けた途端、綺麗なオルゴールの音が聞こえてきた。綺麗で、どこか悲しいオルゴールの音が聞こえてきた。
    「っ……ぅ……ヒック……」
     小さく聞こえた、誰かの押し殺した泣き声。
     天蓋付きのふわふわした大きなベッドに、子供なら誰もが羨むほどに溢れかえったオモチャ。広い広い、子供にとっては夢のようなその部屋の片隅に、その泣き声の主はいた。
     蹲っているが、おそらく少年とそう変わらない背丈に、身体に合っていないダボダボなパジャマ。そして、この城に唯一いた人間。
    「王様?」
     部屋の片隅に歩み寄り、少年は聞いた。見ていて痛々しいくらいに泣いていた少年はビクッと肩を震わせた。そして、少年に背を向けたまま、泣いていた少年は小さく頷いた。
     少年は驚いた。王様と聞いて想像したのは、この世界で会った人形たちのような姿をした王様だった。けれど、どう見ても目の前にいる王様は、黒髪の少年。人間そのものだったのだから。
    「どうして君はここに……こんな所に来たの?」
     泣いてはいないようだが震えた声で王様は少年に聞いた。膝を抱え、蹲った姿で、少年に背を向けたままだ。
    「この世界に迷い込んで、人形たちに王様のことを聞いたんだ。外に行こう、王様」
     そう言って、少年は王様に近づいた。
    「無理だよ」
     冷めた声で王様は少年に言った。その言葉と冷たい声に、思わず少年は足を止めた。
    「どうして?」
    「僕は、ここにいないといけないんだ」
    「でも、みんな心配してた。『王様は独りだ』って。『王様を助けて』って!みんな、王様を」
    「──僕は!……僕はここから、夢から出られないよ」
     泣きそうな声で王様は言った。出たくても出られない、そう言っているかのようだった。そう感じた少年は王様に聞いた。
    「どうして?一人で寂しくないの?外に出たくないの?」
    「出たいよ。出たくないわけがない。寂しいに決まってる……」
     そう答えた王様は、声だけでも分かる──泣いていた。声を押し殺して泣く、王様の姿に心がチクリと痛んだ。
    「出れ、ないんだ。ここから出ようと、すると……ヒック……影が僕を、止め、るんだ。
     君と同じように僕を連れ出そうとしてくれた人間がいた。けど、僕は影に捕まって、その人間がここに来ることは二度となかった!これで分かっただろ!!僕はここから出られない!!」
     だんだんと声を荒げ、最後には叫びながら、王様は立ち上がり、少年を見た。
     綺麗な青い瞳から、止まることを知らないように涙が零れていた。同時に、その瞳は全てを諦めたように、暗く、光を宿していなかった。
    (どうして……)
    「どうして諦めたような眼をしてるの?寂しいんだよね?独りは嫌なんだよね?なら、出ようよ」
    「無理だよ。僕は……ここから出られない」
    「やってみないと分からないよ」
    「なら!……『僕はここから出たくない』!!それでいいだろ!?もう僕に構わないで!放っておいてよ!君もすぐにいなくなるのに!!」
    「──いなくならない!!」
     王様の悲痛な叫び声に、思わず少年にも声を上げた。泣き崩れた王様を見て、少年は静かに言った。
    「……いなくならない。僕は何度でも来るよ。夢が終わってしまっても、僕は必ずまた王様に会いに来るから」
    「勝手にしろ。君がここに来たのは偶然だ。生きている人間が一度ならともかく二度もここに来れるわけがない」
     王様がそう言った途端、少年の視界がぐにゃりと歪んだ。歪む視界の中で、やけにはっきりと王様の泣き顔だけが見えた。泣かないでほしい、そう思っていると視界が真っ暗になった。
     夢が終わった。




    「王様っ!!イッテェ~っ!」
     勢いよく起き上がったかと思えば、その勢いのまま少年はベッドから転がり落ちた。声にならない悲鳴を上げながら、少年は辺りを見渡し、そこが見慣れた自分の部屋だと分かった。
    (あれは……本当に夢だったのかな)
     そう思いながら、少年は起き上がり、ベッドの端に腰かけた。
     自分の見たものが確かに夢であることは少年も自覚していた。今見ているものが現実で、あの世界は眠っている自分が見たもの。そう分かっているのに、なぜだか、泣き叫ぶ王様の姿が、「夢から出られない」と言った王様の声が、王様を思うビギンや人形たちの姿が頭から離れなかった。
     いつもなら夢を見たとしても、その夢の内容はすぐに忘れ、覚えているのはとても楽しかったと感じたことだけだった。それなのに、夢の世界で見たものは忘れることなく、脳裏に焼きついている。
    「いつまで寝てるの!?早く起きなさい!遅刻するわよ!」
    「わぁっ!?」
     少年は突然の母親の声に驚き、焦って立ち上がる。慌てるあまり、足が絡まり、再び転んでしまった。
     学校に行かなければと思い、王様や夢の世界もことを考えることを止めたものの、やはり、王様の泣き顔と全てを諦めたような暗い瞳は振り払えなかった。
     手早く学校に行く支度と朝食を済ませる。カバンを持ち、「行ってきまーす!」と声を張り上げて、少年は家を出た。
     学校までの道のりをトボトボと歩きながら、少年は再び夢のことを考えた。
     本当に夢なのだろうか。
     また、夢の世界に行くことが出来るのだろうか。
     王様を助けることは出来るのだろうか。
     思うことも、分からないこともたくさんあるにもかかわらず、その答えを出すことは出来なかった。
    「よぉ、ヒーロー。どうしたんだよ、朝からそんな真面目な顔しちゃってさー」
    「うっせぇ。俺だって考え込むことくらいあるんだよ」
     後ろから聞こえてきた友人の声に返事をし、仕返しだと言わんばかりに少年は友人の頭を軽く叩いた。
     『ヒーロー』とは少年のことで、今では覚えてないが、過去にやらかした何かが(自分がしでかしたことなのだから良くないことに決まっている)原因となり、ヒーローと呼ばれるようになった。その過去を知らない人でさえも、少年のことを誰もがヒーローと、あだ名で呼んでいた。
    「おはよー、ヒーロー」
    「ヒーローが真面目な顔してるー」
    「ヒーロー、後で宿題写させてー」
     クラスのムード―メーカーある少年は、朝からでもこうしてよく声を掛けられる。
    「ハヨー。また、後でなー」
     王様のことを考えていると適当な返事になってしまう。だが、そのことに少年は気付かず、学校に向けて足を進めていく。その間も何人か友人に声を掛けられたが少年は上の空だった。
    (ヒーローかぁ……俺が本当にヒーローだったら王様を助けられるのに)
     そう思い少年は俯き、フッと情けなく笑った。
    「どうした?ヒーロー」
     滅多に見ることのない少年の顔に、友人の一人が問いかけた。
     ごまかすようにヘラリと笑い、少年は答えた。
    「いやさぁ……あだ名みたいにさ、俺が本当にヒーローだったら、って思ってさー」
     そうしたら王様を助けられるのに。
     思わず口に出しそうになったその言葉を飲み込み、また、曖昧に笑った。
    「ヒーローはさ、今でも十分ヒーローじゃん。もちろん、いつもすげぇイタズラしでかしてくれるヤツって意味でもあるけど、ヒーローはヒーローだよ」
     そう言うと少年の友人は、少年の肩を叩き「しっかりしろよ」と言って一足先に学校へ向かった。
    (ヒーロー……)
    「ヒーローか……よしっ!!」
    (考える前に行動!それ俺だ!)
     自信満々の笑みを浮かべ、少年は顔を上げる。
    「行っくぜー!!」
     いきなり聞こえた声にギョッとして、周りにいた者は少年を見るが、少年はその視線を気にも留めず(気付いてないだけだが)走り出した。
    「ヒーロー、今日も元気だな」
    「ゲーム、クリアでもしたんじゃないか」



     その日の夜。
     夢中になっていたゲームに見向きもせず、少年は眠る準備をしていた。そして、いつもより何時間も早く少年は眠りについた。夢の世界に行けないかもしれない、そんな不安は少年にはなかった。
    (必ず助けるから。待ってて、王様)


     気付いた時には少年は「夢の世界」にいた。
     けれど、そこは昨夜訪れた「夢の世界」とは違っていた。淡いピンクの空は真っ黒に、クリーム色の雲は紫色に、不思議な地面は禍々しい色に変わっていた。まるで少年が訪れることを拒んでいるかのようなその世界は、確かに「夢の世界」だった。
    (何なんだよ……。そうだ、ビギンは!他の人形たちは……)
     王様を一心に思う優しい人形たちを思い出し、少年は焦って夢の森に向かった。
     遠くの方に小さく見える城の方向に走って行くと、やがて森が見えてきた。そして、入口に人形の姿が見えてきた。
    「ビギンッ!!──じゃ、ない……」
     思わず呼び掛けて近寄ると、見えた姿はビギンではなかった。ビギンは白いウサギの人形。けれど、そこにいたのは黒いウサギの人形だった。
    「君は誰?ビギンは?」
     整わない呼吸のまま、少年は目の前にいる黒いウサギに問い掛けた。
    「ワタクシハ、エンド。『夢終ワリノ森』ノ番人デゴザイマス」
    「っ!?」
     機械の様にウサギは少年に告げた。ウサギの名も姿も、語る言葉も全くビギンとは違ったが、その声は確かにビギンのものだった。
    「森ニ入ルコトハオススメイタシマセン」
     呆然とする少年に黒いウサギ──エンドは告げた。
    「待って。ここは「夢の森」じゃないの?」
    「イイエ。ココハ城ニ通ジル唯一ノ道、『夢終ワリノ森』デゴザイマス」
     同じ世界。同じ場所。けれど、全てが真逆になっていた。
    通るなと言われても、そこが城に通じる唯一の道ならば通らない訳にはいかない。
    少年はエンドを見つめる。エンドはビギンと同じ、黒曜石のような綺麗な瞳をしていた。無機質なエンドのその瞳に、少年は何故だかビギンと同じ温かさを感じた。
     そして、エンドの瞳を真っ直ぐに見つめ、少年は告げる。
    「ごめん、ビギン。俺、行かないと。皆と──王様と約束したからさ」
     そう言って微笑むと、少年は城に向けて森の中を走り出した。
    「王様……助ケル……ヤクソク……」
     そう、小さく呟くエンドの声が森の始まりに響いた。



    『カエレ』

    『カエレ』

    『ココニイルベキデハナイ』

    『人間ダ』

    『カエレ』

    『ココニイルベキデハナイ』

     息を切らせて走る少年の耳に、囁く声が聞こえてきた。
     昨夜出会った人形の姿は影もなく、森の全てが少年を拒絶する。
     『夢終わりの森』という名前にふさわしく、森の中は薄暗く、何度も気にぶつかりそうになった。止むことのない声に気が滅入りそうだったが、木々の間から見える城が少年の身体を動かした。
     城が近づくにつれて思い浮かぶのは王様の姿だった。自分と同じ、決して大きくはない背に全てを背負い込んでしまった王様。この世界からは出れないと言い泣いた王様。年齢もそう変わらないはすだが、王様はどれだけのものを抱え込んでいるのだろうか。
     木々が減り、森の出口が近づく。
    (王様、今行くから)
     そう思いながら少年は足を進めた。
    森を抜けた瞬間、見えたのは城の鉄柵だった。そして、鉄柵の向こうに見えるのは城の入り口。昨夜通った扉だった。
    「えっ?いや、そんなわけない」
     あることに気付き、少年は鉄柵に沿うようにして城をグルリと一周する。けれど、少年探しているものは無かった。
     そう、鉄柵の向こうに行くための門が無いのだ。
     城の周りにあるのは鉄柵だけ。中に入ることは出来ない。
    「何、で……クソッ」
     どこまでも少年を阻む世界に、少年は憤りを感じえなかった。
     自分よりも高い鉄柵を見上げる。そして、意を決して少年は柵を掴んだ。
    (俺は『ヒーロー』)
      何度も、自分にそう語りかけ、高い高い柵を上っていく。柵の上に着く頃にはすっかり息が上がり、手に力が入らなかった。手を握ったり開いたりを繰り返して、手に力が入るようになると、少年は柵から下りた。昨夜よりも重く厚く感じる扉を開け、城の中に入って行く。
    (何だよこれ……)
     見た目こそ昨夜と全く変わっていなかった王様の城。しかし、中は違っていた。
     全ての明かりが煌々と灯されていた廊下には明かりがなく薄暗い。それに、人の気配など昨夜は感じなかったはずだが、城に入った瞬間から誰かに見られているような奇妙な感覚が拭えなかった。その奇妙な感覚を振り払うように、少年は玉座のある部屋を目指して走り出した。
    (王様……)
     ただ、王様を助けるために少年は走った。
     玉座のある広間に続く、向かい合った二枚の扉を勢いよく開く。
    「っ!!」
     そこに広がる、これまでとは違うものに少年は驚きを隠すことが出来なかった。廊下と同じよ薄暗い広間に、これまでと同じ赤い絨毯。そして、それまでとは違うもの。絨毯に沿うように隙間なく置かれた鉄の甲冑。
     無数に置かれた甲冑は、まるでこの城の兵士のようだった。
     甲冑は向かい合わせに剣を構えていた。隙間なく置かれた甲冑は通路を塞ぎ、絨毯以外の道を通ることは不可能だった。
     確実に偽物ではない剣は、光沢を放っており、振りおろされてしまえば確実に死んでしまう。
     固定され動かない甲冑に限ってそんなことはありえるはずがないとは思ったが、ありえない光景が少年にためらいを与えた。
     恐怖を覚えながらも、ためらいながら少年は一歩だけ踏み出した。
     静けさが漂う。
    剣が降ってくることはない。少年はそう分かると、全力で甲冑の間を──剣の下を走り抜けた。
    「ハァハァ……こ、怖かっ、た……」
     膝に手をつき、少年は息を整える。そして、呼吸が落ち着くと、玉座の裏──王様の部屋に向かった。
     扉を開く。王様のいるこの空間だけは様子が変わっていないことに少年はひどく安堵した。そして、五つある部屋の一番奥。王様と出会った、おもちゃの部屋に迷わず少年は向かった。
     扉を開くと、聞こえてきたのは不協和音のオルゴール。壊れた音が薄暗い部屋の中に響いていた。音のする方を見てみると、綺麗なオルゴールの箱から、いくつもバネが飛び出ていた。
    「っ!?」
     静かに部屋を見渡す。目の前に広がる惨憺(さんたん)たる光景に少年は言葉を失った。
     薄暗い部屋の中、ようやく目が慣れた瞬間、飛び込んで来たのは首の千切れた人形。その周りには、壊れたおもちゃの残骸。無数に散らばった壊れたおもちゃは少年の足元にも落ちていた。
     そして──。
    「っ……ヒック……」
     微かに聞えた、王様の泣き声。
     壊れた天蓋の大きなベッドの奥、部屋の隅に少年は歩み寄った。
    「王、様?」
     情けなく声が掠れた。
     広い部屋の片隅に、確かに王様はいた。けれど、その周りには蔦(つた)のような黒いものが、王様をそこに閉じ込めるようにあった。
    「王様……」
     もう一度呼びかけた。今度は声になった。
     黒い蔦に囲まれた王様が、ピクリと身体を震わせた。それまで微かに聞こえていた泣き声が止み、ゆっくりと王様が顔を上げた。
     涙の滲む、光を失った瞳が少年の姿を映した。途端、王様の瞳が驚きに見開かれた。
    「どう、して……」
     小さく、王様は呟いた。再び泣きだしそうな王様に、少年は笑顔を向けて言った。
    「だって、来るって約束したから」
     少年のその言葉に王様は泣きだした。嬉しくて仕方なかったのだ。少年が再び訪れたことが。約束を守るというその言葉が。
    「王様。約束通り、俺、来たよ。本当のこと教えて。王様はどうしたい?」
     黒い蔦に一歩近づき、少年は王様に聞いた。
    「僕は出れないんだ」
    「王様、顔を上げて」
     俯く王様に少年は手を伸ばす。黒い蔦が少年の腕に絡みつく。
     少年の声に導かれるように、王様はゆっくりと顔を上げた。綺麗な青い瞳は涙でいっぱいだった。そして、ゆっくりと王様は、少年の笑顔に惹かれるように手を伸ばした。
    (僕は……)
    「僕は……っ……僕はここから出たい!!」
     王様がそう叫んで少年に手を伸ばす。少年は、伸ばされる王様の手を取り、黒い蔦を引き千切り、力の限り王様の手を引いた。
     本物の蔦が切れている音とは違う、奇妙な音を立て黒い蔦が千切れていく。
    「走って!!」
     黒い蔦から王様が離れた途端、少年はそう叫び、王様の手を引いて走り出した。少年は、何故だか嫌な予感がしたのだ。言葉では言い表せない、とてつもなく嫌な予感が。
     おもちゃの部屋の扉を焦りながら開く。乱暴に開けたので、壁に跳ね返って大きな音を立てるはずであろう扉が音を立てることはなかった。
     体中を駆け抜けるゾッとする感覚に、少年は思わず立ち止り、扉の方を振り返った。
    「っ!?」
     目に飛び込んで来たのは、おもちゃの部屋から伸びる黒い蔦のようなものと、それに飲み込まれた扉。少年と王様が来た道はなく、そこにあるのは闇だけだった。
    「走って、王様。早く!」
     恐怖に震える身体を無理やり動かし、王様の手を引いて走り出す。
     時折、走りながら振り返ると、そこに部屋や廊下はなかった。
     玉座の広間に通じる飛びらを乱暴に開く。もちろん、扉は闇に飲み込まれ、音を立てることはなかった。
     剣を構えた兵士の間を通る。ためらっている暇はなかった。
    「剣がっ!!」
     怯えた王様の声に、走りながら振り向くと、二人の通った後には甲冑の手から離れた剣と、崩れ落ちた甲冑が闇に呑まれていた。
     立ち止まろうものなら剣に刺され死んでしまう。瞬時に少年はそう悟った。死ぬわけにはいかない。死にたくない。掴んだ王様の手を離さないようにしっかり握り、少年は走った。
     広間の扉を抜け、城の入り口を目指し、長い廊下を走り抜ける。
    「僕のせいだ」
    「えっ?」
     闇に呑まれ、崩れていく城の中で王様は小さく呟いた。
    「僕が出たいなんて言ったから、そう望んだから、だから!世界だおかしくなったんだ」
     そう言った王様の声は震えていた。だんだんと、王様は走ることを止めだした。それでも、少年は王様の手を引き、走り続けた。長い廊下をひたすらに少年は、王様の手を引いて走る。
     約束したから。
    「約束したから」
     少年の声に、王様は俯いていた顔を上げた。自分の手を引いて走り続ける少年の後ろ姿を、涙でぼやける視界の中で王様は見つめた。
    「約束、したから。またここに来るって。王様と外に出るって!王様を助けるって!!約束したから。
     ねえ、王様。俺のあだ名知ってる?俺さ「ヒーロー」って皆に呼ばれてるんだ。まあ、良い意味ではないものも含まれてるし、からかい半分だけどさ。……ヒーローはさ、困ってる人を、助けを求めてる人を救うんだ。だから、俺は王様を助けてみせるよ」
     振り返り、少年は笑った。
    「ヒー……ロー……」
     手を引く王様から、そう呟く声が聞こえた。王様が少年と並んで走り出した。けれど、先ほど失速したせいか、闇は二人に近づいていた。
     王様の足元が闇に呑まれ、消えた。
    「ヒーロー!!」
    「王様!!」
     下に落ちる重心を何とか持ち堪え、王様が闇に落ちないよう、必死に少年は王様の手を掴んだ。けれど、二人の体格はそう変わらない。そのため、少年が王様を引き上げるのは困難だった。
     王様の足元が失われた時には闇の浸食は止まっていた。けれど、いつまた浸食が始まるかは分からないし、崩れかけの城の中にいることは危険だった。そして、すぐ後ろには出口が。
     王様と共に闇に落ちるか、王様を見捨て城から出るか、闇は少年に二つの選択肢を与えた。
    「離して、ヒーロー」
    「嫌だよ」
     離すよう言われても、離す気など少年にはなかった。けれど、王様は、このままでは二人揃って闇の中に落ちてしまう、それなら自分だけが犠牲になれば良いと思っていた。
     少年が手を離さないのならと、王様は掴んでいた少年の手首を離し、身体から力を抜いた。助かる気力を失くした王様の身体はとても重かった。だが、少年は手を離さなかった。
    「離さ、ない……」
    「離して」
    「離さない!」
     二人の押し問答が続く。
    「離して!!」
     キッと少年を見つめ、泣きながら王様は叫んだ。王様に泣いているという自覚はなかった。
    (助かりたくないなら何で泣いてんだよ。「助けて」って言ったじゃん)
     王様の瞳を真っ直ぐ見つめ返し、少年はそう思った。両手で王様の手を掴み、少年は口を開いた。
    「助かりたくないなら何で泣いてるんだよ!一緒に助かろうよ!自分に嘘なんかついて良いことあるわけないだろ!!」
     そう叫びながら、少年は力いっぱい王様の手を引いた。王様の手が、城の床を掴む。少年は王様の手を引き、王様は自らの力で闇から抜け出そうとする。
    「ヒーロー……」
    「王様っ!」
     二人の身体が城の床に投げ出される。二人は闇が与えた二択のどちらも選ぶことはなかった。
     安心したつかの間、再び闇が二人を襲う。
    「王様行こう!」
     立ち上がり、少年は王様に手を伸ばす。王様は頷き、少年の手を掴んだ。
     城の扉を目指し、二人は走る。
     扉まで一〇メートル、五メートル。三メートル──。
     二人は同時に扉を開けた。
    「えっ!?」
    「わっ!」
     扉を開いた瞬間、広がったのは目が眩むほどの光。その中で、少年は王様を見失わないように、王様の手をギュッと握った。すると王様も、同じ分の力を込めて、少年の手を握り返した。
     これからどうなるのだろう。少年がそう思っていると、ふいに王様の両手に繋いでいた手が包まれた。
    「王、様?」
     光で眩む視界の中で、王様の姿を捉える。
    「ありがとう、ヒーロー」
     王様はそう言った。青い瞳が弧を描く。
     初めて見た、王様の笑顔だった。
    「ありがとう。もう、夢は終わりだよ」
    「えっ!?それって、どういう──」
     少年が言葉を言い切る前に、王様の手が離された。
    「王様っ!!」
     慌てて掴もうとするが、少年の手は光を切るだけで王様の手を掴むことは出来なかった。
    「王様ああああああぁぁぁぁぁぁ──!」
     光が一層強くなる。
     夢は終わった。




    「……っ!!」
     視界に映るのは見慣れた自分の部屋。
     頬の辺りに濡れた感覚がし、手を頬に当てると、涙が伝っていた。少年は自分が泣いていることに気がついた。
    (夢、終わったんだ……)
     ゆっくりと上体を起こし、はっきりとしない意識の中で少年は辺りを見渡した。
     王様は「ありがとう」と言った。けれど、それで本当に助かったのか、少年には解らなかった。そして、王様との記憶が夢なのか、そうでないのか、それすら少年には分からなかった。
     ふと目に入ったのは、対になった二体のウサギの人形だった。それぞれが手の平ほどの大きさの、黒と白のウサギの人形。
    「俺の部屋、人形なんかあったっけ……」
     チェストに置いてある二体の人形を手に取る。やはり、人形に覚えはなかった。
     ウサギは二体とも、黒曜石のような綺麗な瞳をしていた。まるで、
    (似てる……)
     ビギンとエンド。二体の森の番人のような。
     ウサギの人形を片手に、焦りながら少年はキッチンに向かった。
    「母さん!俺、こんな人形持ってた?」
     扉を開けたと同時に少年は母親に聞いた。
    「扉は静かに──あら?可愛い人形。そんなの持ってたの?」
     少年の手に握られた人形を見つめ、母親あはそう言った。
    「え?母さんが置いたんじゃないの?」
    「違うわよ。まぁ、人形が勝手に出てくるわけじゃないんだから持ってたんじゃないの?」
    「そう、だよね……うん」
     母親の言葉に納得するより他なく、少年は再び部屋に戻った。
    「見れば見るほどビギンとエンドにそっくりだ」
    少年はベッドに座りこみ、そう呟いた。
    思い浮かぶのは、夢の世界で起きたこと。それらは、夢とは思えないほど、鮮明に記憶に残っていた。
     だが、眠りの中で起きたことを現実だと証明する術はない。夢は夢でしかない。そう思うより他なかった。
    「王様……」
     ビギンとエンドに似た人形を抱きしめ、膝の間に顔を埋めた。
    「夢、だったのかな」
     そう呟き、ノロノロと少年は学校へ行く支度を始めた。
     夢と現実の違いとは──。
     夢の世界で王様と出会って、一週間ほど経った。
     この日、少年は祖母のお見舞いのため、少し遠くにある大きな病院に家族と来ていた。
     何度か訪れたことはあるが、静かで何もない病院は少年にとっては退屈な場所でしかない。祖母と話し終え、家族が話している間、少年は祖母の病室を抜け出し、病棟の外をブラブラと歩き回っていた。
     噴水の周りをぐるりと一周したり、ワザと木々の中を突き進んで行ったりとしたが、退屈なことに変わりはない。今はボーッと、木陰のベンチに座っていた。
    「ヒーロー!!」
     ふいに、泣きそうな声で誰かに呼ばれ、少年は声のした方を見る。
     そこにいる人物を見て、少年は言葉を失った。
     友人の誰かが偶然ここにいるだけだと思っていたが、そうではなかった。
     車椅子を投げ出して、泣きそうになりながら走ってくる青い瞳の少年。それは、紛れもなく王様だった。
     どうして。
     何でここに。
     聞きたいことは山ほどあった。けれど、言葉が声にならなかった。気づくと、少年は泣いていた。駆け寄って来る王様も泣いていた。
     後、数メートルというところで王様の身体が崩れる。慌てて少年は駆け寄り、王様を支えた。
    「ヒーロー?本当にヒーロー」
     二人そろって崩れるように座り込む中で、王様──青い瞳の少年は聞いた。
    「王様……?」
     少年は呆然とした声で聞いた。
     少年の言葉に王様は頷いた。
     良かった。
     生きてた。
     夢じゃなかった。
     王様が無事だったことに安堵し、少年はボロボロと泣き崩れた。安心して涙腺が緩んだというのもあるが、王様とこうして出会えたことや王様が無事だったことが嬉しくて涙が止まらなかった。
    「ハハ……ヒーロー本当は泣き虫だったんだ」
     そう言いながら王様は小さく笑ったが、王様も声が震えていて、泣いていることは一目瞭然だった。
    「何で、王様」
     泣きながら少年は聞いた。
    「僕ね、事故に遭って、ずっと眠ってたんだ。夢の世界にいると長く感じたけど、現実では二年くらい。夢の世界で光に包まれた時、全部思い出したんだ。目が覚めたのはその時から。体力が回復したらすぐに退院できるんだよ」
     王様の話を頷き、泣きながら少年は聞いた。
    「俺、王様助けられなかったのかなって。全部夢だったのかなって……」
    「ごめんね。ありがとう、ヒーロー」
     そう言って二人は立ち上がり、少年はベンチに、王様は車椅子に座った。
     ようやく少年が泣き止んだ時、二人はそろって口を開いた。
    「あのさ/ねぇ」
    「ヒーローから/王様から」
     二人の声がそろう。それがおかしくて、二人は顔を見合わせ、笑った。
     そして少しの沈黙の後、少年が先に口を開いた。
    「王様、俺と友達になってよ」
    「っ!!」
     少年の言葉に王様は驚いた。そんな王様に、少年は不安げに聞いた。
    「だめ、だった?」
     その言葉を聞き、王様は焦って。ブンブンと大きく頭を横に振った。
    「ちが、違うんだ。僕も同じことを言おうとしてて……」
     王様の言葉に、少年は嬉しげに顔をほころばせた。
    「良かった……」
     本当に嬉しげなその姿に、王様も顔をほころばせた。
    「ヒーロー。僕と友達になってよ」
    「もちろんだよ」
     自分と同じ問いかけに、少年は笑って答えた。
     そして、二人は顔を見合わせ笑い合った。





    「行ってきまーす!」
     元気よく少年は家を飛び出した。
     今日は少年にとって、最も楽しみしていた朝だった。
    「ヒーロー!」
     後ろから自分を呼ぶ声が聞こえる。
     楽しみにしていたその時に、少年は勢いよく振り返った。
     そこには青い瞳の少年。
    「──!」





    END
    ヨウ Link Message Mute
    2018/08/07 21:27:44

    Dream King

    夢の中の孤独な王様の話。

    write:2013.11.06

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    • まじょさんTwitterの某タグのもの
      左右から読むと異なる文章にしたかった……

      #創作 #オリジナル #小説
      ヨウ
    • 13番目二次創作/ #コンパス /13/SS
      13メインテーマ「天使だと思ってたのに」より歌詞引用



      名もない讃美歌 write:2018.01.26

      独白 write:2018.01.27

      白黒 write:2018.01.30

      その感情に名前はいらない write:2018.01.31
      ヨウ
    • 永遠『未完成』表現を愛した彼の話

      write:2013.01.30

      #オリジナル #創作 #小説 #一次創作
      #一人称視点
      ヨウ
    • SS置き場不眠 write:2018. 08.26
       眠りたいだけ。

      バットエンド write:2018.09.26
       彼は叶わない恋をしている。

      #創作 #一次創作 #小説 #SS #短編
      ヨウ
    • ワールドカラーと魔女の歌”色のない世界”と”色の魔女”

      未完結
      思いついた時に追加

      1 write:2013.05.19
      2 write:2018.02.13
      ヨウ
    • 心佑何を犠牲にしてでも彼になりたかった。
      ちっぽけな劣等感を抱く彼の話。

      Illust.朔
      write:2011.09.15
      ヨウ
    • UNDREAM少年
      夢の中の少年
      少年はいつも俺を突き落とす


      少年は

      またね……

      手を振って、俺を突き落とす





       未完結/シリアス/更新低
       原案は別の方
      ヨウ
    • SSまとめ(2)季節もののSSまとめ

      ーSpring
      ファインダー write:2013.04.07
       君に春を写す。
       
      スケッチ write:2013.10.23
       春は嫌い。

      ーSummer
      シーグラスを集めた write:2014.06.16
       君の欠片探し。

      アナタ色 write:2015.9.20
       気まぐれと雨とアナタ。

      ーWinter
      どうせ嘘なら、甘いのがいい write:2017.03.13
       潔癖と罪悪感と彼。
      ヨウ
    • セーラー服に純情を描いた”僕”は”彼女”に恋をしている。

      ep1 write:2014.02.15

      ep2 write:2014.04.25
      ヨウ
    • SSまとめ(1)かなり前のSSだだけ
      消すかもしれない……

      涙 write:2011.11.01

      恋慕恋焦 write:2011.11.01
      ヨウ
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