SS置き場
不眠 身体が沈んでいくように感じるのは疲れのせいだけではない。
霞む思考を振り払い、自宅に続く扉に手をかける。扉の先には住み慣れた自宅。生活に必要な家具があるだけに近い部屋の中は、俺そのもののようだった。
嗚呼、深く眠りたい。
ベッドに続く床に衣服で道を作っていく。片付けは明日の自分への置き土産。
アラームのセットを確認して、ベッドに潜り込む。シャワーを浴びることすらも億劫だ。
暗闇の中で目を閉じる。
規則正しい呼吸音。
時折通る車の音。
電子時計に変えてからは秒針の音は聞こえない。
そのまま死体のように動かない。
身体も思考も睡眠を求めているのに、一向に睡眠は訪れない。
また外で車が通り過ぎた。通り過ぎる車の数を数えた夜もあったけれど、当然何も無い。虚しさが募っただけだった。
カチカチ
カチカチ
聞こえないはずの秒針がリフレイン。僅かな睡眠を貪る直前の記憶は決まって秒針の音だった。
カチカチ
カチカチ
時折響く秒針の音は、記憶の中で響いている。
霞む思考。沈む身体。睡眠が訪れる。
そんな俺を嘲笑うように、カーテンの隙間から淡い青が覗き込む。
嗚呼、今日もまた眠れない。
おはよう。
END
バットエンド 彼は叶わない恋をしている。
彼の想い人には彼ではない想い人がいる。そう知りながらも彼は恋することをやめない。
ある日の夕暮れの校舎。かすかに届く運動部の掛け声。オレンジを彩る吹奏楽の音色。完璧なシチュエーション。
「好きです」
そう言った私の声に返ってきたのはたった一言。その一言で私の恋は呆気なく終わってしまったのだ。
告白がある種の節目になったのか、なんてふざけた調子で言えるほどになっていた。
彼はきっとそんな私を知らない。そうして、まだ私が誰かを想っていると、片想いを拗らせるのだ。
彼は知らない。一途なその想いに私が惹かれていることを。
きっとこの恋はハッピーエンドになるはずだ。足りないのは私と彼の勇気だけ。
どうやって踏み出そうか。完璧なシチュエーションなんて当てにならない。だって、失敗してしまったのだから。
夕暮れの校舎。運動部の声も、吹奏楽の音色も聞こえない。響く2つの心音しか、私たちの耳には入らない。
「好きです」
彼が私にそう告げた。先に頬を染めたのはどちらだろう。
たった一言。その一言でハッピーエンドが始まった。
この恋にバットエンドは似合わない。
END