1 この世界では『色』と聞いたら皆口々にこう言う。
「『色』とは何だい?この世界には白と黒しかないだろう?」
白と黒のモノクロの世界。この世界の人々にとってはそれが当たり前で、日常。誰一人として、白と黒以外の『色』が存在するはずがないと信じて疑わなかった。
所狭しに家々が連なる小さな町に少年はいた。
少年の名前はルイス。この小さな町で生まれ育って来た。
癖のついた柔らかそうな髪に、いつもダボっとしたシャツとズボンを身につけている。
この日は町で一番頭の良い、ロントじいさんの家に行き、勉強をしなくてもいい日なので、目的も無くブラブラと町を歩いていた(補足だが、この町には私たちの言う「学校」と呼ばれるものがない)。
迷路のように入り組んだレンガの道を歩きながら、ルイスはまるで冒険でもしているような高揚感を覚えた。
(せっかくだから、いつもは行かないところに行ってみよう)
そう思いルイスは、曲がり角に差し当るたび、勘任せに道を進んでいった。自宅のある一番街を抜けて二番街へ。そして二番街を抜けて、いつもは通らない三番街も越えていく。小さい町ではあったが、この町は一周グルリと一三番街まである。少年の足ではかなりの時間が掛ってしまうが、昼の間中時間を掛ければ無理ではない。
いつもと変わらないはずの真っ白な空が、この日は変わって見えた。とても綺麗で、空気までいつもより澄んでいるように思えた。
知らない道を通るのはとても新鮮で、ルイスは高まる気持ちを抑えきれなかった。
今が何番街であるのか、そんなことはルイスにはどうでもよくて、見たことのない景色が楽しくて仕方がなかった。
どこに行くのか、どこを進むのか、全く決めず勘のままに進んでいく。幼いならではの好奇心が、少年から危機観念を失わせていた。
──小さな世界の色の唄 ルルル ルラ──
「歌?」
少年の耳にどこからか歌が聞こえてきた。だが、近くの広間に居る人は聞こえていないのか、誰も気にしていなかった。
(気のせいかな?)
──七色の虹の唄 ルルル ルラ──
(まただ!)
再び聞こえてきた声に、ルイスは耳を傾け、音が聞こえる場所を探そうとした。
綺麗な声で紡がれる、知らない歌。未だに声は聞こえるが異国の言葉なのか、少年には解らなかった。だが、その声に誘われるように、少年はフラフラと声の聞こえる方に進んでいった。
入り組んだ道を抜け、いくつもの家々を通り過ぎた先にあった家。窓にあった花壇には、見たこともない綺麗な花が植えられていた。扉にも綺麗な装飾がしてある。広間に面してその家はあるのに周りにいる人は、誰もその家が無いかのように気にも留めない。
(こんなにキレイな家なのに。それも見たことも無い花。それなのにどうして誰も気にならないのかな?)
そんなことを思いながら、気付けば足はフラフラとその家に近づいていた。
(ダメだよ、勝手に開けたらいけない)
そう思いながらも、ルイスはその家の扉に手を掛け、扉を開けてしまった。
鍵が掛かっていなかったため、ギィという鈍い音と共に扉は簡単に開いた。
(開けちゃった……)
外にあった見たこともない花と同じように、家の中も見たことのない植物や道具があり、壁には異国の言葉で書かれている本がたくさんあった。
「あら、小さなお客さんね」
いつの間にか歌は聞こえなくなり、歌声と同じ綺麗な声が少年の耳に届いた。
声のする方を見ると、奥の部屋に通じると思われる扉の前に、今までに見たことも無いほど綺麗な女性が立っていた。真っ黒なワンピースというシンプルな格好ではあったが、着飾ることなどしなくともその女性は美しかった。柔らかそうな髪は、腰まで伸びていて、ゆるくパーマがかかっていた。
(キレイな人……)
この女性から、あんなに綺麗な声が出ていると思うと、なるほど納得できた。こんなに綺麗な女性を見たのは初めてで、思わず顔が熱くなってしまう。そして少年は、勝手に家に入ってしまったことを思い出し、謝ろうと慌てて口を開いた。
「あ、あの、勝手に入ってきちゃってゴメンナサイ。ボク──……」
「いいのよ。気付いてくれたのは随分と久しぶりだわ」
「?」
女性の言葉に疑問を覚えつつも、勝手に入ってきたことに怒っていないのだと思うと少年は安心した。
「ねえ、ボク?よければ私の話し相手になってもらえないかしら。お客様が来たのは久しぶりなの」
そう言って女性は、子供の様に楽しそうに微笑んだ。無邪気なその笑顔に、冷めてきた頬が再び熱くなるような気がした。
END
2 その歌はとてもキレイだったんだ。
その歌が聴こえてくる旅に世界がキラキラ光っていった。
キラキラ、ピカピカ。
その人はソレを「色」と呼んだ。この世界にはシロとクロしかない、だから「色」をつけてあげたのよ。そう言ってとてもキレイに笑ったんだ。
ボクのちっちゃな世界の中で一番キレイな人は、そう言いながらお日様みたいに笑ったんだ。
「アナタはとてもステキな人だね」
キラキラの世界に一度、両手でフタをしてボクは言った。とてもキレイなその人が作る世界はどこもかしこもキラキラで眩しい。
色が無いなんて、寂しいもの。そう言う声は鈴が鳴っているように思えた。ボクは宝箱を開けるときのようにドキドキして、一度したフタをいつ外そうか悩んでしまった。
また鈴が鳴った。
頬が熱い。これは「赤色」。
ボクの頬をチョンッと小突いてその人は言った。
世界はキラキラで溢れてる。
世界は「色」で染まっている。
END