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    SSまとめ(2)ファインダースケッチシーグラスを集めたアナタ色どうせ嘘なら、甘いのがいい
    ファインダー レンズを通して世界を見つめる。
     ずれたピントを合わせると『俺の世界』がクリアになった。
     誰もいない、俺だけの世界。
    写したいものを写してきたけれど、時にそれは深い悲しみを訴え、時にそれは憤る激情を叫び、時にそれは温かな慈しみを語り、時にそれは鮮やかな歓喜を歌った。汚いものも美しいものも写してきたこのカメラには、俺の全てがあるような気がした。否、いつしか俺は感情の全てをカメラで世界を、そのレンズに写すことで表現していた。もちろん、カメラを持たない俺に喜怒哀楽が全くないとは言えないけれど。
    レンズの中の世界は純粋で、けれど、真っ直ぐにしか表現を示さないそれは、どこか歪んでいるようにも思えた。
     写真は撮る者の本質を雄弁に語る。それは父さんに教えられたことだ。
     確かに技術は必要だけれど、感情の込められた写真には技術以上に、人に何かを伝えるものがある。本質を語る、嘘のない世界だからこそ、俺はカメラを愛し、レンズの中の世界を見続けてきた。
     真っ直ぐな世界は不器用な俺には相応しい。
     レンズの中の世界は嘘をつかない。



     俺の父さんはカメラマンで、度々家を空け、撮影に出かけていた。
     幼い頃は、そんなことを説明されても意味が分からなかった。俺にとって、父さんが大切にしているカメラがどんなものなのか分からなくて、どうして父さんは黒くて四角いものを大切にしているのか気になって仕方なかった。
     それが何なのか聞いたとき父さんは、世界を写すものだと教えてくれた。父さんがカメラだと教えてくれたそれは、俺にとって魔法の道具へとイメージを変えた。
     初めて触れたのは、それからすぐだった。好奇心に負けた俺は、父さんに黙って勝手にカメラに触れた。カメラは幼い俺にはとても重くて、それに、世界を写すには小さく思えた。
     その後、部屋に来た父さんに俺はこっぴどく怒られた。けれど、俺がカメラに興味を持ったことが嬉しいのか、カメラについて聞くと、父さんは嬉々として教えてくれた。父さんが覗かせてくれたカメラの中の世界は、ピントが合っていなくて、ぼやけて何も見えなかった。
     ぼやけた世界が変わったのは一瞬だった。
     父さんが魔法を掛けたのだ。見ている景色は眼もカメラも変わらないはずなのに、別の世界のようだった。
     今となっては、それが魔法ではなくピントを合わせただけだと分かるが、幼い俺には魔法のようだった。
     幼い頃は父さんが使わなくなったカメラをもらい、デタラメに写真を撮り続けていた。成長するにつれて、それだけでは満足に俺の世界を写すことはできないと思い、俺は父さんに何度もピントの合わせ方や撮り方、表現以前に必要な基礎的なことを教えてもらった。暗室を使った写真の現像の仕方も何度も教えてもらった。
     一眼レフなんて子供の持つものではないと当時の俺は全く思っていなかった。両手でカメラを抱え、懸命に写真を撮る姿は微笑ましいだろが、同時に滑稽だっただろう。
     幼い頃、父さんが撮った、カメラを抱えた俺の写真を思い浮かべ、クスリと俺は笑った。
    「高野君っ!」
    また来た。
    そう思いながら、俺は思考を中断した。思えば、随分と懐かしい記憶だ。
    「今日こそウチに入部してもらうからね!」
    「ごめん。興味ない」
    「あ、ちょっと」
     入部届け片手に俺に話しかけてくる日野をかわし、俺は玄関に向かった。
     彼女は日野ひのあかり。俺と同じく高校二年生で、写真部の副部長(らしい)。どこで聞いたのか、俺の撮った写真が色々と大会で入選したことや父さんがカメラマンであること知り、どこの部活にも入ってない俺をしつこく写真部に勧誘し、上手く撮る方法を聞いてくる。因みに高野とは俺のことだ。
    「だから何度も言ってるだろ。日野はカメラの基礎的な技術は十分身についてる。それに、写真は上手い下手で区別する世界ではないし、技術とかそんな理屈を考えて撮るものでもない。たいしたメリットもないのに部活に入る気もない」
    「でも、私は高野君みたいに上手く撮れない。もっともっと上手くなりたいの。それに、一緒に写真を撮りたい。だから部活に入ってもらいたいの!」
     こんな会話を何度しただろう。会う度にこれだ。日野は俺のように、と言うが、俺が撮るのは人物以外の写真。日野が撮るのは人物写真。根本的に違う。それに、日野が撮る世界はとても温かくて、まさに日野そのものだ。他人を自分の世界に写すことを嫌う俺からしたら、日野の世界は相容れないものだが、同時にその温かで真っ直ぐな世界を純粋に良いものだと思う。
     一緒に撮りたいと言っているが、日野にしつこく誘われ断りきれず、何度か一緒に写真を撮りに行ったことはある。
     流されているな、とは思うがそれが何故なのかは分からない。
    「いい加減あきらめろよ」
     そう言いながら下駄箱から靴を取り出す。既に家に帰る気しかないのは明白だ。
    「あきらめない。……あ、そうだ。ねぇねぇ、今度一緒に写真撮りに行かない?この週末、桜が満開になるの。学校の近くの桜並木の公園行こうよ。たくさん人がいると思うの」
     楽しそうに彼女はそう語った。やはり彼女の目的は人物写真のようだ。
     けど、俺からしたら人の多い所は写真を撮るのに向かない。俺の被写体は桜であって、それを楽しむ人間ではない。
    「悪いけど俺が撮りたいのは人じゃ」
    「考えておいてね!」
    「おいっ!日野」
     慌てる俺を後目に日野は伝えたいことだけ伝えると、部活に行くのか、校舎へと戻って行ってしまった。日野の言動に頭を掻きつつ呆れながら、俺は下校した。
     駅のコインロッカーに寄り、自分の分身とも言えるカメラを取り出す。デジタルカメラ程度なら何も言われないだろうが、写真部でもない俺が一眼レフを学校に持ち込むのは流石におかしい。このカメラを学校に持ち込めるのなら写真部に入ることも魅力的ではあるが、校内でカメラを使うことはないし、自分の世界を他人と共有する気もないから、やはり入部する気にはなれない。
     ならば何故、結局は日野の誘いを受け、何度も一緒に写真を撮りに出かけているのだろうか。そう思いながらも、俺は答えを導き出すことができなかった。
     五分咲きの桜を見かけ、思わずカメラを手に取る。
     未熟な桜は満開のものには劣るが、とても綺麗だった。
     シャッターを切ってふと、また彼女の誘いを受けるのだろうと思った。



     週末。
     俺は日野と桜並木の公園に来ていた。彼女の言った通り、桜が満開だった。そして、これも彼女の言った通り、たくさんの人で溢れかえっていた。
     これじゃまともに写真は撮れそうにないな。そう思い、俺は密かに溜め息を吐いた。
     ふと隣の日野を見ると、彼女の姿はなかった。すでに公園にいた人に声を掛け、何枚か写真を撮り始めていた。
    楽しそうな日野の笑顔に、まぁ良いかと思う辺り俺も日野に甘い。この時、顔が弛んでいたなんて俺は思いもしなかった。
    人を撮らない俺は、ずっと日野について歩いた。写真を撮る度に日野は俺に撮った写真を見せてくる。その全てが笑顔に溢れていて、とても温かい写真だった。
    夕方になり、だんだんと人がいなくなり始めたので俺はカメラを構えた。夕日と桜のコントラストはとても美しく、その世界に俺は魅せられた。
    レンズの中の世界を見つめる内に夢中になりすぎ、気付いたときには傍にいたはずの日野がいなくなっていた。そろそろ時間も時間なので帰らなければ、と彼女を探す。
    並木道にいないことが分かり公園の奥。一本だけ桜がある、小高い場所に向かうと、そこに彼女はいた。
    近付いた俺に気付かないほど、日野は夕焼けに見入っているようだった。
    「日野」
     呼びかけるが、日野は気付かない。
     ふと、日野が顔を傾け、微笑んだ。桜の花びらを孕んだ風が、悪戯に彼女の髪に絡む。綺麗だった。
     すぐに顔はまた夕日の方に戻されたが、彼女の笑顔が眼に焼き付いていた。驚くことに、他人を自分の世界に写すことを嫌っているのに、彼女の微笑みを撮らなかったことを後悔している自分がいた。
     ほぼ無意識に、俺はカメラを構えていた。
     ファインダーを覗き、レンズの中に彼女を閉じ込めて世界を見つめる。
     桜の花びらを孕んだ風がまた、彼女の髪に悪戯に絡む。
    その瞬間、俺はシャッターを切った。
     


     君の背中がとても愛しかった……。





    END
    スケッチ 頬をなぞった爽やかな桃色。淡い色彩が視界を掠めた。
     目の前に広がる爽やかな桃色は眩しく、俺の脳髄を焦がした。
     爽やかに冷たい風は仄かに春の陽気をその腕に抱き、俺を包み込んだ。
     ありもしない温もりは俺に心地良い忘却を与えてくれるかのような錯覚を抱かせ。
     ずっとこの風の中にいたかった。
     まだ満開ではない桜が、春の陽気と共に俺にも世間にも春を告げた。



     春は嫌いだ。何故って、温かい色で溢れているからだ。桜を象徴とする爽やかな桃色は好きになれない。桜は春という限られた季節にしか咲かないから好まれ、愛される。刹那的な美しさに誰もが魅かれる。そんなこと思うと余計でも桜も桃色も好きになれない。
    そんなことを言うと、決まって友人には笑われる。「自分の名前なのに嫌いなのか」って。俺の名前は木藤春。温かなその名前とは裏腹に、俺は春が嫌いだ。
     爽やかな桃色は俺のキャンバスには似合わない。
     それでも、描かない訳ではない。美術大学に通う俺は、試験とは別に作品の提出がある。基本は自由に描いても良いが、春夏秋冬の絵も提出しなければならない。
     去年と同じような絵を提出するわけにもいかないので、今年は桜にすることにした。幸か不幸か、学内の中庭には桜がたくさんある。そこに俺は椅子を持って行って、スケッチブックに絵を描いていた。
     スケッチブックの一ページ目が無彩色の桜で埋まっていく。ふと、色をつけたくないと思った。
     淡い桃色を脳髄が拒むのだ。眩しい桃色を絵筆が拒むのだ。
     憂鬱な気分で、さらに描き込もうとスケッチブックから顔を上げる。
     するとそこには、先ほどまでいなかった人の姿があった。何日かこの中庭に通いつめていたが、一度も見たことのない人だった。その人はとても綺麗な女性で、その美しさに俺は見惚れていた。
    「あの……」
     そう、声を掛けてすぐ、俺は後悔した。ただ、桜を見つめるその瞳を正面から捉えてみたかっただけで、声を掛ける必要などなかったというのに。
     それでも、アーモンド色の瞳が俺の姿を捉えたと分かるだけで舞い上がりそうなほど気分が高揚したし、顔に熱が集まっていく気がした。
     バクバクと、五月蠅いほど俺の緊張を訴える心臓の鼓動を抑えるよう、手を胸に当てる。
     不思議な顔をしていた彼女が微笑んだ。彼女が、俺に向けて微笑んだのだ。
     口が開く。声が漏れる。
    「貴女のことを絵にしたいんです……」
     舞い上がっていた俺は、ほぼ無意識にそう言っていた。桜を見つめる彼女があまりにも綺麗で、彼女と桜を描きたい、なんて思っていたら、こんな言葉が口から零れるなんて自分でも驚いた。
     唐突な俺の言葉に彼女も少し驚いているように見えた。
     けれど、それはすぐに照れるような表情に変わった。
    「どうして、私なんか?」
     爽やかな風が鈴を響かすような透き通った声。ほんのりと桃色に染まった頬。
     彼女の全てに見惚れ、聞き惚れていた俺は、彼女の問いが自分に向けられたものだと気づくのに時間が掛かった。
     こちらを窺う彼女の視線に、慌てて俺は口を開く。
    「お、俺、絵画学科三年の木藤春です!突然なんだけど、今度の提出用の絵に、その……貴女と桜を描かせください」
     みっともなく所々声が裏返った。恥ずかしい。でも、それほど俺は彼女を描きたかった。
     俺の言葉に彼女はまた驚いて、そして、うっすらと頬を桜色に染めてはにかんだ。
    「えっと、私でよければ……」
     突然すぎる申し出に彼女が頷いたのはきっと、よっぽど俺が情けない姿をしていたからなのだろう。
     彼女のその言葉を聞いた後のことを俺はよく覚えていない。ただ、ひたすら舞い上がって、きっと彼女に呆れられていたはずだ。
     少し落ち着いてから彼女と話をした。俺も彼女も話すのは得意ではないので、基本話すことはなく、その代わり毎日中庭に来ることを約束した。時間は長くても一時間。絵を描くのは明日から。俺がスケッチをする間、今日と同じように彼女はベンチに座っているだけ。
     約束された幸福な時間だった。
     それと、彼女の名前は、俺が見惚れた彼女が見ていたものと同じ「サクラ」というようだ。
     この日、現金にも俺は「春」が好きになった。
     それは初めて俺が「春」を好きだと思えた瞬間だった。



     翌日。サクラに会えることに舞い上がり、約束のお昼よりも速く中庭にいた俺のもとに彼女を現れた。
     僅かなアイコンタクトを交わし、何も言わず彼女は俺から少し離れた向かいのベンチに座る。そして、昨日と同じように桜を見つめていた。
     無我夢中で描いていたら、呆れたことにスケッチブックの三分の一が彼女のスケッチで埋まっていた。
     それから俺は、桜と彼女のスケッチばかりをしていた。その間、俺と彼女に会話は無かった。
     ふらりと彼女が現れて、そうしたら俺は彼女を描く。無音の安らぎがひどく心地良い。
     桜の満開を待つ彼女の姿は、どこか儚げだった。スケッチブックはそんな彼女で溢れていた。
     スケッチブックのページが少なくなりだすと、今度はキャンバスに描くためのラフを描き始めた。スケッチブックが最後の一ページになった時、俺はもう一度、彼女に声を掛けようと思っていた。もう一度、彼女に声を掛けようと思っていた。もう一度、いや、 この先も、彼女の声を聞いていたい。あわよくば、彼女の隣にいたい。



     数日後。
     この日も俺はスケッチブックに向き合い、ふらりと訪れる彼女を待っていた。スケッチブックはついに最後の一ページになっていた。今日こそは、彼女に俺から声を掛けようと思う。でも、何を話し掛けよう。でも、きっと、考えても慌ててしまって、喋り出すと支離滅裂なことを言うのだろう。彼女の前で冷静にいられる自信なんてない。
     絵に集中しなければ、そう思いスケッチブックに向き合う。
     不意に彼女の気配がした。スケッチブックの端からチラリと彼女の姿を捉えた。はっきりとは見ていないが、彼女がそこにいる。そう、確かに思えた。
    慣れた彼女の気配に俺は頬が弛むのを感じた。
     もう少し。
     あと少しで最後のページを描き終える。
     そうしたら彼女に……──。
     鉛筆で書き込んだ線に更に淡く陰を重ねていく。彼女の色をそこに描くように。鉛筆独特の黒ではなく、彼女の色をそこに思い描く。
     全体を見渡す。完成だ。
    「これで最後の一ページなんだ。これをキャンバスに描こうと思うんだけどどうかな──?」
     彼女の気配のする方に顔を上げる。
     けれど、そこに彼女はいなかった。そこにあるのは、ようやく満開になった桜。
     手の間をすり抜けた鉛筆を拾う気にもなれず、俺は呆然としていた。
     分かったのは、彼女がそこにいないこと。彼女の笑顔がそこにないこと。
     確かに感じたはずの彼女の気配は何だったのだろう。
     ふらふらと覚束ない足取りで桜の木まで歩み寄る。やはり、彼女はいなくて。
     ズルズルとその場に座り込む。何時間もそうしていたけれどその日、彼女が来ることはなかった。
     橙色を頬に感じてようやく俺は立ち上がる。体調が悪かったのかもしれない、たまたま今日は来なかっただけだ、明日は来るから、と自分にたくさんの言い訳をして。



     何日経っても彼女がそこに来ることはなく、気付けば桜は青い葉をつけ始めていた。
     桜が咲くと共に現れ、桜が咲き誇ると消えてしまった彼女。もしかしたら、彼女は桜の精だったのかもしれない。そんな、有り得もしないファンタジックなこと思った。
     俺はキャンバスに向き合う。キャンバスにスケッチブックに溢れる彼女と記憶の中の彼女を描く。
     ずっと嫌いだった色。使おうともしなかった爽やかな桃色をキャンバス一面に咲かせた。





    END
    シーグラスを集めた 白い地面に膝をついて一体どれほどの時間が経ったのだろう。一時間か二時間か……もしかしたら三〇分も経っていないのかもしれない。真夏の暑さは僕の思考をゆっくりと麻痺させていく。
     ゆっくりと流れていく汗を拭いもせず、砂を掻き分ける。寄せては返す波の音を後ろに、僕は光を探していた。
     傍らに置いてある僕の拳と同じくらいの大きさの瓶の中には茶色、緑色、青色、透明──濃い色から薄い色まで様々なガラスが入っていた。波に削られたガラスたちは、淡い輝きを放っていた。
     集まったガラスの数は瓶を半分埋めるくらい。次々と集まるそれらはまるで、一つ一つが記憶のようで、無性に切なく苦しく、僕は何かに急かされるように砂を掻き分けた。
     焦らなくてもいい。
     まだ時間はある。
     何かに急かされている自身を落ち着かせようと、そう口の中で呟くけれど、ますます焦る一方だった。
     焦らないといけない。
     もう時間はない。
     何が楽しくて、感覚が鈍くなるほど白い地面に膝をついているのか。何のために、ただガラスを集めているのか。何のために、瓶をガラスで埋めているのか。
     暑い。
     地面も太陽も僕自身も、あつい。
     瓶の中のガラスが光を集めて淡く輝く。色とりどりのガラスは綺麗だ。けれど、僕が探しているのはこの色じゃない。探しているのは、橙色のガラス片。あの人が好きな色。見つかりにくいのは知っていた。
    浜辺に埋まったガラス片は元は捨てられたガラス。それが波に削られてできたもの。だからあの人の好きな橙色を見つけることは難しい。けれど僕は探さないといけない。見つけないといけない。
     それでも見つかるのは、茶色や緑色や青色や透明ばかり。瓶がそろそろ埋まりそうだ。
     太陽がだんだんと、あの人の好きな橙色に変わっていく。
     暗くなる前に見つけないと。
     無我夢中で砂を掻き分けた。瓶の中の隙間はそろそろ無くなっていく。また一つガラスが砂の中から見つかった。
    「あった……」
     茶色に見えたガラスは砂を払ってよく見ると、それは橙色だった。あの人の好きな色のガラスだった。
     瓶の中にガラスを入れる。瓶の隙間は無くなった。
     僕は身体についていた砂を払って、浜辺を飛び出した。
     時間はない。
     もう夏が終わってしまう。
     夏が終わればあの人はいなくなる。
     だから僕はガラスの欠片を集めた。思い出のような塊を集め、瓶の中に閉じ込めた。
     走る僕の手の中で、海の欠片が音を立てる。淡い光が揺れている。
     通い慣れた白い建物の白い部屋の中に入っていく。走る僕を止める声は届いていなかった。
     扉を開けると昨日と同じあの人がいた。海が好きだと、橙色が好きだと、笑ったあの人がいた。
    「見つけたよ」
     少し震える手で、僕は瓶を差し出した。ガラスの欠片を集めた瓶。淡い光を集めた瓶をあの人に渡した。
     あの人は少し驚いて、微笑んだ。
     そして瓶のふたを開け、一番上の橙色のガラスを見るとまた驚いた顔をした。
     前に海のガラスの話をキラキラとした目で話していたから、あの人はその色が滅多に見つからないものだと知っている。だからだろう。
    「貴女の好きな色だから」
     そう、僕が言うとあの人は、微笑みながら泣きだした。綺麗な涙に戸惑う僕の手に、あの人はガラスの欠片を握らせた。あの人の好きな、橙色のガラスの欠片を。
     何で、と問いかけるように目の前の人を見つめると、ただ静かに「ありがとう」と言った。
     大好きな橙色。それを僕に渡すことに何も意味がないなんて思わない。だから僕は、あの人が渡したそのガラスを戻そうとはしなかった。
    「ありがとう」
     泣きそうになりながら僕はそう言った。
     あの人は小さく頷き、ガラスを集めた瓶を抱きしめた。ひどく大切そうに瓶を抱きしめる様子は、僕がガラスの欠片を集めている様子と似ていた。ガラス一つがまるで記憶のようで、それを留めるように見えた。
     僕とあの人がガラスの欠片に連想されたそれは、きっと同じだ。だからなのかもしれない。あの人が好きだと言った、そのガラスの欠片を探したのは。
     僕が必死だったのはあの人のため。それを探したのはあの人のため。見つけたのはあの人のため。
     だから、シーグラスを集めた。





    END
    アナタ色 アナタは夏が好きな人だった。
     だから絵を描くことが好きだった俺は馬鹿みたいに夏を描いた。同じくらい写真を撮ることが好きだったから夏を写した。キャンバスの中の幻想も、撮り溜めたフィルムの中も夏ばかり。そんなことをしてアナタが振り向くことはないのに。
     アナタは気まぐれに俺の名前を呼んだ。──と呼んだり、──と呼んだりもした。けれど基本は「ねぇ」と言ったり「キミ」と言ったり……俺の名前は呼ばない。それでも、アナタの声で話しかけられることが嬉しくて。そんなアナタの気まぐれに、俺はどれだけ振り回されていたのだろう。
     俺は読書が好きで、アナタも読書が好きだった。けれど好みは全く違っていて。アナタとの、くだらないほどちっぽけな共通点が欲しくて、アナタの好きな本を読んだ。レモンスカッシュのように爽やかな青春物。フォンダンショコラのように甘くとろける恋愛物。ミルフィーユのように不思議が幾重にもなるファンタジー物。全部、全部、アナタが好きだと言ったから。
     そんなことをしても結局得たものはなかった。敏いアナタは何もかもお見通し。俺が夏は得意ではないことも、アナタのために描いた幻想も、フィルムの中の鮮やかな景色も。
    けれど、アナタはとても喜んでくれた。嬉しそうに物語について教えてくれた。でも、アナタはそれを俺と共有しようとはしなかった。与えてくれても、次に繋げようとはしなかった。
     敏いアナタは、それを俺がアナタのためにしたことなのだと分かっていた。だから続きを求めようとはしなかった。それが無性に悔しかった。
     ある日の夕暮。突然雨が降り出した。慌てて、アナタと二人、シャッターの閉まった店の前で雨宿りをした。
     綺麗な夕暮の空だというのにあたり一面、雨で濡れている。予想のしていなかった天気雨だ。当然傘なんて持っていない。
     せっかくアナタと二人きりなのにツイてない。
     日を差しながらも雨を降らせた空は憂鬱な俺の思いとは裏腹で。空からアナタに視線を移すと、俺とは違ってアナタはちっとも憂鬱そうではなかった。アナタはなんだかとても、周りに花が飛んでいるというか、ウキウキしているように見えた。
    「ねぇ、水の中を歩いてみたいと思わない?」
     不意にアナタはそう言った。その目は俺ではなく雨を映していた。ウキウキとしているように思えた様子を裏切ることなく、その声は弾んでいる。
     突然の天気雨にアナタは子供のように喜んでいた。そんなアナタに見惚れていた俺は「そうだね」と心にもない言葉を返していた。
    その言葉も、その声すらも、雨の滴に反射して、アナタの姿がキラキラと輝いて見えた。
    「じゃあ、行こう」
     俺が驚くよりも早く、アナタは俺の手を引いて雨の中に飛び出した。思いがけないアナタの行動に俺は「え……」なんて間抜けた声を漏らしていた。
    夕日の中に降る滴は冷たくて、けれどそれは夕日に反射してとても綺麗で、まるで世界が輝いているようだった。
    「水の中、歩けたよ」
     そう言って、アナタは無邪気に笑った。
     俺もアナタもあっという間にずぶ濡れで、けれど雨の中にいる感覚は不思議と全く不快ではなくて。何故だかおかしくなってきて俺は笑った。アナタのように、子供のように、クスクスと笑った。不思議な笑いが治まって、俺は「水の中、歩けたね」と言ってまた笑った。
    「キミの色は綺麗だね」
     俺の笑顔を見てアナタは言った。
    何のことだか分からなくて困った表情を浮かべている俺にアナタは、
    「分からなくていいよ」
     と言った。ますます俺はわけがわからなくて。それでもアナタがそう言うのなら、と思いそれ以上聞こうとはしなかった。
     それよりも今この瞬間、アナタと何かを共有できることに、俺は自分で思っている以上に浮かれていた。
     そうして有頂天になってようやく俺は、俺がアナタのためにしていたことの意味が分かった。その先を求めようとしない理由も。
     どれだけアナタの好きなものを描いても、写しても。どれだけアナタの好きな世界を知ろうとしようとも。どれだけ言葉を並べても。
     アナタは単純な人ではないから、与えられるだけのものに惹かれるわけがなかった。
     そう気付いてようやく、盲目な俺に捧げられるアナタの優しさを知った。気まぐれなアナタの態度は、馬鹿の一つ覚えのように何も変わらない俺のせい。与えてくれても、次に繋げようとはしなかったのは、いつまでも俺が与えられたいと思っていたせい。
     けれど今アナタが笑ってくれるのは俺が、本当にアナタが好きだと思ったことを好きだと感じているからだ。
    キラキラと輝く世界。
    水の中を歩くこと。
    子供のようなその行動も、思わず浮かぶ笑みも何かも、それを俺自身が好きだと感じたからだ。
    アナタが好きだから。それだけの理由で見つめたファインダーの中の世界とも、キャンバスの中の幻想とも、紙の中で踊る物語とも、何もかもが違っていた。
     馬鹿な自分が面白くて仕方がない。こんな些細な日常の中にアナタと俺の「好き」があるなんて。けれどそれも、アナタがいなければ感じることのなかった世界だった。
     アナタの世界。アナタの色で溢れた世界。
     嗚呼……。
    「アナタの色は綺麗だね」
     視線が重なった。





    END
    どうせ嘘なら、甘いのがいい 2つ。
     それは、罪悪感の数。
     それは、私に与えられた「好き」人の数。
     それは、私が捨てた「好き」の数。

     甘い甘いチョコレート。2月14日にもらったそれを今になって、おさめたカバンから取り出した。
     そのチョコレートについている名前は、義理チョコだったり友チョコだったり、差出人の分からないものにはきっと本命チョコなんて名前もつくのかもしれない。
     それは見るからに全て手作りだった。
    「ありがとう」
     そう言って受け取った私の顔は上手く笑えていただろうか。
     ロッカーに入っていたそれを取り出した私の顔は歪んでいなかっただろうか。
     渡されたそれを拒めないのは好意があったから。ロッカーに入っていたそれをカバンに押し込んだのは好意を与えられたから。
     食べれもしないのに馬鹿げている。そう思ったのに拒めもしない自分が一番馬鹿げている。
     包装を解いて、逆さまにする。
     甘いチョコレートがゴミ箱の中に落ちていく。
     軽くなった好意と、重くなった罪悪感をゴミ箱と一緒にフタをした。
     明日、どうやってお礼を伝えようか。
     きっと何を言っても薄っぺらいものになるんだろう。
     けれど、どうせ嘘なら、甘いのがいい。
     甘く優しい嘘を好意で包んでお礼にしよう。



     切れた唇に指を当てた。
     きっとチョコレートは甘かった。





    END
    ヨウ Link Message Mute
    2018/08/07 7:32:26

    SSまとめ(2)

    季節もののSSまとめ

    ーSpring
    ファインダー write:2013.04.07
     君に春を写す。
     
    スケッチ write:2013.10.23
     春は嫌い。

    ーSummer
    シーグラスを集めた write:2014.06.16
     君の欠片探し。

    アナタ色 write:2015.9.20
     気まぐれと雨とアナタ。

    ーWinter
    どうせ嘘なら、甘いのがいい write:2017.03.13
     潔癖と罪悪感と彼。

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