【とな怪】心の温度【ヤマ雫】雪の降り積もる寒空の下。
オレは帰り道である公園内をひたすらさ迷っていた。
心の温度
「バス停はどこだ……」
毎度のことだが、オレはちょっとばかし道に迷っていた。
しかし、今日はいつもと違うことが1つ。
それはこの降りに降り積もった雪だ。
朝から降り続けて辺り一面銀世界。
おかげで普段からよくわからない道がより一層わからない。
おまけに寒い。
(早く帰って温かいもの飲みてぇ……)
そんなことを考えながらひたすらに歩く。
と、前に見覚えのある2つ結びの女の姿。
「水谷サン。」
「……?ヤマケンくん?」
声をかけてみればやはり彼女で。
『先に帰ったはずのあなたが何故後ろから?』と言いたげに小首を傾げるので、オレは『別に迷っていたわけではない』と念をおした。
「で、アンタはそんなとこに突っ立って何してたわけ?」
尋ねながら歩み寄る。
と……
「来ない方が良い。」
「は?何で?」
腕を突っぱねてそう言う彼女。
謎の拒絶にカチンときたオレは、彼女の制止を無視して歩みを進めた。
「いや、本当に……あ」
瞬間、俺は足を滑らせた。
それはもう凄い勢いでツルンと。
抵抗する間もなく、オレは雪の降り積もった道に尻餅をつくはめになった。
「ってぇー……。」
痛い、そして冷たい。
ったく、何なんだよ!
そうやってイライラしていると、水谷さんが『だから言ったのに……』と落胆の声を漏らした。
「この辺り、雪が凍ってきてるみたいで滑りそうになったから足元を確認していたの。そしたらあなたが……」
「そういうことは早く言えよ!」
拒絶じゃなかったのにはホッとしたが、今はそれどころじゃない。
とにかくこれ以上濡れないように立ち上がろうとすると、スッと手が差し伸べられた。
「立てる?」
「……あぁ。」
オレ、今ドキッとしなかったか?
いやいや、たかが手を握るぐらいで……!!
無駄に早まる鼓動を押さえつけるように言い聞かせて、彼女の手をとって立ち上がる。
「ごめんなさい、私のせいで……」
「いや、別に……」
何だ?いやに塩らしくて可愛いじゃねーか。
そう思ったのも束の間。
「でも、あなたも人の話は最後まで聞くべきだと思うの。」
「あのなぁ……!!」
前言撤回。
やっぱり全然可愛くねぇ!
「それにしても冷たいわね、あなたの手。」
「は?そりゃ滑ったとき咄嗟に手が出て雪触ったから当然だろ。」
言葉を遮られ、オレは苛立ちながら答えた。
すると、彼女は『そう……』と小さく呟いて、何か思い出すように自分の手をジッと見つめた。
どうせ"ハルは温かかったのにな"とか思ってんだろ?
普段は読めないのにハルが絡むと途端に思考回路がバカになるのか、考えてること丸わかりになるからムカつく。
(少しはオレの気持ちも考えろっての……)
心の中で悪態づいてみても、虚しさが広がるだけだった。
ならいっそのこと直接嫌味の1つでも言ってやるかと口を開く。
「オレの手が冷たいって言うけどさ、アンタの手も相当冷たいんじゃない?」
「?」
「オレはアンタの手、温かいと思わなかった。雪触ったオレと同じぐらいか。」
「それが何?」
「つまり、水谷サンの手は雪に触ってない状態のオレより冷たいんじゃないかってこと。」
まぁ、雪で感覚マヒって熱感じなかったのかもしんねーけど。
とりあえずムカついたから苦しくても言い返したくなっただけだ。
すると、彼女は涼しげな顔でこう答えた。
「私はドライアイスらしいから。」
「ドライアイス?だったらオレは低温火傷してるな。」
鼻で笑って返すと、彼女もフッと口角を上げた。
もちろんオレはドライアイスが比喩だとわかっていたし、彼女もオレがわかっているのをわかっての笑みなんだろう。
「で、何でドライアイス?」
そう訊くと、彼女は淡々と何故ドライアイスなのかを話始めた。
「小学生の時、クラスで飼っていたウサギが死んだの。」
「……で?」
「みんな泣いていたわ。でも私は泣かなかった。」
『宿題があるので、もう帰ってもいいですか。』
彼女は担任にそう言ってのけたらしい。
「なるほど、それでドライアイスね。」
まぁ、話はじめでなんとなく想像ついたが。
「だって本当に悲しくなかったんだもの。」
「なら別に良いんじゃない?感情は強要されるもんじゃないんだし。」
たしかに可愛いげがないというか、人間味に欠けるところはあるが、それでこそ水谷さんだと思うし。
だからこそ彼女の表情の変化が貴重で、魅力的で。
その魅力を、オレの手で引き出せたら……
……って、何考えてんだオレは!!
我に返って水谷さんを見やる。
すると、彼女も何か考えているようだった。
「まだ続きでもあんの?」
「え?あぁ。」
声を掛けると、水谷さんも我に返ったように返事をした。
「その一件があった後に先生に言われたの。『勉強ができるのはいいことだけど、それ以外にも大切なことはあるんだよ?』って。」
「……何?気にしてんの?」
「いえ、ただそれ以来"動物=全身全霊で愛でなければならない"という概念がまとわりついてどうも……」
「ふーん……」
それを気にしてるっていうんだが……。
どうもこの人は自分の感情に疎い。
思考回路だけが発達して感情がおざなりになっているというか。
まぁ、どちらも上手く発達したって結局は悩むんだけどね。
しかし、オレは彼女が悩んでいることがどうにも解せなかった。
だって、彼女はもう……
「……別に、動物じゃなくたって良いんだよ。」
「?」
「あんたはもうわかってるんだよ。ただ気付いてないだけで。」
遠回しに言ってみたが、どうやら伝わっていないようだ。
クソッ、これ以上は絶対言いたくねぇ……!!
「だから……」
「あんたはもう、ドライアイスじゃないってこと。」
結論だけを簡潔に述べる。
その結論に辿り着く理由は言わない。言いたくない。
とにかくオレは訊かれる前に誤魔化すことにした。
「ほら、よく言うだろ?"手が冷たいのは心が温かいからだ"って。」
「ヤマケンくん、あなたそんな話を信じているの?」
「うるせー、ほっとけ。」
話をうやむやにするために言ったことだが、こう返されるとやっぱりムカつく。
そんなオレの心情を知ってか知らずか、彼女がポツリと呟いた。
「でも、あながち間違いではないのかも……」
「?」
疑問符を浮かべていると、彼女は真っ直ぐにオレの目を見て言った。
「だって……」
「あなたの手は冷たいもの。」
?それはどういう……!?
オレが気付いてハッとしたと同時に、彼女が微笑んだ。
そして……
「ありがとう。」
「っ……!!」
反則だ。
何だよその連続攻撃は!?
オレは完全にKOされてその場から動けなくなった。
「あ、バスもう来てる。」
そんなオレを尻目に、彼女は見えてきたバス停に既にバスが止まっているのに気付いて駆け寄ろうとしていた。
「ヤマケンくんも急がないと。」
「……いや、いい。」
オレはとにかく冷静を装った。
「汚れた服で公共の乗り物乗ったら迷惑だろうし、仕方ねーから家の車呼ぶわ。」
「そう。じゃあ、また。」
「あぁ。」
軽く言って、バスに乗る彼女を見送る。
そしてバスが発車して視界から消えた瞬間、オレはその場に崩れ落ちた。
(振り回され過ぎだろオレ……!!)
話はじめはイライラしてたはずなのに、今じゃこの様だ。
オレはフッと自分の手を見やった。
「心の温度……ね。」
呟いて、ジリジリと痛む胸に手を押し当てる。
きっとオレの心は今、凄まじく熱を帯びているに違いない。