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    【コルダ4】須永先生は思春期【須かな】須永先生は思春期ダメだって頭ん中ではわかってんのに、気が付くと彼女を目で追ってる。
    最近そんなことが増えて、俺はいよいよヤバいんだと思う。

    須永先生は思春期

    「拗ねないでよ、かなで~。」

    廊下を歩いていると、教室から彼女の名を呼ぶ声が聞こえて思わず立ち止まる。
    そっと中を覗くと、オケ部の友人と戯れている小日向さんの姿があった。
    彼女は何やら拗ねているらしく、プクッと頬を膨らませていた。

    「あ、かなでのほっぺ柔らか~い!」

    そんな彼女の頬を村上さんが突つくと、思いの外柔らかかったらしい。
    もっと堪能してやると言わんばかりに、村上さんは小日向さんの頬をムニムニと摘まみ始めた。

    「私も触りた~い!」

    一緒にいた谷さんも村上さんと交代して小日向さんの頬を摘まんだ。

    「あはは! 柔らかいし伸びる~!!」
    「ね!」
    「う~ん、この感じ何かに似てるような……」

    そう言うと、谷さんは小日向さんの頬を摘まんだまま考え始めた。

    「あ、アレだ! ぎゅうひアイス!!」
    「あ~!」
    「柔くてビミョ~ンって伸びる感じがそっくり!」

    どうやら谷さん的にはぎゅうひアイスに似てるらしい。
    村上さんも納得の様子で、2人は大いに盛り上がっていた。
    そんな2人にされるがままの小日向さんは、『もうっ!』なんて言いながら更に頬を膨らませている。
    ははっ、やっぱり可愛……


    「……おい。」


    「うぇえっ!? ……お、小倉先生?」

    急に声をかけられ驚いて振り返ると、そこには小倉が腕組みして立っていた。

    「あー、もしかしてこの教室に用ある感じ? だったら俺邪魔だったよな~ゴメンゴメン!」

    慌てて取り繕うように言葉を紡ぐと、小倉は『はぁ……。』と呆れたように深くため息を吐いた。

    「お前、そんなんじゃバレるのも時間の問題だぞ。」
    「な、何が……?」


    「ポチ子。見過ぎ。」


    「……っ!!」

    小倉の的確すぎる指摘に、俺は声も出せずに固まった。
    そんな俺を見た小倉は、ニヤニヤと面白がるような笑みを浮かべながら挑発するように言う。

    「いいんだぜ、別に。バレて困るのは俺じゃないしな。」
    「そういうこと言うなよ……。」

    危ない橋を渡ってることは痛いほど理解してるから、これ以上怖いことは言わないでほしい。
    いや、小倉なりの忠告だってのはわかってるんだけどさ……。

    「とにかく、その締まりのない顔をどうにかしないとすぐに鍍金が剥がれちまうぜ、“須永先生”?」

    そう言い残し、小倉は教室へと入っていった。
    確かに小倉の言う通り、このままでは“須永先生”に支障が出そうだ。
    本当は隣の教室に用があったんだけど……仕方ない。
    俺は気持ちの切り替えのため、踵を返してトイレへと向かった。




    「ひっでー顔……。」

    誰もいないことを確認して鏡を見ると、そこには情けない顔をした“須永巧”の姿があった。

    「ダメダメ! 集中集中……。」

    このままでは不味いと、精神を集中させるために目を閉じる。
    そして心の中で言い聞かせるように唱えた。

    (俺はスイートで大人の余裕のある“須永先生”。生徒はみんな可愛い。誰か1人を特別扱いなんてしない……!!)

    何度も何度も繰り返し、雑念を振り払う。
    暫くすると、俺の中でカチリとスイッチの入る音が聞こえた。

    「さぁ、行きますか。」

    鏡の中に、情けない顔をした“須永巧”はもういない。




    それからの“須永先生”は絶好調だった。
    リップサービスが乗りに乗って、もう怖いくらい。
    そして、あれよあれよと時は流れて個人レッスンの時間。
    今日はラストに彼女の予約も入っていた。

    「よぉ、小日向さん。」
    「須永先生、宜しくお願いします。」

    笑顔の彼女に、俺も笑顔で返す。
    今の自分は、自分でも驚くくらい落ち着いている。
    この調子ならボロが出ることはなさそうだ。

    「じゃ、早速始めようか。」
    「はい。」

    いそいそと準備を進める彼女。
    今日の課題曲は少し技巧のいるものだった。

    「ちょ~っと難しいかもなぁ。」
    「難しいからこそ挑戦するんです!」
    「そっか。なら、まずはお手並み拝見。」

    意気込む彼女に弾いてみてと促すと、弓を引いて音を紡ぎ始めた。
    最近、彼女との個人レッスンが始まる前は正直言って少し緊張してしまう。
    でもいざ始まってみると、彼女の音楽に対する真摯な態度に元来の真面目さが引っ張られて、気が付けば緊張なんかすっかり忘れて良い先生やってる。
    今だって彼女より彼女の出す音に気が行って、細かい部分が気になって仕方がない。

    「先生、どうでしたか?」

    演奏を終えると、小日向さんは俺に尋ねた。
    その表情は、どこか自信有り気だ。

    「うん、悪くはなかったよ。ただ、小日向さんならもう少し上手く出来るんじゃない?」
    「そう……ですか?」

    褒められることを期待していたであろう彼女は、明らかに悄気ている。

    「今は二重丸ってとこかな。これを花まるにするんなら、まずここんとこのフレーズを……」

    歩み寄って、楽譜を指差しながら小日向さんを見る。
    と、その表情は文字通りの膨れっ面だった。

    「……拗ねてる?」
    「……拗ねてません。」

    ちょっと面白くて問い掛けてみる。
    拗ねてないとは言っても、彼女の頬は膨らんだままだ。

    「ははっ、拗ねない拗ねない……」

    そう言った俺の脳裏に、あの時の光景が過る。
    拗ねてる彼女、膨らんだ頬……

    (ぎゅうひアイス……)

    そして、気付いたら……


    ふにっ


    「え……!?」
    「……っ!!」

    俺は、無意識に小日向さんの膨らんだ頬を自らの指でつっついていた。
    小日向さんの驚く声。
    我に返った俺は、自分の仕出かしたことに慌てふためいた。

    「い、いや、これは違う! ち、違う……って言うか……その……」

    何か言い訳しなければ。
    でも何て言えばいい?
    油断して完全に素に戻っちゃったから今更キャラ作ったら逆に不自然だ。
    なら素直に白状するか? “触りたくなったので触りました”……って、んなこと言われたらドン引き……って言うかその前に教師生命が……!!
    ヤバい、頭ん中パンクしそう……と、その時だった。


    むにっ


    「えっ……?」

    頬に何かが触れる感覚。
    見ると、先程とは逆に小日向さんが俺の頬をつついていた。
    呆気にとられていると、彼女はふわりと微笑んで言うのだ。

    「ふふっ……」


    「お返し、です。」


    「……っ!!!!」

    その瞬間、俺の脳内は物の見事にパンクしたのである。
    顔がメチャクチャ熱い。
    多分茹で蛸並みに真っ赤になってんだろうな……。

    「先生、大丈夫ですか?」

    完全に固まってしまった俺に彼女が尋ねる。
    いや、全然大丈夫じゃないですよ!?
    もう頭ん中真っ白で何にも考えられない。
    ただ、この状況がマズいということだけはわかっていて……

    「ご、ゴメン!」
    「?」
    「お、俺、用事思い出したからちょっと行ってくる!!」

    バレバレな嘘を吐いて、俺はその場から全力で逃げ出した。
    彼女の引き止める声が聞こえたけど、振り向かずに全速力で走った。




    「はぁ……はぁ……。」

    逃げ込んだ屋上でへたり込んで息を整える。
    まだ心臓バクバクいってる……いや、これは走ったからか……? わっかんねー。
    逃げて来ちゃったけど、小日向さんどう思っただろう?
    でもあのまま2人っきりでいたら絶対ヤバかった。
    本当は軽くかわさなきゃなんだけど、そもそも俺から仕掛けちゃったし……無意識だったし……。
    でもまだやりようはあったはずだ。
    はず……なんだけど、動揺してたとこに綺麗な音を紡ぐ彼女の細い指が触れて、あんな風に柔らかく笑って……


    (……スゲー柔らかかったな……小日向さんのほっぺ……)


    ……って! 何思い出してんだよ俺は!!
    だ、ダメだ……ダメなのに、あの感触が指先にぶり返って……!!

    (と、とにかく落ち着こう……深呼吸深呼吸……)

    心で言い聞かせ、実際に深呼吸してみる。
    一旦は落ち着く……けれど、すぐにまたあの光景が蘇る。

    (早く戻らなきゃ……でも……あ~……)

    そうやってもだもだしてどれくらい時間が経っただろう。


    「……何やってんだお前。」


    「ぃひゃあ!? ……お、お、ぐら……先、生。」

    急に声をかけられ驚いて振り返ると、そこには小倉が……って、この流れ数時間前にもあったな。

    「愛しのポチ子とのレッスンが終わっちまって打ちひしがれてんのか?」
    「ち、違うから! 小日向さんとは何もないから!!」
    「だから、そうやって思いっ切り否定すんのが逆に怪しいんだっての。」
    「うっ……。」
    「何だ? ついに手でも出したか?」
    「……っ!!」

    言葉に詰まった……けど、アレは手を出したってことになるんだろうか?
    手っていうか……指?
    ま、まぁ何にしても触っちゃったのは事実であって……。

    「おい、何黙ってんだよ。まさか本当に……?」

    押し黙っていると、小倉は目を丸くして言った。

    「マジか……クソ度胸もここまでとはな。」

    そして呆れた……と思いきや、面白そうに笑う。

    「んで、何したんだよ?」
    「な、何って……」
    「キスでもしたか?」
    「き、キスなんてしたら破裂する……!!」
    「お前の場合、マジで破裂しそうだから笑えねぇよ……。」

    そうだよ、笑えない。
    手も握ったことないのにキス……とか。

    「あー、なんかそれに比べたらさっきのとか全然大したことじゃなかったかも……。」
    「だから、何したんだって。」
    「いや、色々あって……その……」


    「ほっぺを……つついた。」


    「……は?」
    「だから! 彼女のほっぺをつついちゃったんだって!!」

    あ~、キスと比べたら大したことないとか思たけど、声に出してみたらなんかやっぱりヤバイ気がしてきた……!!
    小倉も怖い顔して黙ってるし……。
    頼むから何か言ってくれ!
    そう思ったら願いが通じたのか、小倉が口を開いた。

    「……前に、お前は中学生かって言ったな。」
    「あ、あぁ……。」
    「アレは撤回してやる。」
    「え……?」
    「お前は小学生……いや、下手したら幼稚園児だ。」
    「……返す言葉もございません……。」

    自覚してても、改めて言われるとグサッと来る。
    でも、今回に限れば男としてダメで正解……かな?
    なーんて前向きに考えていたんだけど……。

    「いや、でも意外と……」
    「えっ?」

    小倉の不穏な呟きに、つい聞き返すような声を出してしまう。

    「お前、普通に過ごしてて他人の顔触ることあるか?」
    「ない……よね。」
    「だよな? でもお前はポチ子の頬に触れた。」
    「……はい。」
    「しかし、さっきの様子からしてお前はポチ子の頬をつっついた後、テンパってここへ逃げてきた……と。」
    「まぁ、そんなような感じだけど……。」

    それから暫くの沈黙。
    そして……


    「もうお前のレッスンは受けないかもな、ポチ子。」


    「!?」
    「普段他人が触れないところを触って逃げる……それはもう痴漢だろ。」
    「ち、痴漢って……!!」
    「ならお前、急に女が顔触ってきて何も言わずに立ち去ったらどう思うんだよ?」
    「それは……怖い、かも。」
    「それをお前はポチ子にやったんだぜ? 男教師が女生徒に、2人っきりのレッスン室で。」

    もう……何も言い返せなかった。
    そりゃ不味いって思ったよ?
    でもさ、そこまで? ……そこまでだよなぁ。
    『よしよし、良い子だ!』なんて頭を撫でようもんなら『セクハラだ!』と訴えられるのが今のご時世だ。
    そんな時代にほっぺた触るなんて……もう完全にアウト……。
    万が一訴えられたら教師生命も終わりだ。
    ……それなのに。
    彼女にもう会ってもらえないかもしれないことの方が……


    彼女に嫌われてしまったかもしれないことの方がずっと辛い……なんて。


    「教師として終わってる……。」

    呟いて肩を落とす。
    そんな俺とは対象的に、気楽な口調で小倉が言った。

    「まぁ、“イケメン無罪”って言葉もあるし、そもそもポチ子がお前に惚れてりゃまた話が違ってくるだろ。」
    「簡単に言ってくれるなぁ……。」

    “イケメンな須永先生”なんて雰囲気だけの作り物だ。
    その事を彼女は知っている。
    それでも『素敵だ』なんて言ってくれるけど、自信がない……怖い。
    だけど……だからこそ……


    「会わないと……だよな。」


    「何だ? 急にやる気だな。」
    「小倉に話したらちょっと冷静になった。ありがとな。」
    「感謝してるってんなら今度の飲みん時お前の奢りな。」
    「それは……問題が解決したらってことで。」

    とりあえず落ち着きはしたけど、まだ問題は何も解決していない。
    まずは、今すぐ彼女に会わなければ。
    話はそれからだ。

    「じゃあ俺、彼女のとこに戻るから……」
    「……は?」
    「えっ!? な、何……?」

    疑問を呈すように声をあげる小倉に俺はビクリとして聞き返す。
    すると、小倉は呆れたようにこう言った。

    「お前、何で俺が此処にいると思ってんだよ?」
    「何でって……」

    問われた俺は考えてみた。
    小倉が此処にいるのは、レッスンが終わったから……って!!

    「い、いいい今何時!?」
    「もうレッスン終わって20分は経ってんじゃねーの。」
    「っ……!!」

    絶句……正に絶句。
    え、俺そんなに此処にいた? 嘘だろ??
    今更戻っても彼女はもういない……じゃあ明日?
    いや、ダメだ……何故?
    わからない。
    わからない……けど、今すぐ会わなきゃ。
    でないと俺と彼女の距離はどんどん開いて……


    もう2度と、追い付けないような気がする。


    「と、とにかく俺、行くから!」

    そう言って屋上の扉を勢い良く開けて必死で階段を駆け下りた。

    「場合によっちゃ俺が奢ってやるよー。」

    背中で聞いた小倉の言葉に、今回に限っては奢られたくないと思った。




    (走ればまだ間に合う……か?)

    わからなかった。
    でも施錠とかあるから1度レッスン室には戻らないとならないし、とにかく急がないと。
    置き去りにした楽譜とか回収して、戸締まり確認して電気消して、鍵閉めたら職員室。
    シミュレーションしながらレッスン室に向かう。
    扉の前に着いて、走って乱れた呼吸を整える。
    そして、レッスン室の扉を開けた。


    「……須永先生!」


    「えっ、小日向さん……!?」

    そこには、もう帰ってしまったと思っていた小日向さんの姿があった。
    バイオリンケースを持っているから、丁度帰るところだったのかもしれない。
    さっきまでのシミュレーションは無駄になったけど、会えてよかっ……いや、良くない!
    小日向さんに会わなきゃってことばっかり考えてて、会ってからのこと全く考えてなかった……!!

    「……もう、とっくに帰ったもんだと思ってたよ。」

    どうにかして絞り出せたのはそんな言葉だった。

    「待ってました、先生のこと。」
    「ご、ゴメン……。」

    待っていたと言われ、つい謝罪してしまったけれど違う。
    いや、違わないんだけど、俺が本当に謝りたいのはそっちじゃなくて……!!

    「あの……」


    「私の方こそ、ごめんなさい!」


    「……え?」

    俺が言い淀んでいると、何故か小日向さんの方から謝られてしまった。
    理由が分からずに疑問符を浮かべていると、彼女は申し訳なさそうな表情で言う。

    「その、私が調子に乗って先生のこと困らせてしまったので……。」

    そしてしょんぼりとする小日向さんを見て、俺は咄嗟に口を開いた。

    「いや、小日向さんが謝る必要ないでしょ! アレは俺が……その……君の頬をつついたりしたからであって……。」

    言ってて顔が熱くなるのを感じる。
    けど、恥ずかしがってる場合じゃない!

    「急に顔触られる、なんて嫌……だったよな? 本当にゴメン。」

    俺は詰まりながらもなんとか謝罪の言葉を述べた。
    しかし彼女は何も答えず、じっとこちらを見つめている。
    『いえ、大丈夫ですよ!』なんて軽く返してくれることを期待していた俺は、この沈黙に押し潰されそうだった。
    『本当に嫌でした。』なんて言われたら俺立ち直れる自信ない……っていうかこの沈黙は本当にそうなんじゃ……?
    小日向さん優しいから言えなくて黙って……だとしたら俺は……

    「……先生は」
    「はい!?」

    唐突に破られた沈黙に驚いて変な声が出る。
    恥ずかしさを誤魔化すように咳払いをして、俺は小日向さんに続きを促した。

    「えっと……何?」
    「あ、はい。えっと……」

    気を取り直すように少し間を置いて、俺の目を真っ直ぐに見つめながら彼女は言った。


    「先生は、私が嫌だと思っていたと思いますか?」


    「……ん?」

    一瞬、何を訊かれているのかわからなかった。

    「俺じゃなくて君がどう思ってたかってこと?」
    「はい、そうです! どう思いますか……?」

    上目遣いで尋ねてくる彼女を直視していられず、俺は視線を逸らして考えてみた。
    正直、小日向さんがどう思っていたかは本人にしか分からないと思う。
    自分の気持ちは分かりきっているのに敢えて俺に訊いてくるのには何か理由があるはずだ。
    でも、俺が答えられるのは勝手な憶測で、最早それは俺の願望のような……

    (俺の……願望?)

    ハッとして小日向さんに視線を戻す。
    相変わらずの上目遣い。
    それが期待の眼差しであることに、俺は気付いてしまった。
    ……いや、それすら俺の願望なのかもしれない。

    「ねぇ、小日向さん……。」
    「何ですか?」
    「……この質問はズルくない?」

    自意識過剰が生んだ願望なのか確かめたくて、わかったような口振りで尋ねる。
    そんな俺に、小日向さんは少し恥ずかしそうに答えた。

    「だって、こうでもしないと聞けないじゃないですか……先生の本音。」

    願望じゃなかった……。
    しかし困った。
    自意識過剰ってわけじゃなかったのは良かったんだけど、果たしてこれは答えていいものだろうか?
    ……なんて、考えてみたところできっと意味はない。
    だって俺は、この真っ直ぐな眼差しから逃れるすべを知らないのだから。

    「……正直言って、あの時君がどう思ってたかは俺にはわからない。」
    「……。」
    「わからない……けど……」


    「君が嫌だと思っていなかったのなら……俺は嬉しい……かな、なんて……。」


    ……言った。言ってしまった……!!
    これは本当にヤバい……色々な意味で。
    けれど、俺の言葉に嬉しそうにはにかむ小日向さんを見ると、どんな感情よりも喜びが勝ってしまう。
    あぁ、本当に俺は馬鹿だ。
    何が『誰か1人を特別扱いなんてしない』だ。
    そんなこと考えてる時点で……


    “特別だ”……って、言ってるようなもんじゃないか。


    「……あのさ、小日向さん。」
    「はい?」
    「明日も……俺のレッスン、受けてくれる……?」

    今の俺が言えるのは、これぐらいが精一杯。
    それでも彼女は、満面の笑みで答えてくれる。


    「……っ!! はい!もちろんです!!」


    「じゃあ、そろそろ帰んなさい。」
    「ふふっ、はい!」
    「……また明日。」
    「また明日、宜しくお願いします!」

    扉の手前でペコリとお辞儀して、小日向さんはレッスン室を後にした。
    彼女を見届けた俺は、盛大なため息をついてその場にへたりこんだ。

    (ヤバかった……!!)

    顔熱いし、手汗が凄い。
    教師の域を超えないように必死だったんどけど、これはセーフ……いや、アウトか……?
    でも、小日向さんに嫌われてなくて本当に良かった……って、そんなこと考えてる辺り完全にアウトだ。

    「……俺も仕事に戻ろう。」

    とにかく最悪の事態は免れたのだから良しとしよう……なんて言い訳めいたことを考えながら、俺はゆっくりと立ち上がりレッスン室を後にしたのだった。




    (今日の夕飯はコンビニで買って済ませるか……。)

    帰り道、コンビニに通りかかって思う。
    普段は自炊なんだけど……今日は色々ありすぎて、思い返したら手につかないような気がする。
    以前、無意識で小日向さんに壁ドンしてしまった日も結構大変だったことを思い出す。
    あの時はただ異性が苦手ってだけだったけど、今回は小日向さんに対する気持ちが上乗せされた状態で……だったから、更に尾を引きそうだ。

    (そもそも食べられるんだろうか……?)

    コンビニに入って並んでいる弁当を見て考えた。
    腹は減ってるんだけど、何て言うかこう……胸がいっぱいで、食事が喉を通らないような気がする。
    この歳になって何言ってんだって感じだけど……。

    (何か食べられそうなものは……)

    一通り店内を見て回っていると、あるコーナーが目に留まった。
    アイスのコーナー……その中に俺の目を一際引く商品を見つけてしまったのだ。

    (ぎゅ……)


    (ぎゅうひアイス……!!)


    俺が小日向さんのほっぺに軽率に触れてしまった元凶。
    教室での会話に登場したあのアイスである。
    俺はそれを見て思わず息を呑んだ。

    (何考えてんだ俺……!!)

    買わない。買うわけがない。買う必要なんてこれっぽっちもない。
    だというのに、俺の手はぎゅうひアイスに伸びていって……


    「アリガトウございました~♡」




    (本当、何をやってるんだ俺は……)

    家に着いて、もう何度目かの後悔。
    結局、ぎゅうひアイスしか買ってない……。

    (まぁ、買っちゃったんだし……食べよう。)

    意を決してテーブルの上に置いたぎゅうひアイスと向き合う。
    蓋を開けると、白くて丸っこいアイス。
    付属のフォークで口まで持っていき、あむっと食んだ。
    ぎゅうひは確かによく伸びた。
    けれど……


    小日向さんのほっぺってこんなだっただろうか……)


    何か違うような……。
    指で触ったから感じ方が違うのか?


    ……もし唇で触れたらこんななのだろうか……




    オレンジ色に染まった教室で2人きり。
    そっと後ろから抱き締めると、小日向さんはこちらに顔を向けて微笑んだ。
    距離が近い。
    俺は吸い寄せられるように彼女の柔らかな頬を唇で食んだ。
    彼女は恥ずかしそうに笑って言った。

    『くすぐったいです……。』

    少し顔を離すと、カチリと目が合う。
    恥ずかしいのに、少しも目を逸らせない。

    『先生……。』

    甘い声が俺を呼ぶ。

    小日向さん……。』

    それに応えるように彼女の頬に手を伸ばす。
    掌で包み込むように触れると、彼女がそっと目を閉じた。
    距離が近付いていく。
    前髪が触れるほど近付いたとき、俺も静かに目を閉じた。
    そして……

    (って……)


    (何考えてんだよ俺ぇえぇぇえええ!!!!)


    突如として我に返った俺は額をテーブルに勢いよく打ち付けた。
    いや、本当にぎゅうひアイスから何を妄想してるんだ……。
    ヤバい、凄い恥ずかしい……顔熱い。
    妄想でも小日向さんに申し訳なくてうんうん唸って首を振っていると、食べ掛けのぎゅうひアイスが目に入った。

    (溶ける……けど……)


    (暫く食べられそうにない……。)
    ショコラ Link Message Mute
    2018/08/10 19:00:00

    【コルダ4】須永先生は思春期【須かな】

    須永先生視点。かなでさんの頬を無意識につついてしまい、はわはわして最終的にぎゅうひアイスが食べられなくなる話です。須永先生のイベント「格好良くない過去の数々」より後、「触れた指先」よりは前のイメージ。
    #金色のコルダ4 #コルダ4 #須かな #すなかな #須永巧 #小日向かなで

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