【とうらぶ】意趣返し【たぬさに】俺たちは武器なんだから戦行って傷作ってなんぼの世界。
そんで折れちまっても本望だと思ってた。
意趣返し
「皆さんお疲れ様でした。」
出陣から戻ると、何時ものように主からの出迎え。
それからうんぬんかんぬんあって、俺が出陣した時は最後に大体こう言う。
「じゃあ同田貫さんは残って、あとは解散!」
俺以外の奴等は自室に戻ったり大広間に行ったり自主的に手入れ部屋へ向かったりと散らばっていく。
かく言う俺はというと……
「さぁて、身体検査の時間ですよ!」
……だるい。
明らかに負傷してる時は問答無用で手入れ部屋にぶち込まれるんだが、今みたいに軽く見た感じじゃ特に何ともなさそうなときはこうやって主に体をまさぐられる。
まぁ、顕現してすぐの頃にとにかく戦がしたくて言わなきゃわかんねぇような傷を隠して出陣しまくってたら折れそうになったのが原因なわけだが。
俺も悪かったかもしんねぇけどさぁ……にしたって過保護すぎんだろ?
そんな風に思いながらも大人しくしていると、主が声をあげた。
「首のとこ少し切れて傷になってます!」
「あ?」
今日は隠し立てするようなこともねぇから何事もなく解放されると思ってたんだが……。
首なんてやられたっけかと先程までの出陣であった出来事を振り返ってみると、1つだけ思い当たる節があった。
「あ~、敵に見つからないようにやたらと木の生えた道じゃないようなとこ突っ走ったからそんときに枝が当たって切れたのかもな。」
「なら、すぐ手入れ部屋に……!!」
「いやいや、他の奴らだって同じような怪我してるかもしれねーだろ。なんで俺だけ……」
「同田貫さん以外は自ら手入れ部屋に行ってくれるから大丈夫なんです!」
「んなのわかんねーじゃねーか! 大体、こんなの唾つけときゃ治るって……っ!?」
そう言い終わると同時ぐらいに主が俺の肩に手をかけて引っ張ってきた。
なんだなんだと思っていたら首に顔が近付いてきて……
ペロリ。
「なっ、なななっ!? 何しやがる!?!?」
傷を舐められ、驚きのあまり主をひっぺがして叫んだ。
主は悪びれる様子もなくこう言った。
「同田貫さんが言ったんじゃないですか。『唾つけときゃ治る』って。」
「そりゃ言ったけど、こういうのは自分でやるもんだろうが!」
「それで、傷は治ったんですか?」
俺の言い分を無視して放たれた問いかけにたじろぐ。
「いや、だからそれはさぁ……」
「な お っ た ん で す か !?」
主の気迫に気圧された俺は、情けなく白旗を掲げるしかなかった。
「わーったよ! 手入れ部屋に行きゃいーんだろ! 行きゃあ!!」
「わかれば宜しい。」
俺が叫ぶと主は満足そうに笑って言った。
「はい、じゃあ行きましょう!」
そう言って俺の腕を引っ張って手入れ部屋へと歩き出す。
(クソッ、絶対一泡吹かせてやる……!!)
さっき傷を舐められたのもそうだが、俺はいっつも主の突飛な行動に面食らって丸め込まれてるような気がする。
主の後ろ姿を眺めながら、いつか必ず意趣返ししてやると心に誓った。
その日の夕餉の後。
あれからどうしてくれようかと夕餉の最中も自室に戻る今もずっと考えていた。
そんなんだからか、廊下で誰かにぶつかっちまった。
「おっと、わりぃな。」
「あ、同田貫さん。」
声の主は俺の考え事の要因だった。
「すみません、私の方こそ他に気が行っていて……。」
「なんかあったんか?」
浮かない顔の主に問うと、主はこう答えた。
「実は先程の夕餉の時に舌を思い切り噛んでしまいまして……。」
「痛むのか?」
そう聞くと、主はコクコクと頷いた。
「そりゃ災難だったな。」
そう言ってから、はたと思う。
これは千載一遇の機会……!!
あまりの好機に口元がにやけそうになるのを必死に堪え、俺は主にこう提言した。
「痛むなら傷の具合見てやるよ。」
「え? でも……」
「いいから口開けて舌出してみ?」
半ば強引に促すと、主は躊躇いがちながらも口を開けて舌を出した。
「あー、まだ少し血が出てんな……。」
本当に傷の具合を見て油断させる。
そして……
「けどさぁ……」
「『こんなの唾つけときゃ治る』って思わねぇ?」
「!?」
瞬間、主は何かを察したように身を引こうとしたがもう遅い。
僅かに空いていた距離を0にして主の傷付いた舌を自分の舌で絡めとる。
もちろん主は抵抗してきたが、離れられないように後頭部に手を回して押さえつけた。
逃げ惑う舌を執拗に追いかけ回していると、観念したのかなすがままになる。
最初はした血の味も、唾液にまみれてわからなくなった。
「……ハッ! どうだ? 参ったか!」
満足して唇を離して言い放つ。
『もうっ! 同田貫さんのバカバカバカッ!!』
そんなことを言いながら胸元をばかすかと殴ってくるに違いない。
そうしたら『2度と変な真似するんじゃねーぞ』と言うつもりだった。
しかし、主は俯いたまま黙っている。
「……おい、主。聞いてんのか?」
声をかけてみても主は下を向いたままだ。
「おい、主? 主サマ~……?」
痺れを切らし、主の顔を覗きこむ。
すると……
「なっ……!?」
俺は目を疑った。
しかし、主の瞳に今にも溢れ出しそうな雫が溜まっているのは見間違いではなさそうだ。
「泣くほど痛かったのか!?」
泣く理由がそれしか思い当たらない。
だが、主はブンブンと首を横に振った。
「じゃあ何だってんだよ……。」
唯一の心当たりが外れて、俺は頭を抱えた。
……いや、本当はもう1つある。
主が嫌がることをした自覚もある。
ただ、それは泣くような嫌とは何か別のもののような気がしていた。
それが理由なら何かが砕けちまうような気さえする。
だが、理由を知らなければ今泣いている主と向き合えない。
俺はどうしようもなく早まる鼓動を押さえつけながら言葉を絞り出した。
「そっ……」
「そんなに俺との口吸いは嫌だったかよ……。」
すると、主は顔を上げて俺を睨んだ。
身がちぎれるような思いがする。
傷を舐められた意趣返しのつもりだった。
他意なんてないはずなのに何なんだよ……!!
「同田貫さんは……何にもわかってないっ……!!」
不意に放たれた言葉。
聞き逃してはならないと耳を傾けた。
「私……私は、本気で同田貫さんが心配なんです! それなのにこんなことするなんて酷いです……あんまりです……!!」
止めどなく溢れる涙を拭いながら、主は続けた。
「唾つけて治るなら舐めてだって治します! でも治らないんです!! だからちゃんと手入れ部屋に行ってほしいのに……それなのに……!!」
正直、“そっちかよ!”と思った。
だが、それと同時に安堵もした。
いや、だから何でんなこと考えてんだって……!!
「あ~、わかったわかった! わかったからもう泣くなって。」
とにかく原因もハッキリしたことだし宥めねぇと……。
そう思って、子供をあやすようにガシガシと頭を撫でてやった。
「……本当にわかったんですか?」
「まぁ、怪我すんなってーのは無理だけどさ。なるべく折れないようにはするし、手入れ部屋にちゃんと行きゃ良いんだろ?」
「……信用なりません。」
「じゃあどーすりゃ……」
懐疑的な主サマに困り果てていると、小指だけ立てた手を差し出してきた。
「何だよ?」
「人間は約束するとき指切りするんです!」
「……あんたの小指を俺が切り落とせばいいのか……?」
「違いますよ!? とにかく同田貫さんも同じようにして手を出してください!」
「こ、こうか……?」
よくわからず言われた通りにすると、俺の小指に主の小指が絡められた。
それから主は小指を絡めた手を上下に振りながら何やら歌いだし、最終的に思いっきり指を離された。
「はい、ちゃんと約束しましたからね!」
よく意味がわからなかった……が、主が笑っているので良しとしよう。
「しっかしあんたって本当に変わってるよな。」
「え?」
「例え俺が破壊されたって代わりなんていくらだっているのにさ。」
言ってから余計なこと口走ったのではと思った。
黙って様子を伺っていると、主は静かにこう言った。
「そうですね。でも……」
「私の同田貫さんは、あなただけがいい。」
「っ……!!」
あー、だから何でこの主サマはこういうことサラッと言いやがるんだって……!!
「……なぁ。」
「はい?」
「ちゃんと手入れ部屋行ったらさ、またしていいか?……口吸い。」
「えっ……。」
俺もなるべくさらりと言ってみたんだが……。
主は固まったかと思ったら徐々に顔が赤くなって。
「か、考えておきま~す!!」
そう叫びながら脱兎の如く走っていった。
どうやら今度の意趣返しは成功したらしい。
気付けば俺は口角を上げていた。
(次の戦が楽しみだ。)