隔つ金の瞳 永遠なんてない。
──少なくとも自分には、ない。
定命の身である人間たる自分は、せいぜいあくせく働いて、体が不自由になる老年に備えて蓄えたり、いやその前に人生の伴侶を見つけて次世代へと繋げる子孫を作ったりなどをしなければならないのだ。
……そんな事をつい、考えるのは、そうした一切とはさも縁遠そうに自由気ままに振る舞う人がすぐ近くにいるからだ。
(先輩はやっぱりいつか吸血鬼になるんだろうか)
あの先輩のどこまでも浮世離れした感じはそのあたりが起因なのではないかと、サギョウは思う。いつか人間とは別の種になる事を選べる故の軽妙さなのかと。
半田の尋常ではない母親への執着ぶりは散々見聞きして知っている。彼女と他の種族のまま違う寿命を迎えることを、彼が是とするところなど微塵も想像つかなかった。
だとすると、いつまで彼はこうしてここにいるのだろう。──自分の側にいてくれるのだろう。
そんな風に考えた自分にサギョウは驚いた。たかだか同じ職場の先輩にこんなにも感傷めいた気持ちを抱く意味がわからなかった。
確かに彼を憧れの目で見ていた時期はあった。
しかしそれはあのとんちきな本性を知るまでのほんの一時の事。あんな勘違いは、もう二度と浮上する事のないように、心の奥底深くに沈めたはずだ。
それなのに。なぜ、自分はそれを寂しく思ったりするのだろう。
「どうした?」
乗っていた梯子がガシャリと鳴った。
そこまで気を抜いていたつもりもない。しかし意識の外の存外近くから、今まさに考えていた人の声がしたために大きく肩が跳ねたのだった。
資料を漁っていた手が止まった。
「どうしたって、何がです?」
考え事で仕事が疎かになっていたところを見られたのが気恥ずかしく、拗ねたような口調になってしまう。そんな自分が随分と頑是なく思え、さらに恥ずかしくて落ち着かない気分になった。
資料を取りに行っただけなのに、随分と時間がかかるから見てこいと言われたのだと、相変わらずに苛烈なほどにまっすぐな目を向けて言う。
常ならば何でもないはずのその視線が、なぜか今はやけに胸を焼くようだとサギョウは思った。
「嫌な、事件ですよね」
管轄から外れる事になった事件だ。
吸対の追っていたその事件は、真相が明らかになると一転人間側のルールで裁かれる事となった。
胸の悪さでいっぱいで、事件を奪われる悔しさを感じるどころではなかった。
追っていた連続吸血鬼殺しの犯人は人間だったと判明した為だ。それも恨みや憎しみが動機ならまだわからないでもないが、犯人はただ命を奪うことに快を求めたのだった。狙われたのはいずれも市井に溶け込んだ善良と言っていい吸血鬼だった、と、被害者の聞き込み調査でその足を棒にしたサギョウは思う。そもそも吸血鬼を命と感じることがあったのかも解らない。吸血鬼対策課である自分たちには人間側を裁く権限がないからだ。
「吸血鬼を殺しても、死刑にはならないんですよね」
言葉にすると余計に胸が悪くなる心地がし、これ以上口を開きたくなくて目の前の資料棚に意識を集中するフリをした。
「見つからないか?手伝うぞ」
ちらりと横目で伺った先輩は、言葉と同時に資料を手際よく仕分け始めた。
資料を読む伏せた目元に落ちるまつ毛が落とす影を不思議な気持ちで見た。そうして自分が梯子に乗っているせいでいつもより高い位置から彼を見ている事に気づく。
この位置からは泣きぼくろがやけに目につく。改めて綺麗な顔だと思った。
「これで全部か?メモをくれ」
ふいに見上げた金の視線を正面から受け心臓が跳ねる。
──永遠なんてないのだ。
いずれこの人とは道が分かれる。
この人の金の目は、いつか大きく自分とこの人を別つものだ。
こうして課されるルールだけじゃない。
流れる時間も、何もかも、僕とこの人といずれは何もかも違えてしまう、その証拠だ。
どちらの道も選べるその金色から、なぜか目が離せなかった。