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    夜の住人「なんかお前変わったなあ」
     そんなことを言われて、そうか? なんて返した。それは少しは変わっててもらわなくては困る。何しろ声をかけてきた人物は僕の高校時代の同級生だって言うんだから。
     
     職場の私生活と仕事との切り替え上手な某先輩は、うまい具合に休みをとって趣味ごとを満喫しているように見える。
     一方の僕はといえば、長縄に上手く入るタイミングを見定められない小学生のようにまごまごとしていたら隊長に有給を調整されてしまった次第だ。
     少人数編成の部隊でのふるまいを、情けないことに僕はまだ今ひとつ掴めないでいる。
     おまけに休みをもらっても、仕事で時間が潰れることが当たり前になっていた身には、有意義な休みの潰し方がひとつですら急には思いつかなかった。そして、別に半田先輩の影響なんてわけでは決してないが、ないのだが、頭に浮かんだ休暇消化案は「実家に顔を出す」くらいで、今電車で揺られているのはそういうわけだ。
     しかし何しろ急の思いつきなので連絡もせずに着のみ着のまま来てしまったことに今さらながら思い至った。脳内シュミレーターの母親の声がそこにいるかのようにリアルに響く。「やだねえ、この子は。久しぶりにぷらっと帰ってきて、手土産もなしなの?気が利かないね。あんたもう社会人でしょ」ついでに妹の声まで再生される。「兄貴、絶対彼女とかいないでしょ」
     自分でした空想に打ちのめされて気持ちがめこめこになり、いっそ次の駅で反対のホームに回ってUターンしようかと思った時だ。近くに立っていた男が小声で話しかけてきた。
    「サギョウくん? だよね」
    「ああ、ええ…と」
     声をかけてきた人物には見覚えがなく、誰だったかとまごつく僕に、男は笑顔で高校の時の同級生だと明かした。
    「覚えてなくてもしかたないよ。クラスも一緒になったことないしな」
     そして当時とあまりにも見た目が変わらないので思わず驚いてその勢いで声をかけてしまったのだと思わず複雑になるようなことを言った。 
    「いくらなんでもまったくって事はないんじゃ?」
     名乗られても彼の事はやっぱり思い出せないままだ。しかし相手はまだ会話を続けたい様子だったし、何より同窓生だという気易さからそのまま会話を続けた。顔も覚えていないほぼ初対面の相手と公共機関という場所柄小声の距離で。人見知りってほどではないけど思うけど少し緊張しなくはない。
    「いやむしろまだ全然高校生で通るな」
    「それはないでしょ……」
     童顔の自覚はあるが卒業して何年経ってると思ってるんだ。思わず自分の顔面を撫でたが、返ってきたのは我ながらつるりとした感触で、思わず隊長の顔が浮かんだ。まあでもあれでいてあの人貫禄はあるんだ。あんな風になれる希望を捨ててはいけない。
    「いやいや、だって後ろ姿でわかったし」
     しかしさらに重ねて、顔ならまだしも高校生のひよっこ時分と背中が変わらないなどと引っかかる事を言われてしまうと自信がなくなる。確かに自分は肩幅も狭いし胸板にも厚みはない。それでも高校の頃よりは、鍛えた分くらいは変わっていたっていいはずなんだけど、と少し拗ねたような気持ちになる。そしてほんの少しの少しの寂しさのような気持ちが。ふっと浮かんだ黒髪の人の、あの頼もしい背中には、まだ自分は全然追いつけていないのだ。 
     僕の感傷には少しも気づく様子もなく朗らかな調子で言葉は続く。
    「ああ、でも」
     さっきは変わらないって言っちゃったけどさ、と相手が言葉を継ぐ。
    「こうやって、あらためて近くで見ると違うかな。
     やっぱり、なんか変わったよ」 
     続く言葉に凛々しくなった、とか、貫禄が滲み出た、とか。そんな言葉を一瞬期待した。
    「なんだろうなあ、白くなったよ」
    「なんだよ」
     期待しただけにガックリとした。そりゃあ部活なんかで年中日に焼けてたあの頃よりは肌色だって白くなっただろう、なにしろ──
    「吸対に入ったんだろ?」
     公共用の声よりさらに内緒話にまで落としたささやきに、この顔も覚えていない同級生が自分なんかを記憶していた理由が滲んでいた。 
    「俺も少し憧れてたんだ。
     まあ、憧れ程度で本気で目指すまではいかなかったんだけど。だからそこ目指す奴が同じ学年にいるって聞いて印象に残ってたんだ」
     浮かんだ予想への回答が尋ねる前に相手から返ってきて少しくすぐったい。あの頃の自分の憧憬が思い起こされて、なんだか背筋が伸びる気持ちだ。別に初心を忘れてた、なんてわけじゃないんだけど。
     ただ、いまだに場慣れない「新人」のままの自分を持て余していたけど、気がつけばこうして夜の世界に所属した結果の変化が人が見て分かるくらいに表れていたんだと、実感できたのがなんだか不思議で、嬉しい。
     変わらないけど、でもほんの少し違う。僕の評価は正しくそんなところ。
     そんな外からの評価を僕にくれた彼は、駅に着いてしまったと慌ただしく降りていった。
     じゃあ、また、なんて言って別れたけど、また、の機会なんてこの先もうそうそうないだろうなんてこと、きっとお互いに知ってた。
     だって彼と僕は同じ時期に同じ学校に一時期通っただけの仲だ。
     そして僕は、日焼け跡の消えた肌の色くらい、ほんの少し、わずかな分だけ、夜の側へ寄ったのだから。
    藤矢 Link Message Mute
    2022/06/19 13:40:21

    夜の住人

    新人サギョウと同級生の会話。カップリングは匂わせ程度。

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