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    足りない言葉 ある晴れた日のことだった。

     その日のことはよく覚えている。暑い陽射しは濃く影を落とし、ゆっくりと伏せるまぶたに金色が隠されていくのが印象に残った。頰に落ちる睫毛の影までもが鮮明だった。
     あの人の汗ばむ肌も、熱い手のひらも、不快ではなかった。
     僕はその時ひどく汗をかいていたし、特に先輩が触れた僕の首筋や襟足は、びっしょりといってもいいぐらいの濡れ具合だったと思う。
     ささやかな風が冷やした僕の汗ばんだ肌が、先輩に触れられて温くなった。
     先輩の手が離れるとふたたび冷え、その感覚で肌が粟立った。
     そろそろと押し付けられた唇は、髭のチクチクとした感触を残した。あんなにも滑らかに見えるのに、と、それが不思議だった。その感触に、あらためて唇を合わせているのはこの人なんだと生々しく実感した。
     ゆっくりと重なった唇が、同じ時間をかけて僕から離れた。照れくさくって思わず視線を逸らしてしまったけど、ちゃんと先輩の表情を見たらよかったって後悔してる。初めてだったのに。でも初めてのキスが水辺というのはなかなかロマンチックで、僕らにしては上出来なんじゃないかな、なんて頭の片隅で思った。



     僕たちは二人とも、恋愛に関しては初心者で、うまくいくことなんて少しだって想像もつかなかった。
     僕は先輩が好きだし、奇跡的に先輩も僕に応えてくれたけれど、正直いつも心のどこかで、これはいつまで続くんだろうかなんて、頭のどこか、冷めた部分があったのは否めない。
     失礼な話だと、自分でも思う。
     心の中で一線を引いて 「いつでも別れの準備はできています」 だなんて。
     僕は恋愛初心者で、体験じゃなくて耳で聞いたことだけで目の前の人を推し量ろうとする臆病者で、転ばぬ先の杖を何本も用意した卑怯者だった。
     そうしてそんな僕だからこそあの人には相応しくなくてダメなんだっていう悪循環。


     キスまではあれほど慎重だった僕たちは、セックスに至るまでは早かった。それは主に僕が積極的に動いたからだ。心に線を引くのなら、体くらいは重ねたかった。抱かれるよりは抱く方が抵抗感は薄かろうと下調べして準備して、ここまで僕はあなたのことが好きなんですよって一方的に体を開いた。完全なる自己満足だ。先輩が受け取ってくれて本当に良かった。

    「サギョ、ウ」
     律動の合間、掠れた声で囁かれる声は存外にくる。
     そして僕のしみったれた性根の一部はこれを忘れまいと脳に刻み込もうとする。
     抑えようにも内臓を抉られてはどうにもならない獣じみた息づかいを誤魔化したくて僕も彼の名前を呼ぶ。この僕のこの声もあなたの記憶に残るかな。


    「夏が終わる前に二人でどこかへ行きましょうよ」
     シャワーを浴びて清潔なシーツの上で空調も効かせてするセックスはあの最初のキスの日のようにぬるつく汗とは縁遠い。
    「夏が?」
    「思い切り汗をかきたい」
     あの日重なる唇の意外な熱さと、川縁の風が奪う体温の落差でめまいがしそうだった。ふとあの温度を思い出して、惚けた頭のままで浮かんだそのままを口にしていた。
    「どこがいいんだ? 汗をかきたいなら山へでも行くか?」
     ちょっとした場つなぎの閑話のつもりだったその言葉に先輩が乗り気で答えてくれたことで気持ちが浮き立ってしまった。
    「どうせなら遠出したいですね」
     二人で遠距離に出かけるなら休みの調整が必要になるなと、頭の中でカレンダーを呼び出しながら、自分の横に寝そべる人に腕を伸ばして触れた。とうに汗のひいた肌はさらさらとしていて滑らかだ。
    「どうした」
     しかし二人揃ってまとまった休みを取れる隙間を見つけるのが難しくて、手を伸ばした状態で固まってしまった僕を先輩は心配したようだった。
    「いや、自分で言っておいてなんですけど今年の夏はちょっと厳しいかなって」
    「む……確かに……」
     特に取り繕う必要もなかったので正直なところを答えると先輩も眉間に皺を寄せて固まってしまった。
    「ああ、先輩、そんな風に僕のわがままを真に受けなくてもいいですよ」
     お互い先に研修やらなんやらと予定を抱えていることや、同じ職場の同じ部隊という制約があること。そんなちょっと考えればわかりそうなことを考えなしに口に出してしまったことが今更ひどいわがままに思えてしまう。 
    「わがままなんかであるか。俺だってお前と出かけたりしたい」
     しかし先輩はそう言いながら、僕の顔に手をのばして頬を軽くつねるような仕草をした。僕の顔が暗かったりでもしたんだろうか。軽く聞こえるように言ったつもりだったんだけど。
     そして本音をのぞかせてしまったんじゃないかとヒヤリとする。
     僕が先輩に隠れて卑屈な思いを抱えていることを知られたくなんてない。でもそれを手放せもしなくて。
    「まあ、今は難しいのは確かだがな」
     そう言って頬を撫でていた手が僕の髪に移動する。先輩は僕の髪色が好きらしい。最初はなんだそれって思ったけど、今は気に入ってくれているならなんだって嬉しい。さすがに先輩が気に入っている点がそこだけだなんてまで卑屈になる気はないけど。でも、これから先もずっと一緒にいてもらえるくらいのものが他にどこかあるか?って考えると浮かばない。
     結局そういうことなんだ。僕にはこの人にこの先もずっと選んでもらえる自信が足りない。
    「……一緒にずっと長いこといたら、休暇を二人で取ったりするチャンスだってきっとありますね」
    「……そうだな」
     願望を含ませた僕への先輩の返答は重たい眠気を含んで枕に吸い込まれてしまいそうだ。僕の髪を撫でていた手も今は止まってしまっている。
     今日は僕もこのまま寝てしまおう。先輩の体温を感じたまま。
    藤矢 Link Message Mute
    2022/06/19 13:34:23

    足りない言葉

    #半サギョ
    ほんの少しの気持ちのすれ違い。

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