凡庸タイトロープ だから、そんな風に言われても困るんですよ。
僕のせっかく構築したなけなしの自尊心をぐずぐずにしてこの人は、いったい、どうしたいっていうんだろう。
平凡。凡人。一般人。
およそ僕を有り体に表す言葉。
目立った特徴がないなんていう特徴が僕の特徴であること。
それを飲み込むまでには多少時間がかかった。
特に思春期なんて年頃は相当足を引っ張ってくれたものだ。
そんな中でも人より多少は秀でた特技を見つけて、それを磨くこと、それを活かす職業に就くことができた。そんな幸運にも恵まれて、やっと自分に折り合いをつけることが叶ったのはまだここ数年のことだ。
それはまだ多少のしこりとして残っていて、こうやって時たま、目の前のきらきらしい先輩に対して僻みっぽい言葉を吐かせたりもする。
「まあ、なんだかんだ言って、先輩はイケメン、ってやつですもんね」
怪訝そうな表情を浮かべる顔までも整っていて思わず苛立ちを覚える。
こんな風に外見を揶揄した嫌味を言われるのも慣れていらっしゃいますか、そうですか。 そうでしょうね。
先刻、事情聴取を受けてくれた女性の視線は、見事なまでに僕の上には1秒以上留まらなかったこと、あんた 気がついてました?
「まあ、僕みたいな方が調査には向いてるんですけどね。 人の印象に残らないですから」
人混みにいても目立ってしまうあなたよりも、と言外に込めて。
そうだ、これが僕の築き上げたちっぽけなプライド。 誰よりも目立つヒーローポジションになんて子ども時代の憧れと、現実の自分との折り合いをつけた。それが僕の最適解。
実力が伴っているとまではまだまだ言えないけど、この特徴を持つ僕にとって、スナイパーなんて天職以外の何ものでもない。なんて、そんな風に思えるくらいまでにはなったのだ。
そう一人納得している僕に、十センチほどの高さからぽつりと漏れ出たようにその声は落ちた。
「印象に残らない?
...お前がか?」
ほらきたぞ。
僕はとっさにそう身構えた。あんたがおそらくは外見を褒めそやされたり揶揄されたりしてきたのと同じ回数ほどは、きっと僕だってこういったパターンを経験してきている。次に何を言われるのかなんて予想できるくらいには。 だから先回りして言った。
「そんなことないよ~、みたいなのいらないですよ?」
今さっき色がつくならピンク色って感じの視線を独占していた人間にあやされたって虚くなるばっかりなので、要らない。
「自分が平々凡々、どこにでも紛れ込める一般人代表フェイスなの、今のいままで生きてきて、十二分に自覚させられてきてますんで」
どうだほらよく見ろ、とばかりに自分の顔を突きつけた。
先輩はすぐに二の句が継げないようで、ただそんな 僕の顔をただまじまじと見つめるばかりだ。 改めて見たら本当に地味な顔だとびっくりしましたか? なんて、まあ我ながらいじけた物言いだ。
――そう反省してすぐに耳に届いた言葉に心臓が跳ねる。
「......馬鹿め」
この人は、自分の先輩だ。
礼儀や縦社会を重んじる組織に就いていながら僕はつい――つい拗ねた物言いや嫌味をこの先輩にはこぼして しまう。それはこの先輩の偉ぶらない態度や、鷹揚な性格に甘えてしまっているからだ。
この人との会話はいつも綱渡りをしている気持ちになる。甘えて寄りかかって、ああいけないと背筋を正す。 その繰り返し。いつか踏み抜いて真っ逆さまに落ちるのではないかとその度に反省するのに。 楽しくて調子に乗 りすぎてはいけないと、思っていたのに。
自分を律するのが遅れてしまったのかと、その言葉が耳に入った時、背中にヒヤリと冷たい緊張が走った。ついに呆れられたのかと、調子に乗ってついに縄を踏み外してしまったのかと。
すぐにその動揺がおさまったのは、続いての言葉が、困惑、といった色を浮かべていたからだった。
「お前みたいなやつが、そうそういてたまるか」
どこか途方に暮れたような響きを持った声に釣られて思わず仰ぎ見た顔は、心底から不思議だと言っているように見えた。
この人は、――いつものことだけど、今日はいっそう突拍子もないな。 おかげで足を踏み外したかと思った衝撃にはじけた鼓動は収まるどころか、いっそう高鳴ってしまっている。
おまけに、『その言い方じゃまるで、先輩には僕が特別に見えるみたいじゃないですか』とか茶化さないといけない場面で、僕の口は大きく開閉してただ息を吐くだけでそのまま閉じてしまった。
おかげで酸素不足の脳みそが間違った結論までも導き出しそうだ。
この先輩に僕が特別に見えてるのかな、なんて、ありえなさすぎる結論を。
くらくらする頭を冷やすように息を大きく吸い込んだ。勘違いなんてして大きく足を踏み外さないように。
ああ、これだから凡人はダメなんだ。 あらゆるパーツが大事な場面でこうやって誤動作を起こすんだから。