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    His Just Deserts62歳のマーヴェリックが自殺したのは、海沿いにとめたおれのブロンコのなかでのことだった。

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    差出人: O-6, Pete Mitchell, USN
    宛先: 海軍人事司令官 (PERS-835)
    件名: 62歳以降の退役延期の要請
    参照: (a) 10 USC 1251
    (b) SECNAVINST 1920.6D

    (a) および (b) に基づき、私ピート・ミッチェルはここにおいて62歳以降の退役延期を要請する。

    P. MITCHELL

    ────

    2019年におれとマーヴェリックが再会したあの任務のあと、マーヴェリックはチャイナレイクのテストパイロットに戻った。かれがテスト飛行中に例によって墜落負傷し、海軍病院への入院を果たしたのは2023年の12月25日。そのとき、かれはあと半年で62歳だった。
    「62歳ときめられているんだ」
    マーヴェリックは、病床でおれにそう言った。おれはマーヴェリックの着替えを膝の上で畳んだり開いたりしながら聞いていた。
    「おれたち海軍士官の消費期限は、62歳なんだ。そう考えるとずいぶん長いじゃないか。え?おまえにはあと20年もある」
    「マーヴ、療養期間なんだけどさ、海辺で過ごすのはどうかな。医者も安静にしてればどこでもいいって言ってたよ。港の近くならおれたちも代わる代わる顔を出せるしさ」
    「より正確には、士官が62歳を迎えた月の翌月の初日に退役だ。わたしの場合は2024年8月1日。それがデッドラインってわけだ」
    「あんた砂漠にばかりいて海を眺めないだろ。ひさびさに母艦を港から見てみろよ。あまりにデカくてスカッとするぜ」
    「ブラッド」
    おれは話を聞けと叱られるのかと思って黙った。
    「これを少将に渡してくれないか」
    マーヴェリックはそう言って、おれの手に手紙を捩じ込んだ。ものすごい力で捩じ込んだあと、おれの顔を覗き込んだ。
    「1月3日までになんとしてでも渡してくれ。大事な手紙なんだ。手間をかけてすまないが、よろしく頼む」

    海軍には呆れるほど規定があって、関係なく過ごせば一生知りそうもない規定もある。おれの年齢の海軍士官のなかで、62歳でリタイアということはみんななんとなく知っているとしても、それを延長する手続きについて知っている人間はごく一部だろう。
    マーヴェリックは自他ともに認める勲章の多い大佐(その階級にしては多すぎる)であり、大佐であるから膨大な書類に捺印することに忙殺されず戦闘機に乗り続けることができていたのだが、大佐であるから62歳でリタイアに迫られている。(少将にでもなっていればこの規定の対象外だったのに!飛ぶためにとどまった階級に首を絞められるとは!)
    数年前のある夜、おれはふと思いついて、62歳の海軍士官が士官をやめたくない場合どうすればよいかを調べた。申請はその士官が62歳になる最低でも6ヶ月前までに行う必要があり、書類と上官の承認がいるとのことだった。
    だからそのうるさくて寂しい病室で、マーヴェリックに手紙をねじ込まれたとき、おれはこの手の内にある書類が、マーヴェリックの退役延期申請だとすぐにわかった。
    おれは燃える魂を文字通りみずからの拳のなかに握っていた。マーヴェリックの燃える魂を。



    マーヴェリックは退院してすぐ港町のモーテルにうつった。病床確保のためにも、日常生活には支障のない老いぼれた肉体であるマーヴェリックに退院してほしい医者は、しかしかれを砂漠に帰すのをためらった。戦闘機に近づけたら飛ぶからだ。
    かれは、おれの熱烈な説得に最後は応じた。おれはいそいそとかれの少ない荷物を港町のモーテルに運びこみ、言いつけられたいくつかの本や工具をモハーヴェから持ってきた。



    その海辺のモーテルには、コヨーテ、ファンボーイ、ペイバック、2019年の教え子が代わる代わる顔を出しているようだった。
    「きょうはヘイローがきたよ」
    電話口でマーヴェリックはそうやって笑う。おれは停泊中のデッキで暗い粘土みたいな海を眺めながら、「ヘイローか!おれもあれっきり会ってないぞ!」と言った。
    「なあマーヴ。教官っていいもんだろ。教え子が次から次へと訪ねてくるなんて」
    「柄じゃないよ」
    マーヴは小さな声でそう言う。
    「海が似合うとヘイローに言われたんだが、そうかな?わたしは身体をはやく治して砂漠に帰りたいんだ」
    「あのころ海辺でよく飲んだりトレーニングしたりしたから、ヘイローにとっちゃあんたといえば海のイメージなんだろ。リハビリに根を詰めすぎるなよ」



    フェニックスとおれがマーヴェリックを訪ねたのは春先だった。
    砂浜でビールを飲んでいると、隣にやってきた子どもたちがパラソルを立てて海に駆け出していく。そのうちのひとりが残って、半泣きで勉強をしているので、フェニックスが「遊びに行かないの?」と声をかける。
    「ぼくだけ終わってないんだ」
    「宿題?」
    「感想文を書かなくちゃいけないんだけど、ことばが難しいんだ」
    フェニックスはテキストをのぞきこんで、少年と一緒に読書をはじめた。これは?わからない。フェニックスのスマホの辞書を見て、かれはそれをテキストに書き込む。これは?わからない。おれも立ち上がって砂を払い、少年のもとへ行く。フェニックスと少年は、ちょうどこのイディオムにとりかかっていた。

    one's just deserts
    【名詞】当然の報い,相応の罰

    砂のほうの砂漠って意味じゃないんだね、と少年は言った。
    マーヴェリックは向こうで目を細めて炭酸水を飲んでいる。あんたには海が似合うよ、とおれは思った。ちいさなころ、マーヴェリックと親父に会えるとなればいつも港町に母さんと駆けつけた。ちいさなおれは、空にいるマーヴェリックを見たことはなかった。いつも思い出すのは砂浜で躍動するかれ。潮の匂い。輝くような白い歯。子どもにはわからないやんちゃ話。



    ハングマンとボブは偶然にも同日にマーヴェリックのもとを訪れた。
    モーテルのベンチに三人並んで腰掛けて、マーヴェリックがモーテルの隣人のラジオを修理しているあいだ、ふたりは遠い目をしてビールを飲んでいた。
    「おまえ、海へ出るたびに本を読んでるってほんとか?」
    「うん。最近読んだのはコロンビアの小説で、千日戦争の退役軍人が主人公のやつ」
    「そうか」
    「どういう話か説明しようか」
    「しなくてもいい。……したいならしろ」
    「大佐は」
    「大佐」
    「主人公が大佐なんだ」
    「そうか」ハングマンは咳払いをする。「当然そうだよな」
    「大佐は退役軍人への恩給支払いの手紙を十数年以上待ち続けているんだ。暮らしは貧しくて、もっている財産といえば死んだ息子の形見の軍鶏だけ」
    「軍鶏ね」
    「売ったり闘鶏に出せば稼げるのに、大佐はそれもしないで、自分たちの食い扶持も削って軍鶏を養ってる。毎週金曜、郵便局に通い、毎週金曜、大佐宛に手紙はありませんと言われる。申請の手紙を出しても、結果は返ってこない」
    「……それで?」
    「そういう話だよ。大佐は軍鶏を売らない。大佐に手紙は来ない」
    ラジオから軽快な喋りとポップスが流れ出す。マーヴェリックはベンチから立ち上がって、隣人にラジオが直ったことを伝えに行く。その晩、ハングマンとボブはマーヴェリックを連れて近所でいちばん美味いレストランに行く。三人は2019年の思い出話に花を咲かせる。



    海辺のモーテルで、退役延長申請の受理を待ちつづけるマーヴェリックに、その通知はこない。
    マーヴェリックが真実をどうやって知ったか、おれは知らない。それはちょうど、マーヴェリックがおれの士官学校出願書をもみ消したことを、おれがどうやって知ったか、マーヴェリックが知らないように。真実はこうだ──、
    消毒液の匂いのする病室で、マーヴェリックに手紙をねじ込まれたとき、おれはこの手の内にある書類が、マーヴェリックの退役延期申請だとすぐにわかった。おれは燃える魂を文字通りみずからの拳のなかに握っていた。マーヴェリックの燃える魂を。おれはそれを握り潰したのだ。大佐に、退役延長を受理したことを通知する手紙は来ない。だって、退役延長申請は出されていないのだから!



    親父の死後まもないころ、基地の近くのレストランに飯を食いに行ったマーヴェリックとアイスマンは、そこで退職パーティーに出くわしたという。だれか偉い人を送る会ということで、スーツを着た男たちが皆でその立派なビジネスマンを讃えていた。資本主義という荒波のなかで任務を全うしたこと。老いて、やるべきことをやりきって、本人にも、周囲からも祝福されて現役から退くことの輝きがそこにはあった。
    食事中ずっと気に食わない様子だったらしいマーヴェリックは、メインディッシュを食べ切ったころには泥酔して、立ち上がる。アイスマンのおざなりな静止を振り払い、その集まりをかき分けると、テーブルに足をかけ、仁王立ちしてスーツたちを見下ろした。おまえ、おまえ、おまえたち、とワイングラスでかれらを指したので、赤ワインが飛び散ってこぼれた。マーヴェリックの顔は真っ赤で、だれがどう見ても癇癪を起こした酔っ払いだった。
    「マーヴは、それで、どうしたんだ?」
    まだ十代のおれは、アイスマンおじさんに固唾を飲んで尋ねる。アイスマンは笑ってこう答える。
    「説教でもはじめるのかと思ったら、歌いはじめたんだよ。例のあの曲をさ」
    ひどい音痴だったな、とアイスマンは肩を震わせて笑った。呆気に取られるスーツの集団の中央で熱唱するマーヴェリックを、たぶんそのときもこうやって笑って見てたんだろうと思った。ソファにもたれて、マーヴェリックが残したポテトをつついて、ワインを飲みながら。
    おれがGreat Balls of Fireを弾けるようになったのはこの話を聞いたあとのことだ。



    62歳のマーヴェリックが自殺したのは、海沿いにとめたおれのブロンコのなかでのことだった。
    マーヴェリックはその数日前に、どうやってかはしらないが、自分の退役延長申請が出されていないことを知っていた。
    おれが、療養期間が終わっていよいよモハーヴェに帰ることになったマーヴェリックを迎えに行くと、かれは少ない荷物とともにブロンコに乗り込んで、潮の匂いをさせてしばらく黙っていた。
    「モハーヴェに帰ったってなんの意味もない」
    マーヴェリックがちいさな声でそう言ったので、おれは「突然どうしたんだよ」と返した。
    「あんなに帰りたがってたじゃないか」
    マーヴェリックはそのあと数十分黙り続けた。それからようやく、ひとこと、「なんでだ、ブラッド」と言った。
    「あんたの息子になろうとしたんだ」
    おれはそう返した。
    しばらく走ったあと、飲み物を買いにおれが車を停めて、炭酸水を2瓶買って戻ってくると、マーヴェリックは頭を撃ち抜いて死んでいた。



    モハーヴェの格納庫を整理していると、おれはスクラップブックを何冊も見つける。たくさんの写真、映画のチケット、蚤の市かなにかのフライヤー、そういういろんな紙切れが大切に整理され保存されている。マーヴェリックの性格らしかった。おれはそこから、大昔のおれの出願書を見つける。
    出されなかった出願書。受理されなかった出願書。マーヴェリックが握りつぶしたおれの出願書。かれがおれの父親をきどって、握りつぶしたおれの出願書。──歪んだ愛情だ!おれは尻ポケットからしわくちゃになった手紙を取り出す。
    おれは手渡されたその日から肌身離さずマーヴェリックの退役延長申請書を持ち歩いていて、マーヴェリックは後生大事におれの士官学校出願書を保管していた。笑えた。おれはじっさいちょっと声を出して笑って、愛してるよ、と宙に向かって言った。愛してるよ、マーヴ。愛しあってたんだ、おれたち。

    奥からコンテナを抱えてやってきたフェニックスが、音を立てておれの横にそれをおろすと、「だいたい片付いたかな。これだけ見てくれる?」と言った。
    「うん」
    「かれ、ずっとモハーヴェに帰りたいって言ってたよね」フェニックスは額に噴き出る汗を拭う。「モハーヴェ。ゴーストタウンの宝庫。飛行機の墓場。モハーヴェ。ここはかれのいったいなんなの?」
    「かれの……」おれは黙った。空でも砂漠でもなく、海沿いのおれの車のなかで死んだマーヴェリックの決断のことを考えた。四十年近く、戦闘においては無数の決断を間違えなかった男の、最後の決断のことを考えた。口の中が乾き切っていた。おれは、自分自身の死のことを考えた。口をひらく。
    「ただの砂漠さ」



    差出人: O-6, Pete Mitchell, USN
    宛先: 海軍人事司令官 (PERS-835)
    件名: 62歳以降の退役延期の要請
    参照: (a) 10 USC 1251
    (b) SECNAVINST 1920.6D

    (a) および (b) に基づき、私ピート・ミッチェルはここにおいて62歳以降の退役延期を要請する。

    P. MITCHELL
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    2025/05/05 20:53:19

    His Just Deserts

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