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    しおり
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    しおり
    春の夢春日。春の日のうららかな一時。
    人の心というのは非現実的な境界へも自在に出入り出来る不思議な存在である。
    考え方、想い方一つでいかようにも取れるのだから。
    これはとある春の日、その人にとっては忘れ去られる夢幻でありながらも確かにあたたかで穏やかなひと時を過ごした話。

    気付いたら見知らぬ駅に降り立っていた。
    携帯端末に触れ提示されている時刻を見れば戻った所で約束の時刻に到底間に合いそうもなく、SNSのグループに謝罪と事の経緯、今日は行けない事を伝え画面を閉じた。
    路線図を辿って本来の目的地からどれだけ離れてしまっていたのか確認するとそれはもう有り得ないくらい遠くまで来ていたので大層驚いた。視力が悪いので普段は眼鏡をかけているがそれを付け外し再度確認するが残念ながら間違いではないようで。
    耳は悪くないと自負しているのでアナウンスすら聞き逃すくらいボーッとしていたか、考え事に耽っていたのか。
    ホームから改札へと出てくる人の波の多さからそれなりに人出のある土地と伺えた。
    構内に置いてあったパンフレットを手に取るとどうやら温泉地として有名な場所らしく道行く人たちも旅行鞄を手にしている人たちが多い。
    折角来てしまったのなら、温泉の一つにでも入らねば勿体ない。
    気を取り直してパンフレット片手に疲れを癒しに駅を出たのだった。

    意気揚々と繁華街をぐるりと見て回り観光地ならではの露店に寄り道をしつつ日帰り温泉を探したが今日はどうした事か、入れない訳ではなさそうだが入口の時点でどこもかしこも人でごった返していた。
    これではゆっくり出来なさそうだと諦め、パンフレットに付属していた町の大雑把な地図を片手に観光へと目的を切り替えた。
    神社仏閣も有名らしく温泉施設程ではないにしろ客入りも多く御参りするとそそくさと退散しぶらぶらと町歩きする。
    昔は山の方にお城があったらしく、この町はその城下町にあたり見渡せばそこかしこに古い町並み、武家屋敷などが目につきまるで映画やドラマのセットを彷彿とさせた。
    時折、携帯端末を取り出し絵になる様な風景や花や動物たちに向けてシャッターを切る。
    仲間内には悪いが一人で小旅行しに来たような気分になった。
    あとはこれで温泉に入れれば御の字なのだが、なんて思っているとふと顔を上げた先に何も無い少し坂道になってるただの住宅地に突然石垣と大木が真っ二つに割かれたような、一本の細い道が現れた。
    人通りは少なくその石垣がある部分から急に緑が多くなっている。
    気になってその道の入口まで歩くと道祖神が端の方にちょこんと立っていた。道は階段になっており歩いて来た道とは打って変わって道幅が狭くなり行先は見通せない。
    昔見たアニメーション映画に不思議な生き物を追い掛けて森の中の小道を進んでいく少女のシーンが脳内に蘇った。
    それまでなかったはずの風が吹き木々がざわざわとする。
    その道に妙に惹かれてしまい好奇心が抑えられず足はその小道の先へと向かうのだった。

    無我夢中で歩いた。
    明らかに山の方へと歩いている。
    もしかしたらお城の跡なんかが見られるかもしれないと思うと行ってみたい気持ちが高ぶっていた。パンフレットには不思議な事にお城に関する事は何一つ記述がなかった。
    歴史が色濃く残されているこの町に名所となっていてもおかしくは無いはずの、なんならシンボルと言ってもいいくらいの物が『昔、山の方にお城があった』などとたった一言の紹介で終わらせてしまうのはあまりにも不自然だ。
    もしかしたら名所にならない様な状態だったり取り壊されていたりすれば、一言紹介する位で終わってしまうのかもしれないが。
    真相がどちらにせよこの目で確かめてみたいという確固たる意思だけで突き進んでいた。

    階段が終わり登りきったかと思えば道はまだまだ続いており足元の感触もコンクリートからいつの間にか砂利を踏んでおり言わば舗装されていない田舎道へと変わっていた。
    木々生い茂る一本道、しかし途中から良い香りが鼻腔を擽る。
    花の香り、土の香り。そして暖かな風が体を包み込む。
    一本道の抜けた先、遠く先に見えたのは石垣と櫓門、それを遥かに上回る建物。
    周りは田んぼと畑と山があるだけであとは周りは何も無い。
    まるで町から隠されている様なその場所はこれまで見てきた所に比べると何かが違う様な気がした。


    「おや、どうしましたか。そんな所に突っ立って」


    ブルルンと聞きなれたエンジンの音に振り返ると軽トラックがゆっくり近付き真横で止まると運転席から声を掛けられた。
    ここまで人一人が通るのがやっとな小道しか無かったのに一体どこから車が来たのだろう。
    疑問に脳内が埋め尽くされていると薄桃色の髪をした美人な運転手と隣の助手席からは青色の髪を一つに結んだ鋭い目つきの子供がこちらを伺っている。
    もしかしてこの辺の人だろうか、と思いここまで来た事情を説明すると一瞬怪訝そうな面持ちになったが後ろから更に声がした。


    「まぁまぁ宗三っちそんな顔しなさんなって。折角ここまで来たんなら見てってもらえばいいじゃん!お客さんなんて滅多に来ないんだからさ!」


    にひーと笑う金髪の子供は運転手にそう言うと今度は標的を見つけたと言わんばかりにマシンガントークをお見舞した。


    「ねぇねぇどっから来たの?この辺の人じゃないよね?観光?それなら神社は行った?あそこの御守りなんでも効くからお勧めだから帰りに寄って買っていくといいよ!お勧めといえば華乃屋旅館の温泉まんじゅうは絶対買い!こんくぅるの金賞を取ったらしくて、これお茶請けで出すと皆に褒められちゃうよー。それとね」
    「太閤、その辺に…。困っておられますよ…」


    隣に座っていた薄水色の長髪美人が止めてくれたお陰で金髪の子供のおしゃべりはようやく止まり、苦笑いしていると運転席から呼ばれた。


    「どうします?何も面白いものはありませんけど、見たいと言うなら周りを見るくらいならいいですよ」


    怪訝そうな表情から望み薄だと思っていたので思わぬ返事に聞き返すと運転手は「まぁここまで来るような物好きですからね。直ぐに追い返すのは野暮でしょう」と褒めてるんだか貶してるんだか兎にも角にも迎え入れてくれたので良しとし、金髪の子供に促されるまま軽トラックの荷台にお邪魔した。
    荷台には大量の酒樽と酒瓶の入ったケースと食料品が積み込まれており、なんでも買い出しの帰りだったそうで安全確認をした後、車は城跡へ向けて発車した。
    そう言えば荷台に人が乗るのは道交法違反なのでは?とこっそり尋ねると長髪美人なお兄さんは


    「ここは私有地ですので…。それに貨物の看守役として必要最低限の人数ならば乗っても大丈夫です…」


    と答え、その量を見て確かにと納得した所に金髪の子供が


    「まぁ儂ら人じゃないから最初から問題ないけどね!」


    などと付け足し、アハハと笑った。
    それが一体どういう意味なのか分からずつられて笑う他なかった。


    周りを見たいとは確かに言ったものの誰もその櫓門の中に入った所とは思ってもみなかった。
    てっきり地元の人だと思っていたカラフルな髪色をした兄弟?たちはこの城跡に住んでいるのだと言うものだから驚いた。櫓門を抜けると少し開けた場所になっており、邸の玄関先の近い場所に軽トラックを止め荷降ろしを手伝う事になった。何せ量が量なのだ。猫の手も借りたい状況にもなる。


    「申し訳ありません…。お客人にこのような事を手伝わせて…」


    儚げに謝るお兄さんに見せてもらうのだから等価交換だと伝え、荷台から下ろしては玄関先まで運び、また戻って下ろしては運ぶ作業を続けた。作業中に何度も見上げたが、住居となっているらしい木造三階建ての本丸御殿は玄関先だけでもこの邸全体が大層立派なものだと分かる。


    「お疲れ様ー!お酒ちゃんと買ってきてくれたぁ?」
    「言われた通りに。飲むより先にまずはニノ蔵に運んで下さい」
    「はいはい、この次郎さんに任せなさいっ!って、ありゃ?見慣れない顔だね」


    どこからかひょっこり出てきた顔にまた新たな美人が出て来たと思うとその体躯の大きさに驚いた。近付いてくると分かるその長身。思わず見上げる程だ。
    生唾を飲み込み挨拶をすると事の経緯を運転手が説明してくれた。


    「へぇ!よく来たもんだ。アンタ、見込みがあるかもしれないね」
    「ほら話し込んでる暇があるなら体を動かす。殆どあなたと日本号と愉快な仲間たちで飲むものなんですから働いた働いた」
    「何よぉそう言うアンタだって時々浴びる様に飲むクセにー!」
    「浴びる様にだなんて失礼な。僕は自分の適量分しか飲みませんよ」
    「一晩で二斗樽を半分近く飲み干しておいてよく言う!」
    「はて、何の事やら」


    じゃあごゆっくりー!と大きな酒樽を両手に持ち、”じろう”と自称した美人は軽やかな足取りで1ケース持った運転手と共に行ってしまった。途中で言われた見込みが何の事か分からなかったがそれ以上にここに住まう彼らの関係性や見た目とのギャップなど、頭が処理する前に次々と新しい情報が舞い込んでくるため黙る他なかった。


    「あの」


    くいくいと袖を引っ張られ返事をすると助手席に乗っていた青色の髪を一つ結んだ子供がこちらを見上げている。


    「お手伝い、ありがとうございました。良かったら、一休み、しませんか」
    「探索はその後!まずは休憩、休憩!」


    にゅっと出てきた金髪の子と共々にお茶のお誘いを受け、確かにこれまで歩いて来た分の疲労も蓄積されていたのでお言葉に甘え誘いを受ける事にした。
    お宅にお邪魔するとまず既に玄関がだだっ広い。
    田舎の玄関てこんな感じだよなと思いつつも恐らくここに住まう人はこれまで出会ってきた倍以上はいるのは巨大なシューズボックスを見て察した。
    大家族で収まるような規格ではない。ますます謎は深まる。

    まず案内されたのは洗面所。
    『手洗いうがいをしっかりと!』
    そう書かれた手作りと見られるポスターが貼ってありそれを横目に子供たちに倣って手洗いうがいをする。小学生の頃、こういうの作って貼ったなぁと懐かしんでいると一定の区間を空けて貼られていたポスターには『血濡れたまま館内彷徨うべからず』『負傷に大小なし。軽傷でも必ず報告、手入れを!』『残骸ノ破片アレバ 南海マデ』と突如として不穏極まりない内容や単語が羅列しているものが貼ってあり思わず固まった。


    「今日のおやつは小豆っち担当だからたっのしみ〜!小夜っちなんだと思う?」
    「謙信が今日はまどれぇぬ、を作るって張り切ってた」
    「ほうほうマドレーヌ。儂、煎茶で食べよー!」
    「僕は牛乳」
    「分かる!洋菓子って牛乳合うよね!あーどうしよう、やっぱりミルクティーにしようかなー」


    隣で和やかな会話が繰り広げられているが全く内容が入って来ないでいた。ポスターの事を尋ねようにも果たして聞いていいものなのかすら分からない。そうこうしている内に二人に連れられ洗面所を後に次なる目的地へと誘われた。


    「儂おやつもらってくるから小夜っち案内宜しく!」


    そう言って金髪の子と別れ青髪の子、”さよ”と二人きりになる。
    何を話せば良いのか迷っていると正面からおさよと呼ぶ声がする。


    「歌仙」
    「おや、お客人かな。しかし今日は主は外に出ているはずだが…」


    軽くウェーブのかかった紫色の髪をした美形。
    ここに来てからというもの、顔面の造形が偉く整っている人にしか会っていない。そして今度の人は服に隠されてはいるがガタイがいい様な気がする。
    コバルトブルーの様な透き通った瞳はどこか冷たく、あまり歓迎されていない様子。


    「麓の町から歩いてきたって。兄様は折角だから周りを見ていけと」
    「宗三の方だね。まぁ、うん。確かにこんな辺鄙な山奥に来ておいて直ぐに帰れと言うのは酷だ。ゆっくり休んで行くといい」


    では、と会釈をすると”かせん”と呼ばれたその人はスタスタと横切って行ってしまった。花の香りが仄かにする綺麗な人だった。
    しかしながら会う人会う人に驚かれるので相当ここを訪ねてくる人は限られているのだと推測出来る。迷惑なら直ぐに立ち去る旨をさよに伝えると、さよは大丈夫と言うだけでこっちと袖を引っ張り案内を再開するのだった。

    連れてこられたのは三階の部屋。六畳ばかりの部屋はがらんとしていて人が生活している場所にしては生活感がない。聞けばここは今は空き部屋で後々来る者の為に空けているのだそう。
    さよが大窓をガラッと開けると暖かな風が吹き込んできた。その風に乗って桜の花びらが入ってくる。


    「敷地内に桜の大木があるんだ。この部屋からは桜は見えないけど…ほら、辺りは一望出来るよ」


    手招きに誘われ窓辺に立つと、歩いて来た一本道の入口と周り田畑と山々が目の前いっぱいに広がっていた。ずうっと遠くの方に麓の町が見える。そこまで遠いような気がしなかったのだがランナーズハイならぬウォーキングハイにでもなっていたのだろう、疲れはあるがこの景色のおかげで心は満たされた。
    お礼を告げるとさよはまじまじと見つめた後、どういたしましてと呟いたのだった。


    「おっまたせー!小夜っちの事だからぜぇーったいここ連れてくると思った!」
    「ここは確かに眺望が良いからな。探索する前に上から見ておくならここがいい」
    「でもここ鴨居がちょっと低いんだよなぁ。油断すると頭ぶつけちまいそうになる」
    「長物は基本的に一階だからな。いざって時に鴨居に引っかかってちゃ格好がつかねぇだろ」
    「ちょっと立ち止まってないで中に入ってよー!」
    「おやつ、冷めてしまいますよ!」


    金髪の子が入ってきたと思ったら後続がいた。
    入ってきた順に片目が深緑の髪で隠れている者、長身で緑のジャージを着ている者、先に会ったじろうに負けず劣らずの美しい黒髪長髪の者、甲高い声の子、綿あめのような桃色のふわふわ髪をした子。そんなに一気に増える?と脳内処理が追い付かないでいるとさよに促され、一先ずおやつをご馳走になる事にした。
    ここではおやつは日替わり担当制であるらしく、本日は菓子作りが得意な人が作ったマドレーヌだった。一緒に出された珈琲との相性は抜群でまるで喫茶に来たかのような心地良さに包まれる。
    それからあれよあれよと質問タイム。
    ロクに自己紹介もせずに投げかけられる問に一つ一つ返していく。問と言ってもごく簡単なもので麓の町はどうだったとか、名所は行ったのかだとか、他所から来た旅人に投げかけるような本当に些細なものだった。
    あとは日替わり温泉の穴場やおすすめの店を紹介してもらったりするなど有益な情報も得られた。
    山のようにあったマドレーヌがすっかり空になるとさよを始めとする子供たちが本題の探索に行こうとノリノリで誘ってくれたので大人組の方々に一礼してから連れ出してもらった。


    「なぁ、あいつって」


    客人が短刀たちに連れられて立ち去った後、御手杵はひらひらと振っていた手を下ろし鶯丸、和泉守兼定に向けて言う。


    「悪い奴では無いのは確かだな。加えてその才もあるとは」
    「…いいのかよ。本丸ん中に入れちまって」


    和泉守は不服そうな声色だが鶯丸は何も気にしていないのか表情一つ変えずに湯呑みの茶を啜った。


    「宗三が判断したらしいが、まぁ大丈夫だろう。人の子一人くらい迷い込んだ所で本丸に害がある訳でもなし」
    「オレたちがいるんだ、そこは心配してねぇよ。問題は主が居ねぇってのにあげちまって良かったのかって事だ」
    「何、夜には戻るそうだ。その後の事は任せればいいさ」
    「いや丸投げかよ」


    鶯丸のペースに飲まれ和泉守はため息をついたがその隣で御手杵はある事を思い出し確信した。訪ねてきた客人が誰なのかを。否、御手杵だけではない。その人が誰かなど、この本丸の者は知識に個刃差はあれど知っていた。
    確かに話してみれば悪い奴ではない、それは見た目からも分かる事で何よりそんな者でない事はとっくに分かっていた。


    「御手杵」


    鶯丸が呼ぶ。


    「案ずるな。主の見る目は確かだったと言うだけだ」


    伏し目がちに湯呑みを見つめる鶯丸はきっとこの場にいない主の事を思っているのだろうと御手杵は思った。視線は逸らしているが和泉守も同様に同じ事を考えていた。


    「でもよ、やっぱこういうのって辛い事、だよな。俺もこの体になって経験したら分かったよ」
    「そうだな…。オレたちは二度経験がある。一度目は刀の時、二度目は体を得てから」
    「?何の話をしている?」


    あっけらかんと言うもんだから和泉守と御手杵は顔を合わせ、主の事を心配してるのではないかと尋ねれば鶯丸は吹き出して笑った。


    「俺達の主はそんなに柔ではない事くらい、お前たちは知っているだろう」
    「まぁ」
    「それなりに付き合い長くなってきたしな」
    「なら信じてやればいいさ。主の審神者たる存在意義とやらを」


    流石は年長者と言うべきか、極てから言葉に重みが更に増しているような気がしないでもない和泉守と御手杵は感心すると同時にこの場にいない主を思った。


    「大包平がいたらより面白い事になっていたろうに。今日遠征に出ているのが残念だ」


    二人の脳内で話のオチにはこの大包平(以下略)の台詞が再生されるのだろうなと思うと今日この場に大包平が居なくてよかったと胸を撫で下ろしたのは誰も預かり知らぬこと。


    色鮮やかな髪色の子供たちに連れられて本丸巡りをさせてもらった。
    まず通って来た櫓門から始まり本丸御殿を一周する様に数多くの蔵、厩舎、敷地内にある畑、厨、桜の大木、共有施設やスペースなど。観光ツアー並の内容量だった。
    中でも印象深かったのはやはり先程の三階からの眺望。あの光景を見れば確かにここは一国の城が建つには充分過ぎるほどの好立地。
    しかし何故今はこうなっているかまでは誰も話してはくれなかった。
    思えば不思議に思う事はここに来てからは山ほどある。
    でもそれを聞いてしまうのはいけない事のような気がして。


    「ねぇ、ボク達のこと聞かないの?」


    女の子と間違えるくらい愛らしい顔をした”みだれ”が何の気なしに尋ねた。それを聞いた金髪の子”たいこう”、ふわふわ髪の”あきた”、さよが目を見開く。聞いて欲しかったかと尋ねればみだれは特に動揺すること無く首を横に振った。


    「ボク達に興味があってここに来たのかと思って」
    「乱、この人は」
    「分かってるよ。ごめんね、聞いてみただけ」
    「んもー!乱っちってば!」


    彼らが何を聞かれるを恐れているのか、あるいは警戒しているのかは分からないが言われない事をわざわざ突っ込んで聞く必要はないだろう。そもそも、ここに来たもの自分の好奇心が原因なのだから。


    「でもどうしてここまでの道が分かったんですか?」


    あきたの言葉の意味が分からなかった。


    「惹かれたと仰っていましたがここまでの道ってそんなに目立つ所にある訳でもないですし、どうしてかなって思って」
    「そんなの簡単だよ。だってこの人は」
    「おわー!ダメダメ乱っち!」


    うきーっ!と叫びながらみだれの口を塞ぐたいこう。そんなに聞かれたくない事だったのかちょっと待っててくれと四人とも一旦離れてしまい一人私有地に残されてしまった。行くあても無い為、大人しくその場に待機するもやはりあきたの言葉が引っかかった。
    好奇心と言うだけで確かにここまで来るものなのだろうか。
    何に惹かれて歩みを止めなかったのだろうか。
    自問自答しても答えは出てこず早く四人が帰って来ないかなと思うばかりだった。そしてもうお暇する旨を伝えて山を降りようと考えていた。


    「お?おまさん、見ん顔じゃの?」


    振り向くと大量に収穫したであろう野菜が乗ったカゴを持ち、人懐っこく笑てみせる青年がいた。
    説明をしようとすると合点が行ったのか、客人と分かるや否やちょいちょいと手招きをして良いものをくれてやると誘われたのでとりあえず着いていくことにした。
    連れてこられた縁側に「ちっくと待っとうせ」と座らされて数分。戻ってきた青年の手には焼き芋が乗ったお皿が。


    「ほれ、ここの畑で採れた薩摩芋じゃ。蔵にあった最後の芋じゃき、食べてみいや!」


    ここに来てからおやつも沢山ご馳走になり満腹だった筈の胃袋は探索をした事でその容量を幾らか減らしてしまったのか、良い匂いを嗅ぎつけるとキュルルと小さく鳴くのであった。
    有難くご相伴に与る事にし、手拭きを受け取って綺麗にしたのち程よい熱さの焼き芋を受け取った。
    二つに割ると湯気が出てきて色鮮やかな黄色が現れる。思い切りかぶりつくと口に広がるしっとりねっとりした甘さとホクホクの食感。舌鼓を打っていると隣に腰掛けていた青年もはふはふとさせながら焼き芋に齧り付いていた。
    黙って二人並んで完食すると青年が焼き芋の感想を尋ねてきた。


    「どうやった?収穫してからしばらく貯蔵してたがやき、甘さも増してこじゃんと美味かったろ?」


    それはもう絶品だったと伝えると青年は、ほんなら良かったぜよ!とニカッと笑い自分が育てた芋なのだと教えてくれた。格好からしてもいかにも農家さんの様なので一人納得する。


    「おまさん、大事な人はおるがか?」


    優しく微笑みながら青年が尋ねる。とても真剣な表情だった。
    脈略もなくそんな事を言われるとは思ってもみなかった為、一瞬答えに行き詰まったがその問いに関しては答えは一つだけしかない。大事な人は沢山いる、と。
    それを聞いた青年はほうかと答えると視線を逸らして庭を見つめた。


    「ここの主はの、大事な人ば守りたい言うてここの主になったんじゃ。わしはそれをずっと隣で見て来た。どがな奴かと想像もした。ほいたら、その守りたいゆう奴は別に主の事を知らん言うんじゃ。一方的に知りゆう奴ば守る為にここの主は頑張っちょる」


    青年は続ける。


    「いつか聞いたんじゃ。どうしてそがな奴の為に頑張るんじゃって。返って来た答え、何て言うたか想像出来るかや?」


    首を横に振る。すると青年は苦笑いしながらその答えを教えてくれた。


    「世界を変えてくれた恩人、じゃと。そん人にとってはそんな大事では無い事かも知れんが主にとっては無くてはならん人みたいでの。それを聞いてわしも守りたいと思うようになったんじゃ。主がおらんかったら、わしらは今ここにおらんきに」


    一体何の話をしているのだろうか。
    全貌が見えてこない話のはずなのにどこか他人事の様に思えないのも不思議でならない。
    青年は視線を戻すとまた笑ってみせた。


    「おんしはおんしの大事な人らぁ守るぜよ。わしらはわしらのやり方で大事な人ば守るき」
    「陸奥!!!」


    突然カットインして来た声にびくりと肩が反応した。
    ぜえぜえと息を切らしながら走ってきたその人は、なんとなくこれまで会ってきた人たちとは違う様な気がした。


    「主、もんてきたの。おかえり」
    「た、ただいま…!じゃなくて、待って、なんで…!!」
    「ほいたら、わしは行くき。あとはお若いもん同士でごゆっくりー」
    「ええええどうしてそうなる…??!!」


    ”むつ”と呼ばれた青年はひらひらと手を振り皿を下げながら行ってしまった。残された”主”と呼ばれたその人はアワアワと狼狽えている。
    声をかけようとすると深呼吸を始め終わるのを待っていると、くるりと向き直し深々と頭を下げた。


    「…家の者が招いたそうで。粗相など失礼ありませんでしたでしょうか」


    大丈夫だった、なんなら良くしてもらったと伝えるとゆっくり上がった顔は今にも泣きそうな表情をしていた。何故そんな表情をしているのかとても気になったが真っ直ぐな瞳に思わず釘付けになり言葉は喉元でつっかえ止まってしまった。


    「それなら何よりでした」


    泣きそうな表情からふにゃりと笑ってみせるその人がどうしてか遠い存在に思えた。こんなにも近くにいるのに。
    気になる事がありすぎるこの場所で知りたくなった。
    この人がどうしてここに居るのかを。
    そこで先程むつと呼ばれた青年との会話の話をした。
    貴方が守りたいものの為にこの家の主になったのだと言う事。
    しかも一方的な知り合いの為にやっているのだと言う事。
    どうしてそこまでするのか、純粋に気になったのだ。

    すると”主”さんは困った顔をし唸った。
    どう伝えるか言葉を選んでくれているのだろう。
    深い意味で聞いたつもりではなかったので申し訳なくなったが”主”さんは言った。


    「私が私の為にそうしたいから、でしょうか。利害が一致してるからやってるだけなんです、実は」


    何と利害が一致しているのかはともかく。
    ”主”さんの瞳には確かな意志を感じた。


    「私は欲張りなので守りたい人は一人だけではないのです。でも出来ることなら守れるものは一つでも一人でも多い方がいい。私の力で守れるならやれるだけやってみようって思ったからここの主になろうと決めたんですよ」


    ただただ感服した。
    自分より歳が下であろうこの人は覚悟を決めてここにいる。
    ここが一体なんなのか、ここで何をしているのか、そんな事は分からないしきっと知らないままが良いのだろう。なんとなく、そんな気がした。


    「だから貴方がここに居ると聞かされて大層驚きました。これも私が繋いでしまった縁からなるものなのでしょう、でももうここに引き寄せられる事はありませんのでご安心下さい」


    ”主”さんが何を言っているのか分からず困惑していると歩み寄って来て片手を両手で覆うように掬われた。手の熱がじんわりと伝わる。


    「貴方は貴方のやるべき事を、守るべきものを守って下さい。貴方の声は届いています、貴方が紡ぐ歴史は私が命ある限り必ず守ります」
    「何を、」
    「また逢いに行きます。だからその時まで、どうかお身体ご自愛下さい」
    「待って君は」
    「   」


    何て続きを言うつもりだったのかは自分でも分からなかった。
    そして記憶はここで途切れた。

    客人の体の力が抜けぐらりと後ろへと傾くのを支えたのは陸奥守吉行だった。


    「おお、結構しっかりしちゅうな。さて、どうするぜよ主」
    「…麓の駅まで送ろう。今から行けば終電までに向こうに着くはず」
    「軽トラならすぐ出せますよ」
    「荷台に乗せて走ってええがか?」
    「認識阻害の術式をかける。宗三、運転お願い」


    はいはいとキーを取りに行く宗三左文字と入れ違うように太閤左文字、小夜左文字、乱藤四郎、秋田藤四郎が紙袋を引っ提げてやって来た。


    「華乃屋旅館の饅頭だよー!」
    「あと温泉の素…」
    「こっちは美肌効果抜群のパックのセット!」
    「僕は次郎太刀さんから地酒飲み比べセット貰って来てました!」
    「こりゃあ紛うことなき旅行土産じゃ!軽トラの荷台に一緒に乗せちょけ!」
    「お客さん、ぐっすり眠ってますね」
    「主の術、しっかり効いてる」


    スヤスヤと深い眠りに落ちているのを確認すると短刀たちと陸奥守は軽トラのある玄関へと回った。それを見送る審神者は深い溜息をついてその場にしゃがみ込んだ。
    緊張から解放されたのにまだ胸がドキドキしている。手汗も止まらない。


    「アンタは行かないのか」


    縁側からの声に顔を向ければ和泉守と御手杵が立っていた。


    「ちょっと、休憩」
    「なぁ良かったのか?ちゃんと伝えられるんなら今からでも起こしてでもしといた方がいいぜ」
    「しない後悔よりした後悔の方がいい。そう言ったのは主。アンタだ」


    彼等なりに心配してくれているのだろう。
    有難い助言だったが審神者の心は晴れやかで思い残す事など何も無かった。


    「もう伝えた!それにこれからも伝えるから大丈夫」
    「でもそれって直接言うわけじゃないだろ?折角目の前にいるんだし…」
    「いいのいいの。それに伝えた所で忘れられてしまうから」
    「なんかこう、上手くできねーのか。都合よく記憶を一部削るとか」
    「記憶の改竄は度が過ぎると歴史修正主義者と同じ扱いにされるよ。それにそんなクソ器用な事出来るんなら私今頃エリート審神者になってるって」
    「それもそうだな」
    「ンだと兼さんこの野郎」


    いつもの調子で口車に乗せられる審神者を見て、杞憂だったかと和泉守と御手杵は胸を撫で下ろす。


    「それに、これが今生の別れって訳じゃないから。私もあの人も生きてる。ならまたどこかで会えるよ」
    「嫌な事言うけどよ、もしアイツが事切れちまう事があったらどうすんだ」
    「…それが世界とあの人にとって”正しい歴史”なら、私はそれを守るだけだよ」
    「主の大事な人であってもか?」
    「私は”審神者”だよ。それは君たちも嫌って程分かってるはずでしょ」


    鶯丸の言う通り伊達に審神者をやっている訳では無い。
    彼らが思う以上に審神者は柔ではなかった。


    「でも、私も人の子なんでね。その時が来たらめちゃくちゃ泣いて使い物にならなくなるかもしれない。だからその時は全力で慰めてね」


    冗談めいて言っているがその表情は愁いを帯びている。
    和泉守と御手杵は顔を見合わせ外へ降りると審神者の肩を抱き頭を撫でた。


    「当たり前だろ」
    「安心して泣きじゃくれ」


    抱き締められ上からわしゃわしゃと揉みくちゃにされ、ぐしゃぐしゃになった頭を心配しながらも二振りからの愛情を確かに感じた審神者だった。
    清光に発見され絶叫されるまであと数十分。


    ガタン、と大きな音で目が覚めた。
    覚醒しきらない意識の中で心地よい揺れと風を切る鋭い音でここが電車の中である事を思い出す。
    窓際の席から見える外は既に真っ暗で景色を楽しむ事は叶わない。ホルダーのペットボトルに手を伸ばし乾いた喉を潤して一息つく。
    隣の席には沢山の土産物が日帰り観光の思い出としてそこにあった。結局温泉には入れずじまいだったがそれはまた今度行けばいい話。沢山歩き回った疲れが出たなとぼんやりとした目つきで空を見入りながら、今日の事を思い出す。
    知らない土地を歩き回り、沢山写真を撮って、美味しいものを食べて、お勧めのお土産を教えてもらったりして。


    「…?」


    何か引っかかる、何かを忘れている。
    そんな気がして土産物の方を見た。
    複数ある紙袋を漁ると有名旅館の饅頭、温泉の素、美容グッズ、地酒飲み比べセットなどが顔を覗かせたが果たしてこれらを自分は買ったのか。曖昧な記憶に不安を覚え財布を取り出しレシートが無いか確認するとちゃんと内容と合致するレシートが出てきた。
    ああなんだ疲れてド忘れしちゃっただけか、と安堵し財布を仕舞うとポケットに違和感を覚えた。
    ゴソゴソと取り出すと見慣れぬ御守りが出てきた。
    シンプルに”御守り”とだけ刺繍されたそれは何のご利益があるかは分からないが、なんとなく持っていようと思った。
    結局立ち寄った神社で買ったのだったかを思い出せないまま、御守りは再びポケットへと仕舞まれたのだった。

    電車はスピードを上げてどんどん彼を”彼が生きる街”へと運んで行く。
    現代のあの町からも時の狭間にある本丸からも遠ざけて行く。
    彼があの町を訪れる可能性はあるがあの本丸に足を踏み入れる事はもう二度とない。
    まじないが込められた御守りは彼や彼の大切な存在を守る為にありやがてその存在すら忘れてしまう様に仕込んである。
    いずれ彼は今日あった事を忘れてしまうが、それでも経験した感情は心に刻まれている。
    あたたかで儚い春の夢。
    夢から醒めたら彼もあの本丸のもの達も道は違えど進んで行く。
    人生/刃生という名の物語を。
    れぐ Link Message Mute
    2023/01/09 1:47:21

    春の夢

    #刀剣乱舞
    とある青年が久梛原本丸に迷い込む話

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