供花街今日は日差しが強く、外出には丁度良い日。
歩き回って疲れたため、雰囲気の良い喫茶店で、コーヒーを飲み、くつろいでいた。
ドアに取り付けられた、ベルを小気味よく鳴らし、一人の男性が入ってくる。
席をザッと見渡し、満席であることを確認し、落胆している様子。
きっと、歩き回って疲れただろうな。
今日、日差し強いし。
「あの……もしよろしければ、私と相席するのは、いかがですか?」
気づいたら、そんな言葉を、口にしていた。
「…ありがとう。そうさせてもらうよ。
お礼と言ってはなんだが、僕にとって大切な話を、君に話してもいいかな?」
供花街
初対面の相手に、自分にとって大切な話をするだなんて、ずいぶんと話したがり屋?な人なのかな?
「もちろん、君が嫌じゃなければ…」
訂正。無理強いはしない人なんだな。
特に断る理由もなかったので、話を聞いてみよう。これも、何かの縁だし。
「とんでもない!お話、伺いたいです。」
「ありがとう。君は優しいね。」
はにかむように、小さく笑った顔が素敵なのに、どこか寂しそうに見えた。
「どこから話したものかな…
僕が生まれ育った、街の話なんだけどね…」
***
僕の生まれ育った街は、花と共に生きている街でね。街のそこら中に、花が咲いてたんだ。それは、とても綺麗だったよ。
そんな街で2つ、決まり事があったんだ。
「胸に秘めていることは、全て言うこと。」
「嘘をつかないこと。」
変わっているだろう?僕も小さい頃は、そう思ったさ。でも、律儀に守ってた。
決まりごとだからってこともあるけど、僕の両親は特に、僕に決まりごとを、守らせたがったからというのも、ある。当時の僕は、病弱だったしね。
…ん?病弱の人に、決まりごとを守らせる意味が気になるって?
…それはね…死んでしまうから、なんだよ…
胸に秘め事があると、その秘め事が花となり、身体の中に増えて、蝕んでいくんだよ。
そして、胸に秘め事を抱えた者は大概、嘘をつく。取り繕うためにね。
すると、花を吐いて死んでしまうんだ。
あの街に生まれた者特有の、奇病さ。
良くも悪くも、花と共に生きる街なんだ。
納得したかい?では、続けるね。
僕と違い、健康な僕の幼馴染も、例外じゃなかったんだ。
亜麻色の髪をもつ、花が咲いたように笑うのが、印象的な子だったなぁ…
入院してた僕に、毎日会いに来て、その日の出来事を話してくれるんだ。
彼女の話に耳を傾けながら、花言葉が載っている本を読むのが、好きだった。
たまに本を読むふりをして、窓から差し込む光で、透き通ったように見える彼女の髪色を、こっそり盗み見ていたなぁ…
……恋?
いやいや。「これ」は、そんな綺麗なものなんかじゃないよ。
でも、この穏やかな時間がずっと続けばいいのに、って願ってた。
お察しの通り、続かなかったけど。
僕の家の引越し、それに伴う僕の転院が決まったのが、大きな要因さ。
引越しの理由?
推測だけど、両親が花と共に生きるのに、嫌気がさしたから…だろうね。
人は、良くも悪くも「知性ある生き物」だから…相手を思いやって、口を閉ざしたり、嘘を付いたりする。
街の決まりごとを完全に守るなんて、到底できないんだよ。
顔が青いね……大丈夫かい?
水でも貰おうか?……必要ない?
…そう……辛かったら、いつでも言って。
そこで話すのを止めるからさ。
さて、話を戻すけど…
……君の、想像通りだよ。
あの街は、花に囲まれて美しい反面、死に溢れていた。
親しい人が、次々に花を吐いて死んでいって、徐々に街の人口が少なくなっていってたんだ。
そんな状況で、病弱の僕が居たら、嫌でも死を意識してしまったんだろう。
結局は、逃避にすぎないのにさ…
引越すことを僕に告げた両親から、濃くて甘い花の匂いがしたよ。
引越すことを知った翌日、僕は彼女に引越すことを伝えた。
隠し事をする必要はないと思ったし、幸い引越すまでの猶予はあったから、彼女との時間をより大切に過ごしたくて…
彼女は驚いた顔をしたあと、笑顔で
「そっか!まだ少し先だけど、元気でね!
あっ!今まで通り、此処には来るから安心してね!」
その台詞のあと、彼女は用事を思い出したから、と言って帰っていったよ…
病室に飾っていないはずの、花の匂いが微かにした気がして、僕は無性に泣きたくなったね…
どうして、泣きそうな顔をしてるんだい?
…本当に、君は優しいね……
僕のハンカチ、使うかい?
…大丈夫だから、早く続きを?
そう…だったら続けるね…
引越すことを告げた翌日以降も、彼女は今通り僕に会いに来て、その日あった出来事を面白おかしく話してくれた。
僕も今まで通り、花言葉の本を読みながら彼女の話を聞いていた。
表面上は、何も変わらなかった。
ただ、日を追うごとに、花の香りはより一層濃く、甘くなっていった。
もちろん、今から転院するのを辞めることはできないのかと、両親に掛け合ったさ。
でも、その手の話を持ち出すと…花の匂いが、濃く甘くなって……
僕は、掛け合うことを辞めたんだ…
卑怯で、最低な人間だよね…
君がそんな顔するのも、無理ないよ…
そんな僕でも、ひとつだけ両親と約束をとりつけたんだよ…
「引越しと転院はするから、数時間でもいい、彼女と外出したい」って…
数日後、無事外出許可が降りたのを知った時は、安心したね。
外出当日、彼女に車椅子を押してもらいながら、海が見える、見晴らしのいい場所に出かけたんだ…
彼女と離れてしまう前に、彼女が好きだといった景色を、どうしても彼女と一緒に見たくて…
彼女に連れられて、街の郊外に出たとき、不思議と気持ちが高揚したね。
見晴らしのいい場所に着いた時なんか、高揚を通り越して感動したよ…
あぁ……これが、彼女の見る景色なんだって…
なんて、きれいな青なんだろう…って……
………ゴホッ……
ごめん、続きを話すね。
海に魅入ってた僕は、興奮の勢いのまま彼女のほうに向き直る。
そして、現実に引き戻された。
今まで嗅いだことがないくらい、潮の香りなんて霞む、むせ返るほどの濃くて甘い匂いを携えた彼女がそこにいたから…
僕の横をすり抜けて、海に向かって歩を進める彼女。
僕はとても…怖くて………手を伸ばしたんだ…
「はは…っ!落ちないよ!ほんと、君は心配性なんだから!」
そうやって彼女は屈託なく笑ってさ…
太陽の光で透けたように見える亜麻色の髪が、海の青と調和して怖いくらい綺麗で…
僕は彼女のために出した手を、どうすることもできなくて…
まごまごしてる僕に、彼女は泣きそうな顔で笑って…
「もうすぐで、お別れだね!
この際だから言うけど…!
私、君のことなんて…大切なんかじゃないから…」
その言葉と共に彼女の口から吐き出される、大量のピンクの小ぶりな花…
花言葉の本を良く読んでいた僕にも、馴染みがある花だった……
なんとか、僕は言葉を紡ぐ。
「………君は、嘘つきだね……」
「………花言葉知ってるなんて、悪趣味…」
その言葉を最後に、彼女は動かなくなった。
彼女の亡骸を抱いて、声が枯れるくらい泣いて、泣いて泣いて………
気づいたら、あの街から離れた病院のベッドで寝てたね……
両親が言うには、あのあと見晴らしの良い場所で僕を両親が発見した。僕が高熱に侵されていたため、病院に搬送。後に熱は下がったが、終始抜け殻のようだった……らしい。
こうして、僕はあの街から離れて、病弱な体質も改善され、花の匂いのしない生活を送ったってわけさ…
これで僕の話はこれで、おしまい。
…どうだったかな?
***
彼の話を聞き終わり、私はただただ泣くことしかできなかった。
「ごめんね。泣かせたかったわけじゃないんだけど……お詫びに奢らせてくれないかな?ここにお金を置いておくね…」
彼は自分と私の2人分の代金をテーブルの上に置くと、「用事があるから」と言って店を出ていった。
すごく、悲しい話だったな…
もう一杯コーヒー飲んで、落ち着いてから店を出ようかな…
ふと、彼が先程までいたほうに目をやると、そこには2人分の代金と共に、青くて小さい花が置かれていた。
コーヒーなんて、飲んでる場合じゃないな、
急いで彼を追いかけないと!
また込み上げて来る涙を我慢しながら、お会計をすませ、私は店をあとにした。
ーーー
幸い、彼がどちらに向かったのかは直ぐに分かった。
店から一定間隔で、花が落ちていたから…
この花達が、彼の身体の中にあった言えなかった言葉なのかと思うと、やりきれないや…
花の道標を辿っていくと、街の郊外に出た。
やはり、海が見える崖だった。
案の定、彼もいた。
幸せそうに笑って、地面に大量の花を吐いて事切れていた。
彼の吐いた小さなピンク色の花が、風に乗って運ばれていく。
「……二人とも、同じ想いだったんだ…」
彼が居なくなったあとの街が、どうなったのかは分からない。
でも、私が知ってる「街」は語り手の彼と共に亡くなってしまった。
彼は、街に……彼女の元に帰れたのかな…?
私は、ここに来るまでに拾い集めた花でできた花束を彼に捧げる。
今は亡き街に思いを馳せて、もう一度泣いた。
fin.