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    アヴポル×三番○五番勝負「実家に帰らせてもらう」

     エジプトの死闘から数年後、アヴドゥルは、同棲中のポルナレフから突如三行半みくだりはんをたたきつけられた。

    「お、おい」

     場所は、フランス。
     朝食のワンシーンの出来事である。

    「待てポルナレフ」

     アヴドゥルはポルナレフを追いかけ――

    「いままで誤魔化して悪かったが、」

     パリ=シャルル・ド・ゴール空港へ――

    「だからってそこまでへそを曲げずとも、」

     彼の後を追って搭乗ゲートを通過し――

    「待て、いまなら引き返せる」

     国際便の中、必死で説得を続け――

    「……いいや! オレはもうあったまきたッ!」
    「という訳で世話になる」

     日本。
     東京都目黒区。
     やわらかな春の日差しがあふれ、い草の香り漂う空条邸では、困惑する三人と一匹が二人を出迎えた。

    「なぜウチに来た」

     空条承太郎。
     大学生活を謳歌中であり、今日はたまたま家にいた。

    「……実家という言葉を辞書で引いてみなよ」

     花京院典明。
     同じく大学生活を謳歌中であり、週五ペースで空条家に来ている(、のでいた)。

    「夫婦げんかは犬も食わんからのぉ……」

     ジョセフ・ジョースター。
     なんやかんやあって日本にいる。

    「イギー、お前はどう思う」

     ジョセフに問われ、ふわぁあ、とイギーがあくびで返す。

    「ソイツが原因なんだよッ!」

     ますます人間くささが増している彼を指さし、それまでむすーっとしていたポルナレフが宣言した。

    「へ?」

     ジョセフが間抜け声を出し、アヴドゥルとポルナレフ本人以外は、瞬きを繰り返した。

    「オレは傷ついた!」
    「それはお気の毒」
    「花京院、まだ理由を聞いてねえのに棒読みで同情するんじゃあねえッ! 男のプライドが傷ついたんだ。……コイツと、アヴドゥルのせいでッ!」

     男五人が集まる和室にて、立ち上がり、八つ当たり気味にイギーとアヴドゥルを交互に指さすポルナレフ。
     彼が立ち上がると同時に入ってきたホリィが、……「ウフフ、仲良しね♡」とお茶を出して退室した。

    「お、……男なら、勝負するときは正々堂々、手抜きはナシってモンだろう」

     決まり悪そうに宣言した本人とアヴドゥル以外の三人の頭上に浮かぶ「?」マーク。

    「……どういうことじゃ」
    「ジョースターさん。実はコイツの常套句じょうとうくなんです。ストレスがたまったとき、必ずあの旅の、……一番最初に私と戦った際のことで愚痴るんです」

     曰く、フランスでは

    『あの時、絶対お前は全力じゃあなかった』
    『手ェ抜いてた』
    『男と男のだまし合いのないガチンコ勝負を、お前はぶじょくしたんだぁ~』

     と、泣きながら酒を片手に仕事の愚痴に話がスライドする……、のがいつものジャン=調子悪い・ポルナレフのパターンである。
     これに対し、アヴドゥルは毎度毎度

    『そんなことはない』
    『お前は手強かった』
    『いまから再戦など、……万が一のことがお前に起きてしまったら、私は困ってしまう』

     と、うまーくモハメド・いなし・アヴドゥルを見せてきた。
     だがついに、昨夜バレてしまった。

    「こちらが、事の発端ほったんです」

     アヴドゥルは袖から、四六判変型/176ページの小説を取り出した。

    「『野良犬イギー』?」

     昨夜、仕事が上手くいかなかったポルナレフは、アヴドゥルが目を離した隙に、……酒を片手にこの本を読み始めたのである。

    「エジプト決死行の数日前、私とイギーがNYで戦い、捕獲したときの[[rb:顛末記 >てんまつき]]を、……オホン、実力ある小説家が書いてくれたようなんだ」
    「なるほど、」「どれどれ」

     照れているアヴドゥルをスルーし、承太郎と花京院が手に取った。
     ……およそ二時間後。

    「すごいね。読みやすく、スタンドバトルの画が迫力をもって脳裏に浮かぶ描写が素晴らしい(上から目線なのは許して欲しい)」
    「アヴドゥル視点の一人称だが、キャラ解釈にズレはねえな。スタンドを通じ、生きるとはなにかを語りかけてくるのは、……粋だな(上から目線評価ですまねえ)」
    「そんなに面白いの? 本が苦手なワシでもイケる?」
    「イケる」「読めますよ!」
    「ちょーっと待て!」

     昨夜、酒に酔った頭で完読したポルナレフが、主役の座を取り戻した。

    「読んでいてお前ら、なにか気づかねえか!?」
    「……なにか、とは」
    「そういえばアヴドゥル、丁寧さ加減が不思議な日本語を使っていたね。『お尻』とか『お米』とか。まあそれもそれで良しというか、キャラ解釈の範疇はんちゅう、」
    「お前らもっと見るとこあるだろ! イギーとアヴドゥルの戦いで!」

     ……指摘され、承太郎がピンと来た顔をした。

    「アヴドゥル。お前イギーをハーレム川に追い詰めた後、マグマまで出しておきながら結局川に沈んだのか?」
    「承太郎! そこじゃあねえよ! 最終決戦のところで、……アヴドゥルの負傷具合を見ろ!!!!」

     負傷具合?
     大学生二人は、しぶしぶページをめくった。
     かいつまむと、こんな感じである。

    「肋骨にひび」
    「右腕をひねられ、筋肉断裂」
    「落下」
    「左足から出血」
    「首に噛みつかれ、血が噴き出す」
    「とどめに雷」
    「すごいね、よく生きて、」
    「それでも負けたオレはなんだって言うんだよ、花京院ッッッッッ!!!!」

     ……ようやく、コイツの不機嫌の理由がわかった。

    「最終ページを読めばわかるが、このあとすぐアヴドゥルがジョースターさんに連れられて日本に来たみたいな話になってんだよ! つまりは、怪我全ッ然治ってねえ状態で日本に来たわけだ! そしてその数日後にはオレを倒したんだろ! ワケあって十年修行したオレをおおおおッ!」

     うわああああ……! と畳の上で幼児のごとく転がってドタバタわめくポルナレフに、まず誰もが疑問を覚えた。

    (コイツ、職場でどんな目に遭ったんだ)

     泣く子と地頭には勝てぬ。
     アヴドゥルは説得を諦めたのか、ため息を漏らすばかりだ。
     見かねた花京院が、自分の首を掻き、……頭をかき、……咳払いを終えて傍らに膝をつきフォローを入れた。

    「あの時は、肉の芽があっただろう。僕たちが全力を出せたはずが、」
    「言い訳したら情けねえだろうがッ! オレは全力だった!」
    「いや、そうは言うがポルナレフ。……畳が、」
    「逆に訊くが花京院! 満身創痍まんしんそういの状態で、マグマ出せるとかそういうことを隠した状態で、
    『占い師のわたしに予言で闘おうなどとは、10年は早いんじゃあないかな(煽りの低音ボイス)』
     このあと炎をちょちょっと出して勝つヤツのこと、お前ならなんて言う!?」

     花京院は、彼が持つボキャブラリーから唯一無二の言葉を引き出した。

    「舐めプ野郎」
    「その通りだよ、うわあああああ!」
    「そうは言うがポルナレフ、あの時、私は本気で……」

     アヴドゥルがなにを言っても、フォローのしようがない。
     ガン泣き中のポルナレフは、その舐めプ野郎に負けている……。

    「もうオレ、フランス帰らねえ! 納得できるまで負けた相手のところなんざ帰るか!」
    「そんなこと言うなよ、ラガーマン」
    「オレはその小説出てねえよ、花京院ッ!」
    「――納得と言っても、どうするつもりだ」

     ため息をつく承太郎に、ポルナレフがワガママ坊主の視線を向ける。

    「どうしたいんだ」
    「……アヴドゥルと、本気の勝負をして勝ちたい」

     じゅびじゅび鼻を鳴らすポルナレフに、アヴドゥルがぽつりとつぶやいた。

    「だがポルナレフ、スタンド勝負はしないぞ。もう二度と、お前に怪我など」
    「勝てること前提でマウント取りやがって!」
    「スタンド以外の公平な勝負なら問題ねえだろ」

     公平な勝負。
     承太郎の提案に、それなら……という空気が漂った。

    「オレと花京院、ジジイが勝負内容を決める。勝っても負けても恨みっこなし。どうだ」
    「……承太郎」

     畳から起き上がり、ポルナレフが純粋な期待を寄せる。

    「オレがアヴドゥルに勝てるのって、例えば?」
    「……いや、オレは公平な勝負を提案すると言った」
    「オレでもアヴドゥルに勝てるんだよな?」
    「……………………自信を持て。卑屈はよくねーぜ」
    「……なんで目をそらすんだよ」
    「………………………………鼻をかめ」

     こうして、完全に他三人は巻き込まれた形となり、アヴポル三番勝負が始まった。
     彼らを尻目に、ふああ、とイギーは縁側であくびをした。
     アヴポル三番勝負 一本目
     ジョセフの手で、居間にちゃぶ台が置かれた。

    「最初はワシ。アヴドゥルもポルナレフも駆け引きは苦手じゃろ」
    「ジョースターさん、そんなことは、」
    「オレは全然平気だけど?」
    「というわけで、〈NGワード版〉インディアンポーカー対決ッ!」

     いやいや……。
     公平じゃあねえけど……。
     ――不平を続ける二人の口をチャックさせ、ノリノリでジョセフがルールを説明する。

    「本来のインディアンポーカーは、トランプを山から一枚めくり、おでこに掲げる。ハタから見ればカード一枚持った間抜けな状況じゃが、自分には数字が見えない状態じゃ。これで『レイズ』か『ドロップアウト』か決める」

     相手のカードの数、そして相手の反応はわかる。
     そこから推測し、数の大きい方が勝利。
     単純なルールだ。

    「なかなか奥が深いんじゃが……」

     この方法だと、「賭け事に向いていない」と自称するアヴドゥルと、「ダービー戦イカサマ即死RTA王者」のポルナレフでは、相当な泥仕合が見込まれる。

    「よって、トランプはなし。お互いがカードに五枚ほど『相手がすぐに言いそうなこと』を書く。で、相手にランダムに引かせて、……互いにおでこに掲げる」

     アヴドゥルはポルナレフが言いそうなことを、ポルナレフはアヴドゥルが言いそうなことを書き、それぞれ相手に渡す。
     ホリィがメモ帳を持ってきてくれた。

    「スタートと同時に会話をはじめ、先におでこに掲げたNGワードを言っちまった方が負け。……単純じゃろ?」

     アヴポルお口チャック解除。

    「なるほど」「それなら」

     互いに背を向けた状態で、二人は『相手がすぐに言いそうなこと』を黙々と書きはじめた。

    「……ジョースターさん。やはりこの勝負、不公平では」

     先に書き終えたアヴドゥルがジョセフに真面目に問いかけた。

    「……私が知略に優れるということを言うつもりはありませんが、基本走り出したら止まれない、……フルコースを頼んで最初のワインボトルを全部空けるポルナレフと比べれば、勝負は自ずと、」
    「ちょっと待て!? 聞き捨てならねえな! 最近まで『女の子は幼い頃、花の国で一年修行する。だから突然可愛くなるんだ』ってテキトーにオレが嘘ついたら丸っと信じただろ!」

     これはなかなかいい勝負が見られそうだ。

    (だが不安だな……)

     花京院は一人心配を抱えていた。

    (この喧嘩でしこりが残ったら……。二人に限ってありえないとは思うが……)

     隣に座っている承太郎を見上げるが、彼はなにも口にしない。

    「お互いの言い分はわかった。相手が言いそー、ってセリフを書けたか? ……じゃあ、五枚のカードをよくきって、相手に渡して……」

     二人は一枚目のカードに指をかけた。

    「では、……はじめッ!」

     一瞬、静寂が訪れた。
     ――ポルナレフの額に掲げられたカードには、『アヴドゥル』
     ――アヴドゥルの額のカードは『ジャン=ピエール』

    「一旦仕切り直しッ!」
    「「ええっ!?」」
    「アホかお前ら! 自分の名前を書くなんざ、ルールじゃなくてもアウトってわかるじゃろ!」

     ……むしろ、互いにせこい。

    (……それなりに、お互いの名前をよく呼び合っているということだろうか)
    (……だろうな)

     花京院と承太郎は、口にせず互いの思考を読み取った。

    「次のカードいくぞッ! ブーブー言うな! 巻いていくぞッ! ……よし、じゃあ、……はじめッ!」

     互いにカードを額に掲げ、……やはり空条家の居間は静寂に包まれた。

    (……心配した僕が馬鹿だったというか)
    (……アヴドゥルのアレは前振りだったということか)

     ――アヴドゥルの額に掲げられたカードには、そのものズバリ『愛してる』。
     ――ポルナレフの額に掲げられたカードは、……『キスしてくれよ』。

    「両者引き分けッ!」
    「ええッ!?」「なんでだよッ!」
    「アホかっちゅーんじゃお前らッ! やってられんッ! ワシはあと三枚この馬鹿げた勝負を見守ったら、血圧上がってもう一回天国見ちまう! ワシがギブアップじゃ!」

     審判の申し出に、居間の隅にいる二人が大きく頷いた。
     ……イギーが、縁側で大きなあくびをした。
     現在、スコアは0対0。
     アヴポル三番勝負 二本目。

    「相撲だ」

     提案主・承太郎はイギーをまたいで庭に出ると、いそいそと足で白砂利の上に大きな円を描き始めた。

    「オレの『のこった』の合図と共に、互いに組み合い、どちらか身体の部位を地面につけた方が負けだ。ケツとか膝とか」

     即席の土俵が空条家の日本庭園に完成し、アヴポルは庭に降りたった。

    「殴るのは反則、髷をつかむのも反則だ」
    「マゲ?」
    「髪のことだ」

     承太郎の教えに素直に従い、両者作法に則ったファイティングポーズの準備をする。

    「またを割れ。そして腰を落として拳を、」
    「ッ!」

     ここでアヴドゥルが苦悶の声を上げた。
     取組を開始する前に、力士は互いに仕切り線を挟んで[[rb:腰割 >こしわ]]りの姿勢を取る。
     すなわち、股を開いて膝を折り曲げ、腰を深く落とすのだが……。

    「~~~~ッ、……ッグ」
    「なぁ~んだアヴドゥル! 闘う前から身体が硬くて構えることもできねえじゃあねえか!」

     日頃座り作業で過ごしているアヴドゥルの身体は、突然の開脚に悲鳴をあげた。
     内ももがぷるぷると震え、……どうにか承太郎の助けを借り、腕を下ろして格好はついたが

    「はぁあ……っ、ああっ……。はやく……ッ、はじめてくれ……ッ!」
    「――生まれたての子鹿じゃな」

     縁側に座り花京院と二人で様子を観察していたジョセフが、震えの止まらないアヴドゥルを身も蓋もなく評した。
     一方、ポルナレフは余裕である。

    「だぁーから言っただろ! オレみたいに定期的に開脚ストレッチしねーと、いつか身体がボロッボロになるって!」
    「やかま、……わかった、……わかったから……」
    「ケツ上げる体勢で震えてるくせに、よくもまあ無駄に文句言えるじゃあねえかッ! 今のお前、子猫よりも無様だぜッ! おうちに帰ってミルクでも飲んでな!」

     相撲にマイクパフォーマンスの概念を持ち込んだ男、ポルナレフ。
     額に汗をかき、「のこった」の前から息も絶え絶えの男、アヴドゥル。

    (なぜポルナレフは定期的に開脚ストレッチをしているのだろう)

     この謎は彼らを除く三人全員に浮かんだが、誰も口にしなかったので、迷宮入りとなった。

    「じょ、……じょうたろう、……はやく」
    「わかった。……はっけよい、」

     空気が変わった。
     スタンドバトル以来の、身体を使ったガチンコ勝負。
     ポルナレフがアヴドゥルを煽ったのは、無駄な行為ではない。

    (これでアヴドゥルは頭から突っ込んでくる! そこをかわして勝つ! ……というより、おそらく立ち上がった瞬間アヴドゥルは動けねえ!)

     力と技と頭脳。
     この三者がそろわなければ、相撲は勝てない。

    (読み合い、先手を打つ……)

     高く上げられた承太郎の手が、――下がった。

    「のこった!」
    「ッ」「おりゃあッ!」

     両者立ち上がると同時に組みあった。
     さて、力と技と頭脳。
     この三者がそろわなければ、相撲は勝てない。
     勝てないが、……日本の武道は大体〈これがある方が勝つ〉という要素がある。
     それは、

    「ンゲエッ!? 重っ、」

     体重である。

    「アヴドゥルの身体がビクともしねえッ!」

     両者立ち上がると同時に、まずアヴドゥルは立ち上がれたことにホッとして、……ほぼすべての体重を向かってきたポルナレフにかけた。

    「重てええええ!」

     一方、躱す予定だったポルナレフは、立ち上がった姿勢のまま突っ込んできたアヴドゥルの気迫(汗)に押され、彼とまともに組み合ってしまった。
     ポルナレフの体重は、78Kg
     アヴドゥルの体重は、90Kg

    「だから痩せろって言っただろおおおおおッ! いつもいつも重くてオレがなんど腰やっちまったか……!」

     ずり、ずり、とアヴドゥルの気合い(体重)に押され、ポルナレフの背後に土俵際が迫る。
     承太郎が「のこった」を繰り返し、花京院とジョセフがはやし立て、……最後は。

    「押し出しだな」

     ポルナレフが、土俵を背にアヴドゥルに押し倒されていた。
     現在、スコアは0対1。
     アヴポル三番勝負 三本目。
     花京院典明は居間のテレビにゲーム機を接続した。

    「僕が公平な勝負として提案させていただくのは、ご存じ、『[[rb:白金 >スタプラ]]のカービー ハイパーデラックス(通称ハイデラ)』だ」

     この場の全員が知らないゲームカセットをセットし、電源ボタンと共にご機嫌なオープニング映像が始まった。
     ピコーンッテレテレテレテレテレテレテレテレ
     テレッテッテレー↑♪テレッテッテレー↓♪
     音楽と共にピンクの可愛いキャラクターが空を飛ぶ。
     花京院以外の男達は、(……承太郎は数度プレイしているにもかかわらず)画面に釘付けになった。

    (ゲームだ)
    (ゲームじゃあねえか)
    (オレあまり知らねえけど)
    (ワシもじゃ……)
    「この、主人公カービーを操作し、6つのメインゲーム、2つのお手軽なミニ対戦ゲームを楽しめるのが、『ハイデラ』。今日はこの中から、簡単に遊べるミニ対戦ゲーム『刹那の湯切り』を二人にやってもらおう」

     代表し、アヴドゥルが手を上げた。

    「花京院、なにか複雑そうだが……」
    「アヴドゥル。これから君たちは、画面に『!』マークが出たら、それぞれのコントローラーのボタンを押す。早かったほうが勝ち、という勝負をしてもらうんだ」

     な~るほど。
     一気に全員が理解した。

    「反射神経勝負か。じゃあ、オレの方が」
    「ポルナレフ。聞くが、コントローラーがなにを指すか君はわかるか?」

     昭和生まれのポルナレフは、少々うろたえ、……リセットボタンを押した。
     オープニングが再度流れ出す。ピコーンッテレテレテレテレテレテレテレテレ……

    「コントローラーはこれだ」

     ちなみにアヴドゥルは、『こっちだな!』という顔で電源ボタンをゆびしていた。

    「これで公平な勝負であることの裏付けがとれた」

     ゲームそのものに不慣れな両者が協力し合い、3つのセーブデータ(すべて100%)から1番目を選ぶ。
     ……リセットボタンを押し、サウンドテストを選び、ようやく目当てのミニゲームにたどり着いた。
    『刹那の湯切り』は、ラーメン屋を舞台にいかに早く麺を湯切りするかを競うゲームであるッ!

    「1P、アヴドゥルはカービーを操作。2P、ポルナレフはポポポ大王を操作。……二人とも、」

     ここで、一つ問題が発生した。
     花京院は二人の肩を、ぽん、ぽん、とたたく。

    「手の力を抜いてくれないか」

     屈強な男達二人が握りしめる1P・2Pコントローラーは、メギメギ……という音を立てて今にも割れんばかりだ。

    「な、なにを言うんだ花京院。ほら、全く緊張など」
    「そうだぜ。アヴドゥルはともかく、オレは、勝ちに来たんだから、壊すことなんざ」
    「……まだなにも言ってないが、君たちがそうやって緊張している方が、壊れる危険がある」
    「だ、だ~いじょうぶ! ゲームだのコンピューターだのは、大体たたけば直る!」
    「そうだな、ポルナレフ。我々は同居して数年。いつもその方法で乗り越えてきた」
    「……君たちの近所の家電屋に心から同情する」

     余談だが、アヴとポルの住む家は、近所の家電屋から裏で『スクラップ製造所』と呼ばれている。
     だがゲーム機までスクラップにされてはたまらない。

    「深呼吸してくれ。はい、すって、吐いて……。……緊張がほぐれたところでスタート」

     容赦なくスタートボタンを花京院が押し、アヴポルは「「ハッ!」」と同時にリアクションし、同時に画面をにらみつけた。

    「……」「……」

     左右に分割された画面で、カービーとポポポ大王がザルを構える。
     静かな画面。……ひたすらに静かな画面。

    「……ッ!」「……はぁぁぁ」

     まだ『!』マークは出ないのに盛り上がる二人。
     息をのむジョセフ。
     そういえば花京院と数十回このゲームを遊んだことを思い出した承太郎。

    『!』
    「来た!」

     花京院の合図と共に

    「うおりゃぁぁぁぁぁぁ!」
    「そりゃぁぁぁぁぁぁぁ!」

     ……一瞬、すべてがスローモーションになった。
     気負いすぎたアヴポルは、『!』と共にそろって立ち上がり、コントローラーを振り上げてボタンを押そうとした。
     レースゲームをプレイする際、一緒に身体が動く人種がいる。
     今回、彼らは緊張のあまりゲームに没頭しすぎて、188㎝・185㎝の身長の高さまで、湯切りザルに見立てた(?)コントローラーを振り上げた。
     ……無論、有線コントローラーに繋がったゲーム機は、宙を、舞った。

    「……」

     2メートルほどの高さからたたきつけられたゲーム機は、ブツン! という音を出して動かなくなった。

    「これは、」「さっさとたたかねーと!」
    「やめてくれ! 高かったんだ!」

     花京院の悲痛な叫びにその場の全員が固まり、カチャカチャとゲームカセットを入れ直し、ケーブルを繋ぎ直す様子を見守った。

    「……」「……」「……」「……」

     電源スイッチが入り、先ほどと同じご機嫌なオープニング映像が流れ出す。

    「無事か」「いや待て」

     ピコーンッテレテレテレテレテレテレテレテレ
     テレッテッテレー↑♪テレッテッテレー↓♪
    \ドンッ☆/

    「先ほどまでは3つのセーブデータすべてが100%だったが、」

    『0%』『0%』『0%』

     ――無論、勝負は無効。引き分けである。
     いたたまれず、承太郎が花京院の肩をたたく。……だが振り返ったその目は輝いていた。

    「承太郎。これだからいいんだよ、『ハイデラ』は。是非、次回も100%コンプリートに協力してくれ」
    「断る」
     三本勝負が終わり、いまだスコアは0対1。

    「やめるか?」
    「やる!」

     花京院のあきれ声にポルナレフは食い気味に答えた。
     三本勝負は、五本勝負に変更されたが、……次はどうするか。

    「僕に提案がある。タイムアタックだ」

     花京院は昼寝をしていたイギーの身体を持ち上げた。

    「アヴドゥルがNYの古いアパートメントに入ってから、イギーを掴まえるまで、……」

     正確には、足首に噛みついたイギーを抱えるまで……

    「……一体どのぐらいの時間かはわからないが、大体一時間ぐらいだろう。条件を近づけよう。ポルナレフがこの空条邸に隠れたイギーを一時間以内に見つけて、掴まえれば勝ち」
    「乗ったッ!」
    「いや待てポルナレフ。……実力差が、ありすぎる」
    「なッ!」
    「まあまあ」「まあまあ」「……」

     アヴドゥルの言葉に即座にポルナレフが噛みつくが、これを他三人が止め……、改めて花京院がルールを設定した。

    「今から一時間、イギーはこの空条邸の敷地から出ない。だがポルナレフはなんでもあり。アヴドゥルだってアパートメント突入前にはそれなりに準備をしただろう」

     ……アヴドゥルが目を閉じなにかを思い出そうとしているようだが、『野良犬イギー』を読む限り、アパートメント内でのバトルが割と行き当たりばったりだったことは言わずもがな。

    「さておき、アヴドゥルと同条件でのおいかけっこだ。公平な勝負だろう? ポルナレフ」
    「当たり前だ!」
    「それならよかった」

     イギーを床に置き、高らかに宣言。

    「今は十五時半……、十六時半まで、……はじめッ!」

     駆け出すイギー!
     駆け出すポルナレフ!
     ポルナレフの足が向かう先は、……アヴドゥルの鞄!

    「ちょっと財布借りてくぜ!」

     そのままスタコラと玄関を出て、ポルナレフの姿は見えなくなった。
     アヴドゥルが止めるまもなく、……まあ、いいか、という空気が流れる。
     居間に男子四人。ホリィは買い物に出て不在である。

    「……16時半まで暇だな」
    「承太郎。『カービー ドスバカリー』のミニゲームやろうよ。『くるしめ! オラ無駄カフェ』の最高難易度で対戦しようじゃあないか」

     コントローラーを握れば記憶が戻るタイプの承太郎が2Pを操作し、その様子をジョセフとアヴドゥルが眺める。

    「……さすがは最高難易度。よくある『客の注文をさばくカフェゲーム』のていを取りながら、メニューは十種類、持ち時間は三秒という鬼の客ばかり」
    「……しかも持ち時間の内、二秒は客がなにを注文するか思い出す時間に取られちまう……」
    「協力しよう。五種ずつ担当するんだ」

     ……そうこうしながら三十分経過。
     眺めているのに飽きたジョセフが、カービーと一緒に身体を動かしているアヴドゥルの脇を肘でつついた。

    「お前、ポルナレフとどうやって仲直りする気じゃ」
    「……どうとは」
    「お前、この後勝ったり負けたりを繰り返して延々とアイツの機嫌がなおるのを待つ気か」

     ぐっ、と言葉に詰まったアヴドゥルに、ジョセフは前のめりになった。

    「おっまえ、もとはお前が半分悪いようなもんじゃぞ! ワガママでしかも怒らせたくない相手にたじろいで、機転が効かんままに押し切られる。昔からなーんも変わっとらん」
    「いやしかし、……あの状態になるとポルナレフは愚痴を吐き出しきらせたところで、寝かせないとどうにもならないんです」
    「美味いモンでも食わせてご機嫌をとらんか! スージーなら買い物でも付き合えば一瞬で、」
    「……実は、それももう試したんです」

     今度はジョセフが言葉に詰まった。

    「女性ならともかく、彼が気にしているのは男としてのプライドです。断っておきますが、私はポルナレフとの戦いで、一切手を抜いた覚えはありません。彼は、十分強かった」

     ポルナレフが主張する『アヴドゥルの手抜き』は、唯一無二の根拠で反論できる。

    「彼のスタンド『銀の戦車』は、銀でできている以上、彼が並の使い手なら炎で溶かせます。だけど彼は、私の炎を切断する。……当時は、それを上回る策と力を出さざるを得ませんでした」
    「策、……ねえ」

     ここでアヴドゥルに『お前の策は穴掘りしかねえだろ』と言うのは野暮である。

    「そもそもアヴドゥル、お前、ポルナレフが弱いから自分のそばに置いてるのか?」

     承太郎がコントローラーを手放し、アヴドゥルに近づいた。

    「いいや、そんなことは」

     一人でサブゲームに苦しむことになった花京院が雄叫びを上げるが、承太郎はお構いなしだ。

    「ポルナレフが毎回愚痴るのは、心のどこかでヤツが、お前に対しそう思っているからだ。考えてみろ」

     かつて負けたのはポルナレフの方だ。
     アヴドゥルは優しいが、年も強さも叶わない。
     共に暮らしていて、……どうしても時折それが気になる。

    「たとえば、美味いモンを食わせてもらったときや、買い物に笑顔で付き合ってもらっているとき。……ポルナレフにしてみれば、」

     ――自分が優しくされているのは、強いヤツが弱いヤツに情けをかけているからだ……。

    「そう考えてもおかしくは――、」
    「ただいまー!」

     気づけば残り十分。

    「買いに買い占めたぜ、近所のスーパーでコーヒーガムッ! 大体百枚!」

     ポルナレフは封を切り、勢いよくそれらを頭に刺し始めた。
     三枚、五枚、……百枚!

    「これでなにもしなくてもイギーの方からよってくる! 残り十分だが三分もあればじゅーぶんッ!」

     いきおいよく庭に飛び出し、「イギ~~ッ!」と呼びかけ始めた。

    「気にしとるんじゃろうか」

     ジョセフの疑問に、承太郎がため息をついた。
     もっとも、……アヴドゥルはなにか思うところがあるようである。

    「情け、か……」

     アヴドゥルにしてみれば、全くそんなつもりはない。
     日々何気なく過ごしているだけで、彼を下だと思ったことはない。
     養ってやっているというわけでもない。普段から財布は割り勘で、お互いが協力して生活している。
     だから下だと思ったことがないが、……。

    (……思ったことがないということは、……可能性に、気づきさえしなかったということだ)

    「ただいま~」

     穏やかなホリィの挨拶で我に返る。
     気づけば残り三分。
     ポルナレフがせわしなく呼びかけ、走り回る音が聞こえるが、対照的にゆったりとホリィが荷物を置く音が聞こえる。

    「承太郎~。手伝って~」

     呼びかけに先に花京院が反応し、その後をのろのろと承太郎がついて行く。
     彼らの驚く声が聞こえ、続いて衝撃的な事実が判明した。

    「そうなの~。イギーちゃん着いて来ちゃって、……一緒にお買い物してきたのよ」

     ……イギーがルールを守るはずがなかったのである。
     アヴポル×三番○五番勝負。
     現在、勝負を四つ終えて0対1(引き分け3)。
     ポルナレフがシャワーを浴びてガムとよだれを落とし、夕食を終えたが、ここで問題が発生した。

    「公平な勝負を考えると、公平すぎて引き分けになる」
    「かといって他が思いつくかというと」

     お茶を飲みながらジョセフと花京院が頷く
     三人のアイデアは枯渇していた。
     勝負が思いつかないのである。
     唯一勝負結果が出たのは承太郎が提案した相撲だけだが、外はとっぷりと日が暮れ、土俵がどこにあるかもわからない。
     アヴドゥルが申し訳なさを感じる一方、ポルナレフはむくれていた。

    「……よく考えりゃあ、相撲は公平じゃあなかったんじゃあねえか?」

     ポルナレフが口にし、……これを皮切りに文句があふれ出した。

    「承太郎! 相撲はナシだ! 公平じゃあねえ! 体重を考えればオレに不利だった!」
    「今更文句をつけるのは見苦しくねえか」
    「他の考えろ! アレはナシだ! もっと公平なの――」
    「パパ~、電話よ~」

     廊下から聞こえたのんきな声に、男達は瞬きを繰り返した。

    「ワシ?」
    「ええ。ローゼスさんから」

     ジョセフが腰を上げ、受話器を渡して居間に来たホリィが「ひらめいちゃった!」という表情を見せた。

    「ねえねえ。二人は喧嘩しているのよね」
    「え、ああ、まあ」
    「じゃあ、とっておきの方法が――」

     途端に承太郎と花京院が立ち上がった。

    「おふくろ、これはオレ達が解決する問題だ」
    「ホリィさん。確か冷蔵庫にケーキありましたよね!? ジョースターさんが食べたいっておっしゃってましたよ!」

     二人の防衛でホリィは台所に帰り、……次いでジョセフが居間に現れた。

    「アヴドゥル、ちょっと来てくれ。こっち、電話」
    「? 私ですか」
    「ああ。……すまんが、」

     アヴドゥルが廊下に姿を消すのを見送って、……ポルナレフは学生達二人の肩をつかんだ。

    「なんか、いい勝負方法があるのか」
    「ない」「ねえよ」
    「ホリィさんが言いかけてたじゃあねえか~……」

     承太郎と花京院は背を向けたまま答えたが、……ポルナレフがしくしくとすがる声が聞こえた。

    「頼むからさぁ~……。オレが勝てる勝負を出せよぉ~」
    「……公平な勝負じゃあねえのか」
    「こだわっていられねえんだよ~……。花京院、お前なにか知ってるのか……?」

     ポルナレフに見つめられ、承太郎に目で「言うんじゃあねえぞ」と指示され、……ポルナレフに泣きつかれ、花京院は折れた。

    「ホリィさんが、」
    「うんうん」」
    「承太郎の父親、……貞夫さんと喧嘩したときにやるんだ」
    「なにを!?」
    「それは……」
    「もったいぶるなよ! ほら、さっさと言え!」

     承太郎の責めるような視線を感じるが、……花京院は観念した。

    「……『どっちがお互いの好きな箇所を多く書けるか』という勝負を(ちなみに喧嘩状態じゃあなくてもやってる)」

     ……この瞬間、戻ってきたジョセフとポルナレフの間に、共通理解が生まれた。
     それで第一勝負(NGワード版インディアンポーカー)の時に、メモ帳がすぐ出てきたのか、と。

    「それなら勝てる!」
    「やらんでいい」
    「なんで!?」
    「……聞くに堪えねえ」

     承太郎に大きく花京院が、次いでジョセフが頷く。

    「だいたい勝てるってなんだ勝てるって、」
    「花京院、それはだな。オレが――」
    「花京院、なぜそこを掘り下げるんじゃ」
    「公平な勝負じゃあねえとマズいが、アヴドゥルに勝つ見込みはあるのか?」
    「承太郎。……あるな。なんせアイツは、」
    「ポルナレフ、それ以上言われるとワシの血圧が――」
    「それは困ります!」

     廊下の奥から聞こえた声の主は、ポルナレフ達の会話が止まったことに気づくと、通話口に手を当て声を抑えた。
     アヴドゥルが、丁寧な口調で叫び出すというのは珍しい。

    「……仕事の相手か?」

     承太郎の問いかけるような視線に、ポルナレフは首を横に振った。

    「いいや。アイツ仕事を家に持ち込むようなヘマしねーから。……オレ、家でアイツがあんな風に慌てるの聞いたことが……」

     今度はポルナレフが眉間に皺を寄せ、問いかけるような視線を送った。
     相手はジョセフだ。

    「ジョースターさん、アヴドゥルの声が抑え気味になったせいか、……オレの幻聴じゃあなければ、」

     眉間の皺が深くなった。

    「女の声が聞こえるんだが」
    「……」
    「誰だ、あの女」

     ポルナレフだけでなく、花京院と承太郎も身を乗り出した。
     アヴドゥルに女の影があるなんて、聞いたこともなければ、想像したこともない。
     ジョセフが大きなため息をつき、まず断りを入れた。

    「決して、お前が考えているような相手じゃあない。アヴドゥルの元カノとか、元婚約者とか、そういうのじゃあない」

     ジョセフを囲み、男達が真剣な顔をする。

    「……アレは、アヴドゥルの昔の雇い主じゃ」
     ポルナレフには、ピンと来るものがあった。
     先ほどの本『野良犬イギー』を思い出す。

    「確か美しい女性で、……性格は最悪だったっつー」

     1985年、まだアヴドゥルが二十代半ばの頃。
     具体的には『JOJO magagine』なら205ページ、『野良犬イギー』単行本なら80ページ。

    「そう。お前もさっき気づいたとおり、アヴドゥルはワシの頼みで、1987年、イギーと闘った後すぐに日本に来た。だが、……女性との契約は終わっていなかったんじゃ」

     DIOとの戦いに備え、専属契約ではなくなったものの、アヴドゥルはしばしば女性の依頼を受けていた。
     難しい性格であるものの、金払いはいい。
     調査を進める一方で、アヴドゥルに金が必要なことも事実だった。
     来日後、即座に電話を入れ、ジョセフも懇意にしている弁護士経由で書面も送付し、アヴドゥルは一旦の契約解約を申し入れている。

    「……もちろん女性もサインした。だが、」

     ジョセフは、言いづらそうな視線でチラチラとポルナレフを見た。
     不適切な表現だが、……これ以外に言いようがない。

    「どうやらアヴドゥルを所有物として考えているような女性でな」
    「はぁ?」

     彼が知らないということは、アヴドゥルは一切ポルナレフに彼女のことを知らせずにいたのだろう。
     やましいことがあるからではなく、ポルナレフを面倒ごとに巻き込まないためだ。
     やましいことが起きえないことは、ジョセフがよーく知っている。

    「他の占い師に見捨てられちまった以上、彼女の会話に律儀に応じるアヴドゥルを、かなり都合良く解釈しているようで……」
    「ジョースターさん! 契約切れてるって言うのに、そんなのありかよ!?」
    「……お姫様思考というか、年の割に幼いって感じのバ……レディなんじゃよ」

     承太郎はもちろん、花京院まで眉間に皺を寄せた。

    「唯一の希望は、旦那が彼女のワガママにうんざりしているから、アヴドゥルが彼女の依頼を断ってもなーんも影響はないことじゃな。アヴドゥルも真面目すぎるからつけこまれているだけであって……」
    「レディだろうがババアだろうが、オレがそんなの許せるか!」

     ポルナレフが立ち上がり、ずかずかと廊下にある電話に向かっていく。
     黒電話の受話器に対し、アヴドゥルは頭を下げ続けていた。

    「ええ、ですから。すでに私はカイロを引き払いました。……移転先をお伝えするつもりはないと、なんども……。やましいことがあるわけではなく、……そのですね、……ですから」

     はっきり『貴女にフランスに来て欲しくない! 私の可愛いパートナーにちょっかい出すなら焼き尽くします!』と言えばいいだけだ。
     だが相手は元クライアント。アヴドゥルには丁重に扱う癖が、女性からはご主人様としての振る舞いが抜けそうもない。

    「だからすみませんが、ジョースター氏の自宅までかけてくるのは……、!」

     アヴドゥルは、鼻息荒く近づいてきたポルナレフにギョッとしたが、すでにジョセフ達も彼らを見守っている。
     ブレーメンの音楽隊状態で、ポルナレフがなにをしでかすか観察していた。

    「貸せ」

     ポルナレフに受話器をひったくられ、アヴドゥルは抵抗する間さえなかった。

    「もしもし?」
    『もしもし? ちょっとアヴドゥルは? あなた――』
    「ちょっとおばさん! もう契約切れてんだろ! もうオレのケツがうずいて仕方がねえから切るぜ! じゃあな!」

     一喝。
     受話器をたたきつけ、金属音が終わると同時に、空条家に静寂が訪れた。
    (ホリィはたまたまお風呂の準備で聞いていなかった)

    「……下品だな」

     承太郎が感想を述べるが、ここでジョセフがひらめいた。

    「この勝負! ポルナレフの勝ち!」
    「ちょ、ちょっとジョースターさん!?」
    「花京院。……さっきワシが始めたじゃろうが。『アヴドゥル宛の電話を、どっちが先に切れるか対決』!」

     ……花京院は(存在しない)記憶をたどった。

    「確かに! そんな勝負をしていましたね!」
    「そうじゃな。男と男の戦いなら、……いかに女性を上手く扱えるかっつーのも大事者よな!」
    「ええ! これで二人が対等だってわかったし、これ以上の勝負は必要ありませんね!」
    「そうじゃな!」

     こうして、最後は力業で、

    「引き分け!」

     イギーがくわあぁとあくびをする中、アヴポル五番勝負は1対1の引き分けで終わったのであった。

     その夜、

    「……よかったのか、あれで」
    「ああ。助かった」

     空条家の離れに布団を敷いてもらったアヴポルは、明かりを消し、二人きりで過ごしていた。
     アヴドゥルは、ふわふわの布団にくるまれた充足感で、この時なにも考えていなかった。だが後から振り返れば、承太郎の指摘があったからこそだろう。

    「やはり、私はお前がいないとだめだな」

     もはや深夜を回っている。
     なんの気なしに、アヴドゥルはプロポーズレベルのセリフを「ちょっとコンビニ行ってくる」のソフトさでつぶやいてしまった。
     だがそれだからこそいい。
     アヴドゥルの本音だと理解し、ポルナレフが目をキラキラと輝かせた。

    「ホントか!?」
    「ああ。……女性の扱いだけでなく、お前に叶わない部分ならいくらでもある。……私が全力で取り組んでも、お前の方が上手いことなんて、数え切れないほど……」

     アヴドゥルは、この時なにも考えていなかった(二回目)。
     だが後から振り返れば、後半部分がいらなかっただろう。

    「それって、たとえばなにがあるんだ!?」

     ……。
     活動をやめた住宅街は静かで、二人のいる離れにも、アヴドゥルが返事をしない以上、一切音が聞こえない。

    「アヴドゥル?」
    「……そうだな」
    「アヴドゥル??」
    「……ほら、早く寝なさい」
    「…………アヴドゥル?」

     窓の隙間から静かに日が差し、……小鳥の鳴き声からしばらくして、新聞配達の自転車がブレーキをかけてタイヤがすり切れる音が聞こえた。

    「アヴドゥル?」
    「……ええとだな」
    「アヴドゥル? 寝てねえよな?」
    「……」
    「アヴドゥル? アヴドゥル??」

     完全に、夜が明けた。

     空条家の台所から、ホリィが奏でる小気味よい包丁の音が聞こえる。

    「おはようございます。ホリィさん」
    「おはよう、花京院くん。パパと承太郎は?」「起きたんですが、……その」

     空条家二階では、隈を作った二人に起こされたジョセフと承太郎が頭を抱えていた。

    「ジョースターさん、何かあると思うんだよな」
    「承太郎。頼む、真剣に考えてくれ。私は限界なんだ」

     ポルナレフがアヴドゥルに勝てる要素はなにか。
     昨日の来日から二十四時間経過し、元の木阿弥。

    「オレって、なにならアヴドゥルに勝てる?」
    「……ポルナレフが私より優れている部分を、考えてくれないか」
    「頼むぜ承太郎!」
    「お願いします、ジョースターさん」
    「なあ!」
    「頼みます!」

     それではご覧ください。
     最初からこれでよかったんじゃあないかの一言。

    「やかましいッ! さっさとフランスに帰れ!」

    〈完〉
    ほむ Link Message Mute
    2022/07/18 22:23:02

    アヴポル×三番○五番勝負

    #ジョジョ-腐向け  #アヴポル

    初出:2022/6/5
    PictBlandにて

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