厄病神のラブ・コール【花承・WEB再録】プロローグ・1 ――俺は、最期までアイツの心の中がわからなかった。
そう思って目を覚ました承太郎は、エジプト・カイロのホテル天井を見た。
すでに陽は落ち、けたたましいサイレンの音が聞こえ、電気がついていない部屋では外から漏れる明かりだけが光源であった。
……承太郎は、考えているうちに眠ってしまったのだ、と理解した。掛け布団をはがし、上半身を起こす。ベッドから降り、靴をつっかける。
そして花京院のことを考えていた。わからない、……何故あんなことをした。
「……何故、自ら命を投げ出すようなことをした。」
最期のエメラルドスプラッシュ。
その瞬間、花京院は結界近くに凛と立ち、DIOの攻撃を受け、致命傷を食らった。……共に行動していたジョセフの証言だ。
だが、おかしい。ジョセフは万が一を考え、建物の陰に身を隠していた。
ハイエロファントは、花京院の目に見えない範囲でも戦える。つまり、あえて本体の身を晒して、DIOに殺される危険を犯す必要はなかった。
「……アイツが何を考えていたか、さっぱりわからねえ。」
冷蔵庫からミネラルウォーターを出し、口に含む。
――カサッ
自分の鞄から音がした。
承太郎は久しぶりに聞く紙の擦れる音にひかれ、鞄を開けた。
そこには、久しぶりに見るひらがなが、几帳面だがクセのある形で書かれていた。誰のものだか、直ぐにわかった。
「……花京院。」
お前、ますます訳が……わからねえ。
なんで、今更なんでこんな言って欲しかった言葉を、そして言って欲しくなかった言葉をこんな形で……。
「――承太郎。」
鍵のかかっていたドアはいつの間にか開けられ、……誰だ?と振り向く。
生き残った内の一人、ポルナレフが部屋に入っていた。
「……すまねえ、スタンドの手で外から鍵を開けた。お前、……大丈夫か?」
「ああ……。」
「……なんか、……辛くねえか?DIOとの戦いから、……丸一日寝続けてたぜ。腹は、減ってねえか?その手紙は……。」
手紙を、承太郎はグシャという音と共に握り潰した。上質な紙が、一瞬にしてゴミに変わる。
「知らん。辛いなんざ、考えたくもねえ。」
「じょうた……、」
「こんな手紙の内容、本気にしてやる義理もねえ。言いたいことがあるなら言えと、俺を頼れと何度も言った。だが、これが結果だ。」
「……。」
「もうアイツを、……花京院を、ぶん殴ることもできねえ。……クソッ。」
――その後、花京院の最後の手紙に何が書いてあったか、知っている者はいなくなった。
1章 星屑十字軍の分岐点
これは……恋人のために戦う少年の物語である。
人は皆、誰もが「好きな人を守るために活躍する自分」という存在に憧れる。特に男性はその傾向が顕著で、ヒロインを守るためにヒーローがさっそうと登場する、なんて漫画の展開はテンプレートだろう。
だが、現実はどうだろうか。日常生活では禁断の恋などほとんど落ちることはないし、敵を倒さなければ姫を助けられない、なんてゲームみたいな展開はあり得ない。
……だが、もしもだ。
もしも好きな相手の笑顔のために戦うことになったら、…どうすべきか。
花京院典明という少年の、奇妙な冒険を通じてこのことを考えたい。
――もっとも、この物語開始の時点で、彼の恋は愛にならざるを得ないものだった。
なぜなら、恋は叶えることが前提だが、愛は捧げることが全てだからだ。
シンガポールを出た列車は、スムーズに運行を続けている。このままいけば、明日にはインド・カルカッタに余裕を持って到着できるだろう。食事を終えた一行は、Jガイルの話題や窓から見えたフラミンゴなどで盛り上がっていた。
そして、話題は半日前に行われた、ジョセフの念聴に移る。
【『――我々の―――』『中に』『裏』『切り』『者』『――がいる』『カ』『キョー』『イン!』『に!』『気を』『つけろ』『DI』『O』『の』『手下』『だ!』】
「……という念聴があったが、アレは結局花京院の偽物がでたっつーことだったんじゃな。全く人騒がせなモンじゃ!ガハハハ。」
大笑いと共にジョセフが言った。食堂車に5人が揃い、思い思いの反応を返す。まるで命がけの旅とは思えない、陽気で安堵した雰囲気が流れていた。
「ええ、まったく。化けられたこちらとしても嫌なものですね、ジョースターさん、ハハハ。」
DIOの刺客のスタンド・『黄色の節制』に化けられた本人――花京院典明は、苦笑いと共に返事を返す。
「……。」
ジョセフと共に念聴を聞いていたエジプト生まれの占星術師、モハメド・アヴドゥルは腕を組んで何やら考え込み、目を閉じて黙っていた。
「ハタめーわくな話だぜ!おれの偽モンも出てくんのか?ちぃーっと楽しみだがな。」
陽気に返すのは、数時間前にシンガポール警察から釈放された、ジャン=ピエール・ポルナレフ。妹の仇の正体を知り、戦意が高まっているせいかテンションが高い。
「……やれやれだぜ。」
最後にポルナレフと対照的に静かに返事を返したのは、空条承太郎。
帽子のつばを下げ、ふう、とため息をその何気ない仕草さえ色っぽく、一瞬花京院は見惚れてしまった。
……おっと、まだこの気持ちがバレるわけにはいかないと、急いで彼は窓の外に目をやる。
そして、半日前を回想した。
……よかった、誰にもバレていない。承太郎への想いも、僕が半日前に受けた誘いも。
花京院典明は、命を救ってくれた承太郎への恩を返し、……彼のそばにいたい、彼を守りたいという一心でこの旅についてきていた。
そう、……彼の為に戦う王子になるために。
☆
乗車の半日前
「カキョーイン、くんだね?」
花京院は、シンガポールのホテル宿泊階エレベーターホールにて知らない男に声をかけられた。
忘れ物を取りに行くために一度部屋に戻り、一緒にチケット手配に行く予定で先に部屋を出た承太郎を追おうとしていた。家出少女が、すでにロビーで待っている。
声をかけて着た男は低い声で日本語を話すが、日本人とは思えない。黒いスーツに黒シャツを着た、40代くらいの男だ。
「……そうですが?」
多少警戒を含んで、花京院は返事を返す。こちらの名前を知っているようだが、知らないうちに落としたパスポートを拾われでもしたのだろうか?
……下手にトラブルになってはいけない。下りエレベーターが到着し、扉が開く。花京院は男に断ってエレベーターに乗ろうとした。……だが、
「君、あと数日でモハメド・アヴドゥルが凶弾に倒れるって言ったら、信じるかい?」
「!?」
花京院は驚き、男の方を向いた。男の言葉は止まらない。
「承太郎は今、もうすでに刺客のスタンド使いと、家出少女と共にチケットを買いに行っている。そう、君に変装した野郎だ。『黄色の節制』ってスタンドを持つ野郎だよ。」
「な、何を言って……。」
「そのスタンド使いが、ポルナレフの仇であるスタンド使いである『Jガイル』の情報を知っている。そしてインドに奴はいる。ポルナレフは単独で対面し、アヴドゥルは彼を庇って倒れる。」
「……。」
「だが、致命傷には至らない。旅をすすめるうちに再会できる。その後、犬のスタンド使い・イギーに遭遇する。砂を操るタイプで、君のエメラルドスプラッシュは効くかな?」
「……。」
「そして最後、アヴドゥル、イギー、……君は死ぬ。残念だが、これが『運命の道筋』だ。」
「……貴方は、何を。」
エレベーターは閉じ、彼ら以外の存在しないエレベーターホールで男は片手を高く上げ、彼の人差し指が天を指す。そして、こう言った。
「未来を見て、『運命の道筋』を修正する能力。それがわたしの能力だ。君達を救いに来た。」
もう、エレベーターホールには花京院と男しかいなかった。
「私は、これから現れるスタンド使いの能力全てを知っている。……これを伝えて、君と未来を変えたい。アヴドゥルを、イギーを、君を、……もちろん承太郎達も助けたい。」
「……。」
「少しだけ、時間をくれないか?この先現れるスタンド能力者の、能力を全て教えてあげよう。」
「……。」
「まずはポルナレフの仇のJガイルに、そしてくっついてくるホルホース。インドで現れる彼らの能力と、弱点を教えてあげるよ。」
花京院は、エレベーターホールから客室に至るまでの廊下に目をやった。
……これから自分が何をしても、巻き込む一般人がいないことを確認する。そしてッ!
「……JOJO、すまない遅くなる。」
花京院はスタンド、ハイエロファント・グリーンを出し、エレベーターホールいっぱいに結界を張り巡らせた。
「妙な動きをするな。何が目的だ、答えろ。」
「……。」
「わたし達を助けに来ただと?そのような甘言に、騙されるか。大方、DIOの刺客の1人で、わたしが1人きりになった所を狙ったな。」
ハイエロファントの結界は、蜘蛛の子1人入れないほど隙間なく張り巡らされている。ここから男が逃げ出そうとしても不可能だ。窓から差し込む日光さえ、わずかにしか通していない。……だが、男は目で結界を追うが、怯んでいなかった。
「……その一人称も、そろそろ変えようとしているんだろう?『わたし』ではなく、『僕』に。」
「!?」
「それに、君はまだ承太郎を『JOJO』と呼んでいるはずだ。」
「なッ……。」
「ふむ、その反応は『なぜこっそり誰にも言わずに悩んでいたのに、何故コイツが!?』というところか。」
余裕綽々な男。
相対し、動揺する花京院。
「何を言って!」
「ちなみに、今の会話で、別段君が承太郎の名前を呼んだ瞬間はない。『運命の道筋』を読んで、私が推測したんだ。」
「くッ……。」
「私が運命を読んで推測したところ、ポルナレフの敵討ち後に『承太郎』と呼ぶのが一番いいタイミングだよ。」
「ふざけるなッ!大方わたしの後をつけて、こっそりわたしが彼をそう呼ぶのを聞いていたのだろう!?」
「……では予言しよう。『既に承太郎は君の偽物と出発した。この後その偽物と戦う予定だ。』」
「……!?」
「私からはもう、この結界で外の様子は見えていない。だから、君が確認してご覧?……それとも、予言が当たるのが怖いかな?花京院。」
花京院は、男が変な動きをしないか見張りつつ、後ずさりし、バッ!と窓から顔を出した。
「……!」
そこには、幼い子に優しく手を繋いで歩く承太郎と家出少女、そして、自分そっくりの誰かがいた。
「な……、んだと。」
「3分前、私が未来予知をした。君は忘れ物をして一度部屋に戻る。承太郎は先に行って、家出少女――アンと待ち合わせるためにホテルフロントに行く。」
「……。」
「だが、そこに現れるのは君の偽物だ。承太郎はそれに気づかず、偽物とチケットの購入に行く。」
「……。」
「特別な想いを抱いている相手が、偽物だと気づいてくれずショックかい?」
……そこまで、バレているのか。
花京院が観念し、男はまだ喋り続ける。
「もちろん、私が君の偽物――『黄色の節制』に命じて、このタイミングで承太郎を誘い出させた、という可能性もなくはないだろう。……信じる気に、なったかい?」
「……。」
「だが、君が今ここで忘れ物をして、承太郎に置いて行かれたのは偶然だ。」
「……。」
「『君が忘れ物をする』という事実は『運命の道筋』だった。これを読んで、私は君に会いに来たんだ。……カキョウイン、ノリアキ君?」
「……ッ。」
「まずは、結界を解いてくれないか。外の喫茶店で、お茶でも飲みながら話でもしようか……。」
そして、花京院は男に連れられて1階ロビーへ向かい、近くの喫茶店へ向かった。
――この姿を偶然目撃した者がいた。空条承太郎だった。
「……?」
花京院(?)がカブトムシを食べる姿など、見苦しいとそっぽを向いて歩いていた際に、緑色の学ランが目に飛び込んできた。
「……アイツ、何してやがる。」
☆
喫茶店でアイスティーを頼み、男は名前だけが書いてある名刺を取り出した。
「ブライアン・マーキュリー」
「ブライアン、でいい。」
喫茶店はホテル近くだが、観光客が店内に多い。これなら、2人の姿は他人に紛れ、承太郎達にはみつからないだろう。
「……スタンド名は?」
「つけていないんだ。まあ、君にお披露目した通り、未来を予知、加えてある一定条件を満たすことで、『運命の道筋』が示す悪い未来を防ぐ能力だ。」
スタンド名がない?また、随分と都合のよい能力だ……。花京院の警戒は解かれることが無い。
「……。」
「まずはこれを見てくれ。」
そういってブライアンは、彼のポケットからある物を取りだした。銀に光る何か、……それは。
「……懐中時計?」
この時計を見て、「……かなり個性的なデザインだ」、と花京院は思った。
この時計を個性的たらしめているのは、その盤面だった。まず、針が特殊。通常の縫い針のような細い形ではなく、まるで『矢』のようなデザインをしている。
そして、肝心の文字盤。通常の時計は『1、2、3……』と、30度ずつ数字を振り分け、計12の目盛で成り立っている。だが、これは違う。
文字は『Ⅰ』『Ⅱ』『Ⅲ』しかなく、120度で区切られている。各目盛の間に、『●』があり、現在針は『Ⅲ』を指している。
とても時計としての機能を果たしそうにない。だが、きっとこの時計はこれから動くものなのだ、と花京院は察した。この時計は、時ではなく別のものを刻む為にある。
花京院はこれを持ち、指でコツコツとたたき、不審な点がないことを確認した。テーブルに時計を置くと、ブライアンが解説する。
「これはただの時計ではない。運命の均衡を集める時計だ。私のスタンド能力の要、といって差し支えない。」
「ほう。」
「『運命とは引力である』、なら運命の道筋も人の意思で左右できる。この時計には、意思の結果が記録できるんだ。」
「……?」
「この時計に、『不幸』や『ひどいもの』を集め、保管する。結果、『吉良(きちりょう)』なる運命だけが君たちに残る。そして、『運命の道筋』を変えるんだ。」
「…………?」
「DIOに『ヘタ』を掴ませ、君達が生き残る世界を作る。そのために、私は来た。君は、この時計にマイナスを入れていく役目を担うんだ。」
「……。」
「理解したか?」
「…………………… はい。」
「……日本人特有の、妥協したYESじゃないだろうな。」
会話開始から1分も経過していないが、花京院にはちんぷんかんぷんである。多分、読者の方々も頭に?マークがついている。
ブライアンの言いたいことはこうだった。
『承太郎がDIOの館に着く前に、何回か刺客に遭遇する。』
『そして倒す瞬間を記録した回数が、時計の目盛を1周させる6回分(死んでしまう運命の人間の数×2)を満たせば、旅が終わっても全員が生き残れる運命が作れる。』
人間世界ではどこかで誰かが「不幸」になり、その一方で誰かが「幸せ」になる。「美しさ」の影には「ひどさ」があり、世界中で「プラス」と「マイナス」は均衡している。
この法則が世界で働く限り、「不幸」になったら、いつかいいことがある。たいていの人間はそう考える。
だが、実際はそうではない。「泣きっ面に蜂」という言葉の通り、悪いことの後に悪いことが起こることなんてしょっちゅうである。
たとえば、初登場時に主人公に吸血鬼と間違えられ、その後取りたてて活躍場面もなく、噛ませ犬として散ったダイアーさんなどが、良い例だろう。
(ファンの方には、申し訳ございません)
――だが、悪いことの後に、必ずいいことが訪れる運命を作れるとしたら?
「私のスタンドはそういう能力なんだ、花京院。」
ブライアンが、そう説明した。
「この場合の『いいことが訪れる運命』とは、君達死ぬ予定だった3人が生きていく運命だ。」
「……なるほど。」
「今回の旅では、本来ならDIOを倒す運命を持つ承太郎。彼に『悪いこと』が訪れる。」
「それがスタンド使いとの遭遇、だね。」
「そうだ。……そして、純然たる運命エネルギーを集めるためには、『撃破』の瞬間を、懐中時計の針を向けて記録してほしい。……万が一の場合は、『承太郎が襲われさえすればよい』というエネルギーの貯め方も、……できるがね。」
「……ほう。」
「そして、その回数を貯めると、君達全員が生き残る新しい運命が作れるんだ。」
今回の旅で承太郎達は幾度もスタンド使いに襲われ、倒して行くだろう。だが、これだけでは、承太郎達が必ずDIOとの戦いで生き残れるという保証は、どこにもない。
だがもし、事前に承太郎達が「不幸」になる回数を『運命エネルギー』として貯めることで、未来の承太郎達の生存という「幸せ」を確保することが出来たらどうだろう。
ブライアンはなおも語り続ける。
「具体的に必要な条件は、承太郎が1人のスタンドを使う刺客に襲われ、倒すことを記録することだ。これで0・5人分の『吉良』を集めることが出来る。」
「えっと、……『吉良』って言うとややこしくなるんだが、つまりはこれからの旅の道中で刺客にJOJOが遭遇し、倒したらわたしがそれを記録する。」
「ああ。」
「JOJOがスタンド使いを2人倒すと、わたし達旅のメンバー内で死ぬことが決まっている、アヴドゥルさん、まだ見ぬイギー、……そしてわたし。彼等を生かすために必要な『運命エネルギー』が1人分ずつ溜まり、」
「ああ。」
「全員で生き残る運命が、作り出せる……!」
まとめると、エジプトでの最終決戦で3人分の命を救うためには、
①承太郎がDIOの館にたどり着くまでに6人スタンド使いに会い、倒す。
②花京院はスタンド使いを倒す瞬間に、懐中時計の針の先を刺客に向け、「不幸」になった回数を記録する。そうやって、時計に『運命エネルギー』を貯める。
この2つが必要だ。
スタンド使い1人を倒したことが記録されると、針は60度進み、360度一回転すれば全員生存して帰国することが出来る。「承太郎の不幸」と「花京院の記録」が条件になる。
……だが、納得がいかない。花京院は質問した。
「まず、何故JOJOが倒すことが必要なんでしょうか。ジョースター家であることが必要ならジョセフ・ジョースターさんがいる。」
「ジョースター家であることではなく、DIOを倒す『運命の道筋』を持っていることが必要なんだ。」
「……?」
「承太郎は、DIOと戦うことが運命づけられている。これ以上はスタンド能力が無効になってしまうため言えないが、」
「言えない?」
「下手に他人に未来予知の内容を語りすぎて、未来そのものが変化させることになってはいけないんだ。」
「……ほう。」
「話を戻すが、ジョセフではなく『DIOと戦う承太郎が、DIOのために散る命を救う』ことが必要なんだ。」
「……だが、それはわたしが承太郎がピンチに遭うことを見過ごさなければならない、ということでしょうか?」
「ああ、そうなるな。」
「……それは、できない。もしかすると、他の仲間達もとばっちりを受けるかもしれないのに。」
「だが花京院、この先君達は今までと同じく、幾度もDIOの襲撃に遭う。」
ブライアンの指摘に、花京院は言葉を無くす。
「……。」
「日本から香港、香港からシンガポール。休みなく敵は襲って来ただろう?今後も同じことになる。これは、予言だ。決まっている事なんだ。」
「……。」
「なら、ただ襲撃を受けるのではなく、それを利用して生き残る運命を作るべきだ。……承太郎が危ない目に遭いそうなら、スタンドの情報を駆使して、君が助ければいい。」
「……。」
「君が選ぶんだ。仲間を最終的に幸せにするか、今この場で私を無視して、いずれ訪れる不幸に目を背けるか。」
「……。」
「承太郎が怪我を負う必要はない。ただ敵に出会ってしまった、その事実さえあればいいんだ。」
「……そうです、か。」
――もしブライアンを信じて懐中時計を受け取るなら、この先、花京院は前線に出るべきではないのだろう。彼はフォローに回ることがあっても、必ずトドメを指すのは承太郎に任せるべきなのだ。……仲間を助けるためなら。
「……では、次の質問をいいでしょうか。」
「どうぞ。」
「仮に、あくまで仮にですが、JOJOがDIOの館に着くまでに6人以下、……たとえば5人しかスタンドを倒せなかった場合。こう言う場合は……。」
「5人と1匹の中から、最低3人が死ぬ。下手をすれば、承太郎やポルナレフさえ死ぬ候補に入る可能性がある。」
花京院は目を丸くした。
「何故……。」
「あくまで承太郎が貯める『運命エネルギー』は、3人分の死、という『不幸』な結果を予防するだけだ。『運命エネルギー』が溜まりきらなければ、全て無効だ。」
「……。」
「承太郎がこの先旅を進める内で、君が記録できなくなれば、終わりになる。」
不安そうな顔をする花京院に、ブライアンはゆっくりと話し続ける。
「そう落ち込まないでくれ。これから君達を襲う刺客は、タロットが暗示するスタンド使いだけで10人。その後エジプトで現れる、エジプト9栄神のスタンド使いが9名。」
「エジプト9栄神?」
「ああ、そいつらも現れる。計19人だ。この中で、承太郎が6人倒し、君が記録すればいい。いわば2人に1人の割合だ。すぐ『運命エネルギー』が貯まる。」
「……そうですか。」
「そして私を信頼してくれるなら、これから襲ってくる敵のスタンド能力を、私が全て君に教えてあげるよ。」
「え!?」
「言っただろう。私は君の味方だ。この先、どこで誰が出てくるか、全てデータを持ってきた。」
「……。」
鬼に金棒のとてもいい話だ。
だが、……やはり未来予知には制限があるらしい。
「残念なことに、君等の生死に関わるスタンド使いは、DIOとあともう1人(ヴァニラ・アイス)。彼等のスタンド内容は伝えられないが、それ以外なら協力するよ。」
「……。」
「まだ、私を信じられないかい?」
花京院は迷っていた。
どうする。
ここでブライアンと名乗る男を信頼して、テーブル上の時計を受け取るか。
この時計が罠という可能性もある。下手に厄介事を持ちこむべきでは……。
「では、こうしよう。」
ブライアンは、テーブルの上の時計を彼の上着ポケットにしまった。
「花京院、私は今から君に、『運命の道筋』ではインド・カルカッタで現れる『Jガイルとホルホースのスタンド能力』だけを伝える。これが真実なら、私を信用してほしい。時計はとりあえず渡さない。」
「Jガイル……、ポルナレフの仇の……。」
「そうだ。君は優しいから、もし君とポルナレフがJガイルに遭遇したら、私の存在に関わらず、トドメを指すのはポルナレフに任せる。承太郎がいても、そうするだろう?」
「はい。」
「なら、どうあがいてもこの2人との戦いには、承太郎はノータッチになる。なら、運命エネルギーは関係ない。時計も持っていても仕方が無い。」
「ええ。」
「あくまで、私の能力を信頼するための試金石にしてくれ。Jガイルの能力『釣られた男』、ホルホースの『皇帝』を。」
そして、花京院はブライアンからJガイルとホルホースの情報を聞き出した。聞き終わった頃に、ようやく注文したアイスティーが来た。だが、
「……そろそろ、行った方がいい。」
2人とも飲まずに立ちあがる。この状態を目撃されれば、いいことは何も無い。
ブライアンは、あ、と呟いた。
「そうだ、……今まで考えたことが無かったが、私のスタンド名を伝えておくよ。」
「考えたことが、ないって……。」
「今まで周りに、スタンド能力を持つ人間がいなかったんだ。」
……花京院は、ブライアンのこの言葉を聞いて、少し心が動いた。……スタンド使いに生まれた孤独を癒したい。その思いを抱いたまま、花京院が出会ったのはDIOだった。
『花京院君、恐れることはないんだよ……。友達に……、なろうじゃあないか……。』
彼に出会い、初めて自分の能力と他人の能力を区別する必要が出た花京院は、スタンドを『ハイエロファント・グリーン』と名付けた。スタンドの戦い方も、彼から指南を受けた。
だが、DIOとの関係は自分が思い描いていたものとは違った。支配され、服従する関係。理解なんて、最初から存在し得なかった。
孤独はいつまでも一人ぼっちのままだった。
しかし、承太郎に出会ったことで、花京院の世界は変わった。
暗殺に失敗した自分を命がけで助け、旅に参加しても嫌な顔一つしない。しかも、『灰の塔』戦では自分の力を信頼してくれた。
彼といると、楽しい。心の中にあたたかいものが一つ一つ灯っていく。
灯った光は消えることなく、人生の中で初めて味わった感情が、胸を満たしていく。
気づけば、音楽が鳴り止むことの無い、幸せな世界が胸の中に満ちていた。
とくん、とくんと脈を打つ。まるで初めて生まれ落ちた瞬間のように、怖いものはなにもない。
嗚呼、これが恋なのか、と。
承太郎が肉の目を抜いた傷跡が、いまでも額に残っている。でも、それが嬉しい。
あの日から、夜が眠れない。承太郎を想うと、胸が熱くて楽しい。
この旅が終わって2人、生きて帰れたら恋人になりたい。できるなら、一緒に暮らしたい。
そんなことを考えていたが、自分の手で本当にできるかもしれない。……これは、チャンスだ。
もっとも、運命を変えるには、承太郎を守りきらなければならない。
もしブライアンの言葉をきくならば、孤独な戦いになるだろう。
だが承太郎を助けたい。彼の笑顔が見たい。
なら、必ず助ける。そして、必ず傍にいる。寂しいなんて、感じないフリをすればいい。
今後、どんな敵が出てきてもトドメを指すのは自分じゃない。承太郎だ。
辛い目に合わせる以上……、彼を絶対に守ってみせる。 ……お姫様として。
「ブライアン。貴方の、スタンド名は……。」
席を立った花京院が聞くと、ブライアンはこう答えた。
「『ラブ・コール』だ。」
愛をこめて。この意味を持つスタンドで、彼が花京院をサポートする。
「インドで、私を信頼することを決めたら、私の電話に連絡をくれ。」
「わかった、宿泊予定のホテルの番号を教えてくれ。」
「……ちょっと待ってくれ。メモを忘れていた。」
☆
舞台は、再度シンガポールからインドに運行中の列車に戻る。
車輪の音がトトントトン、トトントトンと響く中、花京院は1人で食堂室に残り、外の風景を楽しんでいた。
「花京院。」
そこに声をかけてきたのは、アヴドゥルだった。
「アヴドゥルさん。」
……正直、彼には申し訳ない。花京院の心の中には、この思いがあった。
すでにブライアンから追加情報として、ポルナレフとJガイルが遭遇する場所、そしてアヴドゥルがどうなるかを花京院は聞いている。
「(……眉間を撃たれ、気絶。背中にも傷跡が残り、重傷。)」
そして承太郎とジョセフが介抱するため、九死に一生を得る。……というのはあくまでブライアンの予言だ。まだ、当たると決まった訳ではない。
花京院の心の中では、ブライアンのスタンド能力は半信半疑の存在である。下手に仲間にブライアンの事を告げ、無駄な心配事を増やしたくはない。だから、誰にも言っていない。
ハイエロファントを目で追っていた以上、彼が何らかのスタンド能力を持っていることは間違いない。
だが、それが本当に未来を予知できるかは分からない。
これが花京院の、現時点での結論だ。
……もっとも、これを確かめるには、アヴドゥルの瀕死の重傷という結果を見届ける必要がある。
「(……アヴドゥルさんには、何の罪もない。もし、ブライアンの言葉が本当なら……。)」
インドでは弾丸に気を付けてください、なんて言えるだろうか?ポルナレフを庇うな?いや、何を言い出すと笑われるのでは?
もしこんなことを言っても、信じてもらえないのではないか。花京院の脳裏に浮かぶのは、アヴドゥルの
『占い師のわたしに予言で闘おうなどとは、10年は早いんじゃあないかな。』
と自信満々に言い放つ姿。
……言いづらい。花京院は口をつぐんだ。
「なんですか、何か?」
動揺を悟られぬよう、アヴドゥルの呼びかけに返事をする。
「……気分は、どうだ。」
「ええ。特に問題はありません。ほとんど行ったことの無い地ばかりですが、興味深く、体調を壊している暇もありません。」
「……そうか。君は、シンガポールでは日光浴をしていたんだったな。」
「ええ。その所為で、JOJOに置いてけぼりを食らいましたけど。」
「……。」
「……なに、か?」
アヴドゥルは、腕を組んで深く考え込み、花京院をまっすぐ見た。
「……少し、気になることがあるんだ。是非、君に相談に乗って欲しい。」
「なんでしょう?」
「……ジョースターさんの、念聴。先ほども話題に上がったが、君はどう思った?」
「え?」
【『――我々の―――』『中に』『裏』『切り』『者』『――がいる』『カ』『キョー』『イン!』『に!』『気を』『つけろ』『DI』『O』『の』『手下』『だ!』】
「……ええ。あれは、『黄色の節制』が、わたしに化けていることを伝えた、そういう内容だった、と考えています。」
「……。」
「その後で、DIOが画面に現れ、テレビが破壊された。……この点からは、DIOのスタンド能力の仕業と仮定すると、かなりの遠距離能力、と推察できます、……が。」
「いや、その点については今はいい。わたしが気にしているのは、花京院、念聴の内容の方だ。」
「というと?」
「ああ。『念聴は、真実のみを語る。』こう仮定すると、花京院。辻褄が合わないんだ。」
――仮に、念聴の内容を二分割してみよう。
①我々の中に、裏切りものがいる。
②花京院に気をつけろ。DIOの手下だ。
「念聴の後半部分、『花京院に気をつけろ、DIOの手下だ。』これはいい。君の言う通り、DIOの手下である『黄色の節制』が君に化けていた。だから、念聴は警告した。」
「……。」
「だが、前半部分は……おかしい。『我々の中に、裏切り者がいる。』単に、DIOの手下が君に化けただけで、『裏切り者』と、……そこまで酷く言うだろうか。」
「……。」
「……なあ、花京院。」
「……。」
「君はどう思う。」
アヴドゥルの目が、花京院をまっすぐ見つめていた。
あのジョセフが信頼をおく人物だ。あてずっぽうで花京院に、この話をしていない。
承太郎は『黄色の節制』に襲われた。ポルナレフはシンガポール警察に捕まっていた。……シンガポールでアリバイの無かった花京院を、本気で疑っている……ッ!
……ブライアンのことを話すか?信じてもらえるだろうか、……僕だって彼のことを信じたわけでもないと言うのに。
ここから先、幾人ものスタンド使いが襲ってくる。下手に、……仲間の負担を増やす訳には……いかない。
だが、ここでしらばっくれる様な態度を取るべきではない。
「アヴドゥルさん。……なら、僕が『裏切り者』を割り出します。」
探偵に追い詰められそうになったら、犯人ではない、と宣言しても墓穴を掘る。必要なことは探偵側の味方になる、と宣言することだ。
「……ほう。」
「仮に、貴方が抜けるようなことになっても、僕がそいつを倒します。」
「そのような事態は、できる限り避けたいがね。」
「ええ、もちろんです。」
「……。」
「ですが、我々の目的はDIOを倒すこと。不穏分子は、排除するに限ります。」
「……。」
「万が一も、想定すべきかと。」
「……そうか。」
そして、アヴドゥルは花京院の背中を、ぽん、と叩いた。
「疑うような物言いをして、すまなかった。花京院、君を信頼しているよ。」
「いえ、気にしていません。」
「……君が辛くなったら、大人を頼りなさい。そのために、いつでも偉そうに威張っているんだからな。」
「それは、ポルナレフが聞いたら噛みつきそうなセリフですね。」
「彼も一応、君よりは大人なんだがね……。」
花京院は安心し、自分の寝台に戻って行った。
それを見つめ、アヴドゥルはこう言った。
「……『僕は』と一人称を言い間違えるあたり、かなり焦っていたようだな。」
列車は、問題なく運行を続けていた。
【続く】