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    void 自室のひとつ空け隣である鯰尾の部屋の前からは談笑が聞こえてきた。何故か半分ほど開いた障子からいつもの聞きなれた声に耳を向ける。
    「骨喰もにっかりさんの事嫌いじゃないよね」
    「嫌いではない。でも──」
     その言葉を遮るように僕は残りを一思いに開いた。一思いにとは言えども強かに打ち付けるようなはしたない開け方ではないので僕はあたかも最初からそこにいたようにぬるりと会話に割って入る。
    「おや、なんの話をしていたのかな」
     二人の間にはいつもの卓があり上部を彩る鮮やかな菓子類が半数を埋めその間を縫うようにして複数種類の折り鶴が並んでいる。菓子皿に入れるでもすればもう少しゆとりがありそうなものだがそうはしないらしく菓子皿はあらぬ所に転がっていた。
     ちらっと横目で時計を見ても狂っている様子はなく、正しく三時をとっくに回っている。
    「にっかりさん、いらっしゃい。良ければゆっくりしていってくださいよ」
     もはやニ人共こういった形で現れても驚きはしないようでその誘いと同時に骨喰は無言で少しずれてくれた。よく見ればご丁寧に座布団まで用意してある。
    「では、お言葉に甘えて失礼するよ」
     無言の歓迎も受けつつ二人の間に腰を下ろした。座布団はまたいつもの僅かにくたびたものでそろそろ中身を詰めてやるか日干しでもしようかと思う程である。初めは客人用のふっくらした物を勧められていたのだが、次第にこちらへと変わったのだ。しかしどうにも使い過ぎた。勿論最初からある程度は貧相ではあったがあまりに通うものだからそれはあってもなくても大差がないほど平らになってきっと僕の下で喘いでいるのだろう。
    「これは、折り鶴だね。ずいぶん色々な形をしているけど」
     どれも形が違う、けれど不思議なものでたしかに折り鶴だとわかる形をしていた。形だけではなく大きさも折られている紙も様々であり中には菓子の包みで折られた物もある。
    「あ、にっかりさんもこの最中食べてみてくださいよ。けっこうおいしいですよ」
    「どれ」
     軽く指先で摘まみ受けとる。包みを暴けばふんわりと、優しい味がするであろう事が容易に想像できた。しかし内側を支配される砂糖らしい甘味が鯰尾の好みそのものをはっきりと主張し優しくも好ましくはなかった。もう少し薄味の方が好きだと思いながらも満足したように笑みを曖昧に返せばまた彼も愛想ではない満ちた月のような笑顔を返してくれる。その飾り気のない本心の笑い顔は僕に無い物で好ましかった。
     そうこうしているあいだにいつの間にか茶まで出されている。適温に醒まされて茶葉が開かれているそれは骨喰の気遣いだろう。堅苦しくない番茶のにおいが鼻腔を刺激する。骨喰は本当に観察眼に長けているが、誰に似たのかその割には行動で意志を示し言葉数が少ない。
    「すまないね、頂くよ」
     他愛もなく飲み食いしながらただ時間を空費する、これが日頃の戦の合間にあるささやかな安らぎになっていた。永久のように続く時間の戦いはどうしても精神の摩耗が避けては通れないからこそ僕はこういったなんでもない休息をありがたく思い、どこかでそんな自身への嫌悪感も確かに抱いていた。人に寄り添う物らしい僕の矜持は最低限以外を持たずにいることを望み一切を認めようとはしない。感情はその抑制故に暴発するのではないかと言うほどだった。人か刀かとありきたりな事を考えてはまた黙阿弥だと嘲笑いつつもそうありたかった。
    「あれ、お菓子食べないですか。それともまた難しい事考えていたとか」
    「いや、大したことは無いさ。それよりどうしてまたこんなに折り鶴を作ったんだい」
     鯰尾にこの顔はそう見えるらしい。子供のような顔で考え込んだようにそう聞かれたが話そうとは思わずに話題を切り替えた。
     一連の間にも茶を入れた後の骨喰は無言で菓子の包み紙を白んだ指で造型していく。あっという間に一羽が姿を顕した。
    「これですか。皆とおやつをしてたら御手杵さんがお菓子の包み紙で折り鶴を作っていたんです。そしたらその形がちょっと変わってて、それでこうなったんですよ。にっかりさんもどうですか?」
    「僕かい?あまり折り紙は上手くはないよ」
     手近にあった青い折り紙を手繰り寄せてらしくない折り紙を始めた。あまり作る方ではないのでうまくいくかな、など思いながらも手先を進める。
    「なんか変わった折り方だな。誰もやってないやつかな」
    「ふふっ、どうだろうね。うまく作れると良いのだけれど」
     一つ一つじっと見つめられている先端を動かしていく。こうしてまじまじと見られていると少し気恥ずかしい。
    「でもにっかりさんの指ってなんでこんなにおいしそうなんだろう。細いからかな」
    「お前はなんでもおいしそうって言うのはやめろ」
     人の指に向かっておいしそうと言い出すのはさすがにどうだろう。僕にはそういった趣味はあまりないのでおいしいかはよくわからないが何かを作ったり奪ったりする手先と言うのは人を引き付けるのかもしれない。
    「美味しくはないと思うけれど、どうだろうね」
     時おり鯰尾達と談笑と休息を挟みながらちまちまと進めたものだから思いの外時間がかかってしまったが想像よりすんなりと作れた。
    「さて、完成かな」
     仕上がったのは彼らによく似た青い双頭の鶴だ。けっこう面倒なことをしてしまったなと思いながらも鶴を菓子の山に加えた。他と異なる異形の鶴が手を離れて群れに混じれば大きさも相まって深い色が目立つ。
    「すごい、頭が二つあるじゃないですか」
     そう喜ぶ鯰尾の手の中では足を生やした鶴が踊っており、骨喰は変わらずの無表情でその手には哀愁を感じさせる鶴がいる。やはり2人も普通の鶴には飽きたのだろうか傍らには作りながら食べたであろう菓子の包みが積まれている。
     暫らくは皆そうして一言も言わず、奪う指先が機械的に動いては食べて形を作りだした。
    「俺はそろそろ行く」
     作り上げた鶴を山に放つとちらりと一度時計を見て骨喰は静かに立ち上がった。そういえば朝方の予定表では部隊に組まれていたな、と思いながらも次会う時はあるだろうかと考える。こんなことをしていても僕らはそういうものなのだから仕方がない。
     さて、この時をどうしたものか。
    「鯰尾、君はこの時間をどう思う?」
    「どう、ですか?難しいな。俺はみんなでこうするの嫌いじゃないですよ」
     鯰尾は鶴の腹を膨らませながらそう答えた。気がつけば菓子の大半は無くなり鶴で溢れ気まぐれに混ぜておいた蛙が妙な色を放つ。時計等見ずともすっかり部屋は燃えるような橙が支配し僕らの影が濃い事から時間の経過が伺えた。
     彼の指が鶴をすべて押し広げていく。少女のような顔立ちとは裏腹にしっかりと刀を握る為の無骨な指先で爪はすこしばかり擦れているもののきれいな桜色をしている。
    「どうしたんですか、じっと見て。もしかしてお菓子ですか?さっき菓子皿に全部移したから散らばっているのはほぼ鶴だけですよ。はい、どうぞ」
    「ああ……」
     鯰尾から菓子皿ごと差し出されさして食べたくもないがひとつ包みを開けた。鯰尾もまたひとつ開けては口に運んでいる。あの無骨な指先が少女のような薄い唇に鮮やかな菓子を運んでは咀嚼していく。それだけの動きなのだが僅かに湿るそれは妙に色っぽく時おり弧を描いた。何故だか指を舐める動きより遥かに官能的な気さえもする。かじる、舐める、そして飲み下す。普段食事時は一緒ではないのだが無機の先端ががそこへ摘まんだ物を運ぶ動きはさぞ美しいのだろう。不意に、その弓が形を変えた。
    「ん、いくらにっかりさんがそんな目でみてもこれは俺のですからね。それともなにかついてますか」
    「そんなことは思っていないよ。美味しそうに食べるなと思っただけさ」
     僕の器官は彼の素直そうなものとは異なり心にもない事を平然と告いでいった。本来はこういうものなのだ。酷く食ってしまいたい、食らいつくして何もかもを奪いたい。そんなどろりとした部分と素直に彼を愛らしいと思える素直な上澄みが二極になっているが腹の底のこの情念は僕だけが全て知っている。清廉な彼の腹の中はきっとこんなではないのだろう、そんな思いは禍々しい赤は僕らを絡めその渦の中へ捕らえられた。
    「えっ」
     畳に後頭部を打ち据える鈍い音のあとに起き上がろうとした体を上から押さえつけたが抵抗感は殆ど感じられない。引っ掛かり散らばった鶴はまるで飛沫のように鯰尾の上に散った。少しずつその頼りない体躯へ体重を掛けていく。
    「鯰尾。僕の言いたいこと、わかるよね」
     しかしこの逸した行為に鯰尾は全く予想外の反応を示してしまった。にわかに信じがたい光景が眼下にある。
    「やだなあにっかりさん。またなにか思い付いたんでしょ。それともまたお得意の冗談ですか」
     それは誤魔化す為の強がりではないことが彼の笑顔からも伺える。まったくいつもの調子なのだ。彼とて脇差、それに長い時間を生きる付喪神なのだからそういった知識が無い訳ではないはずだった。なのに、危機感どころか抵抗も僕を受け入れるようなそれもどうして無いのか。
    「冗談じゃなかったらどうするつもりなんだい」
    「まさか、にっかりさんが俺にすることなんて限られてますよね」
     尚も変わらぬ口調で屈託のない返事がある。
     ああ、そうか。この子は僕にそういう目を向ける事はなく、この一方的な情は何に向かうでもなくただ空を切っているのか。
    「なんだ、つまらないなあ」
    「どうしたんですか、組み付かれるくらい手合わせもあるしいつものことじゃないですか」
     僕の気など知らない脇差が何がそんなに珍しく驚くのかが分からない、そう言わんばかりの顔で疑問符を浮かべている。その光景はあまりにも虚しいじゃないか。
    「そうだねぇ。そろそろ僕も失礼するよ、おやつご馳走さま」
     僕の中の淡い上澄みはすっかりと濁ってしまった。この後どんな顔をして顔を合わせればいいのだろう。しかしこんな気でさえ僕だけのものでしかないのだ。そう、知ってしまったのだ。
    弥月 Link Message Mute
    2022/06/17 15:20:29

    void

    支部再録。
    タイトルはJAVAでおなじみの戻り値なしのこと。

    #にかなま

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