月の影 僕の膝を指先でねだるように力無く掻いて、水を求めている掠れた声に応じれば一口分を小さく含んでから喉が上下した。薄く湿った唇が緩やかに弧を描いてから長い前髪が目にかかると合間から覗く色が美しく、籠った弱い息づかいで酷く色っぽい倦怠感が強調されいっそ彼を飾り立てていた。どうにも沈黙が重い。
「どうした、国広。浮かねぇ顔してんな」
いつも通りに振る舞うだけの体力も残っていないくせに、虚勢で僕に心配をかけまいと力なく笑って見せる様子でさえ月下でいっそ白んだ肌が染めの淡い色を女のように魅せていく。昼の顔と明けの顔がくるくると、月が満ち欠けるように姿を変えているのが僕に障り、何故と何度も問いかけている。
「兼さんだって、顔白いよ」
「っ……」
やっと言葉を出したが再びの沈黙。今弱々しい姿を見せている男のことを信じ意思を尊重したことを僕は酷く後悔していた。僕のせいでこんなに苦しませてしまっているのに僕はなにもしてあげられないなんて、嫌だ嫌だとかぶりを振っては長さゆえに少しばかり痛んだ長い髪を肢体と床に散らし悩ましい息づかいで上下させる胸で無意識にあの男を誘っているなんて、考えたくない。相談なんかしなければよかった、聞かれたときにはぐらかしてしまえばよかった。でもあの真摯に向き合おうとする目にまっすぐ射貫かれるとどうにも弱くてならなかった。何度も繰り返した思考が濁りだしたところで乾いた唇を動かした。
「ねぇ、やっぱり──」
「馬鹿が、それ以上言うな。オレは悔いちゃいねぇよ」
言い終わるより早く、蛇のような赤い痕が這う腕がいつものように僕の頭を撫でようと伸ばされた。しかし横になったままでは叶わず指先が切なく頬を撫でた。だめになってしまいそうな優しさに唇は震えだし、泣きそうになる。彼が僕を許さないでいっそ罵ってくれればどれ程楽になれるだろうかなどとさえ思い蝕む。
「だって、まるで僕が騙したみたいで……」
下唇に力を入れて言葉にしてもどこか言い訳がましい声になってしまう。それでも色香の中から取り出した慈愛の手が離れていきながら頬にわずかな熱の名残を残した。
「何いってんだよ、こうなるって知ってたとしてもオレの答えはかわんねぇよ」
思い詰めるな、なんて添えてからすべて包むように彼は少しばかり表情を綻ばせた。でも違う、僕らはどちらも愚かだった。尤も、奥底に沈む僕だけのものであれといった思いの反面、彼の意思を尊重してあげたいが苦しませたくはないという矛盾を抱えた僕が彼よりもっと無茶苦茶なのだろうが。
「ねぇ──」
夜空に浮く帝の明かりよ、光に付きまとった影よ、どうか僕をそそのかしてそのまま一欠けの理性さえも奪ってくれ。そうすれば僕は彼のためにどんなものでさえ奪い、そして空になった己の最後さえ差し出してしてみせよう。どうか、どうか月下に拐かされたその先で踊らせてくれ。
どうしようもない鼓動が焦燥を訴えながらもゆっくりと同じ色をした目を覗き込み、そのままゆっくりと柔らかな月の影二つは重なった。