幻肢の金魚 透明な硝子の球は光を透かして、中にいる金魚の影が黒く畳に浮いた。ゆらゆらと小さな尾びれが揺らされている様は蝋燭の炎に似ている。
「和泉守、見てみろ。なかなかに可愛いぞ」
「おう、そうか」
生き物を捕まえたと自慢する子供のような三日月の声がオレの耳に届けられた。それをよそに風情とは何だろうか、と金魚鉢とすっかり夏の様子に向かい始めた庭を交互に見てオレは疑問を持っていく。
だが三日月のことだ、口にした言葉ではないところに本当の意味があるのだろう。きっとこの男にとっては金魚などどうでもいいに違いない。現に聞き流したオレをそれ以上呼ばず、寝そべって水の入った鉢に顔を近づけた。
「なぜ見ていても飽きないのだろうな?」
三日月はそう言いながら今度は金魚鉢を横から覗き、爪でかちかちとつついた。しかし、その表情は目が細められており、たかが魚に向けるものではなかった。
纏う空気が特定の男に執着する女の赤黒い嫉妬に似ており、戦場で見せる閃光のような鋭い覚悟とも日常で見せる穏やかな年長者の優しさともかけ離れている。強いて言うならば情事に見せる捕食者の眼光が最も近いだろう。
「きっと俺がいないと死んでしまうからか、なぁ和泉守」
しかし赤黒い熱はすぐに冷めていった。三日月は情念の色香をからりと吹き飛ばし、そして得意げでまだ世間をなにも知らないような無垢の顔をオレに向けた。
「嫌な奴だな、自惚れだ」
この男の本質など、オレは永劫知り得ないのだろう。もし知る時が来るのならばそれは己を失って男の物にさせられた時だけだ。
「そうかもしれんなぁ」
しかし三日月の返事は普段とは異なり、オレの非難を珍しく否定しない。
そうかと思えば突然鉢に手を突っ込み、小さな炎のような魚を指でつまんだ。金魚の方も捕まれれば非力ながらも力一杯の抵抗を見せる。当然人の身相手荒々しく水を掻いても敵うはずがなく、水だけが揺らされている。
そのまま水面から引き上げると小さな生き物は畳に置かれる。直後は暫くぱたぱたと尾ひれが動いたが、やがて最後は力なく項垂れた。
「弱ったなぁ」
困った、と同じ雰囲気を出しながら全くそうは思っていないのだろう形式的な言葉をオレに聞かせた。
「あんたがそいつを弱らせたんだろ。つか誰がそれ片付けると思ってんだよ」
「そうだな、その通りだ」
オレの呆れに返ってきたのは飾り気のない口調と答えだった。当人はぐったりとした魚を嬉しそうにつついている。