ひとこま あちらこちらからの音で靴屋は賑やかだった。俺たちはそこにいる人が作る会話、波のような雑踏に埋まっている。昼下がりに恋人と買い物をする、ごく普通の休日だ。
「なかなかいいのないですね」
「にしても君、本当に足が小さいよねぇ」
男は長めの前髪を揺らしながら俺の気にしているところをなぞる。男子として一応は小さな足を気にしているのでほうっておいてほしい。
しかしこうも小さいと靴一つ探すのにえらく労力を使う。サイズがないのは日常茶飯事、あってもデザインと履き心地はまた別の次元なのだ。靴は履ければ良いというものではないから難しい。
「ほら、あれだったら君でも履けるんじゃないかな」
意地悪く僅かに肩を震わせる視線の先は子供用の売り場になっている。色とりどりの脱ぎ履きが簡単な可愛らしい大きさの靴たちが棚には並んでいた。
「えー、さすがに無理ですって」
「ほら、これなんかどうかな」
そそくさと駆けていき選び取ったのは女児向けのキャラクターの描かれたマジックテープの靴だ。サイズは、悔しいことに俺の普段履いている大きさのものだった。履けるか以前に自分のサイズのこの靴が存在しているという事実に少し傷付く。
「流石にこれはちょっと」
履けるはずがない、と思い男から片方だけを受け取り履いてみる。
「嘘でしょ」
事実とは残酷なものでその靴はぴたりと俺の足に嵌ってしまった。
一方男も意外そうにして俺の足を見ながら履かせてあげようとおもったのになぁと笑ってる。
「俺傷ついてるんですよ。そんなに笑わなくたっていいじゃないですか」
「君の小さな足、僕は好きなんだけどさ。まるで――」
室内に飲み込まれその後はよく聞き取れなかった。
* * * *
いつもはお目当ての買い物を済ませたすぐ帰ってしまうのだが今日は青江さんと一緒な事もあってもいろいろと歩き回った。ウィンドウショッピングもたまには悪くない。
「疲れたぁ」
やっとの思いで休憩、と思うも時間が時間なので連れられるまま喫茶店へ入った。普段なら絶対に入らないようなお洒落な空気の店内は男によく似合っているが俺はどうにも落ち着かなかった。友達とは違うこの店選びにはいまだに不慣れだった。
「にしてもだいぶ疲れた顔をしているね。慣れない靴なんて履くからだよ」
「たまにはブーツ履きたかったんですよ。だっていつも青江さんが履いててかっこいいなぁって」
少しだけかかとの高い靴は細身の体格をより強調し、よく似合っていた。それを見ていると自分も一緒に並びたくて少し背伸びをした靴を履いていたのだ。隣を歩きたかっただけだ。
「ふふっ、君にはもっと動きやすい靴の方が似合うと思うけれど」
それでも子供扱いなのは変わらない。幾らか年上の男から見れば俺なんて子供なのかもしれないが男として見られたいのだ。
「どうせ俺は子供っぽいですよ」
「おやおや、まだ拗ねているのかい」
拗ねているつもりなどない。ただ、ちゃんと恋人として対等にありたいだけなのだ。
だから、そういうつもりはない。それも含め、彼には子供っぽく映るのかもしれないが。
「拗ねてなんか」
「ほら、好きなものを頼みなよ。ここは僕が持つから」
そう言って二つ折りのメニュー表を俺の方へ向けてくる。出会った時と何一つ変わらないお得意の笑顔だ。
「俺がその程度で機嫌治すと思ってるでしょ。まったく調子いいんだから」
「ふふっ気にしているのかい。だったら、夜にでも返しておくれ」
囁くように白昼堂々とこういった言い回しをするのにももう慣れた。まあ良い、好意には甘えておこう。こうなればとびっきりいい値段の物を注文してやる。そう意気込んで差し出されたそれをひったくる。
「まったく、本当に青江さんは」
熱を持った体を忘れる様に、出されていた水を飲み干した。