内緒の話 僕ら以外誰もいない庭の外れ、改まって話があるから二人になりたいと乞うと男はあっさり応じてくれた。信頼の証とも言えるがもしも僕が何かをする気だったら、という想定の無さはあまりにも警戒心が薄くてつい要らぬ心配をしてしまう。
「頼みがあるんだけど良いかな」
「おう、言ってみろよ」
確かにこれは秘め事ではあったがわざわざ耳打ちにする内容ではない。しかし少しだけ意地悪がしたくて屈んで耳を貸してほしいとお願いすれば男は素直に従った。いつも下から眺めている自分に少し似た愛おしい顔が今はすぐ近くにある。
顔を思い切り耳元へと寄せれば手入れの行き届いた髪が少し揺れて毎日耳の後ろに少しだけ塗布してあげている椿の匂いを感じた。練り香水の清廉な椿の匂いは朝方と異なり汗ばみに合わせて艶めいたものに変化しており好ましい。その妖しく香る誘惑に抗わず話を始める前に一度だけ息をわざとかけると孔の穿たれている分だけ鋭利にされている感覚に障るようで、僅かに息を詰めた。
「ふっ、んぅ」
「ごめん。つい、ね」
「いいからさっさと用件済ませろよ」
愛らしい反応が好きで聴覚を司っている器官にわざと呼吸が伝わるようにして話せば男の肌の色を知らない娘のような愛らしい声を再び漏らしながら頬を染めた。
小声を発する時の空気の振動や息使いを思いの外過敏に拾っているらしく、時折びくりと体を強張らせている。僅かに逃げ腰になり大振りな装飾品が揺れると近距離だからこそ聞こえる金属音がどうしようもなく愛おしくてたまらない。
「──だから、ちゃんと後で主さんに謝ろうね」
「なんだよ、ばれてたのかよ……」
兼さんの事だ、食器の縁を欠いたのをあれで隠したつもりだったのだろう。しかし僕がそれを分からないわけがない。下心のない笑みを浮かべれば、ばつが悪そうに曲げていた膝を伸ばしてから腕を組んだ。
「それともう一つ」
「なんだ」
今度はこちらから言わずとも、もう一度屈んでくれた。
「あのね──」
今度は逃げてしまわない様に片手を背に回してもう片方を耳元に当てた。やはり精神年齢も成人男性の体格相応なので流石に何度も生娘の声を上げたりはしなかった。
全てを話し終えてから、こっちは二人きりの内緒だよ、と添えると違った理由から頬をより色濃く染めた。