トワイライトマリオネット「ほら、笑えよ」
狡い。そんな言い表せない不安を滲ませた顔で支配者の言葉を使われたら私はどうしたらいい。私の迷いにひきつる顔が、すぐに応えたい思いが淡く交じって染まり濁る。己の中の惑いと錯誤をよそにそれに気がついた男の、血の通っていることがわかる白い腕が恐る恐る伸ばされる。触れるこの先が怖いのだろう。私も気がふれたのか先程の傷口がまだ乾かないうちにもっと深くしてくれと出かかった。無意識に男の罪を許しそうになるほどに魅力的で、それだけ美しかった。
「俺はお前の笑い顔が好きなんだよ。なんでこれだけ尽くしても俺にだけ笑わない」
笑えるわけがないなんて口にできなくて、うつ向きたい気持ちを退けるように顎を支えられた。虚に迷い逸らせない目は彼にどう写るだろうか。そう時間が経たないうちに不安定に指先は舞いゆっくりと離れ、やがて微かに目を細める。安堵と意地の悪い好奇に口角を上げ淡く薄い表情が浮かべられたように思う。
「まだ考えられるだけの理性はあるんだな」
どうだろうか。もうわからない。それを考えるにはどうにも愛すべきものを、大切ななにかを失いすぎたのだから。傲慢なまでの執着を持ちこの男はこれ以上何が欲しいのだ、何が奪いたい。
「私には、何が残されていると申しますか。一体貴方は何を私から奪いたい、何が奪い足りないのか!」
数々の行いと理解ができない憤りを声にする。返事はない。本当はここで吐き出せるだけ吐き出してやれば良かったが溢れた感情はあまりに濁っており判断が遅かった。言葉を紡ごうかと口を開きかけた時には間を置いた静寂を打ち消すよう頬を打たれた。室内にまるで飢え渇いたような無機なおとが染みるよう響きそこで濁った重みと発しようとした言葉は掻き消されていった。
「なあ、どうしてそんな事を言うんだ、酷いじゃないか。あれ程俺は言ったはずだ」
変わらない。愛しい物へ触れるような指先が自信の無さそうに頬を撫で、もはや痛みの分からなくなった身を這った。
「泣くのなんて止めて笑えよ?」
そう綺麗な表情を浮かべた男にいくら問おうときっと私の悲痛な声はもう届かない。あの頃の偽りの柔らかさはもう失われた。優しかった彼はもういない。そう思った途端に暗がりに意識を突き落とされる感覚を感じた。そうか、もう愛しい彼はここになく帰ってこないのか。
「……もうどうにでもなれ」
私の意識などもう介してはいない。