雪華の礫 どこまでも真っ白な庭に吹き込む雪の冷たさは残酷だった。
男に似た赤い縄と黒い椅子、この物置に薄着で拘束されてからどれほど経ったのだろうか。たとえ人とは異なる時間を過ごす物の神とはいえど、なにもすることが叶わずこうしてじっとしていることは耐え難かった。
「っ……」
ひとたび風が吹き込めば晒された肌は無数の針で刺されたような痛みを伴った。耐えようと唇を噛み締める力さえなく、ただ震えるばかりだ。
それでも、目の前に偶然置かれていた鏡へ写る己をこれほどまでに美しいと感じた事があっただろうか。
雪華模様のように赤く斑になった脚はまるで人の身とは思えないような色をしていながらも艶めかしく思えた。
その一方では血色を失いまるで陶器のように白くなった顔に乱れた長い黒髪はよく映えている。
もはやこの美しさは人ならざる体の頑丈さが成せる業とも言えるだろう。いや、もはや思考さえもおかしいのかもしれない。
そう思った途端、急速に視界は霞んでいく。もうそろそろ意識さえも手放してしまうだろうか、そう思い始めた所でここにオレを拘束した張本人が現れた。
「少しは考えを改めたか?」
生まれと育ちを表現しているゆっくりとした声が沈みかけていた己の意識へと届けられた。男はそのままオレを一度抱きしめ、手足の拘束を解いていく。
「おお、兼定の子よ。すっかり美しくなってしまったな」
賞賛を浴びながらもはや力の入らなくなった体は支えを失いそのまま小さな体へと倒れ込んだ。改めて言うまでもない体格差にも関わらず、しっかりと支えられている。
「どうだ、我を父と呼ぶ気にはなったか?」
ゆっくりと背中を擦られながらそう囁かれた。一瞬だけあの男をそう呼びかけたが、ふと底に沈んだ自身が取り戻されていく。
誰がこの男をそう呼ぶものか。それは意地のように見えてちっぽけな矜持であった。
「そうか、それも良いだろう」
ああ、そういえばこの男も刀だったなぁ。そう思い出す程にオレに触れた手は酷く冷たかった。