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    11,失ったものが欲しい
    「教会を去った後は、今まで行ったことの無い方角へひたすら進んだ。俺を知る奴の居ない何処かに行きたかった。植物を始め、建物や人間の顔に明確に違うものを感じるようになった地で、ようやく安心できた。……そして、何でもいい、誰かと繋がりを持ちたいと思った。まだ街中での滞在は難しいと感じたから、森の中に留まってみようと考えた。ちょくちょく街に降りて、いけると感じたら街中に滞在してみようと。拠点に丁度いい場所を探して森を散策していると、物陰から木こりが斧を振り下ろしてきたから、驚いて殺しちまった。判断を間違えたことに気付いたのは、木こりの連れが走り去った時だ。追ってそいつも殺すと、後からわらわらと別の奴が出てきて。全員殺した頃には、小屋に辿り着いていた。見たところ殺した木こりの家のそこを拠点に決めて、殺した人間を小屋に放り込んだ。何で俺が吸血鬼だと分かったのか不思議に思っていると、小屋の奥から物音がして。覗くと、人間が縮こまっていた。
    余りに怯えてたもんだから、殺すのも気が引けて。眷族にして一緒に暮らした。人と暮らすことで街中で暮らす練習になると考えてのことだったが、練習にはならなかった。眷属にした途端に、命令通り動くだけの人形みたいになっちまったんだ。……それでも言葉は話すから、色々質問したり血を貰ったりしていた」

    「久々だな。どこまで話したか覚えてるか?……人間の眷属を作って二人で暮らし始めた辺りだな。そいつとはあまり長い付き合いじゃなかったんだ。確実に手に入る人間に近いものの血は便利だったが、命令しないと本当にその場から動かねえし、一言も話さない。そいつから俺への接触は一切無かった。だから人間社会の仕組みやどうやって吸血鬼を判別しているかとかの疑問が粗方解決されたら、もう人形と暮らしてる感じで虚しくてな。俺が吸血鬼だと分かったのは尖った耳が見えたからだと言われたから、普通に動いていて耳が見えない長さまで髪が伸びるのを確認するのが、そいつの唯一の仕事だった。
    最初は、吸血鬼にしちまったあいつのように大事になったらまずいから殺してから街に降りようと思っていた。木こりの真似をして、木の細工の物はある程度作れるようになっていたし、薪と一緒に、それを売りに降りてみようと思ったんだ。何より色々と工夫して作るのが楽しかったしな。連れて降りようかと思わなくもなかったが、婿に来た体で通したとしても、顔見知りにそいつの様子が違うことや歳を取っていないことを不審に思われたら面倒だなと。だから殺してから降りようと考えていたんだが。雪の降った日に、そいつがくしゃみをしたんだ。それを見て、『こいつは何も言えない体になっちまっただけで、心はまだあるんじゃないか』と思うようになった。眷属にする時、恐怖で固まった姿を思い出して。あんなに生きたがっていたあいつを、俺の都合で殺すのは気が引けたから。初めて街へ降りる日、主従契約を解除して解放した。分かれ道で別れて、森の中を歩いて行ったが、その先でどうなったのかは知らない」
    12,趣味と実益
    「どこまで行った?……そうか。街を降りた後、道の脇で物を売ってみたが、上手いこといかなくてな。薪だけでも売れないかと、消費量の多そうな食堂や屋敷を回ったが、そういうところは大抵十分備蓄していてな。数日してようやく、便利が悪い場所に住んでいて、でも人手が足りない、そんな民家で売れた。そうした家を回って薪を売った。日が暮れる前に小屋に帰って、日が出る前に街へ降りた。ある程度回りきったら別の街に移って。薪が切れるだろうなって頃に、また最初の街に行った。意外なことに、最初に要求されたのは趣味で作った小物だった。以前、それを気に入って放さないガキが居たからやったんだが、そいつが友達に見せて回ったとかで。同じ物はすぐには作れないと言ったら、ガキの一人が……何だったかな。
    とりあえず何か出して『これをやるから自分のを先に作れ』とのたまったもんだから、皆何かしら競争するように差し出してきてな。騒がしいわ争いが収まる気配が無いわで敵わねえから、持ち歩いてた別の小物を全部押し付けてさっさと退散したんだ。売れねえし、薪を売って回るのに邪魔になってたから丁度良かった。そんな感じで、まあトラブルもあったが、数年薪を売って暮らしてた。もちろん、たまに人を食って。あの群がるガキどもを思い出して少し羨ましく思い始めた頃、やはりその街で声を掛けられた」

    「そいつはその街の家具工房の職人だった。木材発注の話かと思ったら、昔俺が作った……そうだ、ガキに押し付けた物の幾つかを出してきてな。ここはどうやって処理したんだとか、内部構造とかあれこれ聞かれた。話によると、あの時のガキに工房に奉公に出た奴がいたらしい。そいつが工房に、俺が作った物を持って行ったんだな。それで、成長した自分の腕試しに同じ物を作ろうとしたが作れなかったらしい。
    修行中の仲間と試行錯誤しているうちに、一人前の職人連中も混ざって盛り上がったらしい。そこまでは良かったんだが、似た物は作れても、自分の作った物の方が劣っているのが分かって。職人としてのプライドが許さなかったんだな。作った奴を見つけ出してやろうと、俺を探していたんだと。俺はガキの頃持ってた物や倉庫で見かけた物を参考にしたんだが、その地域に無かったか失われた技術だったのかもな。日が落ちるから、と別れようとしたら晩飯に誘われ、夜に外出するのは危ないと引き止められ、別の職人に紹介され……気が付いたら工房の一員として働いていた。見習い扱いだったが、知らない技術が色々と学べたし、道具を自由に使えたから結構良い環境だったと思う。何より、念願叶ってあれだけ多くの人の中で暮らせたのは、あれが最初で最後のことだった。騒がしかったが……色々あったな」
    13,仲間
    「思っていたより、人の中での生活に支障は無かった。そりゃあもちろん、集団内での生活なんて初めてだったから色々やらかしたが。厨房の手伝いで指示が全然分からなくて最初はずっと鍋磨きにだったし、替えの服なんて持ってなかったから仲間の服を借りたらぶかぶかでな。釘に引っ掛けて破っちまってすげー怒られた。気に入ってたんだと。包丁持ったまま廊下を走った時と同じくらい怒られたな。何とか修繕して許してもらった。人間の力が吸血鬼よりかなり弱いことを忘れて、つい普段の力で作業して『怪力』扱いになっちまったり、夜遅くまで起きてて不眠症を疑われたりした時は肝が冷えた。体を布で拭う時は必ず部屋の隅で、耳を影にしてたから『根暗』とか『実は胸の無い女』とか好き勝手言われてな。腕相撲で黙らせてたらいつの間にか大会に……話が逸れた。集団で暮らす中でちょこちょこ吸血鬼だとバレそうな機会があってな。
    日の下に出るとき、どんなに暑くても上着を着るとか。日曜の礼拝もそうだ。正体がバレるリスクが高いから、毎回『森の家に帰る』って不参加決め込んでたら『実は礼拝サボって女の所に行ってるんじゃないか』と興味本位で付いて来られた時が一番困った。小屋は血まみれだったし、その日に人間を食うことが多かったからだ。『実は宗派が違うから礼拝に行きたくなかったんだ』とかわしていたんだが、『もっと早く言えば良かったのに』『今まで一日あてもなくブラブラしてたのか』『無理に出掛けなくていいから工房でゆっくりしてろよ』と、出掛ける口実が必要になってな。思うように食事ができなくなった。一月、一滴も飲めなかった時もあった。人間の食事で誤魔化していたんだが」

    「食事を摂っているのに、やつれていく俺を見て周囲が心配してな。医者に見せようと数人がかりで連行しようとするのに抵抗するうちに、もみくちゃになって。その拍子に、耳を見られた。『吸血鬼なのか』と問われて、この楽しい日々が終わることを悟った。
    胸の辺りの痛みを感じながら、そうだと答えた。……反応は予想していたものとは違った。数人が、錐で腕を刺して、俺に血をくれたんだ。その後も、カーテンを分厚いものに換えたり、外への買出しには回さないようにしたりしてくれた。もしかしたら、年を取らない俺を見て吸血鬼なんじゃないかと思っていたのかもしれない。あの無遠慮な連中が、それを口にしたら、今の関係を壊しそうで触れてこなかったんじゃないかと、それを恐れて今まで聞かなかったんだと思うと、嬉しかった。俺があいつらを人間である前に友だと思っていたように、あいつらも俺を吸血鬼である前に友なんだと思ってくれていたのだと。そう分かって。その日から俺は、あいつらから血を貰って生活した。血をやるのは構わないが、お前に口を付けられるのが気色悪いとか言って皆で週に一杯分の血を集めてくれた。もう、人を殺さなくてもいいし、一人で各地を点々とする必要も無いんだと。いつまでもここに居ていいし、匿ってやるから安心しろと、言ってくれた。
    あれ程心安らかに過ごせた日々は無い。せめて礼に、あいつらの子孫に技術を伝えていくつもりだった」

    14,吸血鬼と人間は共存できない(仲間を捨てる)
    「どうかしてたんだ。俺は人間を食わなくては生きていけない。週にたった一杯の血では到底足りないことなんて分かっていた。それでもあいつらの血を飲むと、空腹を忘れるくらい、胸がいっぱいになった。力が湧かなくて、ボーッと窓辺に座ることが増えた。……一人になると、腹が空いてな。自分の腕を噛んでるところを見られて、怒られたな。無意識だったんだが。……いよいよ空腹に耐え難くなってきた頃だ。いつも通り、ぼうと窓越しに仕事をする仲間を見ていたら、ぽろっと口から出た『美味そうだ』という言葉に驚いた。同時に、自分が桟に足を掛けている事に気が付いた。自分が何をしようとしていたのか、想像することは容易だった。……このまま自分が此処に居れば、どんな結末が待っているのかも。だから工房を出ることにした。
    工房の人間の多くが出払う収穫祭の夜に、誰にも会わないように物陰を通って。何も残さずに。……いや、闇に乗じて知らない奴を攫ったかな。その辺りはよく覚えてないんだが、そう、その直後人を食った。久々に煩いからと喉を潰したことを覚えている。ただ、それまでは何の疑問も無くグチャグチャに裂いていた人間の肌を、何となく、綺麗に裂いた。人間をそのまま食うのに抵抗を感じたのは、それが初めてだった。工房での食事に慣れすぎたんだ」

    15,足りないもの
    「さっきの料理はどうだった?そうか。それなら良かった。……料理を作ることは好きだ。生まれて暫く食事と言えばグラスに注がれた血を飲むことだったからか、全てが物珍しく感じるし、必要の無い手間と時間の掛かる、そう、嗜好品に思える。初めて料理をしたのは、俺を拾った人間の下だった。一般的な人間の一般的な食材で、腹こそ満たされなかったが、『料理』という文化に興味を引かれたことを覚えている。
    食事後に体が温かくなったことで初めて自分の体が冷え切っていたことに気が付いたし、体を温めたいのなら煮えた湯を飲めばいいところを、わざわざ色んな材料を用意して栄養補給を兼ねていることに驚いた。草の根や葉の味を初めて知ったし、何より味の豊かさに感動した。日に二度の、あいつと調理する時間が楽しみだった。次に料理をしたのは、工房で過ごしていた頃だ。当番制だったから毎日という訳じゃないし、主に調理するのは親方の嫁さんで俺たちは助手に過ぎなかったが、土地が違うからか料理も全く違ってな。一仕事終わってから色々聞いたもんだ。大勢で食う料理は、味見の時と違う味がする気がした。……一人になって、誰にも気兼ねせず人を食えるようになって。腹はいっぱいなのに何故か、物足りなさを感じるようになった。『食事』とは、もっとこう、違うものじゃないかと。ある日、襲った人間の家のかまどを見て、気が付いたんだ。『過程』が足りないんだと。人間を煮込んだ」
    「今日の料理の味はどうだった?あ、いや、前回の後から出されてる料理は全部本職が作ったものだから安心してくれ。俺の作る料理は何となく抵抗があるんじゃないかと思って。悪いがこれから本当に、胸が悪くなるような内容しかない。……結論から言うと、あまり美味くはなかった。肉の味が分からなかったからハーブを適当に突っ込んだんだが、合わなかったみたいでな。『改善の余地有り』ってやつだ。それから血を吸った後の肉を調理するようになった。足が付いたら困るから、間隔を開けてだが。そのうちコツが掴めてきて、肉の質によって調理法を変えたり血を混ぜたソースやスープを合わせて、たまの楽しみに食ってたんだ。物足りなさが幾分か拭えたからな。……一人で全部は食えなかったから、残った分は放置してたのがいけなかったんだろうな。ある日、人を襲ってその場で調理してたら、人間と吸血鬼が十数人訪ねてきた。俺が人肉料理を作っていることを知っていると言うから殺そうとしたんだが、驚いたことに食わせて欲しいと頭を下げられてな。
    どうせ余るし、そいつらと一緒に食うことにしたんだ。……食事を共にする中で、そいつらは皆人肉料理の愛好家だということが分かった。飢えに耐えかねて食った隣人の肉の味が忘れられないとか、妻殺しを隠す為に食ったらハマったとか」

    「正直なところ、人食い集団と一緒に行動するのは嫌だった。俺は人間を食うのが好きで食ってるわけじゃないし、食わずに済む身体なら、どんなに……。必要が無いのに好き好んで人を殺す連中と、俺は違うと思っていた。やってることは同じなのにな。工房に居た頃は、人間と一緒に暮らす為に他所で人間を食って、何食わぬ顔でその輪の中に戻る矛盾から目を逸らしていた。俺にとってあいつらは友人だった。友人がたまたま人間だっただけで、他の何であれ食いはしないと。食った人間は、俺と関係無いから食ってもいいのだと。だから俺は工房で誰も襲わなければ『まともな』吸血鬼なんだと。そう言い訳をして。
    ……そんな食人趣味の連中を見下す気持ちと別に、『こいつらと関われば、もっと料理の幅が広がるんじゃないか』という期待があった。たった一度の、束の間の食事の間で出てきた様々な料理用語に圧倒されたんだ。趣味が趣味だけに、流れ者が多くてな。俺の知らない土地の知らない料理に期待せずにはいられなかった。……仲間になる誘いに乗ってからは、人を襲った後、身体を持ち帰ることが習慣になった。小屋で月に一度開かれる連中との食事会……人肉調理会まで肉を保管するのが、俺の役目だった。得たものは決して少なくなかった。調理法はもちろん、道具も材料も毎回新しい発見があった」

    16,狩りの楽しみを覚える
    「人間の肉を料理していた頃は、まだ大切な一線は越えていなかったと思う。感覚的には今まで捨てていた部分の活用法を見出した程度だったし、どの道生きていく上では生き物の命を取らなきゃならねえからな。殺しちまったのが人間だろうと吸血鬼だろうと、自分が生きるために殺したのなら何の罪もないだろう?
    自分の身を守れない奴が強い奴の糧となって死ぬのは食物連鎖の上で自然なことだ。あの日、姉貴はその力があったからあの道を抜けられた。俺はたまたま姉貴に会ったから生き延びることができた。……始まりは、人肉愛好家の連中が『吸血鬼の肉も試してみたい』と言い出したことだった。俺はたまに食ってたが、奴らは人間が多かったから口にする機会が無かったんだな。だから情報を集めさせて、脳の無い『なりそこない』を狩った。元々人間だったからか、味はかなり人間に近かったな。それからはたまに吸血鬼も食うようになった。ただな、ああいう『なりそこない』は脳が無いからすぐ聖職者とかその土地を統治してる貴族種に狩られちまうんだよ。だから自然と、人間社会で暮らす半吸血鬼や貴族種を襲うようになった。倉庫から持ち出した片刃の剣を使い始めたのもこの頃だ。向こうが武器を使うから素手では難しくてな。傭兵をしてた奴に教えて貰った長剣の振りと、ナイフ術を混ぜた」
    「最初は何とか成功した。とは言っても、剣術では負けたから力ずくで殺したんだが。久々の武器を使った戦いに、動きが鈍って思うように動けなかったことを覚えている。……というか、実戦で武器を使ったのはあれが初めてだったのか。負けた時の光景が忘れられなくて、今までより純度の高い吸血鬼の肉に喜ぶ連中の輪に入る気にはなれなかった。悔しかったんじゃない。何故か、懐かしさを感じていた。そして不思議なことに、少しの満足感があった。連中が調理した肉の味はよく覚えていない。次に人を襲う話になると、胸が高鳴った。その頃から、工房を出てから開くことのなかった手帳をまた眺めるようになった。誰かを殺せば殺すほど、剣術で勝ちたい、そう思うようになった。俺が生き残ってこれたのは、純血の体を持っていたからだ。血さえ足りていれば、多少の傷は無かったことになる。武器を持たない相手との戦いでは、簡単に埋めることのできない優位性を発揮する。
    アプトが剣じゃなくてナイフを教えたのは、この体を一番有効に使えると思ったんだろうな。逆に距離が離れている程、魔術や飛び道具を器用に扱える奴が有利だよな。だが、それらを自在に使うとなると、こそこそ知識や財力が必要だろ?社会的地位が高い奴ほど有利なわけだ。でもな、剣での戦いは、どっちに味方もしねぇんだよ。道具の良し悪しはあるが」

    17,「緑」が来た
    「オズウェルは剣術の鍛錬に熱心だな。この前一人で振っているところを見て感心した。あいつは本当に強くなりたいんだと思ったよ。だから、俺と剣を交える機会は少ない方がいいと思う。妙な癖が付いちまったら困るだろ?ゲシュプの家で暮らしていた頃は、いつも週に数度のアプトにナイフを教えて貰う時間を楽しみにしていた。強くなりたかったからじゃない。ナイフの扱いが巧くなるのが面白かったからでもない。アプトと思い切り遊べる時間が、その時だけだったからだ。俺にとって、刃を交えることは、ただの遊びだった。
    こうしたら相手の腱を斬り易い、ここを突かれたら不思議と身動きが取れなくなる、こうしたら素早く首に刃を落とせるんじゃないか。そんな、本で読んだことを実際に試したり、思い付きや悪巧みでお互いを嵌める『遊び』の時間で、心の触れ合いの時間だった。……そんな懐かしい気持ちが、吸血鬼と剣を交える度に湧いてきたんだよ。アプトが死んでから思い切り遊んだことが無かったから、余計に楽しくてな。結構すぐ肉のことはどうでもよくなって、剣で負けたら狩らずに逃げることにしていた。元々人型の肉自体に興味があったわけじゃねえからな。そうするうちに、人肉愛好家の奴らの要求が鬱陶しくなってきた。要求を無視すると、調理法を出し惜しみをするようになった。仕方ねえから少しずつ吸血鬼を狩っていたが、もう粗方料理は教わっていたのもあって、別の土地に引っ越すか、奴らを殺してそのまま小屋に住み続けるか迷っていた。そんな時、知らない奴が訪ねてきた。
    上流階級の、戦いで大抵後ろの方に居る奴の格好をした吸血鬼で、俺の顔を見るなり『ロート・ゲシュプか』と尋ねてきた。身が凍る気がした。目の前に居るのは知らねえ奴のはずなのに、ずっと昔の俺のことを知っている奴……アプトに、怒られているような感覚だった。少し癖のある金髪と翡翠の目が、どことなく似ていたから余計に。知らねえ奴だな、としらばっくれると、そいつはずかずかと家に上がり込んできた」

    「スファレは案外大雑把だよな。額縁が若干傾いてたり物の配置が変わってても特に何も言わねーし、気にする様子も無ェもんな。その点、アプトに似た吸血鬼……グリュンと名乗ったそいつは、警戒心が強いのかめちゃくちゃ神経質だった。小屋の中を見回すやいなや眉間にしわを寄せて、手袋越しでも触れるのが嫌、といった様子で杖であちこちつついて家捜しを始めた。……いやもしかしたら生まれながらに貴族然とした生活をしてると小屋のせせこましさは耐え難いものだったのか?まあいい、とにかくそれを見て何を言っても無駄だと思ったから、そいつが満足するまで後ろで眺めてた。暫くすると、奥から俺のペン入れを持ってきた。
    お前には見せたこと無かったよな?その木箱には、ゲシュプの紋章の焼き印が入ってるんだ。……まあ、『これでも違うと言い張るか』と問い詰められた。中身を見られたらまずい手帳は持ち歩いていたし、上着でボタンは見えていないと踏んで『それは家主の所持品だ。そして俺は、留守を任されているだけの他人だ』としらを切った。次の瞬間、グリュンに斬られた腕が床に落ちる音がした。普通そこまでするかと思うだろ?してくるんだよな。『それ以上バカのような嘘を吐くな、不快だ』とか言って俺の生え始めた腕に剣を刺すんだ」

    「グリュンは俺の傷の治りの速さから、俺が『ロート』だと確信したみてえで。あいつが『やはりな』と目を細めたのを見て、死ぬかもしれないと思った。だが、同時にグリュンは俺を殺さないだろうとも思った。脳の冷め切った部分が、俺を殺すつもりならとうに死んでいると判断を下したからだ。俺は隠すことを諦めた。
    『それで、何の用だ?』と聞くと、あいつは自分が俺の兄弟であること、俺以外の兄弟の多くはあの日死んじまったこと、自分は親父と家の再興を目指していること、将来的に別の兄弟と争いが起こりそうなこと、その争いのために親族を集めていることを伝えられた。正直なところ、俺には関係のない話だと思った。あの家で一緒に過ごしたことがあるのなんてゴルトくれえだし、親父もほとんど顔を合わせたことがねえ。誰かの肩を持つ義理なんてなかった。また、騙されているのかもしれねえとも思った。だから断った。どっちにも付く気は無えって。はい、そうですか、とあいつは引き下がってはくれなかったが……『鬱陶しいな』、という思いが過ったとき、俺は同じような思いを人肉料理好きの連中に抱えていることに気づいた。そして、潰し合ってもらおう、というひらめきに促されるまま、グリュンをあいつらにけしかけた。『その連中に縛られていて、自由に行動することができない。協力してもいいが、何にしてもあいつらがいる限り考えることはできない』と嘘を吐いて。一方、俺はその日のうちに荷物を纏めてその地を去った」

    18,足りないものに気付く
    「一人で旅をしている間も、俺は素材に頓着せず料理と戦いを続けていた。美味くできた時は嬉しかったし、骨の前に料理を置くことで一緒に食ってる気分を楽しめた。戦いでも、少しずつ強くなっていくのが分かって手応えを感じてた。実のある日々だと思ってた。一方で、そうやって過ごすうちに、心になにかが積もっていくのも感じていた。確かに充実している実感があった。だがどこか、空虚だった。
    そんなある日、立ち寄った街で、ある事件を耳にした。森の中で人が大勢死んでいたというものだった。ひとりひとり全く違う格好をしていて、素性も追えなくて不気味だ、という話を聞いて、すぐにあいつらのことだと分かった。同時に、思いの外ショックを受けている自分に驚いた。その時、ようやく気が付いたんだ。たとえどんなに人の倫理から外れていようと、最終的にいい感情を持たないようになった連中でも、一緒に過ごす時間が好きだったんだって。あいつらは俺の正体を知った上で、吸血鬼のコミュニティからも外れた俺と共に食事をしてくれる、貴重な存在だったんだ。
    初めて、本当の俺と友になってくれた、大切な存在だったんだと。俺は孤独に生きるしかないのだと。殺した後で思い知った」

    19,全部どうでもいい
    「『いつまで生きればいいんだ』と、考えたことはあるか?人間は、死ぬまであと何年くらいか大方の見当はつくが吸血鬼はいつその時が来るかも分からないまま、だらだらと長い時を生きなきゃならねえ。生きる目的があれば、幸せに過ごせるんだろうな。誰かを護りたいとか、放棄できない仕事があるとか、生きる喜びを見出せるような趣味があるとか。……俺には無かった。人肉愛好家の連中が死んだことを知ってから、何を作っても味が無いように感じた。誰を殺しても、簡単に死んでしまったことへの落胆しか胸に残らなかった。グリュンからの遣いが来たときは、少し楽しかったな。だが殺したらしつこく追及されそうだから、加減して最後には帰した。いっそのこと、あいつに付こうかと考えたこともある。だが、昔のことを思い出すととてもそんな気にはならなかった。……最終的に、俺は美味いと思えなくなった料理をやめ、誰かを襲うことに執心するようになった。
    誰だって、襲われれば俺を知覚してくれる。俺の一挙一動に注意を配り、そのままの俺自身と真剣に向き合ってくれる。……楽しかった。ついでに、誰かが終わらせてくれるならそれもいいと思ってた。そんなことを考えてたからだろうな。ある日、9つの鍵の噂話を語る女が接触してきた。そいつは11人の強い吸血鬼の居場所を教えてくれた。1人からは黄金の眼を、10人からは9つの鍵を奪えば、吸血鬼たちの宝が拝めると。暇潰しに丁度いいと思ったんだ。11人も楽しめそうな遊び相手を紹介してもらえたし、運が良ければ死ねるかもしれない。意気揚々と駆け出した後どうなったかは、お前も知っているだろう」

    「正直、最初はここで過ごすことが不満だった。だが、記憶を失っていた日々とここで送る日常で、忘れていた何かを思い出せそうな気がしてんだ。もう死ぬ気はねえよ。……ありがとな」
    碧_/湯のお花 Link Message Mute
    2019/01/05 23:30:00

    赤亡霊夜話【下】

    デイリーランキング最高10位 (2019/01/06)

    レイツ・ロート・ゲシュプの今の性格が形作られるまで ##吸血鬼ものがたり
    話リスト(http://galleria.emotionflow.com/20316/537486.html

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