血より炎より/彼女たち お前の流す涙の方が穢れているのだと。最期に母はそう仰った。
心の奥深くに沈めていた、私の、この呪われた体質を知った時の、母が発した「存在が人の害となる恥ずべき息子」という言葉が頭に高くこだまして。そのようなことはないと、触れなければ問題ないと。証明するために努力してきたが、やはり。
母は御顔の煤を拭くため触れることを許してくださらなかったが、最後に命令をくださった。始祖様を無事救出し、お支えしろと。私は障害を煙ごと薙いで始祖様の元へ参じた。部屋に入った瞬間、異様な光景に驚いた。泣き、うっとりと己を見つめ、あるいは跪く襲撃者たちの頭を優しく撫でる始祖様が居た。
ふらふらと歩み寄る自分に気が付いたのは、始祖様が私に触れようと手を伸ばされたときだった。己の仕出かそうとしていることに青ざめ、我に返る。この方を私に触れさせてはならない。
手を避けるため数歩退いたにも関わらず、始祖様は笑い、優しく「おいで」と仰った。穢れた肉体を持ちながら、恐れ多くも始祖様に触れてほしいなどと思ったことを慙愧した。「ご存知でしょう、私の体液は人を狂わせるのです」と拒絶する。すると始祖様はなんだ、と笑い、「私なんて傍に居るだけで人を狂わせる。私よりは幾分かましだろう。安心して狂いなさい」と目に掛っていた前髪を除けてくださった。触れる指先のあたたかさに、体液で目が潤み。それを隠すように、戸惑う御手を無理に引いて、あの墓場から出奔した。
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彼女は素朴で温かく、甘い茶髪にオレンジの瞳がよく似合う、優しい人だった。
彼女の子は彼女そっくりの、甘い髪色の男児だった。大きく丸いその瞳の色から、フラーウゥスと名付け、妻ともども大いに可愛がった。
満月の夜、息子と共に帰宅すると、そこには彼女が無残な姿で転がっていた。ふたりの墓を建てた後、泣く子を宥め、家を捨て遠い土地へ旅立った。
彼女は金より価値ある発想力を持ち、激しく苛烈な議論の好きな、落ち着いた金髪に瑞々しい緑の瞳を持つ、賢い人だった。
彼女の子は彼女そっくりの、落ち着いた金髪の男児だった。知的に光るその瞳の色から、グリュンと名付け、フラーウゥス、妻、拾い子たちともどもよく可愛がった。
彼女の死を知ったのは、襲撃から命からがら抜け出したグリュンと再会した時だった。グリュンから渡された遺品を、庭の木の根に埋めた。
彼女は私と同じ髪色と瞳を持つ、気高い人だった。
彼女の子は私たちそっくりの、混じり気無い白髪の女児だった。何者も逃さないその瞳の色から、ゴルトと名付け、フラーウゥス、グリュン、拾い子たちともども緩やかに愛でた。
彼女は子を産み落として数日経つと、霧のように消えてしまった。
彼女は柔らかい白髪に艶やかな赤い瞳が蟲惑的な、心の清らかな人だった。
彼女の子は彼女そっくりの、柔らかさを持った白髪の男児だった。艶やかな光を放つその瞳の色から、ロートと名付け、フラーウゥス、グリュン、ゴルト、拾い子たちともども穏やかに見守った。
彼女はロートを大変可愛がったが、みるみる身体が衰弱し、呆気無く眠りに就いてしまった。私と同じく彼女に親族は居なかったため、私は密かに彼女の葬儀を挙げ、白く滑らかな灰を砂時計にした。
彼女たちは皆、それぞれに尊い魅力を持つ人だった。生まれた時から鬼である者の哀れを知る者だった。
魔術師への復讐に燃える者、鬼の未来に何を残せるか考える者、鬼としての幸福を求める者、鬼でありながら人としての幸福を捨てきれない者。それぞれの志があり、その目映さに惹かれた。
以上が、現在生きている私の血を強く引く我が子らの母である。