第弐拾壱話 狂気の沙汰「な、何あれ…」
ざわつく競技場。
対戦していたのは飛び級で1年生ながら6年生と授業を受けることになった女子学生と、現役6年生の男子学生のはずなのに、今女子学生が杖を突きつけているのは副審の大学院生だ。
「せ、先生、止めなくて…、いいんですか?」
「あら、面白い展開じゃな〜い?もう少し観ましょ〜」
ファージは口元に手を当てながら心底愉快だという恍惚とした表情を浮かべてそれを見ていた。
隣に立っているもう一人の副審である男子学生も楽しそうに微笑んでいるが、一緒にいる友人は顔が引きつっているようだ。
「
蒼蓮、リリーベルさんってたしかお前の弟の友達だろ?
た、助けなくていいのか?というか…」
「ああ、だってどう見ても悪いのはあの人だろ?ギフトちゃんは優しいよ
俺だったら…、もっと徹底的にやるかもね」
あくまでも爽やかに、そして優しく微笑む姿は目尻の紅の効果なのかとても官能的だ。
「ヤダもうお前怖いわ〜
でもかっこいいからもし同性に対しても性愛に目覚めたら一番に俺を抱いてくれ!」
「あはは、いいよ」
☆★☆★☆
遡ること1時間ほど前…。
インヴィディアから受けた警告を「挑発」だと好戦的に受け取ったギフトは自身が使役している中でもかなり強い部類の『闇』属性の妖精、
奈落を呼び出していた。
「30分後くらいに6年生の先輩と対戦するんだけど、その時にその先輩以外でわたしに何か魔法を使ってくる人がいたら捕まえて欲しいの
痛めつけちゃダメだよ、それはわたしがやるから」
「おお、素晴らしいお願いです
いつも言ってますが、もっと強めに命じてくださってもいいんですよ?
こう、高圧的に…、し、縛り上げながらでも…、ハァハァ」
「嫌」
「…ギフト様はつれないですね
妖精が全員清純だと思ってるなら大間違いなんですからねっ」
「…そうだね、インフェロスは初めて会いにきてくれた時、契約書と一緒に縄と
蝋燭と
鞭を渡してきたもんね」
「あれでも自重したんですよ?妖精王からギフト様はまだ幼くて純真でいらっしゃるから本気出したら嫌われるぞって言われて…、あんなに控えめに頼んだのは初めてでしたっ」
「…最初から頼まないでよね」
「ぷんっ」
ギフトはおもむろに袖から赤い蝋燭を取り出すとインフェロスの目の前で指に展開した魔法陣で火をつけた。
「もし、ちゃんとお仕事してくれたら蝋燭垂らすくらいならしてあげるから
拗ねないで…」
「は、はううう!」
インフェロスは感激したように細い目をキュッと瞑ると自分の身体を抱きしめるように悶えた。
「(なんでこんな感じの人ばっかり周りに集まるんだろうなぁ…。類が友を呼ぶなんて嘘なんじゃないだろうか…。わたしはMでもないしSでも無いのに…。)」
ギフトは蝋燭の火を吹き消し、火の消えた赤い蝋燭をまた袖に隠した。
契約する際に強引にインフェロスに渡されてしまった縄と鞭はアレキサンドライトの中の奥底に
放ってある。
特になんの事故もなく順調に小隊演習、小隊実戦、ギフトたちがやったような3人一組のチーム戦などを消化し、いよいよ個人戦の時間が近づいてきた。
ギフトはさすがとしか言いようがない6年生の見事な連携の数々にもはや一観客として興奮しっぱなしだった。
観ていて気に入ったりドキドキした魔法はこっそり手のひらで小さく再現しながら観戦していたため、今日だけで50以上新しい組み合わせの魔法陣が出来てしまった。
「ろ、ろ…、6年生かっこいいー!」
ギフトの興奮につられてたくさんの妖精たちが姿を現してきたのですごい派手な団体が観覧しているような感じになってしまった。
その様子を対角線上に位置する場所から見ていた6年生の男子学生たちは自分たちの同級女子と比べて微笑ましい気持ちになっていた。
「あ、おい、あれリリーベルさんだよな?」
「うぅうわ、あんなに妖精連れてたら魔力枯渇して倒れちゃうよ」
「華やかだね〜、若い
6年生女子の『色々知っちゃった』みたいな感じがなくて可愛い」
「まぁ、入学式であんだけ実力を見せつけてくれた優秀な子が見てて楽しいって思ってくれてるんだから僕たちもすごい魔法使いってことなんじゃない?」
「お前ポジティブだな〜」
「だって見てみろよ、同学年の天才くん、ツァンリィェンをよ
全く表情変わらないぜ?」
「そこがカッコいいんじゃん、興奮する」
「残念、あいつも俺も異性愛者だからそういう目では見てませ〜ん」
「お前たちは大変だな〜
身体の構造もホルモンバランスも違う異性じゃないと恋できないなんて疲れそう」
「いいんだよ
難しいものを攻略して分かり合えるようになった時のあの高揚感と達成感とトキメキは素晴らしい体験なんです〜」
「へー」
「俺はどっちも好き」
「はいはい
お、次はリリーベルちゃんの試合だ!俺一番前で見よ〜っと」
「あ、俺も前行く!」
実戦が終わって木陰で休んでいた学生たちも続々と対戦フィールドの近くへと集まってきた。
今日ギフトが対戦するのは6年生のオストン=エイマクラスの生徒で、なんと向こうからギフトを指名してきたのだった。
両者フィールドで位置につく。
「リリーベルさん、ぼくからの挑戦を受け入れてくれてありがとう」
「いえ、あの、声をかけてくださって嬉しかったです」
「あはは、よろしくね」
「はい!ウォヌシュ先輩、よろしくお願いします!」
対戦相手の名はアウロラ=ウォヌシュ。
上級貴族ウォヌシュ家の次男で、父親は王立最高裁判所で判事をしている。
母親は下級貴族の出身で現在は専業主婦だが、かつては魔法魔術薬剤師として活躍していた。
兄は王立軍警察で働いており、姉は検事をしているというエリート一家の子息だ。
アウロラはウォヌシュ家に初めて生まれた『闇』属性をもつ子供だったため、とてもとても大事に育てられた。
瞳の色は桃色で少し長めに整えられたサラサラの短髪は黒に近い紫色をしている。
両色ともウォヌシュ家の特徴だ。
細身に仕立てられたシュッとした紺色のジャケットに真っ白な立ち襟シャツ、深緑色のロングボトム、焦げ茶色のローファーが育ちの良さを醸し出している。
「ふふふ、緊張しないで思いっきりぶつかりあおうね!
リリーベルさんには…、聞きたいことがあるんだ」
「なんでもお答えします!」
「じゃぁ対戦前にちょっとだけ…、
燦沙さんについてあとで教えてもらえるかな?」
「燦沙ちゃんですか?いいですよ!」
「ありがとう!」
とても爽やかで優しそうな物腰に、ギフトは好感を持った。
声をかけてくれた時も先生やファージを通すのではなく、まず先にギフトに連絡をくれたのだ。
ファージの娘、や、1年生のガキンチョ、下心ありの交流、ではなく、一人の後輩として同じ目線で接してくれたアウロラはギフトの中の「まともな先輩ランキング」でかなり上位に位置している。
ちなみに、今のところぶっちぎりで一位なのはツァンリィェンだ。
ファージが箒に乗ってフィールドの上空に現れると競技場はシンっと静まり返った。
「ただいまより、本日最後の実戦を開始する!
最前列の学生は十分に防御壁を張り、実戦の妨げとならないように!
それでは両者、自分の陣地内で3分間の準備に入りなさい!」
ファージの掛け声に合わせてギフトは自分の陣地に張れるだけの防御壁や魔法陣を展開した。
アウロラはギフトが事前に得た情報の通り、幾重にも折りたたまれた
蛇腹状の長い経典のような書物を自身の目の前、右、左、後方に取り囲むようにして浮かべ始めた。
アウロラはどんな書物でも、その中に書いてある文章を組み合わせて魔法を作り出す【
魔法文解】という珍しい方法で魔法を使うのだ。
例えば、「ウサギが野を駆ける」と「
兎は
狸の背中に火をつけた」という文章があったら、それを組み合わせて炎でできたウサギを相手に向かって突撃させることができる、という具合である。
組み合わせなくても、その文章そのものに強い内容が記されていたらそれだけでも使える。
「馬鹿なハンターのせいで銃声を引き金に雪崩が街を襲った」という文章なら雪崩も呼び出せるし雪の弾丸を浴びせることもできる。
ここで一点注意なのは、その文章が表す事柄の属性を持っていなければ魔法は使えないということだ。
いくら炎の描写があっても、『火』属性またはそれを補えるような他属性や召喚獣、魔道具を持ってないと魔法は出てこない。
なので【
魔法文解】が使える魔法使いは自分が持っている属性が活かせるような文章が多く載っている書籍や書物、巻物などを日々探している。
優秀で有能で才能のある力の強い経験豊富な偉大なる魔法使いや魔女は自分が使いたい文章を自分のノートや巻物に書き写すということもできる人はいる。
ここ数百年はそんな伝説級の魔法使いや魔女の噂は流れたことすらないが…。
「(あああ、緊張するー!まさかイリーバルが間近で見られるなんて最高な体験!)」
ギフトの高揚感は最高潮に達しようとしている。
それと同時に、アウロラは普段ツァンリィェン以外の同級生にはちょっと手加減している魔法を全力で試せるこの機会をとても嬉しく思っていた。
ファージが再び上空へと現れ、右手を高々とあげた。
「では、両者、互いに礼!」
ギフトとアウロラは深々と頭を下げた。
「位置について!はじめ!」
ファージの掛け声と、勢いよく右手が下げられた瞬間、大きな魔法の爆発が巻き起こった。
「(くぅうう!さすが先輩!わたしの
氷姫の刃が全部一瞬で破壊された!)」
ギフトは開戦一番に頭上に展開していた魔法陣から氷で出来た青い色打掛を出し、そこから数百にものぼる氷の剣を弾丸のように発射したのだ。
しかし、アウロラはギフトの頭上が一瞬キラリと光るのを見逃さなかった。
すぐに書物の中のある文章をなぞると、炎で出来た大男に氷の剣と色打掛に向かって突進させたのだ。
これらすべてが一瞬の出来事だった。
「(えええええ、リリーベルさん思ってた以上に強すぎだよー!)」
アウロラは冷や汗を流しながらもワクワクする気持ちを抑えきれなかった。
その後も互いに次々と魔法をぶつけ合った。
ギフトが右足から出した石の魔法陣からレイユィンにサファイアの
錫杖を取り出させるとさらに左足から出した風と雷の魔法陣を2つレイユィンの足に展開して移動速度を30倍ほど跳ね上げてアウロラに突進させた。
その攻撃をアウロラは20体の木製木こり人形に防がせた。
次々と切り裂かれていく木製木こり人形の破片がプルプル震え出して集まったかと思ったらそこから巨大なハエトリソウが現れだし、レイユィンを食べようと暴れ出した。
「(先輩かっこいいー!)」
「(リリーベルさんの瞳がなんか光ってきてるんですけど?!)」
ギフトはあまりの楽しさとアウロラの強さに嬉しくてドキドキしてリケル内の魔力が沸騰するかのように次々と湧き出していた。
右腕から出した毒の魔法陣と胸から出した土の魔法陣、そして指から出した石の魔法陣を瞳から放出した巨大な水の魔法陣に組み込んで一気に毒性の強い土石流を放出した。
あたり一面がものすごい土石流でいっぱいになり、フィールドに生えていた木や草花が次々と腐っていった。
しかし、やはりここは6年生、誰一人として怪我もしていなければ毒で具合を悪くもしていない。
アウロラも土石流のあまりの早さと多さに慌てながらもなんとか防いだ。
土石流を防ぎきってアウロラが少しホッとしたその時、レイユィンの持っていた錫杖がアウロラの首元へと届き、勝負がついた。
「それまで!」
ファージの掛け声とともに互いの魔法を止め、元の位置へと戻っていった。
「ただいまの勝負、ギフト=リリーベルの勝ち!
両者立派な魔法実戦でした!素晴らしい!
ではお互いを讃え合い、実戦を終わりにしましょう
では、礼!」
競技場は拍手の嵐となった。
ギフトは少し照れくさいながらも、お辞儀を終えた後すぐにアウロラの元へと駆け寄った。
「先輩!ありがとうございました!」
「いやぁ、やっぱりすごいね!
あんなに巨大な魔法陣見たの初めてだよ」
「ありがとうございます!
先輩のあの人形を供物にした別の魔法を使うやり方ものすごくかっこよかったです!
自分の破壊された魔法を魔力に変えるのって難しいですもの!」
「へへへ、ありがとう
あれは2年くらいずっと練習してたんだ〜
ちゃんと使い物になるようになったのは今年に入ってからだよ」
「くうぅぅううううう、さすがです!
今度、友人たちと開いている勉強会に遊びにきていただけませんか?」
「もちろん!わぁ、嬉しいなぁ」
「嬉しいのはわたしです!もう、すごく嬉しいです!」
ギフトがこんなに興奮しているのは、今日はまだアウロラが『闇』属性の魔法を使っていないからだ。
魔法の中でも強力な『闇』属性の魔法を使わずにあれだけの高度な技術を駆使しているアウロラに、ギフトは心からの尊敬を向けている。
パタっ…
バタン!
「え?」
何が起こったのかわからなかった。
突然、つい今の今まで楽しく喋っていたアウロラが気を失ったように倒れたのだ。
「先輩?…ウォヌシュ先輩?!」
ギフトはすぐにアウロラの気道を確保しながら心音を確認し、脈拍を測りながら瞳孔を見た。
どうやらただ気絶しているだけのようだった。
どこからも出血などはない。
「あら、気絶しただけか」
ギフトは聞き覚えのあるムカつく声に反射的に防御壁を張った。
ギフトの背後にはギフトに近づいてきた奴を威嚇するように冷たい視線を向ける
奈落が立っている。
「ギフト様、こいつです
こいつ、ものすごくいっぱい魔法をかけてきましたよ」
ギフトはアウロラの身体の下に足から木の魔法陣を出して草の絨毯をしいた。
「あはは、警戒しちゃってまぁ
最初は君を狙ってたんだけど…、なるほど
君は
奈落も従えることができるんだね?
それじゃぁ僕の攻撃も弾かれて当然だ
あはは、君に当たらないなら君が尊敬している人を狙うのは当然の流れだよね」
ギフトの瞳が暗く、もやが掛かったようにボウっと光った。
「何をしたの?」
「ん?ああ、耳を片方だけでも欠損させちゃおうかと思ってずっと狙ってたんだ
あわよくばちょっと脳を掻きまわそうかなってね
でも君たちの魔法の応酬がすごすぎて全然通らなかったよ
だから今やった
耳ってさ、2つあるし
それに、ウォヌシュくんは貴族の息子だからすぐに新しいのをつけてもらえるだろ?」
ギフトは怒りに我を失わないようにゆっくりと呼吸をしながらレイユィンをそばに呼ぶと、すぐにアウロラを草の絨毯ごと保健室へと運ばせた。
ギフトは足元に大きく硝子の魔法陣を組み、周りの上級生たちがまだ防御壁を張っているのを素早く確認してから自分と目の前で見下ろしてくるクソ野郎、インヴィディアを取り囲むように硝子の柱と網を設置した。
「わぁ、今のは予想外だった
なに、二人っきりで話したかったの?」
ギフトは立ち上がりながらアレキサンドライトから素早く杖を取り出すとインヴィディアの首元に突きつけた。
「黙れクズ」
「ふふ、そんなに怒ったって君のリケルは変わらない
なぜなら精神とつながっていないからね
じっくり見せてもらったよ
君の魔力とその出力値は大体把握した」
「へぇ?そうなんですか
それはようございました」
「…生意気だね
確かに君はリケルによる魔力暴走がなくてもその辺の学生よりは十分すぎるくらい強い
でもね、それは大いなる経験値の前では糸が切れた操り人形と同じ…」
「で?」
ギフトは突きつけた杖に腕から次々と魔法陣をスライドしていく。
「野蛮だなぁ、手加減しないよ」
インヴィディアは空中から人骨でできた40cmほどの杖を自分の手の中へとストンと落とすと、握ってすぐに空に向かって雷雲を打ち上げた。
身を焦がし引き裂くような雷撃が次々とギフトに降り注ぐ。
さらにインヴィディアは続けざまにギフトに向かって体に一切力が入らなくなる『
筋弛緩の呪い』を放ってきた。
ギフトは杖から増幅した魔力で厚めの防御壁を半球状に展開するとそこへザクっと切り取った自分の髪をバラバラっと投げつけた。
ダダダダダダダダダダダ!
パンッ!
パンッ!
インヴィディアの呪いが混ざった魔法がパンっと音を立てて弾けていく。
「へぇえ?髪に祝福を施してるんだねぇ
さすが、大貴族のご息女様はすることが違うね
じゃぁ、これはどうかな!」
インヴィディアは雷雲に杖から氷結の魔法陣を投げつけると、大きな雹を降らせ始めた。
そしてさらに肺に呪いの
吸血薔薇が咲き乱れ呼吸困難に陥る『
花吐きの呪い』をギフトに向かって放ってきた。
ギフトは防御壁下方を砕き、欠片を杖に吸いつけて思いっきり振り切って呪いを撃ち返した。
その間にインフェロスに小さく合図を送る。
「(インフェロス、いつものやつ!)」
「(仰せのままに)」
「あはははははは!なんでも弾くねぇ!次はどうやって魅せてくれるんだい?!」
高笑うように挑発してくるインヴィディアに対し、ギフトはニヤリと口元を歪めると透明化していた妖精たちにウィンクした。
すると妖精たちは次々と姿を表し、大好きなギフトの頬に雨のように祝福のキスを贈った。
ギフトの瞳が強く内側から光を増していく。
「じゃぁ、あなたには最高のショーを見せてあげましょう」
ギフトは背中から100にも及ぶ魔法陣を展開し、足元から空までいっぱいに背後に浮かべながらジッとインヴィディアを睨んだ。
「石…、それに毒と…金属、かな?
単属性の魔法陣を重ねたって、ちゃんと組まなきゃ意味ないのはわかってるよねぇ、お嬢さん?」
「あはは、あなたに防げますかね?」
「ほんと、生意気…」
インヴィディアが防御壁を張るのと同時にギフトは素早くアレキサンドライトから機関銃を取り出すと両目から取り出した火の魔法陣をインフェロスの瞳に飛ばし、銃を渡して魔法陣の背後に回らせた。
ババババババババババババババババババババババババ!
ババババババババババババババババババババババババ!
次の瞬間、インフェロスの闇の属性が加わった弾丸が魔法陣を通って
雨霰とインヴィディアに撃ち注がれた。
ものすごい音と火薬の匂い、そして煙のすごさに学生たちは無意識に防御壁を厚くしながら後ずさっていった。
「な、お前何をした!」
「ほらほら、防いでみてくださいよ
ちゃんと踏ん張らないと、あらら、防御壁にヒビ入ってますよー」
もはや一方的だった。
インフェロスは銃から伝わる振動で恍惚としながら楽しそうに撃っている。
「な、なぜだ!お前の魔力と出力じゃ僕の防御壁は破れないはずなのに…、あ、ま、まずい!」
「知ってます?妖精ブーストって」
「まさか、そんな…、い、1年生のくせに!」
「さぁさぁ、ちゃんと防がないと死んじゃいますよ〜」
「あ、ああ、うわああああああ!」
楽しそうにギフトの戦い方を眺めていたファージとツァンリィェンは「そろそろかな」と目を見合わせてその場を飛び立った。
ツァンリィェンは大きな白い
扇に乗り、上空から自分の傀儡に指示を出した。
「
勇敢、
忍耐、
満丹の術だ」
ファージはそんな有能なイケメン男子学生と、自分よりも強い相手と戦う優秀な娘を誇らしく思いながら胸元から大きな魔法陣を2つ取り出して展開した。
「じゃぁわたしは防御壁をプレゼントよ〜」
建物3階分に相当するほど巨大化した2体の傀儡がギフトとインヴィディアの間にファージが展開した防御壁を纏って立ちはだかった。
「ママ!あ、り、リリーベル先生!」
つい、いつものように上級生たちの前で「ママ」と呼んでしまい赤面するギフトの頭を、箒から降りながらこれでもかと撫で、ファージは機関銃を抱えて待機するインフェロスにも優雅に手を振った。
インフェロスはたまにお茶に誘ってくれるファージのことが大好きなのだ。
「うふふ、ママで良いわよ〜
それにしても派手に
報復したわねぇ」
「いやいや、このくらいホンロンとルルーだったら防げるよ」
「あんたたちがおかしいの」
呆れたように、でも誇らしげに微笑むファージの後ろからツァンリィェンがスゥっと扇に乗って降りてきた。
「ギフトちゃん、怪我はないかな」
「無いです!大丈夫です!素早い満丹の術最高です!」
ギフトは憧れの先輩を前にして居住まいを正しながら元気よく返事をした。
「ははは、ありがとう」
ツァンリィェンはギフトが無傷なのを確認するとすぐまた扇に乗って周囲を見回りに出た。
「あんたってば本当に態度に差があるわよね〜」
「違います〜、礼儀の表し方を区別してるんです〜」
「はいは〜い」
ファージは突然始まって突然終わった大爆撃の勝負に動揺している学生たちをなだめて整列させ、終業の挨拶を済ませるとギフトと一緒にすぐに保健室へと向かった。
陽が落ちかけた夕方と夜の間にあるわずかな美しい時間、アウロラは白く清潔な空間で目が覚めた。
傍らにはギフトばかりではなく1年生の可愛い後輩たちと、6年生の友人たちが心配そうに自分を見つめているのにびっくりした。
「…あれ?僕…」
「しぇ、しぇんぱい!」
「ウォヌシュ先輩!」
「アウロラ!大丈夫か?!」
「は、はい、はい、み、みんな
さ、先に、し、診察させて、ね」
イーゴスが集まった学生たちを優しく遠ざけ、アウロラが横たわるベッドのそばに座った。
イーゴスの瞳がスッと淡く光る。
「痛いところはあるかな?」
「無いです、大丈夫です」
「吐き気はする?」
「いえ、大丈夫です」
「熱っぽく感じたり、逆に寒気を感じることは?」
「ないです」
「うん、脈拍も異常無し、瞳孔も…、うん、大丈夫だね
倒れた時の打身が少し痛むかもしれないけど、痛み止めは安易に飲まないでね
しばらくは湿布薬で様子を見よう
じゃぁ…」
イーゴスの瞳がスッと輝きをしまい込み、いつもの色に戻っていく。
「きょ、今日は、か、帰って、大丈夫、だ、よ
も、モグルさんに、お、おうちの、玄関、まで、送ってもらって、ね」
「はい、そうします
イーゴス先生、ありがとうございました」
「よかったぁぁああ!」
「り、リリーベルさん、な、泣かないで
と、トニー、ど、どうしよう」
「兄さん大丈夫だよ
ギフトはこういう子だから
ついでに言うとボクとサフィル以外はこういう子達だから」
「げ、元気だ、ね」
ギフト、ホンロン、ルルーディア、パルトがメソメソとする中、ホッとしたサフィルとトニタルア、6年生たちは微笑ましくそれを眺めていた。
6年生たちはアウロラの荷物を取りに教室へ向かう組とモグルへ連絡する組にわかれて保健室を後にした。
「あ、そうそう、今度みんなの勉強会にお邪魔させてもらうね」
「おお!ぜひ!ぜひお願いします!」
「ギフトのお家を案内しますわね!」
「裸像が並んでる部屋があるんですよ」
「ちょ、なんでそれを真っ先に言うの?!」
ママの趣味なんです!、と身振り手振りで慌てながら真っ赤な顔で伝えるギフトがおかしくて可愛くて
1年生ズとアウロラはケラケラと笑いあった。
「ああ、ウォヌシュ先輩には変な子だと思われたくないですわたし…」
「あはは、大丈夫だよ
愉快で元気な子だと思ってるよ」
「愉快…、うう、あ!そういえばわたしに聞きたいことがあるって…」
「ああ、それはまた今度でいいよ
また連絡するね」
「わかりました!わたしたちも勉強会の日が決まったらすぐに連絡します!」
「楽しみにしてるね」
ワイワイと楽しくお話ししているところへ6年生たちがアウロラの荷物を持って帰ってきたため、そのまま6年生はみんなで帰宅することとなった。
1年生ズは大きく手を振りながら6年生たちを見送り、自分たちも荷物を教室へと取りに行き、下駄箱でさよならをした。
一方、その頃、保健室の前でギフトと別れたファージは2人の学生を学院内にあるファージの研究室に呼び寄せていた。
3人でいつものように応接セットへと腰掛ける。
「リリーベル先生、インヴィディアさんは逃げたようです
学院内のどこにもいませんでした
どうしますか?探し出しますか?」
「いえ、いいわ
だってギフトが勝ったもの
でも、次は向こうも油断しないでしょうね」
「私も
錬金館(錬金術技術館)の屋上から見てましたよー
ギフトちゃん最高でした!」
「そうなのよ〜、うちの娘って本当に最高よね〜
錬金館ってことは、ツゥイランまだ5年生なのに薬草当番だったの?」
「そうなんです〜
担当教官の助手さんが風邪で寝込んじゃったので代わりに当番に入りました」
「偉いわ〜、どうしてティエ家ってこんなに子育て上手なのかしら
やっぱりそろそろユウとお茶するべきよね」
「母上も喜ぶと思います」
「お母様は話が長いので気をつけてくださいね
あ、そうそう、キャンドル様はやはりおかしいです
幼い頃に数回お会いしたことがありましたが、全く印象も違えば話し方にも違和感があります
それに、ティモルくんが昼休みは必ずと言っていいほど大学部に会いに来ています
私の友人がたまたま休日に見かけたらしいのですが、2人は手を繋いだり腕を組んだりしてなんだかスキンシップが過剰なようですね」
ファージは足を組んで前のめりになりながら2人の話を注意深く聞いている。
「こっちはノチェリさんがアマラさんに何度か注意しているのを見ました
口論、と言うほどでは無いですが、どうやらノチェリさんは他の兄弟たちとは立場が違うようですね」
「(過剰なスキンシップが当然な間柄…?いえ、違う。それがかつての日常だったとしたら…?結合していた時の名残…。ノチェリはどちら側…?)」
ファージは背中にヒヤリと汗がつたうのを感じた。
研究室の暖炉はついていない。
別に温めるための魔法もそんなにかけていない。
ただただ、恐ろしい想像にその身が反応しただけだった。
「…先生?」
目の前にいるまだ守られるべき年齢の子供を陰謀の最深部に巻き込むべきでは無い。
しかし、彼らには知る権利がある。
なぜなら彼らは転移者の一族とはいえこの王国の王族たちと肩を並べることができる唯一の王族。
いつか知ってしまうことになるのなら、早く対処を覚えるほうがいい。
そして、この2人なら知った後にも適切な行動をとることができる知識と力がある。
「2人とも、よく聞いて
おそらくキャンドルの中にいるのは…」
ツァンリィェンとツゥイランは息を飲んだ。
指先が冷えていくのを感じ、足は自然と震え出した。
空気が張り詰めていく。
呼吸する音と心臓の音がバラバラになってしまいそうだった。
命を伴わない人体錬成が合法になってから約100年、欠損部分を補ったり、より強い力を得るために改造手術も同時期に合法化された。
しかし、死んだ人間を生き返らせるなんて聞いたことがなかった。
もしそれが可能な技術があったとしても、命をともなう錬成は違法である。
ティエ一族の伝統魔法である【
魂結び】はあくまでも『
魂魄』のうちの『
魂』、つまり『生前、力を溜めていた塊』を傀儡人形へと定着させる術である。
『命』とは全くの別物であり、死んだ人の『命』を取り戻すことなどは不可能である。
「せ、先生、もし本当にキャンドル様の身体に別の人格が宿っていたとしても、それが本当に…」
ツゥイランはその先の言葉が言えなかった。
自身の身体を抱きしめながらゆっくりと息をする。
ファージの勘が示すものが本当なら、あまりに恐ろしすぎる。
そんな妹を見てツァンリィェンは優しくツゥイランの頭を撫でた。
「キャンドル様は、ディアボリなんですね
本当にそんなことが可能なのかは疑問ですが、そう考えなければエリン家の行動が説明できません
それに、実は呪術病理学の学会誌で一度だけ読んだことがあるんです」
ファージはピクリと眉を動かした。
ツァンリィェンは表情を変えず、深く息を吐いた後にゆっくりと話し出した。
「生前患っていた【
病巣】に当人の人格を刻み、まるでタイムカプセルのように残す方法がある、という論文を読みました
当時はまだ7歳だったので、ただただすごい研究をする人がいるんだなぁとしか思わなかったのですが…
確か著者は連名で…ダグラス=エリンとエリザベス=エリン…、エリン兄弟の両親です」
「(やはり知っていたわね。本当に優秀な子だわ。)ええ、その論文を取り寄せたからユウに渡して欲しいの
ティエ一族からの意見が聞きたい
それに、ぜひあなたたちの意見も聞きたいわ
10部渡すから、ティエ一族の中でも『魂結び』やそう言った魔術に詳しい人に渡してちょうだい」
「わかりました」
「すぐ一族全員に伝えます」
普通、【病巣】は移植されることはない。
人の身体を蝕むそれは、取り出された後は適切に処理されて廃棄されるべきだ。
しかし、もしそれが愛しい人のものだったら?
もしそれが「あえて」の行為だったら?
もしそれが、あなたの宝物だったら?
もしそれが、記憶を持っていたとするならば、もう一度会いたいと願うのは、恋心。
もう一度会いたいと行動に移すのは、狂気の沙汰。