第弐拾参話 誤解とドレス 教室でせっせとアルバイトの申し込み用紙に記入しているのは深緑色のデールにグレイッシュライトブルーのウムドゥ、そして黒いブーツを履いているおさげ姿のギフト。
その隣でロイヤルブルーの
旗袍に白いパンツ、焦げ茶色のブーツを履いたポニーテールのホンロンがギフトと同じ場所へ配属されるようにチラチラと記入事項を盗み見ながら申込書に書き込んでいる。
その様子を白いセーラーカラーがついた若葉色のワンピース、ヒールのあるワンストラップの黒いエナメルシューズでコーディネートしたツインテールのルルーディアが新しいドレスのカタログを読みながら待っていた。
「わたしはやっぱり会場特殊効果係かなぁ…」
「それがいいと思うわ
それならギフトの長所と美点とセンスの良さが引き立つし、何より交代要員が多いから私と過ごせる時間もいっぱいとれるわよ」
「お、おう」
「俺はなぁ…、兄上が見てるから会場特殊効果係はハードルが高い…
でも、ぎ、ギフトが一緒に練習してくれるなら頑張れるかも…」
ホンロンはギフトの長いまつ毛が揺れる可愛い横顔を見ようとチラリと振り向いたらギフトも思いっきりホンロンのことを見ていたので心臓が飛び出るかと思うほどびっくりした。
「ぎ、ギフトさん?!」
ギフトはホンロンの手を両手で握りながら目を
爛々と輝かせて言った。
「いいね!一緒に練習しよう!
ママが
玖寓さんをエスコートするって言ってたから成長した姿を見せたいし!」
ホンロンは顔を真っ赤にしながらふわふわとした気持ちでドキドキしていた。
その様子をものすごい形相で横目で見ながらルルーディアはチッと舌打ちすると、ホンロンにだけ聞こえるように小声で告げた。
「(ホンロン、もちろん私も練習には参加するわよ
浮かれないで)」
ルルーディアの目は本気だった。
「(…ルルーはどうしてそんなに俺に厳しいの…)」
ホンロンはため息をつきながら自身の初恋の前途多難を嘆いたのだった。
そんなこととはつゆ知らず、ギフトはアルバイトの申し込み用紙に記入しながらふとルルーディアのことを見た。
「(そういえばルルーは…)」
このことを疑問に思うということがこの世界では失礼なのかどうなのかわからず、ダンスのパートナーのことを知った時からずっと聞けずにいたのだ。
「あ、あのね…、ちょっと2人に聞きたいことがあって…」
「なぁにギフト?」
ルルーディアはいつもとは違って少し俯き加減なギフトが小動物に見えてキュンとした。
「ママもそうだけど、ルルーもさぁ…、その、同性愛者でしょ?
なんで好きな人…、というか、好きな性別の人と組まずに…、その、異性と組むの?
この世界ってそういうの自由じゃないの?」
ギフトはなんだかセンシティブなことを聞いてしまったような気がしてとても恐縮した。
しかし、ルルーディアもホンロンもポカンとしている。
「あのね、ギフト
ダンスはお互いを高め合える相手と組むのが常識よ?
何でもかんでも好きな人とじゃなきゃいけないなんて、それこそ息が詰まっちゃう
素敵なダンスを披露して意中の子の視線を奪うのがいいんじゃない」
「そ、そうなの?
でも、同性同士でも素敵じゃない?」
「それじゃこの世に2つの体型がある意味が無いじゃない?
だから男女ペアなの
同性同士だと、見にきてるいろんな王侯貴族の連中が体格や髪の質、瞳の輝きとかを比べるでしょ?
でも性別が違えば比べようがないもの
男女で育ち方が違うのなんて当たり前なんだから」
「比べる…、でも、当人同士が愛し合ってて、お互いの良い部分がわかってれば見ている人の意見なんて関係無い、とかじゃ無いの?
それに、自分の好きな人が例え相手が異性であっても他の人と踊るって嫌な気持ちにならないの?」
2人の会話を黙って聞いていたホンロンも、ギフトの質問に答えているルルーディアも、ギフトの考え方をどうすればその誤解や前の世界の常識を変えてあげればいいか唸ってしまった。
「う〜ん、ギフトが元いた世界の考え方ってややこしいのねぇ
同性愛に対して偏見があるくせに、同性愛者が異性とダンスするとそれは違うって言ったり、ただダンスで身体が近付くだけで嫉妬したり…、この世界はもっと自由よ
男女でペアを組むのはお互いの身体的特徴の違いで表現する『美』のためなのは当たり前だし、ダンスで身体が触れ合うのはもはや言いようがないわ
だって離れたまんまじゃ踊れないじゃない?
ダンスは恋のために踊るんじゃないの
社交性を磨くために踊るのよ
まぁ、異性愛者やどっちもいける人が恋人と組んだり、下心ありで組もうとする人もいるけど、そんなの極少数ね
みんな自分とパートナーがダンスで表現する芸術性と美しさで意中の相手の瞳と心を奪うことが楽しいのよ
イチャイチャするのはその後で十分だもの」
「な、なるほど…
身体の形が違う異性と組むのは何も性愛云々じゃなくて、その対比が美しいからってことなのね」
「そうよ
男性の身体に生まれたけど女性の心を持っている人はその頃にはとっくに適応手術で身も心も女性になっているからなんの問題もないのよ
逆もまた
然りね」
ギフトが興奮気味にウンウン頷きながら聞いていると、ホンロンが思い出したように話し出した。
「あ、そうそう
あえてそのままの身体で学生最後の思い出を飾りたいって人もいるんだよ」
「そうなの?」
「そうだよ
適応手術の前に今現在の自分が出せる最大限のかっこよさとか美しさを思い出に残しておきたいって言う理由でね
兄上のご友人は女性の身体のままダンスパーティーに出るって言ってたよ
適応手術の段取りと、そのあとにタキシードを仕立てに行ったら女性用のパンツドレスのカタログが置いてあったらしくて、薄い布を何枚も重ねた金魚みたいなロングテールジャケットと真っ白な細身のセンタープレスパンツ、鎖骨部分にあしらわれたレースがとんでもなく綺麗だったから女性のままダンスすることにしたんだってさ
そのことを彼女さんに相談したら実は彼女さんも一度でいいからドレス姿を見てみたかったらしくて、大賛成でパートナーを解消してお互い新しい相手と組んだらしいよ
適応手術は卒業後に延期したんだってさ」
「何それとっても素敵な話!」
「ダンスパーティーの後にある学生だけの卒業パーティーで一緒に踊ったりして過ごせるからダンスのパートナーなんて自分と同じレベルで踊れる人なら正直誰でもいいのよ」
「わぁ、自由ってこういうことだよね、素敵」
「ギフトも早く慣れてね」
「うん!」
「(ルルーが言う慣れって…)」
ホンロンはニコニコしながらギフトを見つめているルルーディアの思惑には気づかなかったフリをしてあげることにした。
どっちにしろ、ライバルは増えても減ることはなさそうだからだ。
「わたしはまだまだこの世界についてちゃんと理解してないことが多いなぁ…」
「いいのよ、だっていつだって私たちが教えてあげるもの」
「そうそう、ギフトには俺たちがついてるよ」
「うふふふふ」
☆★☆★☆
放課後、学院内にあるファージの研究室に立ち寄ったギフトはあれこれと戸棚を開けながらファージが来客用に買ってあるお菓子を片っ端から引っ張り出して応接セットで食べていた。
「ギフト〜、待たせてごめ〜ん
授業が長引いちゃって…、って、あらあんた、また高いお菓子ばっかり見つけたわね〜?
も〜、どんだけ食べるつもりよ…」
「
モゴゴゴモゴモモモゴゴ
モゴゴモゴ」
「はぁ〜…、はいはい」
ファージはため息をつき呆れながらも嬉しそうにお茶を入れてくれた。
今日はアッサムのミルクティーだ。
「ねぇ、そういえば小忙しくてずっとうやむやにしてたけど、ギフトのお誕生日を決めましょう」
「…ふぁい?」
ギフトは久しぶりにファージに対して「何言ってんだこの人」と思った。
「だから、お誕生日よお誕生日ぃ」
「え、10月31日ですけれども?」
「いやいやいや、違うわよ
それはあんたが前の世界で生きてた時の誕生日でしょ?
わたしにリセットされたじゃない」
「…り、リセット?!
わたし、リセットされてんの?!」
驚き動揺するギフトを尻目にファージはさも当然でしょ、とでも言うように無視して話し続けた。
「どうしようかしらね〜
攫ってきたのが冬だったから…、
オトラーヴァの月の25日で良いかしら?」
ファージの口から聞き慣れない言葉を聞いたギフトは思わず挙手をして質問をした。
「はい、ママ
オトラーヴァってなんですか?」
「ああ!そういえば教えてなかったわね!
あなたにはずっと前の世界での言い方で月を教えてたから…」
この世界では1年を魔法の属性名がついた12個の月で分けている。
(左側にギフトが前にいた世界での似た気温の月を記しておく。王国は基本的に気温は低めだ。)
3月・初春…
ライ、30日
4月・春…
ハワ、31日
5月・初夏…
レイ、30日
6月・夏…
フォ、30日
7月・晩夏…
チー、31日
8月・秋…
リンギョム、31日
9月・秋…
ソーリ、31日
10月・秋…
アークァ、30日
11月・冬…
ゾォダ、30日
12月・冬…
オトラーヴァ、31日
1月・冬…
カーミン、31日
2月・冬…
チマ、28日(4年に一度29日になる)
1年はライから始まり、チマに終わる。
大体の学校はソーリから新年度で入学式や始業式が行われ、チーで卒業式や終業式が行われる。
この王国には新年を祝う行事があるのだが、今年はあの事件があったため祝いの祭は自粛された。
「どう?わかったかしら?」
「ううむ、じゃぁわたしは知らない間に11歳になっていたと言うことですか?」
「そうね、そうなるわね!
大丈夫よ〜、ちゃんと幼児化した時から身体の年齢はチェックしてあるから今はバッチリ年齢と身体があってるはずよ〜」
「え、ズレてた時期があるの?」
ギフトはサァーっと青ざめていくのを感じた。
「そりゃあるわよ
だって人を幼児化したの初めてだもん」
「初めてだもん、じゃないわ!」
「てへ!」
ギフトはびっくりしすぎてつい大きな声が出てしまった。
まさか自分の身体が日々調整されていたなんて全く知らなかったし気づかなかったからだ。
大人の魔法使いというものはこんなにもすごいのか、と、ギフトは改めて強くなる意志を固めた。
「子供って成長が早いから大変だったのよ〜?
可愛く健康に美しく育ってるんだからいいじゃない
ほら、今日はアルバイト用のドレス選びに行くんでしょ!
なんだっけ、ギフトはパンツドレスがいいんだっけ?」
「そうですー、ひらひらふわふわしたスカートだと動きづらいのでー」
「はいはいそうね
でもあなたまだ胸が真っ平らだからパンツドレスならレースとか色々工夫しなきゃね」
「…ま」
ギフトの頭は真っ白になり、ファージの言葉が心に大いなる傷をつけて行く。
「なぁに?」
「ま…、ま、真っ平らですとォオ!
ひどい!ひどすぎる!ひどい!ひどい!」
ギフトは顔を真っ赤にしながら腕を猛烈に振り回し、ファージに全力で抗議した。
「何よ〜、本当のことでしょう?
大丈夫よ〜、エリドーラ姉さんは性格はあんなんだったけどスタイルはよかったし、胸もそれなりにあったわよ」
「でも、母は前の世界ではそんなに大きくなかった気がしますけど…」
「それは魂の置換先の女の人が貧乳だったからじゃない?
姉さんはこっちの世界にいたときはそれなりに良い身体してたわよ」
「…ふぅん」
ギフトの心に一筋の光がさした。
「まぁ、成長は人それぞれですもんね…
あ、わたしって来年度は2年生と6年生と授業受けるんですか?」
「そうね、6年生との授業は途中からだったから多分来年度も一緒に授業を受けることになるわね
でも途中でまた大学部への飛び級試験があるから受けちゃえばいいわよ
あ!そうそう、ギフトたち6人で夏休みアルバイトしない?」
「アルバイト?」
「そう、夏休み限定で学生も参加可能な
悪霊討伐のアルバイトよ」
「
悪霊討伐…?」
「そう!魂の置換に失敗して世界の狭間に追いやられた罪人たちの肥大した
悪意の塊とか、自分や他人から成仏を邪魔するような呪術がかけられた霊魂が
フォの月になると活発になるのよ
『火』の精霊や悪魔たちが焚きつけちゃうのよねぇ、悪さしようぜって」
「それって1年生も参加していいやつなんですか?
わたしは絶対参加したいですけど」
「あなたたちのレベルなら大丈夫よ
普通は3年生から参加するんだけどねぇ」
「へ〜、課外授業みたいなもんなんですね」
「そうそう
5年生から参加可能な海中での遺跡発掘のアルバイトもあるわよ
これは15歳からしか取れない遺跡関連の資格が必要だからまだギフトは参加は出来ないんだけど、15歳になったら是非参加してほしいわ」
「ほえぇ、楽しそう
海って言えば、海水浴みたいなのはするんですか?」
海水浴、と言う言葉にファージはびっくりした。
「…死んじゃうわよ!
この王国の海域は塩分濃度が42%〜48%もあるのよ?!
生身で入ったら肌が荒れるわ!
しかもフォの月は夜〜早朝にかけては気温が30度前後だけど、朝〜夕方にかけては51度〜62度まで上がるの!
そんな時間に外には出さないからね!
今まで通りこの家かどこか他の室内で過ごさせるわよ!」
「ヒェッ」
そう、ギフトは学校に通うまではほとんどをこの家で過ごしていたのだ。
メイルランスのおもちゃ屋があるあの街、トリブイスティに行くのもファージの許可が必要だったし、ルークの店がある職人街、シエンチアにはファージと一緒に行くか、ルークが家に来て施術してくれることもあった。
髪を染めるのも家でやってもらったことがある。
花釣は街全体が過ごしやすいように魔法と錬金術で季節ごとに調節されているから身を壊すほどの気温を感じたことはない。
「も、もしや、わたしはまだ冬しかまともに感じたことがないのでは…?」
「いえ、冬もそんなに感じてないはずよ」
「で、でも、学院の競技場とか校舎の外は寒かったし…」
「あれでも調節されてるのよ
冬は冬らしく、夏は夏らしくね
厳しい気温にはならない程度に季節を感じられるように、花釣と同じシステムを使っているわ」
「ヒェ…」
「それに、わたしがあんたが苦しむような貧相な服着せるとでも思ってんの?
高級なものにはそれなりの理由と機能があるのよ」
「ヒェ…」
ギフトは日々ファージに守られていたんだと驚くとともに、自分の無知さに青ざめた。
なんだったらちょっと落ち込んだ。
1年生ながらに6年生と授業を受けている自分は少なからずスゴイのではないか、と、最近自信がついていたところだったが、外気にすらまともに立ち向かっていない自分は悪くいうと生温い環境で良い成績を出させてもらってたのだと気づいた。
「わ、わたし、ちゃんと外気と向き合いたい!
じゃなきゃちゃんと頑張ってるなんて言えない気がする!」
ファージは自分の娘がちょっとズレた方向にやる気を出してしまったことに呆れながら苦笑した。
「あのねぇ、魔法使いがその特性を生かさないなんて、それこそ馬鹿よ、大馬鹿者ね
冬に外で震えてる魔法使いとか魔女を見たことある?
そんなやつがいたら笑われるわよ
自分の服や周囲の空気すら調整できないなんて役立たずで無能だ、ってね」
「お、おおお…、そういうことか…」
ギフトは今日また賢くなった。
「あんたって天然ではないけどどこか抜けてるのよね〜」
「いやいやぁ、この世界と前の世界の一般常識の差にまだちゃんとついていけてないだけですよ
慣れたら変な発言はしなくなります、多分」
「そうね〜、そうなると良いわね〜、ふふふ」
春の柔らかな空気に包まれた夕方の空をファージとギフトは箒に乗ってふわりと飛んでいた。
ファージはいつもの
艶やかな黒い柄が美しい蝶の銀細工がついた箒。
ギフトのは最近新調した朱色の漆塗りの柄に金で梅と
鶯が描かれている綺麗な箒。
それまでに乗っていた箒は6年生との3回目の魔法実戦で
囮に使って破壊されてしまったのだった。
それはもう粉々で
欠片というよりは
塵のようになって風に流れてしまい、錬金術での復元に必要な分量も集められなかった。
「でも、まさか団体実戦2回目で勝つとはね〜
ハンデでギフトのチームにツァンリィェンが大将に入ってたからもしかしたらとは思ってたけど、あんたは本当に強くなったわ〜」
「ふふふ、来年度は絶対に大将になって勝ってみせる!」
「あらあら、6年生は最高学年だけあって手強いわよ〜
それに、来年度はツゥイランが監督に来てくれるから余計に6年生は燃えるでしょうね」
「ああ…、ツゥイランちゃんの気を引きたいもんね」
「そうそう
思春期のお子様達の関心ごとなんてそんなもんよ」
「わたしは違いますけどね!」
「あんたまだ11歳でしょうが」
「今はね!」
「はいはい」
楽しくおしゃべりしながら飛行すること十数分、2人はトリブイスティにある高級な仕立て屋の屋上に降り立った。
「さぁ、ここよ〜
屋敷の衣装部の子達もたまにここにお世話になってるのよ」
「へぇ、お勉強会みたいな感じですか?」
「そうそう、ここの主人は教えるのも上手なの」
真っ黒な屋上から金色の手すりがついた優雅な黒い階段を3階分降りると正面入り口にたどり着いた。
真っ黒の漆喰で塗られた外壁、真紅に彩られたマットな質感の板チョコレートのような扉の右隣にある真四角の窓へとファージが手を振ると、受付カウンターの女性が笑顔で中から扉を開けてくれた。
「リリーベル様、お久しぶりでございます
すぐにイルンドを呼んで参りますのでお嬢様とカタログをご覧になって少々お待ちくださいませ
打ち合わせ用のお飲み物はいかがなさいますか?」
「ありがとう
温かい紅茶をいただけるかしら
2人とも同じもので結構よ」
「かしこまりました」
ファージとギフトは真っ黒な革張りのソファと赤い漆塗りのローテーブルが組まれた応接セットに案内され、腰を下ろした。
店内は白い漆喰があえて緩やかな凹凸が残るように塗られていて外観とは違う柔らかさを感じるインテリアだった。
床は艶々したフローリングで焦げ茶色の飴が塗ってあるような煌き方をしている。
乳白色のクリスタルで装飾された大きなシャンデリアは大輪の百合の花が下がっているような優雅さがあり、店内に等間隔に配置されている真四角の窓に輝きを反射してとても綺麗だった。
「ママが好きな感じだね」
「でしょ〜?お店もセンスいいし、仕立ててくれるドレスもセンスいいし、イルンド本人もセンスいいからここはわたしの心を掴んで離してくれないの〜」
「へ〜」
運ばれてきた青く香りのいい紅茶を飲みながらカタログを手にする。
「これいいじゃな〜い」
「これも素敵です」
「あら〜、迷っちゃうわね〜
全部作りなさいよ」
「おいっ、わたしはまだ成長期なんですよ?!
すぐ着られなくなっちゃうし、着ないまま終わっちゃうかもしれない…」
「それもそうねぇ
じゃぁ、デザインだけメモしておいてもらって、成長するたびに作ればいいわ」
「あ〜…、うん」
コツン、コツン
こちらに向かって歩いてくる音がする。
「ファージ様!お待たせいたしました
ギフト様、初めまして、イルンドと申します
本日は当店にドレスのお仕立てのご相談をいただき、ありがとうございます」
「お久しぶりねイルンド」
「初めまして!ギフト=リリーベルです」
「元気がよろしくていらっしゃいますね
ファージ様は今日も素晴らしい着こなしです!
そのダークパープルのマーメイドラインで仕立てられたロングワンピースがよくお似合いです
ギフト様の体型は…、少し細身ですね
女の子の中でも筋肉がつきやすい体質のようですねぇ…
そうするとパンツドレスなら太ももの部分は少しだけゆとりを持たせたほうがしゃがんだ時にスムーズかもしれませんね…」
純白の立ち襟シャツに濃紺の一つボタンのベスト、チャコールグレーのセンタープレスパンツと黒い丸みのある革靴がとても素敵なイルンドは、首から下げた黄色いメジャーを浮遊魔法で座っているギフトのそばに添えながらアレコレと思案している。
ギフトを見つめる赤い瞳と、サラリと揺れるロマンスグレーの髪が危うくギフトのストライクゾーンに『おじ様』を入れ込むところだった。
華奢な金色の丸眼鏡と口元のヒゲがキュートすぎる。
「た、立ち上がったほうがいいですか?」
「いえいえ、後10分くらいファージ様とカタログを見ながら楽しくお過ごしくださいね
私のことは空気だと思ってくださいまし」
「え、あ、はい…」
「ふふふ、相変わらずね〜
さぁギフト、この形は決まったからテールの長さと幅、透け感を選びましょう」
「は〜い」
かっこいいおじ様に熱く見つめられ、ドキドキしながら胸元につけるレースを選んでいく。
この世界の男性は全体的に距離感が近いような気がする。
自分が女だから女性との距離感はだいたいわかるが、前の世界では男性とはもう少し距離をとって生活していたように思う。
しかし、男性との距離が近いのは今わたしが子供だからかもしれない。
思考や記憶が成人のまま身体が子供になったため、大人が近くに感じるのかもしれない。
そういえば自分も幼い子供と会話するときは背の高さを合わせるようにしゃがんで近くで喋っていたような気がする。
「(子供じゃないと見えない景色とか気付かないことって意外といっぱいあるんだなぁ)」
「あらやだギフト〜、口の周りにクッキーの粉つけちゃって
口は子供のサイズなんだから気をつけて食べなさいよね〜」
「あ、えへへ」
ギフトはファージから薄紫色のラベンダーの香りがする紙ナプキンを受け取るとそっと口元を拭った。
「お待たせいたしました!
ではお選びいただいた型と布、装飾品のビジューなどを合わせていきましょう!
パンツの裾は当日履いていくお靴が決まりましたらその時に調節しましょうね
では、フィッティングルームへ行きましょう」
「はい!よろしくお願いします」
「お任せくださいギフト様」
五角形に仕切られた壁に大きな鏡がはめ込まれたフィッティングルームに入ってからは今まで見たこともないくらいの量の布やらレース、ビジュー、髪飾りなどがたくさん運ばれてきた。
その全てをファージとイルンドに言われるがまま試着したり巻きつけたりくっつけたり持たされたりしながらギフトは物言わぬ人形状態になった。
「これも可愛いわ〜」
「いいですねぇ
ギフト様はなんでもお似合いになるから大変ですね
選びきれません!しかし、だからこそ私の腕の見せ所です!」
「ねぇねぇ、アレキサンドライトに合わせるならこっちの色だと思うんだけど、ギフトの瞳の色に合わせるならこっちよね?」
「そうですねぇ…、髪のお色の変更予定などありますか?
もしそうなら瞳の色に合わせておいたほうがいいかもしれません」
「髪の色は大事よね!
ギフト、どうする?」
「え、うご!え、あ〜…」
ボーッとしながら無に徹していたギフトは突然声をかけられてびっくりして変な声が出た。
「髪の色かぁ…、もし変えるならアレキサンドライトとかアメジストみたいな濃いめの紫色かなぁ…
最近、アレキサンドライトの色を制覇しようかと思い始めています
赤とか、ママの瞳みたいな濃い桃色とか…」
「あらいいわね〜
ギフトは全部似合いそう
じゃぁ今回は瞳の色に合わせておきましょう」
「はぁい」
その後も1時間近くギフトは人形に徹していた。
「つ、疲れた〜」
「よく頑張ったわね〜」
帰りは採寸や布を合わせるのでグッタリしたギフトを乗せるためにファージは絨毯を取り出してそれで帰宅することにした。
ギフトは空を優雅に飛ぶ濃い紫色に繊細な模様が金の糸で刺繍された絨毯の上でブランケットにくるまりながら寝転んでいた。
ファージは温かい甘めにしたアールグレイをギフトのいた世界で購入した色あざやかなモロッカングラスで飲みながら横たわるギフトの頭を優しく撫でた。
ファージの絨毯は学生を乗せて飛ぶこともあるため、とても大判なサイズになっている。
「ハワの月は陽が落ちると涼しいというよりは寒いわね
しっかりブランケットを巻いておきなさい」
「むん、わたしにも紅茶ください
寝ながら飲める温度でストローを指すことを所望します」
「あんたって子は…」
ファージはため息をつきながらトポポポポと紅茶を注いでいく。
風にのって香ってくるベルガモットのいい匂いにギフトは目を瞑ってうっとりとした。
「はい、どうぞ〜
お砂糖は疲れた身体に染み渡る量にしてあるわ」
硝子の綺麗なストローをちゅ〜っと吸いながらその甘さを口と身体いっぱいに行き渡らせた。
「甘〜い、美味し〜い、癒される〜」
「ねぇギフト、髪色どうする?
パーティー直前は予約で埋まっちゃうから変えるなら早いほうがいいわよ」
「あ〜、どうしようかなぁ
…どうしようかなぁ」
「メイルランスは何色でも好きって言ってくれるわよ」
「ブフォ!」
ギフトは考えていたことをファージに見透かされて吸う力がひゅっと強くなり、飲んでいた紅茶が気管支に入って思わず咳き込んだ。
「な、なぜそれを…」
「あんたねぇ、好きな人のために可愛くなりたいって気持ちは応援するけど、好きな人に好かれるために可愛くなるのはあんまりよろしくないと思うわよ」
「え〜、なんで?」
「あなたの可能性を狭めて欲しくないからよ
メイルランスの好みにばっかり合わせてたら、メイルランスの世界観の中でしか生きていけなくなっちゃうわよ?
恋にはそういう側面もあるかもしれないけど、わたしはギフトには愛を感じて欲しいの
お互いの良いところを尊重し合い、弱い面や悪い面を受け入れ合えるようなそんな関係性を築いて欲しいわ
愛っていうのは世界観を共有することじゃなくて、相手がこの世に生まれてきたという途方も無い奇跡を尊ぶことよ」
「…わかった」
「うふふ」
ギフトはブランケットを身体に巻きつけたまま座り直し、火の魔法で少し温め直した紅茶を飲んだ。
ファージとキールの関係性を見ているから、いまのファージが言った言葉にはとても説得力があった。
2人はいつも自由に愛し合っている。
月に一度の恋人デーや結婚記念日はあるけど、他に変なルールはないし、特に過剰に一緒に過ごそうとしているようには見えない。
家にいてもそれぞれの部屋で自分の研究や仕事の準備をしたり、同じ部屋にいても本を読んだりウトウトしたり。
夜も必ず一緒に寝ているわけじゃなくて、お互いの仕事の時間がバラバラなときはそれぞれの部屋で寝ている。
でも、寝る前と朝起きた時に必ずキスをしているのは知っている。
それを目撃した時、いつもファージもキールも「内緒ね」って言う。
お互いに内緒でキスしているのをお互いは知らないのだ。
「月並みですが…、理想の夫婦はパパとママですよ」
「あらまぁ!嬉しいこと言ってくれるじゃないの〜
来月の研究費用は2倍にしてあげちゃう!」
「いえ〜い」
ギフトは笑う。
心から安心できる、この場所で。