第弐拾肆話 紫陽花 朝の
HRが終わり、いつものように授業前に集まったギフト、ホンロン、ルルーディアの3人は、いつもとは違い、青ざめているギフトに対して2人はどう言えばいいのか困っていた。
「わたし、もしかしてとてもひどいことを言ってしまったのかな…」
「ひどいこと、というか…、ううん、ちょっと違うかな」
「ギフトが言った『女の子より女の子らしくてとても可愛い』っていうのは、感想や褒め言葉として成り立ってないって感じかなぁ
だってスカーリは女の子だからさ」
クラスメイトのミィリ=スカーリは男性の身体で産まれてきたが、物心ついたときから心はずっと女性だった。
王国ではその場合、性自認を明確に自覚し始めた年齢が思春期前ならば国がランダムに決めた児童心理学者3人と本人による1年間の個別面談と、『今の性』と『今とは違う性』に訪れる成長過程をそれぞれ詳しく学ぶ。
ここで何人かの子供は「やっぱり今のままでいいかも」となったり、「どっちの成長も疑問」と感じることもある。
「どっちの成長も疑問」の時は18歳までにさらに定期的なカウンセリングで性自認をともに考えていく。
『中性』を選ぶ子もいれば、「身体は男性として産まれてきたけど性自認は女性、適応手術を受ける意思もある。でも服装や髪型、その他外見に施す化粧などはボーイッシュではなく、男性的なものが好き。」や「女性の身体で産まれてきたけど性自認は男性。適応手術を是非とも受けたい。性愛の対象は男性。いつか愛する人との子供が欲しいから、子供ができる可能性はなくしたくない。でも女性の身体には違和感しか無い。」など。
性自認、と言っても多種多様であり、簡単に「じゃぁ女の子になっちゃおう」や「男の子になっちゃおう」とは言えないのである。
特に幼児期や思春期前〜思春期は「異性への憧れ」から中性的なファッションや文化を楽しみ、それを自分が持って生まれた性との差異から動揺してしまう子供もいる。
適応手術は術後の治療も含めて大きく身体に負担がかかるため、子供の心と意思を尊重しつつ、慎重な対応が必要となるのだ。
ただ、この王国の何が生きやすいかというと、そもそも性別というものに関してそんなに気にしていないからだ。
「好きになった人が好き」、「自分は自分」なのである。
ただ、告白を断る時は「ごめんね、僕は今のところ女の子が好きなんだ」や「わたし、異性にはそういう興味を持てないの、ごめんね。でもその気持ちはとっても嬉しい。ありがとう」、「わたしは恋愛感情がまだよくわからなくて、友達以上の『好き』って気持ちが誰にも湧かないの。ごめんね」など、個人個人で
性愛の対象が成長の過程で定まっていくだけで、何が多数派で少数派などは全く関係ないのだ。
ギフトはまだちゃんと分かっていなかったのだ。
性自認が女性で身体は男性、という人に対する褒め方として「本当の女子より女子っぽい」というのが前の世界ではよく使われていて、それが『正しいこと』だと思っていた。
でも、違った。
ギフトからそう言われた瞬間のミィリの表情は強張ってしまったからだ。
まだ年齢的に適応手術を受けることができないミィリは女の子としてツインテールや焦げ茶色のラップスカート、桃色のタイツやフリフリのレースがついた純白の丸襟ブラウスなどを楽しんでいるのに、それをギフトから暗に「男の子なのに」という含みのある言葉で褒められてしまった。
ギフトは無知の善意でミィリの心を傷つけてしまったのだった。
「謝りたい、でも、今のままの自分じゃどう謝るのがこの世界で正しいのかがわからない
前の世界でも、ずっとわたしは『理解がある』という無意識の差別をしてしまってたんだ…
わたし、最低だ…」
「う〜ん、この王国にだってめちゃくちゃ少ないとは言え、差別的な人たちは存在してる
なんの理解も示さずにただただ罵詈雑言を言っている人たちもいる一方で、理解はしないけど差別もしないっていう人たちもいるわ
なんていうか…、この世に生きている人すべての意識を統制するなんて不可能よ」
「ギフトはさ、善悪とか一般常識、考え方を学んだり感じ取った社会がこの世界じゃないし、ギフトがいた世界ではギフトと同じように考える人がいっぱいいたんだろ?
それこそ『仕方ないこと』なんじゃないかなぁ
それにギフトは気づけたじゃん
だから今からでもいくらでもギフトが望む考え方を手に入れることができるんじゃないかな」
「そうそう、だからギフトは今言える言葉でミィリちゃんに謝ればいいんじゃないかしら
もうみんなギフトが転移者だって知ってるし、なんとなくなら育って来た環境の違いもわかるし…
それに、ギフトがミィリちゃんのことを可愛いって思ったのは事実だもの、でしょ?」
ギフトは2人からもらう言葉や優しさにグッと泣くのを堪えた。
自分が泣くのは違うと思ったからだ。
誰も被害者ではないが、今自分が泣いて「わたしは無知だった」と言う事実を嘆くのは卑怯だし、それによって同情を得るのはミィリやこの世界に生きるすべての人に対して不誠実だと思ったのだ。
「うん、わたし、今すぐ謝ってくる!」
ホンロンとルルーディアは涙をこらえて鼻を赤くしている親友の姿が誇らしかった。
自分たちと違って前の世界では大人だったギフトが、それまでに培って来た社会性とは違う世界で子供に戻されたのに、必死で今までの自分から変化しようともがいている。
あの事件の後、2人はギフトから前の世界でのことを少しずつ聞かせてもらっている。
ホンロンのティエ家との共通点は今のところ生きて来た時代と国家が違いすぎてあまり見つかっていないが、『違う世界が存在する』と言う事実はとても面白かった。
ギフトはゆっくりと教室前方にあるミィリの席まで歩いて行った。
その背中には不安と反省がにじみ出ている。
ギフトは次の授業の教科書に目を通しているミィリ左肩にチョンチョンっと触れた。
「なぁに…、ギフトちゃん、どうしたの?」
ミィリが振り返って声をかけてくれた瞬間、ギフトはすごい勢いで頭を下げた。
そして顔を上げると泣かないようにグッと目に力を込めて話し始めた。
「ミィリちゃん…、ごめんなさい!
わたしの言葉の選び方は全然理解がなかった
ミィリちゃんは本当に可愛い、そう思ってるのは本心だよ
大きな瞳も、艶々の髪も、話し方も、みんなへの接し方も、とっても素敵だよ
それは本当は誰かと比べてどうこうじゃなくて、ミィリちゃんが培って来たものなんだってちゃんと言うべきだった
わたしの無知で短絡的な言葉でミィリちゃんを傷つけてごめんなさい」
ギフトはまた深く頭を下げた。
その様子を真剣に、でも優しい眼差しで見ていたミィリはギフトの頭をポンポンと撫でるとふわりと微笑んだ。
「…ふふ、いいよ
ギフトちゃんの言葉に悪意がないのなんて分かってるし、違う文化がある世界で育って来たって言うのも聞いたことあったし
それに、ギフトちゃんの中にある『女の子』の基準ってルルーディアちゃんとかホンロンくんのお姉さんとか、鏡に映るギフトちゃんでしょ?
女の子としてちょーレベル高いじゃん!
そんな猛者たちと比べても可愛いって思ってもらえるなんて、わたしってば自信ついちゃったよ」
ミィリは頬を桃色に染めながらキラキラと鈴の音のように可愛く微笑んだ。
「ふぐぅ、ミィリちゃんってなんて素敵な子なの…
もしかしてこの世界に遣わされた女神の一族か何かなの?
わたしミィリちゃんと同じ人を好きになったら絶対勝てないよ…」
「あら、じゃぁバージニア先輩を好きになっちゃおうかな?」
「ファッ」
「うふふふふ、冗談だよ、冗談」
「あうあう…」
ミィリの殺人級に可愛いウィンクに撃ち抜かれたギフトは、赤面しながらも、ミィリが本気出したら本当にメイルランスを取られてしまうと感じ、身震いした。
「ふふふ、わたしのタイプはムキムキで筋肉に話しかけるような人だから残念だけどバージニア先輩は範疇外ね
どっちかと言うと、ギフトちゃんのお父様がタイプかなぁ…
リリーベル先生が本当に羨ましいもの
どこに行ったらあんなに素敵な方と出会えるのかしら…
わたし、わたしより弱そうな人には興味ないのよね」
「ああ…、ミィリちゃん1年生の体術の成績1番だもんね」
「そうなの
ギフトちゃんが体術を3年生と受けてるからそのせいもあるけど、わたしより強い人を探そうと思うと年上しかいないんだよねぇ…
あ、でもリリスクラスのあの子は手強かったから将来有望だと思うの
エイマクラスは魔力の高さに
胡座をかいてるから体術がヘッポコすぎると思わない?
わたしはそう言うのは良くないと思うの」
「確かに!
わたしが一番びっくりしたのもそれかな
みんな体術舐めすぎてる」
「でしょ?!」
「ミィリちゃん飛び級試験受けなよ
そしたら同じレベルの人見つけられると思うよ」
「でもそうするとうちの学年の体術レベルがまた下がっちゃうし…」
「ああ…、それも悔しいね
でもミィリちゃんの才能がもったいないよ」
「そうよねぇ…」
ギフトとミィリは顔を見合わせてクスクスと笑い合う。
そんな可憐な乙女2人の会話を近くで聞いていたクラスの男の子たちは別の意味で身震いした。
☆★☆★☆
一年の始まりから3つ目に位置する初夏、
レイの月の初めに起こったのは凄惨で陰鬱な事件だった。
イーゴス家が保有している森林公園の奥まった所で奴隷階級の美しい女性たちの遺体が見つかった。
その数、13体。
遺体はすべて腰のところで上半身と下半身に切り離され、さらには臓器が取り出され、別々の人間のもので組み替えられていた。
性的暴行の痕跡はなく、すべての被害者に共通するのはどこかの家のメイドだったと言うことだけだ。
仕えていた家はてんでバラバラで、特定の家への憎悪犯罪ではないことがわかった。
しかし、『女性』、『奴隷階級』、『メイド』、そして何より『
魔力を持たない人間』という特定の人種への執着があり、犯人はギフトの元いた世界で言うところのシリアルキラーに分類される。
固定の趣味趣向を持ち、まるでトレードマークのように同じ手口であえて自分を示すような痕跡を残していく。
奴隷を使っている家には王立軍警察からオーミヌムの野外業務を控えるようにと指示を受けた。
そして奴隷階級ではない平民や貴族のオーミヌムには万が一を想定してその地位がわかるようなものを携帯して外出するようにとの注意が促された。
リリーベル家の屋敷にはファージが買い取ったことにより奴隷階級は存在しないが、一応オーミヌムの使用人には外出が必要な業務をさせないようにと伝えられた。
事件を重く捉えたファージはすぐに手を打つことにした。
「屋敷の護りを『
瑠璃蝶々』の一族に変えましょう」
『
瑠璃蝶々』はリリーベル家に仕えている
大型青肌鬼人族の呪術師の一族で、古来から暗殺を生業としてきた集団だ。
ちなみにカノンは『
鬼灯』という体術を主とした暗殺業務や傭兵を家業としてきた
大型赤肌鬼人族の一族である。
ファージはおもむろに紫陽花のお香を炊き始め、
掌から出した紫色の魔法陣に煙を纏わせながら窓から飛ばす。
すると数分も経たないうちにカーテンがサァっと揺れる気配がした。
「シアム、ランジ、参りました」
シアムはロベリアの現族長で、海のように深く青い肌と白に近い金色の瞳がまるでラピスラズリのように美しい男性で、瞳と同じ色の長い髪を
白金でできた筒のような髪留めでポニーテールにしている。
ランジはシアムの弟で、呪術部隊の副将を務めている。
2人とも平時はなんの装飾も施していないが、仕事の時は右のこめかみから左のこめかみまで目を含めて一直線になるように黒い太めの線を引いている。
これは対象から呪術返しにあったときに眼球と思考を乗っ取られないようにするためだ。
今日はすでにその線が引かれている。
「2人ともご苦労様
今日から屋敷の守護を任せたいの
特にオーミヌムのみんなを気にかけてあげてね」
「かしこまりました
他家に偵察は放ちますか?」
「…お願いするわ」
「御意」
シアムはランジに目線で指示すると、次の瞬きの時にはすでにその場から去っていた。
「相変わらず見事ね」
「ありがとうございます
では、ワタクシも準備がありますので失礼いたします
報告はいつも通り早朝に」
「ええ、お願いね」
ファージが一度瞬きする間にシアムもその場を去っていた。
後に残ったのはファージが焚いている
紫陽花のお香の揺れる細い煙だけ。
☆★☆★☆
どんな有名人にも、やったことが何であれ、それを
讃え
崇めるグルーピーは存在する。
それは犯罪者も例外ではなく、被害者をまるでその犯罪者が犯罪者になるために必要だった『生贄』とでも言うように話す奴らがいる。
ギフトの母、エリドーラも例外ではなく、その存在を信仰する様に愛する者たちがいるのだ。
「あなた…、エリドーラ様の娘なんですってね」
ギフトがそう話しかけられたのはダンスパーティーの二週間前、会場特殊効果係の初回打ち合わせの日だった。
一通り点検も終わり、会場となる大きな黒いシャンデリアが特徴的な第二講堂の自分の立ち位置から出て用意されていたオレンジジュースを飲もうと差し入れ置き場へ来た瞬間だった。
「…誰ですか?」
「あら、それは私に対して?
それともあなたのお母様についてかしら?」
ギフトの眉がピクリと動く。
濃紺の
旗袍から伸びる白いパンツに忍ばせた足が苛立ちに強張っていく。
「私ね、ずっとあなたとお話しして見たかったの
知ってる?この学院には闇の偉大な魔女の研究会があるのよ
エリドーラ様はその中でも特に素晴らしい魔女としてたくさんの論文が書かれているわ
ねぇ、教えてくれない?
あなたがいたって言う世界でのエリドーラ様がなさった偉業の数々を…」
ピシッ
ギフトから漏れ出した魔力の鋭さで近くにあったグラスに亀裂が入った。
「あら、どうして怒るの?
あなたは偉大な方から産まれたのに」
「わたしがいた世界でも、この世界でも、犯罪者のことを偉大だなんて言わないんですよ
わたしの母はファージ=リリーベルです
エリドーラじゃない」
「あははっ、贅沢なのね」
「は?」
「自己紹介がまだだったわね
私は5年生のオストン=エイマクラス所属、フルホノア=ロブスカリーテ
次期大貴族当主同士、仲良くしましょう」
ギフトは自分の耳を疑った。
「大貴族って…、今残っているのはうちとメイクェイ家だけのはず…」
「うふふ、二週間後のダンスパーティーで王侯貴族の皆々様方の前で正式に発表があるの
今の腐敗した王族たちに対抗するために、四大貴族が復活するのよ
あなたのリリーベル家、メイクェイ家、私のロブスカリーテ家、そしてシャルドン家
あなたの家とメイクェイ家は反対していたようだけど、残念ながら今日の朝決定したのよ
きっと帰宅したらリリーベル先生から聞かされるんじゃないかしら
これから末長くよろしくね」
ギフトはあまりのことに何も言い返すことができなかった。
ファージからもずっと王族と貴族、そして平民、それぞれの議会の衝突が活発化しているのは聞かされていた。
しかし、だからと言って四大貴族が復活し、聞いたことのない名の家がそこに入り込むなんて予想すらしていなかった。
ロブスカリーテもシャルドンも初めて聞く名だ。
「そうそう、今度会食しましょうよ
きっと私の父から招待状が届くと思うの
絶対きてね
じゃないと、仲間外れにしちゃうわよ?」
「な!王族の暴挙から貴族や平民、奴隷の人たちを守るのが今の大貴族の役目でしょう?!
仲違いしたいんですか?!」
ギフトの言葉にピクリと反応したフルホノアの目がスッと光をなくし、ギフトを
蔑むような冷たい視線へと変わった。
「甘いのね
守り方なんて人それぞれでしょ
貧困王族とつるんでるガキは黙ってな」
「どういう意味?」
ギフトの瞳は光を増し、フルホノアを睨みつけた。
「そのままの意味よ
王族としての役目を果たさず、傍観しかしない小国蛮族のティエ家
血筋を絶やしたいのか年々薄くなっていく血と王族の自覚がない愚かなザボド家
権力にしか興味のない名誉欲の塊のカロイアレックス家
王族の他家から男を財力で集め漁っている女系王族一色魔のブーチェゴルデ家
地位と価値、その存在意義を忘れてブルークラスに成り下がったイーゴス家
ゴミばっかりじゃない!
あはははははは!」
耐えられなかった。
しかし、ここでもし魔法を使ったらフルホノアの思う壺だと思った。
でも、溢れ出す魔力は止まらなかった。
パキンッ
ギフトの髪をまとめていた南天の赤い漆塗りのかんざしが弾け飛ぶ。
「(殺そうか。)」
今なら誰も見ていないし、一旦は相手の体調不良でごまかせるかもしれない。
そう考えて背中から魔法陣を出そうとしたら、その背に優しく触れる手の感触がした。
「ギフトは何飲むの?
俺はオレンジジュース飲もうかな」
「…!ホンロン…」
「あら…、じゃぁ私はこれで
またね、ギフトちゃん」
「会食、楽しみにしてます」
ギフトがそう言うと、フルホノアはニヤリと笑いながらゆっくりとその場を去っていった。
「ホンロン、ありがとう
ごめんね」
「ギフトは何も悪くないじゃん
こっちこそ、助けに来るのが遅れてごめん
うちの班の5年生が熱血すぎて話長くてさ〜」
そう言いながら困ったように笑うホンロンはとても頼もしくて、何もかもが優しかった。
「わたし、今、あの人を殺そうとした…
もしかしたら、ママじゃなくて、エリドーラに似て来ちゃうのかもしれない
そうなったら、もし、わたしが簡単に人を殺すような奴になったら、ホンロンとルルーディアでわたしを…」
「その続きは絶対に起こらないよ
ギフトはびっくりするくらいリリーベル先生に似てるよ
変なものが好きだし、カラカラコロコロよく笑うし、魔法の色も形も雰囲気も強くて勇敢でかっこいいし、頭も良いし、努力家だし、何より、俺たち友人を大事にしてくれてる
みんな知ってるよ
ギフトはリリーベル先生の娘だ」
「…へへへ、ありがとう」
ギフトは泣いてしまいそうだった。
さっきまで、あんなに腹が立っていたのに、その勢いのまま相手を殺してしまおうかとも思ってしまったのに、ホンロンはそんな黒くて醜い感情を簡単に粉砕してくれる。
ギフトは気づいていた。
ギフトの背の魔法陣に触れたホンロンの手が魔力火傷してしまったこと。
でも、それに触れてしまったらきっとホンロンが助けてくれたことをわたしは悔やんでしまうし、ホンロンを悲しませてしまう。
ギフトは心の中で何度も何度もホンロンに感謝した。
「(わたしもいつだってみんなを護るよ。それで自分の身体がバラバラになったとしても、それがわたしのやるべきことだったって思えるから。)」
この世界に慣れていくたび、自分の中に元からあったエリドーラの血が歓喜するのを感じる。
また戻って来た、と。
でも、それと同じくらいファージの血も感じるのだ。
自由で、大らかで、優しくて、あたたかくて、柔らかい。
ギフトはファージの血を選びたい、だからこそ、もっと気をつけなければいけないのだ。
この身を構成するものの中に存在する、2人の化け物を。
母、エリドーラ=リリーベル。
この世界での名前は知らないが、父、
綿貫雅也。
欲望のままに多くの命を奪って来た2人。
「ホンロン、ルルーが来るまで一緒に練習しよう」
「良いね、そうしよう
俺ちょっとトイレ行ってくるからデンデン見ててもらって良い?」
「もちろん」
デンデンがギフトの旗袍の裾を掴む。
「おお、デンデン〜、今日はホンロンとお揃いで黄色の旗袍だ
ふふふ、ホンロンが保健室に行く間、デンデンが守ってくれるのね
ありがとう
今レイユィン出すからね」
レイユィン、と言う言葉にピョンピョンと喜ぶデンデンがとても可愛い。
いつもレイユィンにボコボコにされているのに、デンデンはめげないようだ。
その姿を見ると、いつもギフトは胸のあたりがチクチクとする。
レイユィンは自分と比べて誠実だといつも思うからだ。
前の世界で大人だった分、ホンロンの想いにも、ルルーディアの想いにも気づいている。
でも、ギフトには今は応えることが出来ない。
だからと言って、邪険にすることもできない。
初恋は甘く、苦く、ピリピリと静電気がするものだ。
対象が自分だからと言って、その権利を幼い2人から奪いたくなかった。
今はメイルランスへの想いが強くて、自分も静電気中のようなものだけれど。
「レイユィン、もう少しデンデンに優しくしてあげなきゃダメだよ?」
レイユィンはコクコクと頷くと、早速デンデンに回し蹴りを入れていた。
しかし、慣れているデンデンはそんなものでは吹き飛ばない。
グッと足に力を入れ、クロスした腕でそれを防ぎきる。
なんだか2体ともとても嬉しそうだ。
「お待たせ〜、ああああ、またデンデンがレイユィンにやられてる!
おいー!デンデンしっかりしろよー!」
「あはははは」
2人と2体で一緒に講堂の外に出るとお昼少し前の太陽がキラキラと輝いていた。
本当は特殊効果を練習するはずだったのだが、傀儡の戦いが面白くて、結局傀儡の練習をしてしまったホンロンとギフトであった。
この後水色の可愛いキャミワンピに白いカーディガンを合わせてスキップして来たルルーディアに呆れられ、2人して反省するのだった。
3人で一緒にゲートを通り、ギフトの家へとやって来た。
今日はファージが卒業式のか打ち合わせで不在のため、なんと、キールがご飯に連れて行ってくれるのだ。
「ご、ごきげんよう!」
「おじさま、ごきげんよう」
「ただいまー!」
子供達の声に反応してトン、トン、トーン!とムキムキマッチョの男性が廊下を軽やかに走って来た。
「3人ともおかえりー!」
キールはギフト、ホンロン、ルルーディアはを3人まとめて抱きかかえるとグルングルンと高速回転しだし、その様子を見ていたカノンがアワアワしていた。
「旦那様!ギフトさまたちが白目をむいてます!」
「ああああ!」
慌てたキールからゆっくりと玄関に降ろされた3人はしばらくボケーっとした。
「あ〜…、あ、あぁ、パパ…」
「ご、ごめん
つい嬉しくて…、子供達と外食なんて久しぶりだから…」
「あは、あはは…、だ、大丈夫です…」
「う、うう、あはは、おえぇ」
吐きはしなかったが、ホンロンは青ざめながら精一杯の笑顔を浮かべてえずいた。
「ファージに見られたら絶対怒られる状況だ…
みんな本当にごめんね
カノンさん…、ああ、さすがメイド長補佐!」
キールからの指示の前にすでに薄荷水を用意していたカノンは子供達に渡すと3人はゆっくりと飲み始めた。
「ふぅ、落ち着いたら余計お腹すいて来た」
「お腹すいたね〜」
「私、このために朝は控えめにしたのよ」
次々と頬に赤みが戻って来た子供達にホッとしながらキールは笑顔で言った。
「今日はうちの料理長の親友のお店だから何でも作ってくれるしなんでも美味しいぞ!
好きなものを好きなだけ食べて良いから遠慮しないでね!」
「イェーイ!」
「その言葉待ってましたー!」
「寸胴いっぱいのプリンが食べたいですわ!」
3人の子供たちとキールは大きな絨毯に乗り込むとすぐにレストランへ向けて出発した。
眼下に広がる森や人々の上をスィーっと飛びながら気持ちのいい風に身体を委ねる。
「パパ、ママにお土産買いましょうね」
「さすがギフト、本当に素敵な我が娘!
ファージには花束とケーキがいいかな?」
「いいと思います
どうせなら南側にもう一つ花壇作っちゃえばいいんじゃないですか?」
ギフトは完全に冗談のつもりで言った。
冗談のつもり、だったのだが。
「ギフト…、なんでそんなに頭が良いんだ!
そうしよう!鉢植えいっぱい買って帰って植えよう!
パパがんばっちゃう!」
「…あ〜」
また庭師の人に怒られる…、と思いながらギフトは花は自分が選ぼうと決めた。
以前、キールがファージのために組んだ花壇はセンスが壊滅的で庭師の偉い人に怒られたのだった。
そんな親子のやりとりを見ていたホンロンとルルーディアはなにやらギフトにバレないようにコソコソと話している。
「(ほ、本当に?)」
「(ええ、でも、上手くいかなかったら速攻クビよ)」
「(頑張る!頑張るから!)」
「(絶対よ?別にホンロンのためじゃないからね。ギフトに同い年の魅力に気づいてもらうためだから!ヘマしたらただじゃおかないわよ、ホンロン)」
「(え、ちょ、今からそんな顔すんの?!頑張るから!ほんと、今日から毎日練習するから!)」
「(…一週間後テストね)」
「(…の、望むところだよ!)」
ギフトの知らないところで何やら面白そうな契約がなされたようだ。
ギフトはキールやホンロン、ルルーディアと過ごしながらもあのことが頭を離れなかった。
新たな四大貴族。
エリドーラを崇拝するような奴が次期当主のロブスカリーテ家。
そして今のところ何も情報が無いシャルドン家。
どうして、どうやって四大貴族に滑り込んだのだろうか。
そして誰がこの二家を支持したのか。
なぜこの二家なのか。
現大貴族のリリーベル家とメイクェイ家の意見が通らないほどの力とはなんだったのだろうか。
ファージはどう思っているのか。
そして、四大貴族復活のきっかけとなった王族たちはどう思っているのだろうか。
ホンロンとルルーディアを見る限り、まだ王族の子供までは伝わっていないようだ。
フルホノアが言っていた「王族とつるんでる」という言葉も気になった。
もし、ギフトの知らないところで貴族の生徒だけのコミュニティーがあったとしたら…。
ギフトの交友関係は裏切りと思われているのだろうか。
いや、違う。
「貧困王族」と言っていた。
もしこの予感が当たっているとしたら、フルホノアが考える貧困では無い『王族』が後ろ盾についているということなのだろうか。
「(一体、なんなの…?)」
ギフトの不安はもう一つあった。
「(エリン家が関わってたりしないよね…)」
ギフトはまだ知らないし、あったこともない王族がいる。
それは現王直系の一族だ。
絶大な権力を持ち、王に至っては王族ですら直接目にする機会は少ない。
この事態で一番最悪なのは、ロブスカリーテ家もシャルドン家も味方じゃなく、王家側についているかもしれないということだ。
強烈すぎる光はその瞳を焼き、視界の全てを奪っていく。