【静怜】補給
日曜日の朝、兄の静馬からSOSのメッセージが飛んできた。
『へやにきてくれ』
漢字変換されないままのメッセージに遊馬は首を傾げる。相当あせっているのかもしれない。何があったのだろう。
朝起きて、たまたまスマートフォンを目につくところに置いていたからよかったと思いながら遊馬は兄の部屋へと急いだ。
「兄貴? 入るよ?」
ノックはしたが静馬の返事を待たずにドアを開ける。
「遊馬」
ベッドからすがるような声を出す静馬に顔を向けた遊馬は、ポカンとくちを開いて立ち尽くす。
「……なにやってんの?」
「俺に聞くな」
横たわる静馬の身体にべったりとはりついているのは見慣れた人だ。紫紺の髪は寝ているせいで乱れているが、整った横顔は目を閉じていても美しい。
「目が覚めたらこうなっていたんだ」
困惑する遊馬以上に困惑した声で静馬が説明する。昨夜は怜治を部屋まで送ってから静馬は帰宅したので、怜治がどうやって静馬のベッドへ潜り込んだのか、皆目見当がつかないらしい。静馬がわからないのだから遊馬にもわかるはずがない。
けれど『諏訪怜治だし』のひとことで片づけてしまえるのは、ある意味で便利だ。
「何しても起きないし動かない」
怜治様、とやわらかに語る唇は今の静馬にはないらしい。完全にモノ扱いだ。
仰向けの静馬に横から抱きついている我らが部長様は、両腕どころか長い両脚も静馬に絡ませて穏やかな寝息を立てている。
スマートフォンを握った静馬の右腕は怜治に阻まれて手首から先しか動かない。SOSのメッセージがひらがなだった理由を遊馬は悟った。
「コレ、剥がしてくれないか」
コレ呼ばわりされた怜治を眺めながら遊馬は思い出す。
このところの怜治は撮影も取材も練習もひとりのことが多かった。他のメンバーも誰かしらが学業か仕事かで欠けており、全員揃ったのも昨日の夕方だった。そう言えば、怜治がやたら嬉しそうだったっけ。
要するに寂しかったんだなと脳内で結論づけて遊馬は兄へ冷静に告げた。
「怜治さんかわいそうだし、しばらくつきあってやれば?」
「遊馬!?」
「トイレ行きたくなったら呼んでよ」
じゃ、と手をヒラヒラさせて遊馬は背を向ける。
「俺を見捨てるな!」
叫ぶ静馬に遊馬は答える。
「動けない兄貴より、ここで引き剥がして目が覚めた怜治さんの方が俺は怖い。……まぁ、いつも兄貴はオーバーワークなんだから、たまにはゆっくり寝たら?」
「そういう問題じゃないだろう!」
これだけ静馬が叫んでも起きない怜治の『静馬補給』を邪魔したくない遊馬はさっさと自室に戻る。
コアラみたいに静馬へ抱きつく怜治の写真を撮っておけばよかったと気づいたのは、昼前にリビングへ降りてきた怜治の爽やかな笑顔を見たあとだった。