【始春】変幻自在にどうとでも 正月を実家で過ごした後、事務所経由で寮に戻ってきた始は先に戻っていた春の部屋を訪れた。
「おかえり」
そう言って笑顔で始を出迎えた春は、新しい紅茶を淹れにキッチンへ立つ。自分の部屋のように勝手にソファへ座った始は静かに息を吐き出した。
まだ松の内だから大福茶なんてセレクトもあったんだけど、と言いながら春が淹れたのはいつもと同じ紅茶だった。銘柄も普段通りなのは、実家の行事で疲れているであろう始に日常を感じてもらうための気遣いだとすぐにわかった。さっきのため息のような音も聞かれていたのだろう。
実家ではなく、寮での生活が日常になったのだと改めて感じながら、事務所で聞かされた社長の話を隣へ座った春に話した。
「……器用で不器用艶めき武士……」
春が肩を震わせて小さく笑う。
「ほんとにすごいパワーワードだね、それ」
いっそもうそれを今年のキャッチコピーにしたら? と言い出す春を始は睨んだ。
「断る」
脚を蹴りたかったが、あいにくふたりとも紅茶の入ったマグカップを持っている。惨事を起こさないよう、睨むのがせいぜいだ。
「じゃあ、艶めき武士は?」
「変わってないだろ。ダメだ」
ええ、いいのになぁ、などと残念がる春は、ポツリと漏らす。
「でもそっか、だから隼は薄めの色なのかぁ…」
「は?」
「うん?」
春の言葉に顔をしかめる始に、春は小首をかしげる。
「だって、対、なんでしょう?」
常日頃から、始を対の存在だと隼は言う。だから春の認識も間違いではないのだろう。
けれど違うと始は言った。
「お前のことだろ」
相方として隣に立つ春のことだと始は言い切る。春のイメージカラーも薄めの色なのだから、当然春を指しているのだと。
「おまえは臨機応変に動けるし、俺に合わせてどうとでも変わるだろ。変幻自在に染まれる、というのはおまえのことなんじゃないのか」
それに、と始は続ける。
「隼の場合、染まれるというよりは染めるからな」
彼のペースに巻き込まれたことは数知れず。薄めの色イメージでも隼は自分の色に他者を染めるタイプだ。
「確かに」
巻き込まれたあれやこれやを思い出しながら春は頷いた。
「薄めの色だけど、やっぱりそういうところは隼はリーダーなのかなぁ」
一番上に立つ存在だからこそ成し得るのであれば、やっていることはともかくとして、隼は確かにリーダーなのだと春は納得したようだった。
「俺も、あいつのおかげでよく頭が真っ白になるしな……」
始ラブを公言する隼の言動に、海や陽をはじめとしたプロセラの面々は扱いにだいぶ慣れてきたけれど、いまだに始はどう対処すればいいのかわからなくなることがある。困惑で表情と思考を固まらせてしまう始を春は小さく笑った。
「さすがの魔王様だよねぇ」
「……もうちょっとどうにかなってくれればいいんだがな」
「あれはあれで面白いからいいんじゃない?」
「春」
恨めしそうに睨んでくる始にふふっと柔らかな笑いをこぼし、春はローテーブルへマグカップを置いた。
コトリ、とマグカップの底がぶつかる音がする。
「はじめ」
不意に春の唇からこぼれる音が変化する。春のまとう空気が変わったことを察知した始が上半身を春へと向けた。
「器用で不器用艶めき武士の始さん」
「おい」
「俺を紫色に染めてくださいな?」
始の耳元で甘い声が響く。
どこでスイッチが入ったのかはわからない。けれど春が明確に始を求めている。
年末も仕事で忙しくてお互いの熱をわかちあったのはずいぶん前だと思い出してしまうと、身体は急速に春を求めはじめる。始もマグカップをテーブルに置き、顔を春に近づけた。
「色が戻らなくなっても知らないからな」
3月になって困るのはお前だろうと言いながらも始の腕は春を抱き寄せている。
「そこは変幻自在でどうとでも」
したたかに笑う春の唇を己の唇で塞ぎ、覚悟しろよと始は笑った。