電車で○○プレスされちゃう話(炭善)判断を誤っていたと気づいたのは、人がごった返している駅のホームを目の当たりにした瞬間だった。
「これ、まじかぁ……」
「凄まじいな……」
時刻は午前9時過ぎ。そして本日は平日である。
世間で言うところの“ラッシュアワー”のピークを過ぎた時間だと予測していたのだが、予想外の事が起きた。
「信号トラブルで遅延だって……」
「あぁー……」
携帯電話で運行情報を確認した善逸の一言に、炭治郎は額を覆う。こんな事になるなんて思いもしなかった。
事の発端は数日前。いつものようにいつものメンバーで昼食を摂っていた時だった。
善逸が突然「創立記念日の休みに映画を見に行きたい」と言い出した。
が、あまりにも唐突だったので、伊之助は祖母の買い物の付き添い、玄弥は兄のバイク修理の手伝い、カナヲは姉やアオイ達とお出かけ、と予定が空いてる者が炭治郎のみだった。本当は炭治郎も店の手伝いがあったのだが、その場に居た禰豆子が「私が手伝いに出るから大丈夫。たまには羽根を伸ばしてきて」と申し出てくれた。(実際はパンを咥えてフガフガ喋っていたが)なお、善逸の本当の狙いは禰豆子と出かける事だったので彼女の申し出にがっくりと肩を落とした。
しかしながら久しぶりに二人きりで出かける事になり、善逸から浮かれたような“匂い”を感じた炭治郎はこっそりと彼にしか聞こえない音量で「デートだな」と耳打ちする。すると彼の頬が真っ赤にそまり期待するような匂いが更に濃くなって、炭治郎は隠れて笑った。
二人は皆にはまだ隠しているが、影で恋人同士の関係になっている。
ここまでは良かったのだが、二人で待ち合わせの計画を進めるうちに善逸が見たいと言っている映画が午前中しかやっていない事に気づく。他に見たい映画があるわけでもないので、だったら少し早いが朝に待ち合わせて見に行こう、という結論に至った。「朝は混んでるんじゃないか?」という不安もあったが、「9時過ぎくらいならそこまで混んではないだろう」という希望的観測に陥ってしまった。
それらがこの混雑に遭遇した経緯だった。
「ど、どうする? 今日は映画止める?」
「うーん、と言っても他に行くところもないしなあ。こんなに朝早いと……それに、今日逃したらもう終わりそうなんだろ? その映画」
「う、うん……。そうだけど……あっ!」
立ち止まって相談しだした二人だったが、後ろから来た若い女性が善逸にぶつかった。女性は追い越しながら舌打ちして行き、いかにも迷惑そうな視線を寄越した。
「こ、こわ……っ!」
「大丈夫か?」
「うん……。と、とりあえず並ぼ」
二人はそれまで気づいていなかったが、混雑を極めている駅のホームは人の流れが出来ており、その流れを止めて立ち止まった二人は白い目で見られていた。遅延している事もあってか、皆イライラピリピリしている。よく知っている地元のターミナル駅なのに、時間帯が違うだけでこんなにも雰囲気が変わるとは。
炭治郎と善逸は止むに止まれず、列を乱さないように乗車目標に並ぶ事にした。
が、着いた電車を見て唖然とする。
「これに乗るのか……!?」
「え、てかもう乗れなくない……!?」
着いた電車の扉が開くと、既に人がぎゅうぎゅう詰めに押し込まれている。何人かが降りていったが、列に並んでいる人数を考えると釣り合う数ではなかった。それなのに、炭治郎達には信じられない事に並んでいる者達は乗車口に詰めかけ、我先にと乗り込もうとしていた。
「は!? 嘘でしょ!? こんな、むぐっ」
善逸が悲鳴に近い声を上げていたら炭治郎に口を塞がれ、他の乗客と同じように乗り込んでいった。
(うそうそうそうそでしょ!? 何でよ!)
(良いから、もう乗るしかないよ。皆イライラしてる……)
炭治郎に小声で言われて耳を澄ませてみると、確かにその場に居る多くの者が凄まじい苛立ちの音を出していた。
働く彼らにとって毎日すし詰めの満員電車に乗るのは不可抗力であり、避けられない事なのだ。ただでさえストレスの多い環境に何も知らない高校生が呑気に乗り込んできてワーワー騒ぐのは、苛立つ事この上ないのかもしれない。皆何も言わず無言だが、怒りの音や匂いが凄まじかった。
善逸は勢いに流され電車に乗り込んだ。しかし、また思いも寄らない事態が起こる。
「ちょっえっうそっ」
「善逸っ!」
善逸が体が小さいせいか奥へ奥へと押し込まれていった。はぐれそうになった炭治郎は、思わず迷惑を承知の上で人をかき分けて追いかる。最終的に善逸はドアを背にもたれかかる事になり、そこに炭治郎が覆いかぶさるようにして前に立った。
(善逸、平気か?)
(う、うん……ごめんねありがとう……)
こうすれば善逸は多少炭治郎の腕の分だけ余裕が出来る。とはいえ、すし詰め状態の車内という状況には変わりない。
最大限まで人が詰め込まれた電車というのは拷問以外のなにものでもない。もはや“他人に肌が触れて不快”なんてレベルではなく、密着しすぎて体温や皮膚の肌触りまでありありと伝わってくる具合だった。
(うう……うるさい……)
(におい、きついな……)
二人の場合、そこに音とにおいが加わる。これほどまでの人口密度の濃い場所に来たのは二人とも初めてで、多くの知らない者の音やにおいに具合が悪くなってきた。
目的の駅までは二駅だが、快速の為乗り続ける時間は長い。次の駅で人が降りて少しでもスペースが空く事を二人は祈った。が、その願いは叶わないどころか全く真逆の事態になる。
(えええうそでしょぉ~~~!?)
やっと次の駅に着き数人降りたかと思ったら、再びその倍の人数が乗り込んできたのだった。
ホームの乗客はこの状況を解っているのに、仕事に遅刻しない為か無理やりぐいぐいと押して乗り込んでくる。もはや乗車率は150%をとうに超えており、それぞれの身体に他の乗客のカバンやら腕時計やら肘やらが食い込んでいた。
善逸は炭治郎に覆われている為他人との密着は少ないが、炭治郎は背中や脇腹にもろに食らっている。善逸を押しつぶさないように必死に腕を突っ張っているが、乗り込んでくる乗客たちがそのスペースさえ寄越せといわんばかりに背中を圧迫してくる。そこまでして電車に乗りたいのか。
善逸は苦しむ炭治郎の顔を見ながら、通勤ラッシュを甘く見ていた事を後悔していた。
(くっ……)
(た、炭治郎、腕離せって。俺に寄りかかってもいいから!)
(だが…………あ!)
「ふぎゅぅっ」
炭治郎の努力も虚しく、ダメ押しで乗り込んできた乗客の圧に負けてしまう。凄まじい圧力で押された炭治郎は思わず目の前に立つ善逸を押し潰してしまった。
車内に間の抜けた、善逸の潰された声が響いた後電車は重たい動作で走り出した。暫くして遅延と混雑を詫びる無機質な車内アナウンスが流れる。乗っている客のほとんどがうんざりしたり大きな苛立ちを抱えているようなにおいや音を発しているというのに、それを声高に主張する者はおらず車内には奇妙な沈黙ばかりが流れている。
(すまない、善逸大丈夫か……!?)
(う、ぐ、ぐるじいよぉ、たんじろ……)
(うう、すまない……もうすぐ着くから頑張れ……)
今現在善逸は背後のドアと炭治郎の体に完全に押しつぶされている。比喩ではなく、本当に“プレスされている”という表現がふさわしいほど善逸の体は炭治郎の体に潰されていた。
善逸はなされるがまま、炭治郎にしがみついてその圧迫感を耐えるしかない。
しかし、電車が走り出して数分、善逸の体に変化が起きた。
(う、こ、この体勢って、なんか……!)
(ん? なんか言ったか?)
「ふぁんっ!」
「!?」
ぽそぽそと呟く善逸に炭治郎が声をかける。炭治郎の口元のすぐそばに善逸の耳があったので、かなりの小声でも聞こえたはずだ。だが、それは善逸の耳に炭治郎の吐息ごと入ってしまった。思わず声が出てしまい、慌てて自分の口を塞ぐ。か細い声だが、静まり返った車内では周りの人には聞こえたはずだ。
しかしながら、善逸には声を漏らしても仕方のないような状況が起きていた。炭治郎の体でこんなにも圧迫された事など一度もない。そもそも他人にこんなに押しつぶされた事など生まれて初めてだが。
(う、う……えっちの時だってこんなに密着しないのに……!)
二人は既に行為は経験済みだが、こんな風にぎゅうぎゅうと押しつぶすような性交はした事がない。
以前、クラスメイトから押し付けられたアダルトビデオの中に特殊性癖もの、端的に言うとレイプものの中で小柄な女優に大柄な男優がのしかかって体全体で押し潰すように犯す内容のものがあった。善逸は無理やりいたすものが苦手でパッケージからして嫌な予感しかしないので見なかったが、そのアダルトビデオのパッケージを猛烈に思い出していた。
今の状況は完全に不可抗力であり、炭治郎だってこの状況の被害者に違いない。しかしながら、故意ではないにせよ炭治郎の体で押し拉がれ困惑すると同時に、苦痛ではない別の感情が芽生えていた。
要するに興奮している。
(やばい、やばいこれ……たんじろの匂いが……あ、熱いよお……)
(善逸?)
意識してしまうともはや興奮の波から逃れようがなかった。炭治郎は薄手のパーカーにカラーシャツを合わせたシンプルな出で立ちだが、布越しに熱い体温が伝わってくる。匂いも、炭治郎程鼻が良くなくたって、この密着具合では善逸の鼻腔に直接送り込まれてきた。汗臭さはなく、服の柔軟剤の匂いと炭治郎自身の皮膚や頭皮や髪の匂いが善逸の嗅覚を刺激する。また、一般的な高校生とは思えないほどの身体の逞しさが服越しでさえありありと感じられる。そして何より、その肉体で押し潰されて加圧されている苦しさが性的な興奮に変わっていた。
(あっあっやばい、やだやだやだ、なんでっなんで、こんなので……っ!)
(善逸っ? まさか……)
一方で、炭治郎は炭治郎でこの状況に狼狽しながらも、自分の腕の中で小さな身体を押し潰される善逸に僅かに昂りを覚えていた。しかしながら、彼は善逸よりは冷静だった。背中が他人と密着しているので周囲に気を配らなければならない。
しかし、それも善逸から性的興奮の香りを嗅ぎつける時までの事だった。
自分の身体に覆いかぶされぺちゃんこにされながら興奮の匂いを発している。
まさか、こんな状況で───?
そう思った瞬間、炭治郎は自分では感じられはしなかったが、禍々しい程凶悪で強大な”音”を発した。
「ヒッ────!?」
よく聞き知った、だがこんな場所で聞こえて良いはずはない音を感じて善逸は引きつった声をあげる。
恐る恐る腰をやんわり動かして確かめると、炭治郎の下半身がとんでもない事になっていた。
(た、勃ってる……! た、炭治郎まで……!)
そして気づくと、炭治郎は抱きしめている善逸の項に鼻を押しつけて何度も深呼吸するかのように匂いを嗅いでいた。
(ひっ……あっ!)
善逸は声が漏れでそうになるのをなんとか耐える。幸いな事に他の乗客は皆別の方向を向いていて二人の異変に気付いていないが、先程から唸っている(と、他の乗客には見えているはず)善逸がこれ以上声を上げたら訝しんで覗き込んでくる者も出てくるだろう。
すると炭治郎は更に善逸をドアに追い込んで圧迫する。
(あっあっ、やだ、音が……!)
善逸にだけしか感じられない炭治郎の”音”はもはや耳孔を通さずとも、彼の皮膚を通して善逸のそれに移り、骨伝導で直接脳の聴覚野に伝えられた。その感覚はまるで振動で犯されているようなものだ。
彼から発せられる激しい音が、身体の熱脈の律動に合わせるかのように響き善逸の聴覚を蹂躙している。興奮と怒りにも似た激情。ああ、向こうも気づいている。そして善逸は不本意ながら炭治郎の“スイッチ”を押してしまったのだろう。
(は、早く……早く着いて……!)
本来なら次の駅に着くまでに30分もかからないはずだ。なのに電車は車間調整の為かのろのろとスピードを落として走行している。
いくら電車が遅れたって、車内の人口密度に変化はない。その間善逸は炭治郎の身体にブレスされっぱなしだった。
しかしその祈りは虚しく、けたたましい音を立てて車両が突然止まる。
(ッッ〜〜〜〜!?? ッッ〜〜〜〜♡♡♡)
車内の乗客達は、つり革や手すりに掴まれていない者達は将棋倒しになるかのように斜めに倒れてしまい、慌てて謝る声や忌々しげに舌打ちする音が響いた。再び『停止信号の為急停止いたしました申し訳ございません』と無機質な車内アナウンスが流れるが、相変わらず緊迫して苛ついた空気で溢れている。
そんな中、別の意味で「いっぱいいっぱい」なのは二人だけ。特に善逸は急停止の瞬間、ある衝撃を受けた為声を上げそうになるのを必死で堪えた。
急停止した瞬間、炭治郎の完勃ちしたそれが、善逸の同じ部分を激しく抉ったのだった。
もちろん「下半身がとんでもない事態」になってるのは炭治郎も同じで、彼もまた声を上げそうになるのを持ち前の長男力で耐えていた。しかし彼は相変わらず背中に他人の圧迫感があり、しかも急停止した時後ろの乗客が激しくぶつかってきたせいで幾分かその痛みの方が勝っていた。
『出発します』と告げる車内アナウンスが聞こえ、果たして電車が動き出す。
善逸は既に息も荒く、というよりは息も絶え絶えな状態だった。先程催してしまわず耐えた自分を褒めてやりたいと思うほど、限界まで追い詰められている。
(早く、お願いだから早く着いてよぉ……!)
相変わらず凄まじい圧力で圧迫されている事は変わらない。それも炭治郎の身体によって。電車は今度は遅れを取り戻す為なのか通常よりも速いスピードで走り出した。その為車内は小刻みに揺れる全く忙しないものだと周りはげんなりするばかりである。
(ッ! 〜〜ッッ!!)
しかし、その揺れでさえ刺激に成り果て、善逸は眦に涙を浮かべながら炭治郎の肩口に口を押し付けて声を漏らすのを耐えた。
すると、それまでの激情の音が一気に静かになった炭治郎が、善逸にトドメを刺す。
「ぜ ん い つ」
「ッッッ─────!!!??? ンッンンンンーーーーーー♡♡♡♡」
それはもう、声が”挿入”されたのと同じで。
炭治郎の声音は男根と同じ、いやそれ以上の熱と質量を伴ってズルリと善逸の、もはや性器に成り果てた耳孔に侵入してきた。そして瞬く間に聴覚野に伝わり全身の神経を伝って本物の性器に到達する。
(あ、あ、あ、あ、あ……う、あ……)
善逸が放心状態になるのを見計らったかのように電車が駅に到着し、扉が開いた。寄りによって降り口は善逸が寄りかかっていたドアだった。
もはや足腰が立たない彼をよそに、降りたい乗客は自分勝手にぐいぐいと押してくる為善逸は倒れこむようにホームに出てしまった。
「善逸!」
それを寸手のところで炭治郎が何とか抱きかかえ地面に激突する前に受け止めた。流石に満員電車で苛立っていた客も、この時は彼らを心配するような視線を送った。
「だ、大丈夫!?」
心配して声をかけてくれた女性は先程善逸に舌打ちした女性である。
異変を察して駅員がどうかしましたか、と駆けつけてきたが炭治郎は二人に手を振って何ともないとアピールした。
「大丈夫です! ちょっと、友達が満員電車で気分悪くなったみたいで……」
「本当に大丈夫ですか? 救護室で休みますか?」
「いえ、少し座って休めば大丈夫だと思いますので」
炭治郎が駅員に断りを入れると、善逸も顔色は悪いながらも頭を下げたままこくりと頷いた。
駅員は無理はしないで下さいね、と言いつつもすぐに引き下がる。炭治郎は善逸をベンチにまで連れて行って座らせた。
「善逸、平気か?」
「た、たんじろぉ……」
「うっ!?」
善逸は人目から離れるとすぐに身体を小刻みに震わせ、熱を孕ませ潤んだ瞳で炭治郎を見上げる。そして足の間をぎゅっと擦り付ける。すると、炭治郎が唸ってしまう程の匂いをぶわ、と発した。まるで無意識だろうが、炭治郎がむせ返ってしまう程のこの匂いは、自室で身体を重ねている時に発する────
「ど、どぉしよう……俺、たんじろぉにぎゅうって、されて……え、えっちな気分にな、なって……」
そして、駄目押しの一言。
「で、出ちゃった……」
善逸はというと、次の瞬間轟音が鳴り響いたのを聞いた。
「ひっ……!?」
「行くぞ」
そして恐ろしいほど冷静な炭治郎の声音。水を打ったように静かで研ぎ澄まされた日本刀のように真っ直ぐな声ではあったが、絶対に拒絶できない圧倒的な力を持っていた。
「あ、ま、待って……たんじろぉ……!」
制止の音などもちろん聞きやしない。善逸の腕を引っ張りながら一切淀みのない足取りで改札に向かい、駅を出た後は人目がつかない薄暗い路地裏に善逸を押し込む。
映画を観る目的などとっくに消え失せた。
炭治郎は人が通らないその場所を良い事に、その日一日かけて、善逸自身の「押し潰されて乱暴にされる性癖」を泣いて許しを乞うまでその身体に自覚させてやったのだった。