伊アオ前提カナアオオメガバース(百合)キャプションをお読みの上閲覧お願いいたします。
※キャプションを読み飛ばして閲覧された場合のクレームには返信しません。
「アオイに、私の子供を産んで欲しいの」
彼女にそう告白されたのは、何もかもが終わってから数年経った頃の事だった。
この世界には男と女─雄と雌以外にもう一つ性別がある。第二性別──英語ではオメガバースと呼ばれる。
三種類分かれているその性別は、人間の意思には関係なく他方が他方を支配する社会を構成しようとする性質がある。
それは幕末に制定された我が国の憲法の一部であり、思想家たちの多くが提唱する「全ての人間は法の下である」という観念に矛盾する生理的機能である。近代において米国はじめ多くの先進国が平民が貴族に仕えるという封建社会を廃止し、平等性を宣言している。我が国も維新後はそれに倣ってきた。それでも古くから続いた身分による差別偏見が人の意識くら根強く消えないのは、人々の意識がそう簡単に変えられるものではないのとこのオメガバースの存在が起因している。
そもそも我が国ではオメガバースは公に認知されていないものだった。それ故に「オメガバース」に対応する言葉がなく、その概念が海外から持ち込まれた際その言葉をそのまま使うことになった。
何故なら我が国は国民のほとんどがベータで、オメガバースの特性とも言えるべきアルファとオメガが極端に少ない国民性だったからだ。
それ故にアルファが支配し、大多数のベータが社会性を維持するこの国では異質の存在となる被支配性のオメガは存在を隠匿されてきた。
その扱いたるや悲惨なものである。
オメガの最大の特徴である発情期を抑える特効薬が開発されたのは、ごく近年の事だった。それまでにも漢方薬や鍼灸治療により発情を和らげる治療は行われていたが、医療制度が未発達な時代に高額な医療費を支払える者は多くない。それ故にオメガに生まれた者は発情期間をじっと耐えるしかなかないのが実情だった。
貴族や富裕層に生まれた者ならまだ良い。発情期に家から出ず篭り続けやり過ごせば良いだけだ。しかし貧困層に生まれた場合そうはいかない。発情期間中に身を隠す場所が見つけられず、偶然遭遇したアルファやベータの者に手籠めにされ妊娠したまま捨てられたり、酷い時には発情に充てられ暴走し者達に嬲り殺された。そうなる事を恐れて自ら命を経ったりアルファの奴隷に陥るオメガは少なくなかったという。
そして大抵のオメガは貧困層に生まれる。被支配性であるが故に、遺伝的に他者に依存しないと生きていけない傾向が必然的に彼らをそうさせていた。稀に突然変異でアルファ型血族の中にオメガが生まれる場合もあるが、多くは存在を隠され座敷牢に幽閉されたまま一生を終えたと言う。
つまり、この国でオメガとして生まれる事は絶対に幸福な人生を送る事はできない。
しかし、それはかつての話だ。
今は特効薬が開発され、発情が抑えられるようになった。高額な為手を出せる者は少ないが、薬を買い続けるのさえやめなければ周囲にオメガである事を隠し通せる。
そう、それこそ鬼を殺せない弱い私が鬼殺隊を辞めなかった理由だ。
隊士を続けなくとも、きよ達のように看護婦などを務めて隊に貢献できる。それでも私は隊士を辞めなかった。隊士を続けていれば一般人とは比べものにならない程多い給金が貰えるからだ。
こんな傲慢な私の考えを花柱のカナエ様は理解してくださった。蟲柱のしのぶ様は薬が少しでも安く手に入るよう斡旋してくださった。
私が隊服を脱がずに蝶屋敷で働けるのはひとえに胡蝶姉妹お二人のおかげだ。私の身の上を理解した上で隊士のままここに置いてくださる。カナエ様はお館様にご進言して私を任務に行かなくても済むようにしてくださった。
だから私は、毎日ひたすらがむしゃらに働いた。
他の隊士に「戦いもしないくせに給金だけせしめている」と言われないように。実際その通りなのだから、私には何の反論もできない。私を庇護してくださる胡蝶様に迷惑をかけないように。私がオメガだから弱いのだと証明してしまわないように。
私は毎日ひたすら寝る間も惜しんで働いた。周りに気を使わせているのは承知していたが、それでも私は身を粉にするのを止めなかった。それはもはや自分の矜持を賭けた意地だったのだろう。
だから私は隠せ通せていたはずだ。私の秘めた性別を。毎日体温を測り周期を把握して欠かさず薬を飲んできた。ベータが多いこの国では発情さえしなければオメガである事は殆ど露見しないだろう。
他のアルファが気付かない限りは。
しかし、その言葉はある日告げられる。
私ね、アオイの秘密知ってたの。
姉さん達に教えられたわけじゃないよ。──気付いてしまったんだ。
こんな事言ったら、私アオイに嫌われると思う。
だけど、私の一生のお願いを聞いて。
アオイに私の子を産んで欲しい。
アオイが伊之助の事好きなのは知ってる。二人の事は応援してるよ。
でも、私はアオイの子供を育てたいの。
子供を産んでくれたら私は二人のそばから消えるから。
──お願い、アオイ。
その言葉は私がこれまで積み上げてきたものを粉々に壊し、そして私を奈落へと突き落とした。
だけど、分かっていた。
カナヲに見つめられた瞬間、もう逃げられないのだと。
カナヲのもう機能していない左眼。それでも強い生命力を宿した光がぎらつき、私を捕らえて離れなかった。
アルファである彼女が私の虚勢を剥がし、貪欲な素性を曝け出していく。
「アオイ……」
カナエ様 しのぶ様
声音にさえ熱が込められたカナヲの呟きを耳にしながら、私は思わずお二人の名を口にしていた。