短文:モブチュンと炭善ちゅん、ちゅん、ぴぴ、ぴー、ちゅちゅん、ぴぴぴ、ちゅちゅん、ぴーぴぴぴぴ
ある日の昼下がり。
蝶屋敷の縁側で一羽のスズメがそれはそれは見事な舞と歌を披露していた。甲高い歌声に合わせて尻尾を振り振り、左右にぴょんぴょんと跳ねながら踊っている。
「えぇ〜〜〜かわいい〜〜〜〜! 歌も踊りもお上手! ほら、見てごらんよチュン太郎!」
「チュン……」
野良スズメの舞の観客である善逸は、自らの鎹鴉ならぬ鎹雀のチュン太郎(本名うごき)を膝に乗せ、例のスズメの踊りを見るように促した。しかし当のチュン太郎は妙に浮かない顔をしている。その態度に善逸は首を傾げた。
「どったの? お友達が遊ぼーって誘ってくれてるんだからさ! 仲良くしないと」
「ヂュッ……」
善逸には野良スズメがチュン太郎を遊びに誘っているようにしか見えない。普段鎹鴉の仕事ばかりしてカラス達とばかり仲が良く、仲間のスズメと遊んでいるところなど見た事がなかったので何とか仲を取り持ってやりたい。しかし、チュン太郎は全く乗り気にならなかった。
それでも野良スズメは一生懸命踊って歌い続けている。
すると、先程から静観していた炭治郎が口を挟んだ。
「あー、善逸。このスズメは遊びに誘ってるわけじゃないみたいだぞ」
「え? そうなの? じゃあ何?」
「えぇと、何というか……」
「求愛行動だろ、それ」
「うわっ!? 伊之助!?」
言い淀む後ろから現れた伊之助がずばり指摘する。
「求愛行動……って事は恋人になろーって誘ってるって事!?」
「だろーな。山ん中で鳥共がやってるのよく見かけたぜ」
伊之助は野山に住む動物に関しては人の何倍も知識がある。善逸も聞いた事はあった。鳥の中にはつがいになってほしい相手に舞を見せて求愛する種類がいるのだと。
それを聞いて善逸は急に手の中のチュン太郎に吠え出した。
「なら何でお前そんなぶすくれてんだよ! こんな可愛い女の子から誘われてんのに!」
「ヂュウウウ……」
「一体何の不満があんのよ! 誘われるだけありがたいと思いなさいよね!」
“可愛い子からお誘いがかかっている”というだけで嫉妬の鬼と化する我妻善逸である。先程から怪訝そうな顔をするチュン太郎に怒りながら迫った。が、炭治郎の一言でぴたりと止む。
「善逸、このスズメはオスだ」
「えっ」
「そもそも求愛行動はオスしかしねーだろ」
「えっ」
「チュン……」
そしてチュン太郎もオス。要するにそういう事だった。
困惑する善逸とチュン太郎を他所に、野良スズメはその間も懸命に舞い歌い続けている。その目はチュン太郎に釘付けだった。
なぜチュン太郎が浮かない顔をしているのか把握した善逸はいたたまれなくなり、野良スズメに話しかけた。
「あ、あのさ君……一生懸命踊ってるところ悪いんだけど、うちの子は男の子なのよ」
すると野良スズメはピタリと踊りを止める。
「チュン!チュチュン!チュン!」
そしてまっすぐ善逸を見ながらやたらと通りのよい鳴き声で何かを主張しだした。
「何て?」
「えぇと、『彼が男性なのは承知しています! だけど僕は彼に恋をしてしまいました! お父さん! 彼を僕にください!』だそうだ」
まさかの展開に善逸はあんぐりと口を開きそのまま叫んだ。
「えぇーーーーーー!? ほっ本気なの君……!? いや確かにうちのチュン太郎はめちゃくちゃ可愛いしいい奴ですけど!? っていうか誰がお父さんじゃい!!」
「うるせーよ紋逸」
「チュン……」
善逸が一人騒いでる中、野良スズメはチュン太郎のそばまで羽ばたいてそっと隣に立つ。よく見るとチュン太郎より少しだけ大きいのでオスというのは確かなようだ。
「チュン! チュンチュ! ピピッチュン!」
「チュンッ!?」
野良スズメがチュン太郎に何か語りかけると、チュン太郎は途端に恥ずかしそうに羽で顔を隠してしまった。
「すごい……情熱的なんだな……!」
「やるじゃねえか」
「えっ何!? 何て言ったの!?」
匂いでスズメの言葉が分かる炭治郎と野生動物の事は大体分かる伊之助は野良スズメの言葉に妙に感心しだした。善逸だけが置いてけぼりである。
「で、どうなんだよ善八。こいつにお前のスズメやってもいいのか?」
「善八って何。いや、そうは言われても俺が決める事じゃなくてチュン太郎が決める事だし……。チュン太郎はどう思ってるの?」
「チュゥ……」
「チュンッ!」
野良スズメは期待した目でチュン太郎を見つめる。チュン太郎は困惑しきった顔を浮かべるばかりだった。
「……チュン!」
「あ! チュン太郎!?」
チュン太郎はそのまま飛び出していってしまう。善逸が慌てて追いかけたが、野良スズメはその場で硬直してしまった。
「フラれたな」
「こらっ! 伊之助!!」
伊之助の容赦のない一言に野良スズメはぽてん、と横に倒れてしまった。
「チュンたろお〜どうしたんだよぉ。はっきりしない態度なんてお前らしくないぞ」
「ンチュ……」
チュン太郎はそのまま飛び去ったが、屋根の上に移動しただけだった。すぐに追いついた善逸はチュン太郎を宥めようと手の上に乗せた。
「あの子、優しそうないい子だったじゃんか。恋仲になるならないは置いといて、他のスズメと仲良くしてもバチは当たらないんじゃない?」
「……チュゥン」
煮えきれない態度のチュン太郎に、善逸はため息をつきつつも頭を撫でる。
「俺はね、チュン太郎。お前にはとっても感謝してるんだよ。カラス達と並んで一生懸命働いて。そんな小さな体でさ」
「チュンッ?」
「鎹鴉の仕事をたくさんしてくれるのはありがたいけど、俺はチュン太郎にただのスズメとしての幸せもつかんで欲しいんだよ」
「ヂュンン……」
チュン太郎が善逸の言葉に瞳を潤ませていると、屋根を登る音が聞こえてくる。果たして、例の野良スズメを連れた炭治郎と伊之助が屋根の上までやってきた。
「居た居た」
「チュンッ!」
「あっ! チュン太郎!」
チュン太郎は追いかけてきたスズメの姿を見た途端善逸の懐に隠れてしまった。徹底的に避けられていると察した野良スズメは、あからさまに心に傷を負ったような衝撃を受けた顔をした。
「チュン太郎〜そこまで避ける事ないじゃんかぁ」
「そうだなぁ。わけも言わずに避けるのはチュン太郎らしくないぞ。何か特別な理由でもあるのか?」
「チュ……」
善逸に宥められ炭治郎に促されて、チュン太郎はおずおずと出てきた。そして炭治郎に向かって語り出す。
「チュン……チュンチュン、ピピピ……」
「ふむ…………なるほどなあ」
「チュン太郎、何て?」
「チュン太郎はこの子の事が嫌いなわけじゃないらしい。だが、『僕と仲良くしようとしてくれるのはすごく嬉しい。けど、僕は鎹雀の役目があって、それはすごく危険が伴う仕事。ある日突然怪我をしたり死んでしまうかもしれない身の上では、彼の家族にはなれない。だから僕の事は諦めて欲しい』と……」
「待って、さっきの一言でそんな長い意味になるの?」
「チュン太郎は誠実な男だな! 誰彼構わず求婚するようなお前の主人とは大違いだ!」
「研ぎ澄まされた言葉の刃が急にこっちに向かってきたんですけど!?」
炭治郎による突然の言葉の暴力に大打撃を受けつつも、善逸もチュン太郎がそこまで考えていた事に感心した。そして、僅かに罪悪感が募る。
「チュン太郎、お前そこまで思いつめてたんだな。……ごめんなぁ、俺が情け無いから……」
「チュンッ!?」
『えっ!?』
「俺がもっと頼り甲斐のある主人だったらお前にそんな事言わせずに済んだのに……ごめんよぉ」
「チュンッ!チチチュン!チュチュン!」
『善逸のせいなんかじゃないよ!これは僕の問題なんだ!』
自分の弱さのせいだと言い出す善逸に、必死にチュンチュンと否定するスズメ。そしてそれを迫真の演技で通訳する炭治郎。大分奇妙な光景だったが、本人達は至って真剣だった。
「チュンッ!!」
そして、その様を眺めていた野良スズメが一鳴きする。
「チュン! チュンチュチュン! ピッ!」
『俺はそんな責任感が強く誠実なチュン太郎さんが好きなんだ! やっぱり諦めきれない! 俺と一緒になってくれ!』
「チュゥ……」
『でも……』
「ヂュッ! チュン! チチチッピピッ!」
『どうしても不安だというなら俺がチュン太郎さんを守る! 今から鍛えて試験を受けて俺も鎹鴉になる! だから俺の想いを受け止めてくれ!!』
「す、すごい……本当に情熱的じゃん……」
「おお。男らしいじゃねえか」
野良スズメは熱く激しい想いを懸命にぶつけようとする。かなりの熱血漢である事が伺える。が、いかんせんその声は甲高く可愛らしい小鳥のものだ。しかしそれを炭治郎が役に入り込んで通訳するものだから善逸もつい世界観にはまってしまった。
「ほらチュン太郎……彼、ここまで言ってくれてるんだよ? ちゃんと気持ちに応えてあげなきゃ」
「チュ……」
善逸に促されるとチュン太郎はもじもじとした様子ながらも野良スズメの隣に降り立ち、小さくコクリと頷いた。
瞬間、野良スズメの顔がパァッと光り輝く。
春でもないというのに、色めいた小鳥のさえずりが屋敷の庭中に響いている。その声の主は、言わずもがなチュン太郎と晴れて恋仲になったスズメの鳴き声である。
あの後二羽は善逸に促されて寄り添って飛び去っていった。今は姿は見えないが屋敷のどこかで乳繰り合っているらしい。小さな恋人達の楽しげな鳴き声がよく聞こえる。
「何だかすげーものを見てしまったなぁ……チュン太郎……主人の俺よりモテやがって……」
急に冷静になった善逸は、再び縁側に座りながら何故か急に降ってきた虚無感を抱きながらごちる。
「まあ良かったじゃないか。チュン太郎が幸せになれて」
「まあな。あいつにはスズメとして幸せになってほしいし。それについては俺も嬉しいよ」
そう言って善逸は微笑んだ。心からスズメの幸福を願う彼の笑顔に、釣られて炭治郎も笑う。
「さっきはああ言ったけど、俺はお前とチュン太郎はよく似てると思うよ」
「ん?」
不意に語り出す炭治郎に善逸は首をかしげる。
「お前達はいつも自分より他人の事を優先して、一生懸命で、頑張り屋だ」
「へっ!?」
急に炭治郎に褒められた善逸は顔を真っ赤に染める。炭治郎は誰にでも素直に好意も敵意も表すが、善逸はこうやって何のてらいもなく褒められるのが未だに慣れなかった。
「チュン太郎はあの子の事を想って身を引こうとしたわけだけど、そうやって他人の為に自分の希望を押し込んでしまうのは善逸に似たんじゃないか? お前にもそういうとこあるだろう」
「え、そ、そうかなあ……」
先ほどと変わり炭治郎のその言葉は、褒めるというよりは心配しているような複雑な音をしていた。自分としては思い当たらない善逸は気まずくなり、話題を変えようとする。
「そ、そう言われるとあのスズメは何かちょっとお前に似てたな!」
「え、俺に?」
「うん。真っ正面から想いを伝えてくるとことか、チュン太郎の心配を取る為に自分が強くなる! とか意気込むとことかさ。どっかの誰かさんを見てるみたいだった」
「む、善逸にはそう見えたか?」
「そうねぇ」
すると、炭治郎は善逸の手をぱっと握りしめ持ち上げる。またも急な動作に善逸の心臓がびくりと跳ねた。
「なっ何……っ!?」
「なら、俺も善逸の不安を取り除く為に強くなるから! あのスズメみたいに! だから、お前は俺の隣に居てくれ! ずっと!」
「えっ………!?」
炭治郎の急な告白に、善逸は今度は言葉を失った。
「な、何で急に……冗談はよせって……」
「俺が冗談を言えないのは知っているだろう!?」
「あ、うん。それはまあそうなんだけど」
「言っとくが、俺もお前が男なのは承知している! だけど俺はお前に恋をした! だからお前の全てが欲しい! 他に聞きたい事はあるか!?」
「いやまだ聞いてないし!? あとそれさっきスズメが言ってた言葉の丸写しじゃん!」
炭治郎は先程のスズメと同じように真っ直ぐな目で見つめて善逸に迫ってくる。その目に絡め取られて指一本も動かせなかった。
「善逸……返事は?」
「あ……あの……」
返事は、聞いてないくせに。
炭治郎の瞳が更に迫ってきた。その瞬間だった。
「チュン!」
小さなスズメが、大きな声で返事をした。
「ちゅっチュン太郎!? どうしたの!? あっもしかして任務!? 任務だよね!? なら早く行かなくちゃ!!」
チュン太郎に呼ばれた善逸は真っ赤な顔のまま慌ててスズメに駆け寄る。
「チュンチュチュン?(そうだけど、どうしたの善逸? いつもみたいに嫌がらないなんて気持ち悪いよ)」
「お前! 今のは通訳なくても何て言ったか分かったぞ! 俺の悪口言っただろ!」
そしてチュン太郎とやいのやいのと騒ぎながらあっという間に任務に出て行ってしまった。縁側には炭治郎だけがぽつねんと残されている。
「……逃げられた!」
こういうところで抜けているところがある彼は一拍置いて事の事態を把握する。善逸にうやむやにされてしまったのだと。
「チュン……」
「あれ、君……」
その様子を見かねて、チュン太郎と恋仲になったスズメが慰めるように炭治郎の肩に止まった。
炭治郎は手に乗せてにっこりと笑いかける。
「大丈夫。俺も君と同じさ。絶対に諦めないから。これくらいでへこたれたりしないよ」
「チュンッ!」
炭治郎の宣言を聞いたスズメは、何故か誇らしげに胸を張った。
すると今度は空から炭治郎の鎹鴉が降りてきて、炭治郎にも別の任務を言い渡したのだった。
炭治郎は蝶屋敷を去りながら、同じく任務に向かっているであろう善逸を想う。そして、また生きて帰る事が出来たら再び想いを告げようと、心に固く誓うのだった。
後日談
「この子にも名前をつけてやらないとなあ。いつまでも呼び名が無いと不便だし」
「ああ、それもそうだな」
「チュン!」
「んなら、チュン治郎でいいんじゃねーの」
「エッ」
「エッ」
「こいつ権八郎みてーな性格してっし。紋逸のスズメとつがいならお前らだってそうなんだしぴったりだろ」
「ちょっと待って伊之助何で知ってんの!?」
「いやそれより、何でチュン治郎と言ってるのに俺の名前は間違えるんだ!?」
「チュッチュチュン!」
「何だって?」
「えっと……『とても気に入りました! 俺は今日からチュン治郎です!』だと」
「あ、ああそう……よかったね」
「よしこれで解決だな。腹減った!」
「待って伊之助! いつから気づいてたの!?」
「俺の名前言ってみてくれ伊之助!!」