短文:長男の長男が長男すぎる話(省エネ版)「炭治郎を怒らせた時、どうやって謝ればいいかわかんないんです」
秋の夜長、まだ満ちてはいないものの丸みを帯びた月の下で俺は気持ちを吐き出した。
なぜか元音柱の元上官、宇髄さんに。
「どうって、素直に謝ればいいじゃねえか。つうかおめーはいつもごめんごめんってペコペコしてるじゃん」
「そういうんじゃなくって……その、炭治郎が、本当に怒った時です」
「本当に怒った時?」
「炭治郎は優しいですから……俺とか伊之助が我儘言ったりして困らせても本気で怒ったりしないんです」
「ふぅん。本気で怒るとどうなるんだよ」
「何も言わなくなる」
「ま、そうだろうな。だいたい想像はつく」
「そうなったら、俺はもうどうしていいかわからなくなって、謝れなくなってしまうんです……」
「お前さ、謝れないんじゃないんだろ」
「えっ?」
「謝るのが怖いんだろ。謝っても許してもらえないかもしれないと思って。許してもらえないのが怖いんだろ。だから謝れないんだ」
「…………そうなのかもしれない」
昨日、炭治郎と喧嘩をした。
俺らが喧嘩する時って九割五分俺が悪いのね。俺がしょうもないヘマをしたり失態を犯したり、周りに迷惑かけたりとか。それを炭治郎に叱られて、俺はムキになって食ってかかる。そしたら炭治郎に鉄拳制裁されてそれで手打ち。すぐに暴力を振るうのは酷いって思うかもしれないけど、俺からしたら殴られるの自体は大した事じゃない。だって炭治郎は俺を一発ボコったらそれで終わりにするから。
殴られるのは仕方ない。俺が悪いんだもん。悪い事をしたら痛い目に遭うのは当たり前。炭治郎だってちっちゃい頃はそうやって親御さんに育てられたはずだ。炭治郎が叱られるところってちょっと想像できないけど。
それより、俺が一番怖いのは相手に見限られる事。
もういい、こんな奴どうしようもない、知るか。皆そうやって俺の元から去っていった。
俺はそんな風に人が去って行くのが怖くて仕方ない。その時の恐怖で夜も寝られなくなる日だってある。
俺は家族が居ない。
家族の情っていうのは簡単に切れないらしく、たいていの人──例えどんな悪人でも家族は見限ったりしない。
でも俺にはそれがない。どうなっても無条件で俺を受け入れてくれる存在が俺には生まれてこのかた居なかった。
だから人との縁が切れるのが怖くて──すごく怖くて、早く家族を作りたくて見知らぬ女の子に声をかけては求婚していた。そんな事してたらますます人が離れてくって、今なら分かるんだけど……。
そういう事をしなくなってきたのは、育手の爺ちゃんに拾われ嫌々でも鬼殺の剣士として任務に出て、仲間と言える存在に出会ったから。
炭治郎に出会えたから。
炭治郎は爺ちゃんと同じで、俺がどんなにそそっかしくて愚図でヘマをしても、どんなに弱虫で泣きべそばかりかいても、任務から逃げようとしても、俺を突き放して見限ったりしない奴だった。
俺の事を強い、凄い奴だって言ってくれて。それはまあちょっと、信じきれないけど。
俺がその言葉に、その想いにどれほど嬉しく思ってるかなんて言葉では表しきれない。こんな俺でも生きてていいんだって思える。世界中の人達に見放されたって、炭治郎一人が俺の事を信じてくれているならそれだけでいい。そう思うくらいだったのに────。
なんで俺は、そんな大事な人を怒らせてしまうんだろう。
きっと俺は“アイツ”の言う通りのどうしようもないクズでカスな人間なんだ。炭治郎が俺と一緒に居るのは時間の無駄だ。だから謝ったって意味はない。また炭治郎の大事な時間を無駄にするだけだ。
そういう風に思って、頭がぐるぐるするくらい考えてしまって、結果謝るのが怖くなる。
炭治郎に「もういい」って言われたくないから。
「地味にこじらせてんなぁ。いや、そのこじらせ方はいっそ派手だわ」
……何言ってんだこのオッサン。
俺は今なぜか宇髄さんと宇髄さんの家の一つに居る。家と言っても蝶屋敷みたいな豪邸ではなく農家が暮らすような小さな小屋。宇髄さんはこういう家をあちこちに持ってて、現役時代に任務で使っていたらしい。
俺はそこに無理やり連れ込まれた。
炭治郎と喧嘩して怒らせて、どうすれば良いか分からなくて蝶屋敷でぐずぐず悩んでいたら炭治郎が任務から戻ってきた。
そして俺は居たたまれなくなって屋敷を飛び出してきた。思い切り走れば頭が冴えて考えもまとまるかと思って呼吸を使って林の中やら峠を登って走ってたんだけど、数時間経ったら突然大男に捕まって止められた。まあ宇髄さんなんだけど。
宇髄さんは俺んちの近くで気配を殺して爆走すんな、同業者かと思うだろと怒っていた。最初意味がわからなかったんだけど、俺は大分遠くまで来てしまったらしく、宇髄さんの本邸の近くまで走ってたらしい。それも山の中で。
宇髄さんは昔の仕事の関係で今でも命を狙われる事があるから、敵襲かと思ったんだって。
俺を捕まえた宇髄さんは紛らわしい事すんなと最初はカンカンだったけど、俺の様子がおかしい事に気付いたのか、なんかあったのかと言う。この人そういうとこ本当目ざといよな。
俺はなんでもないんですと言ったけど、近くに小屋があるからそこに泊まるぞという。今日はもう夜遅い、今から蝶屋敷に戻るとド深夜になって屋敷の奴らに迷惑だろ、俺ももう疲れた、とか色々言いくるめられて連れてこられた。
そして俺は今、宇髄さんと囲炉裏を囲んで悩み相談をしている。
「派手に纏めるとアレだな。要するにお前は謝り方がわかんないから悩んでるんじゃなくて、許してもらえないかもしれないから悩んでんだろ」
「……言われてみたらそうなんだと思います」
「まあこういう人間関係とかの悩みはってーのはな、一見ややこしそうに見えて物事の本質が分かれば解決方法なんて地味に単純だったりするんだよ」
「そうでしょうか……」
「善逸、今のお前にとって為になることを教えてやる」
「何ですか?」
「男なんてもんはな、相手にチンコ握られてたらなんでも許しちまう生き物なんだよ」
俺の意識が宇宙まで飛んだ。
「あの、どういう」
「わかんねーか? 要するに竈門のチンコ握って擦りながら謝りゃいいんだよ」
「ハァ!?」
「しゃぶってやる方が効果的かもしんねーが、そうなっと話せねぇんだよな」
「いやいやいやいや何の話!?」
「だから、謝りながら竈門のチン……」
「ちんこの話はもういいです!!!」
何なのこの人!?
いや本当に何なの!?
俺は本当に悩んでるんですけど!!
「言っとくが、これは俺が間者やってた時に使ってた手管で、これで落ちなかった男は居なかったぞ」
「やっ……やってた!? やってたって事は宇髄さん、そういうのをしてたって事!?」
「うん? そりゃそうだろ。元忍だからな。忍の間じゃ常套手段だ」
「いやいやありえないでしょ。いくら宇髄さんの顔が心底男前だからって。こんなバカでかい筋肉ダルマに勃つ男いる?」
「ばぁか、もっと若い頃の話だよ。俺がお前ん歳くらいの時は身長も同じくらいでもっと細かったぜ。そりゃもうこの世のものとは思えない美貌を湛えた絶世の美少年だったからな」
「ああそうか……。いやそりゃまあ宇髄さんなら若い頃はそれはもう可愛かったんだと思いますけど……とりあえずすんげームカつく」
宇髄さんほどの美形なら幼い頃はそれはそれは綺麗な顔をした男の子だったんだろう。伊之助みたいな。容易く想像がつく。でも今と同じ性格だったんなら多分俺のすげー嫌いな人種のはずだ。昔の宇髄さんに会わなくてよかった。
ここまで話してて俺はある事に気付いた。
「……ていうか、宇髄さん何で俺にそんな事教えてくるんですか……?」
「うん? だってお前と竈門はねんごろだろ?」
「ハァッ!?」
あまりにも当たり前に言ってくる元忍かつ元柱かつ元上官のオッサンに、俺の声は上ずった。
「なんで……!? お、俺も炭治郎も誰にも言ってないはずなんだけど!」
「百戦錬磨の宇髄天元様を見くびるなよ我妻隊士。元部下の関係性なんて何でもお見通しなんだよ。つーかお前ら分かり易すぎんだよ。任務中も稽古中も暇さえありゃあ熱い視線で見つめ合いやがって。アレで気づかない方がどうかしてるぜ。気付いてねえのは猪頭くらいじゃねえの?」
「いやああああああ!? そうなのおおお……!?」
おかしい、おかしくない!?悩み相談をしてたはずなのに悩みが一つ増えたんですけど!
「昔の任務でなあ、とあるでけー寺に寺小姓として潜伏したんだが」
「いやあの聞いてないんですけど」
聞いてもないのに語り出した。
鬼殺隊の人間って大体こっちの話聞く耳持たない奴が多いの本当何なの!?
「坊主なんてもんは所詮金と利権に溺れた強欲な生き物なんだわ。地位がある爺ほどな。本当に徳の高い坊さんってのはどこにも属さず山に篭ってひたすら修行を積んでるから、地位にこだわらないし人前にも出ねえ。で、俺は業突く張りの狸爺共の悪業を暴く為に潜入を命じられたわけ」
「はぁ……」
「欲深爺を落とすのなんて色仕掛けが手っ取り早いから、俺は早速持ち前の美貌を最大限に活用して爺共を篭絡した」
「凄まじいっすね……」
「俺は優秀な忍だったが、たまには失敗する時もある。そこでドジ踏んじまったんだよな。寺では偉い坊主何人かや下っ端の若手何人かと関係持ってたんだけど、ある日何人かにそれがバレちまってな。嫉妬して詰め寄られたんだが、そこで俺の秘技炸裂よ」
「はあ」
「しおらしく目を潤ませて『ごめんなさい、許して?』って言いながら野郎の逸物を握る。それでもうイチコロよ。欲深坊主ならまず落とせる。何せ稚児を喰っちまうような生臭坊主なんだからな」
「いや本当何言って………い、いや。それでも許してもらえなかったら?」
「許してもらえなかったら? ………あー、それは考えた事ねぇなァ。何せそれで落ちなかった奴ァ居なかったからな」
全然参考になんねぇーーーーー!!
俺の叫び声のせいで外の森の鳥たちがバサバサと飛び去った。宇髄さんには大声出すな馬鹿と頭はたかれたけど、絶対俺のせいじゃないと思う!ほとんど俺のせいじゃないと思う!
「ちょっと真面目に話してくれます!? 俺は本気で悩んでるんです! 大体炭治郎をその色情魔の坊さん達と一緒にしないでくださいよ!」
「おう、おめーも随分言うじゃねえか。……まあまあ待て。俺が言いたいのはな、謝るきっかけなんて何でもいいんだって事なんだよ」
「はぁ?」
「謝る機会逃して、そんで気まずくなって余計に謝りづらくなってんだろ。そんで時間が経てば経つほど謝っても許してもらえないって不安が強くなる。まァ、泥沼だよな。だったらもう開き直って派手に押し倒しちまえ。そんでこっちの謝罪を無理くりにでも聞かせるんだよ」
「あのそれ謝罪じゃなくて脅迫というのでは?」
「善逸よぉ、お前も分かってんだろ。竈門がそんな小せぇ男じゃねえって事はよ」
「…………」
「アイツだったら今謝れば許してくれるはずだぜ。お前が今まで出会った人間とは違ってな。とどのつまり、お前の心意気次第なんだよ」
宇髄さんの言う通りだ。
炭治郎はいつまでも根に持つような奴じゃない。ごめんね、俺が悪かったよと心から謝れば分かってくれる。そうじゃなきゃ俺の事すごい、強い奴なんて言ったりしない。結局の所、俺が信じられないのは俺自身なんだ。臆病風を吹かせてあと一歩踏み出す事ができない。その内炭治郎から許してくれたらいいな、許してもらえなかったらいやだな、でも仕方ないな、なんて甘ったれた事を考えてる。
でもそんなんじゃダメだ。
今のままじゃ炭治郎に相応しい相棒にはなれっこない。
「………宇髄さん」
「おう、どーした」
「俺、炭治郎に謝ってみます」
「あっそぉ? んなら、頑張れ」
そう言う祭の神は言葉はつっけんどんだったが、やけに嬉しそうな表情をさせていた。
後日、宇髄さんに言われた通りのやり方で謝ったら、更に怒りを増幅させた炭治郎に抜かずの五発を決められて死にかけた。
……わけわかんなくない? 俺は宇髄さんに言われた通りにしただけなのに。
教えを伝授した宇髄さんに「もうアンタの言う事信用しねーから!」と抗議しに行ったら「バカ正直に言われた通り実践する奴があるか、バカ」と二回もバカと言われたんだけど。
理不尽すぎない!?
……まあ、結論的には仲直り出来たけどさ。
「ちなみにだけど、お前何て言って竈門怒らせたんだよ」
「えっ。今更それ聞きます?」
「そういや聞きそびれてたと思って。あの竈門が本気で怒るなんてよっぽどの事だろ」
「えっと……俺なんで炭治郎が怒ったのかいまだにわかってないんですけど……」
「ほう?」
「話の流れで、炭治郎に『俺が死んだら埋葬なんかしなくていい。森の中にでも投げ込んでくれりゃ森の獣が処理するだろうから』って言ったんです」
「…………は? 何だよそりゃ」
「だって、俺なんか死んだって埋葬したら葬儀代がもったいないでしょ。墓があったらいつまでも供養しなきゃいけないし。それなら森の動物たちの栄養になる方がよっぽど良……………あの、宇髄さん? えっと、怒ってる音がするんですけど……」
「…………お前なんか竈門にハメ殺されちまえ」
「ハァアアアアア!? 何なのそれ酷くない!? 本当酷くない!?」
「うるせーよ。金輪際お前のその手の相談には乗らねーからな。お前に必要なのは竈門の荒療治だけだ」
何で!?
何でみんなして事の顛末を話すと怒りだすの!?
俺そんなに悪いこと言った!?
そういう風に考えてしまう俺も、あと三回くらい炭治郎を怒らせて『ハメ殺されて』しまう事で自分がどんなに愚かだったか思い知らされるのだった。