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    パロディ昔話
     
     むかしむかしあるところに鬼が住んでいるという島がありました。
     その島は楽園のように農作物が豊かに実り、気候も穏やかで、清流に恵まれた土地なのですが、何せよ鬼が占拠してしまっているので、領主殿はなんとかその土地を取り戻せないかと悩んでいました。

    『鬼退治をした者には楽園の一部を授ける』

     そんな御触れを出してみたものの、おかげで腕に覚えのある強者が集まったのにも関わらず、彼等はどれだけ島へ行っても鬼たちに打ち負かされて戻ってくるだけでした。

    「どうしたものか……」

     領主様も打つ手なしと嘆いていたその時、町に流れのお侍さんがやってきました。
     このお侍さん、背丈は六尺を超え青い目をして異人のような出立ちですが、実は札付き者で咎を受けた罪人だと言います。しかし腕は確かなものだと見られて領主様はお侍さんに鬼退治の依頼をすることにしました。

    「其方が見事に鬼退治をして島を取り返してくれたあかつきには、代官殿に恩赦の申し立てをしよう」
    「いいね。最高だ」

     鬼退治が出来れば良し、もしそれが出来なくても島に渡ってしまえば自由の身になれると考え、お侍さんは二つ返事で領主様の依頼を引き受けることにしました。

     お侍さんは島へ渡る前、鬼たちがどのくらい強いのかを知るために打ち負かされて帰ってきた人たちの話を聞いて回ります。

    「俺はめっぽう綺麗な鬼を見て惚けていたら強い鬼に隙を突かれたんだ」
    「それは美人な姿で格好から鬼だと思ったけど穏やかで話し合いをしてみようと思ったところで後から来た鬼の南蛮武具で見事に返り討ちだ」
    「あの美しさを見たら流石これが楽園かと感嘆したよ。でもすぐに男の鬼に追い返されてしまった」

     どうも鬼というのは雌雄があって人間と変わらぬ見た目をしているそう。そして皆声を揃えて雌の鬼は美麗だと言います。
     お侍さんは色事にも目がなく、百聞は一見に如ずだと、張り切って鬼の住む島へと向かう渡り舟に乗り込みました。


     対岸に着いたお侍さんはまず一目で島の豊かさを感じます。
     気候は穏やかで花の香りに包まれたまさに極楽浄土と呼ぶに相応しい場所でした。
     常春の世に美人が居て、此処に酒が在れば言う事無し。
     お侍さんは早速噂の美しい鬼を探しに歩き出しました。
     河口から遡って行くこと四半刻、洛水のある場所に着いた時、一つの人影に出逢います。
     腰までありそうな長い髪は黄金色の絹糸のように美しく艶やかで、肌は透き通りそうなほど白く、ただ背丈は五尺に届かない小柄な体躯の女子おなごの姿をしています。
     あれが噂の鬼でしょうか。
     そうであれば確かに噂に違わぬ見目麗しい容姿です。

    「おい、お前は鬼か?」

     お侍さんが声を掛けた瞬間、火薬の匂いと共にぱぁんと大きな音が数回辺りに鳴り響きました。
     それは南蛮武具の鉄玉が弾かれる音でした。玉はお侍さんの着物を掠めましたが、お侍さんも向けられる敵意を察して咄嗟に身を躱しました。
     そして其方へ目を向けたところ、鬼、というにはどうも人間臭い男が一人。着物は風変わりな黒い羽織と幅の広くない袴のような召し物です。

    「随分な挨拶だな」
    「また欲に駆られた世俗の者かな? 全く懲りない連中だ」

     お侍さんは南蛮武具の男と対峙しますが、相手は離れた場所から攻撃出来るため刀で闘うお侍さんには分が悪くなってしまいます。
     しかしお侍さんも男の使う玉には限りがあると知っていて、距離を保ちながら好機を伺うため、一時その場を退散しました。
     それから追いかけっこが始まり、二人は夕刻まで林の中を駆け回りました。もう日暮れで空も暗くなってきたため、男も今日は潮時だと撤収します。
     なんとかやり過ごした──お侍さんはあの男こそが皆が言っていた美人を保護している鬼だと確信しました。なればあの小柄な鬼が美人の鬼。異国情緒溢れる容姿に強者共が懐柔されてしまったのは納得できるものの、あまりにも幼げだとお侍さんの好みには適わなかったようです。

    「とりあえず鬼退治はあの男を仕留めてからだな」

     そのためには明日に備えて休息が必要でしたが、それにしても日中走り回って流石に疲労も溜まっていました。
     楽園は農作物が豊富にあるのでどこかに何か腹に入れられるものは無いか──お侍さんはゆっくり辺りを散策し始めます。

    「とりあえず喉の渇きを潤すか」

     音に頼って清流の支流へやってきたお侍さんは岸辺で水を飲んでいました。
     すると直後ザザッと砂利が鳴りました。まさか追手でしょうか。
     お侍さんは刀の柄を握り足音の出所へ振り向きました。
     そこにいたのは先程の美人な鬼とは異なる別の雌の鬼、のようでした。

    「ん?」
    「あわわっ! もしかして人間さんですか?」

     背は五尺を僅かに上回り、お侍さんと比べれば大変小柄ですが、先の鬼の娘よりもう少し大人びていて、何より虎柄の胸当から漏れそうな白い膨らみはお侍さんの目の色を変えました。

    「鬼か?」

     お侍さんは刀を下げますが、先の例を考えて万が一あの男が襲撃してきても去なせるように距離は保ったままにしました。
     その問いに鬼はコクリと頷きます。

    「お友達から時々人間さんが来るって聞いてたけど私も遭遇するなんて思ってなかったな」

     鬼の娘は珍しい客人をもてなそうと近くにあるらしい家へお侍さんを招待しました。
     お侍さんは初めこれは謀ではないかと勘ぐりましたが、それにしても大人しく無垢な鬼の娘に興味を持ち、その誘いを受諾します。
     娘の家に着くと、中にはすでに農作物だけでなく肉や魚の食事が卓の上に用意されていました。娘の話ではこれらの食事は一人でするのではなく、自然の恵みに感謝するため、島に住む獣たちにも振舞われるとのことでした。
     楽しそうに話す娘を見て、また空いた腹の前に置かれた食事に、お侍さんは遠慮なくそれを平げ、更には酒もあると勧められて、その日はすっかり気を緩めてしまいました。

     翌朝目覚めたお侍さんは、満腹とほろ酔いでうっかり眠ってしまったことに気付きました。
     しかしあの男の姿もなく、何も謀られていない様子です。
     床から起き上がって茶の間に出ると、娘はすでに土間で食事の支度をしていました。そしてお侍さんの寝起きを見た娘は、すぐに朝飯を出すからと微笑み、一方のお侍さんはそんな娘を見て、随分久しく感じていなかった平穏を思い出しました。



     その日は朝飯に続き、娘が辺りを案内してくれると言うのでお侍さんはその申し出を有り難く受け取りました。
     島の豊かさには全く目を見張るものがあります。
     家の周りに小さな畑があり、どうやら娘が世話をしているようでした。しかし大した手入れをせずともみずみずしい野菜が取れるため、女手一つでも困らないのです。
     米も雑穀と並んで成長していて、土地なのか水なのかはその理由はわかりませんが、いずれの苗も本土よりかなり短期間で収穫出来ました。
     管理をしていないところでも木には実りが沢山あります。
     糖は蜜を出す幹から採り、塩は海や鉱物から得ました。
     鬼だから娘はなかなかの力持ちで、稲の脱穀や塩の精製、大豆を挽いて醤油をこさえたりと何でも一人でこなしました。
     川辺に着くと今度は魚を獲っていきます。川魚だけでも清流の中にきらきら光るほどにいますが、河口に行けば海の魚がもっと沢山いると娘は話していました。
     海と言えば、この島はぐるりと海岸に沿って巡ることが出来、しかし昼夜続けて歩いても丸一日はかかるそうです。お侍さんが着いた場所は娘の行く方ではなく、島に住む者は本土の対岸に当たる浜辺には近づくべからずと命ぜられていました。
     時折人間が上陸するから故とわかります。

    「でも本当は人間さんのことをよく知らないんです」

     娘の話によると人間は強欲で敬いの心を知らず草木や花を踏み躙り、不要な殺生を行う野蛮な生き物だと伝えられていると言うのです。だから娘も幼い頃は人間を怖いものだと恐れていました。
     ところが娘の友達なる者がある日人間はそれほど怖いものではないと言い始めました。
     友達は何故か人間にとても詳しく、娘はその話を聞いて好奇心が出来たと言います。
     お侍さんは娘の語りをふむふむと関心を持って聞いていました。
     面白いもので鬼が人間に向けている想像図は人間が鬼に向けているものと一致しました。そのため領主様は島を鬼の手から取り戻したいと願っていたのですから。
     それにしても鬼とは一体何なのでしょうか。
     お侍さんは娘と一日過ごして鬼の正体を考えるようになります。
     ここでは食べ物に困る気配はありません。住民はそれぞれ離れて暮らしているそうで、時々顔を合わせるものの、個々で生活を営んでいました。特筆すべきは狩りの時。このように非力に見える娘が一人で如何にして食糧を得るのかとお侍さんも不思議に思っていましたが、今日の夜飯のためと鴨を獲りっていた時、一羽がまるで自分の番だとして大人しく娘の手に掛かったのです。
     娘は鴨を屠る前に感謝を目一杯伝えてから、えいっと一息に仕留めていました。
     羽は洗って布団の中に注ぎ足し、肉は叩いて団子にし、白菜や葱と汁煮に変わります。
     豊かな土地を象徴するように野菜や肉は育ちが良く大変美味でした。
     何よりもお侍さんは娘が嬉しそうに食事する様子を見て、同じような気持ちになっていました。
     酒も美味く飯も好し。おまけに器量の良い娘が側にいます。
     お侍さんもついつい仕事を忘れてしまいそうでした。
     それを娘に問われた時、お侍さんは僅かに後めたい思いを感じました。

    「そう言えばあなたはどうして此処へ来たのですか?」

     娘はお侍さんに尋ねます。
     もしお侍さんが本当のことを伝えれば、娘はどう思ったでしょうか。
     鬼を退治して島を領主様へ還すために来たのです。それとも知らずにこの娘はお侍さんに食事を出し、寝床を貸しているのですから、例え娘は見逃したとしても仲間からは恨まれてしまうことでしょう。それにまるで無邪気な娘です。己のせいで鬼たちの住処を失ったとわかればどれほど苦しむかもわかりません。
     お侍さんは真実を伝えることに躊躇いました。

    「俺は……島の暮らしを学びに来たんだ。本土はすっかり人でいっぱいだからな」
    「じゃあもっと此処にいるのね!」

     娘は満面を笑顔で埋めながら喜びました。
     それを見たお侍さんは、どうせまだ誰も成し遂げられていないことでありもう少し鬼のことを知ってからでも遅くないと言い聞かせていました。

     
     
     あれから七夜をお侍さんと鬼の娘は一緒に過ごしました。何でも娘一人でやれないことはありませんが、島の暮らしを学ぶと言った手間、お侍さんは娘の仕事を手伝います。
     大きい動物を狩ったり捌いたりは体力が要りますから、これをお侍さんが担ってくれれば周りの動物たちにもたくさんご飯を分けてやれました。
     
    「わあ! 人間さんは強いんだね」
    「んー、人間だからっつーか男だからだな」
    「オトコ?」
     
     娘は不思議そうな顔をします。
     考えてみれば、お侍さんは娘に出会って以来、別の鬼とは全く会っていません。娘も一人でいることに慣れすぎているのか家族を感じさせる言動も聞いていませんでした。
     人間の中でも幼いうちは性別の違いを正しく受け止められないことはよくありました。
     娘は少なくとも元服は過ぎていると見受けます。結婚をできる得る歳にも関わらず性の営みもわからないのでしょうか。
     しかしお侍さんは島に来た初日に男の鬼と会いました。鬼同士は一緒に過ごさないのかもしれませんが、雌雄の違いは存在しているし、鬼の社会でもそれが常識だと思えます。

    「鬼にだって雄はいるだろう?」
    「雄の鬼? そういえば雄の鬼っているのかな?」
     
     鬼は狩りをするので動物の雌雄については娘も区別がついていました。卵を産むのが雌鶏、乳を出すのが雌の牛や羊。
     お侍さんはそれと同じだと言いますが、娘は未だに疑問を持っているようでした。
     
    「動物と一緒だろ? 鬼も、人間も。雄と雌があって、交合してガキを作るんだよ。じゃねーと後継に困るからな」

     そうしたら説明にも娘は今ひとつ考えが及んでいませんでした。お侍さんは娘が貞操を装っているのではとも思いましたが、あまり露骨に言うのも憚られて、その時は言葉を濁して終わりました。
     
     その翌日のことです。
     娘は朝一番の少し出かけてくると言って家を離れていました。その間にお侍さんは薪割りや脱穀など体力のいる仕事を先にこなしていきます。
     久方ぶりに一人となったお侍さんは、今を振り返ってみて、なんだか自分と娘が夫婦になったような気持ちになりました。
     お侍さんは罪人です。領主様の依頼を放って本土へ戻っても、こんなに穏やかな生活は手に入れられないでしょう。それならばずっとここにいて、何も知らない娘と新しい生活を始めても良いのではないかと考えました。
     領主様の依頼はまだ誰もなし得ていません。これだけ人に会うことも少ない場所です。蔑ろにしたところで誰にも罰せられないと思えば、お侍さんはすっかり島の居心地の良さに馴染み、このまま娘と夫婦になっても構わない、と思い始めていました。
     娘が帰って来たらそれを話すつもりだったのです。
     ところがお昼を迎える前に戻ってきた娘は、目を真っ赤にして泣き腫らした様子でした。今もまだたくさんの雫が流れ落ちています。
     一体どうしたのでしょう。お侍さんはそのような娘の姿を見てとても心配になりました。
     その理由はつい今しがたお侍さんが抱いていた期待を削ぐものでした。
     
    「どうした⁉︎ 何があった?」
    「……あなたは……、早くこの島から出て!」
     
     それを聞いたお侍さんは、娘が本当の目的を知ってしまったのだと考えました。そして怒って島から追い出そうとしているのだと。
     しかしながらお侍さんはもうそんな気などありませんでした。だからきちんと話をすれば気の優しい娘のこと、きっと許してくれるだろうと思いました。
     ですが、娘は思いも寄らぬことを言います。
     
    「待ってくれ。俺はもうここが好きだから、悪いことをするつもりは全くない」
    「ううん……、これ以上ここにいたら、あなたは本土へ帰れなくなってしまうから……」
     
     帰られなくなってもお侍さんは一向に構いません。それでも娘はお侍さん島から出るように願います。
     
    「違うの……。私、知らなかったの……ここの食べ物は人間さんに毒なんだって……」
    「毒?」
     
     まさかこれほど美味な食事が体に悪いとは、お侍さんも俄に信じられません。
     ただ娘がぼろぼろと泣き崩れる様子に、それが嘘ではないのだろうと推測できました。
     お侍さんは何もせず本土へ戻ったところで、いずれにせよ死罪が待っています。それなら毒であっても娘と過ごして死んだ方が幸せではないかとも思いました。
     しかしこの娘であれば、お侍さんが死んだことを自分のせいだと思い込み、自死に至るやもしれません。利己的な選択で娘を悲しませるのはお侍さんにとっても本望ではありませんでした。
     
    「わかった……」
     
     お侍さんは娘の忠告を受け入れて引き下がりました。

     娘は船着場へ近づけません。お侍さんは娘に簡単な礼を伝えると、一人で海岸へ向かいました。
     あの日以降何人も上陸していないのか、お侍さんが乗ってきた舟はそのままになっていました。それにしても僅か七晩ほどだというのに小舟は相当劣化しています。
     このまま乗っていけば途中で沈んでしまうかもしれませんが、どの道死ぬ以外に先のないお侍さんにとっては関係ありませんでした。
     縄を解いて出航しようとした矢先です。浜を歩く人の気配を感じてお侍さんが辺りに目を配ると、そこに見覚えのある人影が映りました。南蛮武具を使う男の鬼です。
     お侍さんは既に相手へ敵意はありませんでした。殺されるのなら、むしろ好都合。お侍さんは一度舟から降りて、近づいてくる男を待ちました。
     
    「撃たないのか?」
     
     お侍さんは男へ尋ねますが、男は武器を抜かずに一定の距離だけを保って足を止めました。
     
    「まさか……まだいたんだね。もうとっくに出て行ったと思ってたのに」
    「はっ! 生憎様だな。……でももう行くさ。追い出されちまったもんでね」
     
     もし食べ物が毒でなかったなら、娘はお侍さんと一緒に居てくれたでしょうか。追い出されたとは語弊があるもの、娘にとってもそれは不本意なことだったとお侍さんは信じていました。
     男はお侍さんの話を聞き、ふぅっと深く溜息を吐きました。
     
    「ご飯は……どのくらい食べたんだい?」
     
     男もそれが毒だと知っているようです。
     
    「八日ほどだ。毎回三食は欠かさず食べていた」

     お侍さんは男へ答えながら短いながらに娘と過ごした時間を思い起こしていました。
     一緒に野草を摘み、畑の世話をして、狩った獲物を捌きました。娘がご飯をこさえる間にお侍さんは薪を焚べて火を起こしました。炊き立ての米と作り置いていた伴菜に肉の煮込みや焼き魚を一緒に食べました。
     外に出かける時は握り飯を持って野原で齧り付きました。
     夜は硬い綿布団の上に狩りで得た獣の皮を鞣して作った柔らかい敷物を置いた寝床で並んで横になっていました。
     そして更けるまで色んな話をしてからからと笑っていたかと思うと、いつの間にか静かになったら今度は寝息が聞こえてきました。
     お侍さんの罪は人斬りの咎です。ある日辻切りが人違いでお侍さんへ斬りかかり、それを返り討ちにしました。ただ許可のない人斬りは罪です。お侍さんは全国津々浦々を逃げて歩きましたが、食うためには仕事がいり、用心棒やら浪人衆で食い扶持を得ましたが、結局は人斬りのため、罪を上塗っていき、行き着いたところでお上から死罪を言い渡されました。
     いつも命を追われては奪ってきたお侍さんに平穏はありませんでした。娘と出会うまでは。
     たったの八日でしたが、この短い日々はお侍さんがずっと夢に見ていた時間でした。
     男へ答えるお侍さんはとても幸せに笑っていました。
     それを見た男はお侍さんへ語ります。
     
    「……じゃあ、もう手遅れだね」
    「そうかよ。ま、悪くない終わりだ」
    「お前は、この島のことを知らずに来たんだろう? 鬼なんて、いないことも知らずに」
     
     男の話はお侍さんの想像を超えたものでした。
     なんとこの島は常世だそうです。本土にある社の影響で、時々現世との繋がりが出来てしまうと言います。常世に来た生者は囚われて帰還できなくなってしまうため、男は来る人間を脅して追い返していました。
     鬼とは常世の住民、すなわち神に近い霊体なのです。だから動物たちが自ら体を差し出していました。
     そして男はと言うと、お侍さんと同じ境遇だったと言います。
     常世への入り口は何も一つではありません。男は日の国とは別の場所からやってきました。異端と呼ばれ、最終審問を受ける直前に、突然入り口が開いたと言います。
     男は古文書や伝承を追求する学者でした。そのため常世へ着いてすぐ、そこが現世でないと悟ります。言い伝え通りであれば長居をすると後戻りはできません。しかし男にも戻る場所はありませんでした。
     そうして悩んでいる時に、男はうら若い小柄な娘に出逢いました。娘は人間に興味を持って男に親しみを抱きます。
     これが常世の住人。その純粋さに男は心が惹かれました。
     同時に現人が稀に常世を我がものへと野心を持ってやってくることもわかりました。
     それならばここへ留まって娘と過ごしながら、常世に異質が混ざらぬよう見守る役目を買って出たのです。
     覚悟があれば現人でも常世にいられますが、それを選ぶと現世では亡き者になりました。
     
    「なんだ、そんなことか」
     
     お侍さんは男の話を聞いて晴れ晴れとした気分でした。
     
    「じゃあ、戻っていいんだな?」
    「……それ以外にないからね。ただ守りの役は半分任せるよ」
    「お安い御用だ」
     
     そうしてお侍さんは娘の住処へと急ぎました。
     家に着いた時、娘はずっと泣き続けていましたが、お侍さんの姿を見て、結局戻れなくなっていたのかと己を責めてしまいます。
     お侍さんはそんな娘を慰め、もう心配しなくても良いと話しました。これからはずっと一緒にいられるのだとも。
     それを聞いた娘は、理由は兎も角お侍さんがご飯を食べても死なずにいてくれることを喜びました。
     
     お侍さんと娘は再び一緒に過ごし始めました。毎日美味しいご飯を食べて、美しい自然の中を歩きました。
     お侍さんは島のことをたくさん習いましたから、今度はお侍さんが娘に人間の風習を教える番です。
     ここは永遠の世。時間は有り余っているのでお侍さんも急ぎはしません。
     但し、常世の住民になったからとは言え、煩悩は消えてなくなりませんでした。
     いつか娘と夫婦の契りを交わす望み。お侍さんがその悲願を果たすまでまだまだ掛かるので、このお話は一旦お終いですが、終わりのない世で二人はいつまでも幸せに仲睦まじく暮らし続けています。
     
     
     ──完──
     
    ぴー子[UDUL] Link Message Mute
    2022/01/04 13:34:12

    パロディ昔話

    人気作品アーカイブ入り (2022/01/26)

    ##パロディ


    壁打ちしてた鬼ちゃん話。
    完結してます。節分先取り?

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