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    NEGATORS
    『非管理下の否定者が逃走中です。市民の皆様は外出を控え、戸締まりを行ってください』

     町中にアナウンスが響き渡る。それを聞いた民衆は、ある意味慣れたようにパニックも起こさずその指示に従っていた。
     ── 否定者、それはこの世の理を打ち消す能力を持つ者。変化、瓦解などの事象や、回避、接触という行為、あるいは真実や正義と言った信念、これらを否定し、物質や人へ制限を与える特殊な力。大多数には備わらない才は、まさに選ばれし者として人々から敬意と畏怖の対象と捉えられていた。
     その特殊性ゆえ、否定者は大まかに三通りの生き方をする。能力を隠し、あるいは気付かず一般人として生きるか、それとも力を活かして欲望のままに生きるか、もしくは管理者とされる組織に所属して、そうした悪の芽を摘む者となるか。
     今現在、組織から追われている男は、どちらかと言えば一番目に当たる。日和見主義で何にも縛られずに生きることを信条としていた。その自由を守るために相手を傷つけることも躊躇わない姿勢が、組織から目をつけられる所以となる。それでも誰一人彼を捕らえることは出来ていない。何故なら彼は、不死と呼ばれる、この世界で最も特殊な否定者だったからだ。
    「首を切れ! そして再生される前にポッドへ格納しろ!」
     五、六人のスーツを着た男たちが、そう発したリーダー格の指示で執拗に彼を追いかけていた。
    「ったく、面倒くせぇな……」
     少し遊んでやるか。そう言わんばかりに街を駆けていく青年。年齢は推定二十代半ばから後半、容姿は長身で上半身裸のおかげで肉体はかなり鍛えられているとわかった。服装は至って雑。破れた箇所のあるジーンズに、底がやや擦り減ったスニーカーを履いている。人種はコーカソイドに分類すべきだが、話す言葉は多彩なに及んだ。髪は短くラフに掻き上げたシルバーブロンドと、とにかく目立つ要素が多い。そのため捜査網にかかりやすいが、いかんせん不死と言うことで、例え足止めとして発砲しても、反対に肉体を再生する力によって加速が増し、まんまと逃げ仰せられるのが常だった。
     死が意味をなさない男にとって、高所から飛び降りたり、鉄道車両に衝突することは恐れではない。そうした障害も難なく走り去っていく青年を、ハンターたちはそれでも諦めずに追っていく。だが相手はそれをものともせず、途中数名の捜査員を派遣するも、捕まえるのは容易でなかった。
     いや、それはある意味彼らの作戦だった。道中に現れる敵から逸れるために、それとは反対の方向を選ぶ。そうすることで自然と行き場所が誘導されていたのだ。青年がそれに気付いた時には、三方を建屋に囲まれた袋小路に入っていた。
    「止まりなさい! アンデッド!」
     眼前の捜査員らしき人物が、銃を向けながらそう言い放った。
     彼女──、不死の青年はまず女性であることに驚いたが、その人は組織のユニフォームとされる黒いスーツを着用している。性別のせいか、タイトスカートに黒いタイツ、足元は動きやを重視してか革のローファー。銃を持つためか、手袋を着用している。髪は黒く、ショートボブ。その上には服装と似つかわしくない赤いニット帽を被っている。アジア人種、色白い肌、身長は青年より頭一つ分と小さい。年齢はわかりにくいが、特に胸元は豊かで少なくとも十八歳以上だろうと見繕った。
     しかしこの不死の男に銃など効かないことは、組織の人間ならばわかっていることではないのか。緊張した面持ちで銃を構える相手に、彼は余裕を持って遇らう。
    「はっ! あれだけ大騒ぎして捕まえたがってるのに、いざと言うときくらいもうちょっと手強そうなの用意しておけよ」
     そういうと、青年は彼女に向かって歩を進めた。
    「と、止まりなさいって! ちょっと!」
    「撃ってみろよ。撃ったって別に死にやしねぇし」
     どうせ素人だ。彼女が震えていることこそがその証拠。相手は碌に訓練も受けていない新人だと彼は察し、その警告に構わず、余裕の笑みを浮かべてさらに彼女へと近づく。
     彼女は自身の言葉に何の戸惑いもなく接近してくる男を見据え、少し手元を揺らしていた。恐れからか、距離がじわじわと詰められ、思わず後退りをしてしまう。
    「と、止まって! お願いだから!」
     そう繰り返し言うも、男は全く意に介さない。そしていよいよ手が届きそうなところまで、彼はやってきた。不意に伸ばされる腕を察し、彼女は眉間を寄せて、冷や汗を伴いながら酷く動揺する。
    「撃ってみって、ほら」
     男の手が銃を持つ彼女に触れようとするその時、彼女は狼狽のあまり銃を下げて叫んだ。
    「お願い! 触らないで! 触っちゃダメ! ダメなのっ!!」
     その焦りが尋常でないように思え、男はふと手を止めた。
    「……お前も否定者か?」
     触れば能力を発動する、そう思えばこの態度も釈然とする。彼の問いに、彼女は震えながらもう一度銃を上げると、涙にも見える汗を目に滲ませて無言で小さく頷いた。
     肯定の合図を見るや、男はニマッと口を歪めて笑みを作り、そして彼女の手首を掴んだ。そこはちょうど、袖と手袋の間の肌が露出された部分。
    「ああああぁぁっ……! さ、さわったーっ!!」
    「大袈裟だなぁ。お前の能力はなんだ?」
     そう聞くが先か、彼女の動揺にいささか驚いて油断した彼に手は、すぐに振り解かれた。
     そしてその直後、彼の頭上に影が映る。青年は気づいてそこへ振り向くと、一片の壁となっていた倉庫の屋上から、鉄筋の束が降って落ちて来る寸前の光景を目の当たりにした。
    「マジか……」
     そう思った時は既に遅し、複数の棒が彼の体を突き刺し、残りは重なって彼を押し潰す。
     それは恐らく彼女が能力者だから。鉄とコンクリートが入り乱れて騒音を立て、砂塵が舞い上がる中でも彼女自身に被害はない。ただその様子を見届けるしかなかった。
    「ヒィィィ……ッ! だ、だから言ったのに……」
     また人を殺してしまった……。彼女はそう呟くと、後悔の念を浮かべ、その場にへたり込んでしまった。
     しかし間もなく、その弔いはこの男に不要のものであると知る。
     もぞもぞと瓦解した鉄筋が動いたかと思うと、突然その奥から声が聞こえた。
    「また? 初めてじゃないのか?」
     それは今まさに眼前で事故に遭った男のもの。彼女は驚きのあまり目を見開いて、その発生源を見た。
     さらに大きく崩れようとする鉄山から勢いよく何かが飛び出る。数滴の赤い雫に沿って辿ると、そこには宙にいる肉塊。よく見ればそれは不死と呼ばれる青年の一部で、彼女が形を認識した時にはすでに体の大半が再生しており、残る四肢が先端へ向かって元通りになっている最中だった。
     そのグロテクスさに、彼女は思わず吐き気を催す。しかし今は職務中。かろうじてそれに耐えているころ、男は完全に元の人間体になっていた。ただし衣類を除いて。
    「何を否定したらこんなことになるんだ?」
     含みを持った笑みのまま、再度彼女に近づく男。相手は腰が抜けたようで立てずにいる。その目は怯えを表し、絶望の色に満ちていた。
    「そんなふうに見なくても、意外と俺は紳し……」
     言い掛けて、己の背後から複数の気配を感じ、言葉を止めた。振り返るとそこには先程から彼を追っていたスーツの男たちが、各々武器を構えながら青年に対峙していた。
    「さすがにこれでも死なんか……。まぁでも予定通り足止めはできた。『アンラック』、よくやった」
     アンラック──。そう呼ばれたのは間違いなく彼の後ろにいる彼女のことだと察する。その名称から、能力は運を否定しているのか。それにしてもそう言い放った男の態度に釈然としない。
    「えらい物言いだな。こいつはお前らの『否定者様』じゃないのか?」
     そう、組織は同じ否定者によって立ち上げられたと聞いている。それもそのはず、管理する者がその対象より強くなければ意味がないからだ。通常であれば、否定者は上級職、そう思うのが自然であるが。
     問われたリーダーらしき男は、ふんと一度鼻を鳴らして述べる。
    「『否定者』にだって格があります。当然ながら全ての決定権や、凶悪な相手に挑む力は、選ばれし『彼ら』が持っている。だが、こいつみたいに一般人と変わらず、能力の使い方も分からない連中は、命を賭して任務にあたる我々ハンターにすら及びません」
     それを聞きながら、彼女が俯いて目を伏しているのを彼は見つけた。そして表情から喜楽を消し、冷ややかに台詞を続ける男に見やる。
    「能力は災害級で本来なら管理対象だが、今回は貴方を捕獲するために猶予をやったんですよ。本当は『捕獲』までこなすべきだが、素人がゆえ、我々の膳立てをしただけでも使えたと言える方か」
     その口調がいちいち間に触ると、青年は苛立ちを覚え始めた。彼自身もそうであるように、否定者には望んでなれるものでなく、また器になることを拒絶もできない。だからこそ『選ばれた者』と呼ばれている。彼女だって、恐らく望んで手にした力ではない、というのは、彼が触れる直前の狼狽えぶりからも読み取れた。
     また──そう言った彼女は以前にも自身の能力で他者を傷つけたことがあるのだろう。それも望まずにだ。そのせいで、組織に捕縛され、管理され、そして使われる。
    「案の定、貴方がそれに興味を示してくれたお陰で、こうしてようやく追い詰めることができた」
    「こいつは……俺を釣るための餌か……」
    「えぇ、貴方にはそう言う『甘いところ』があると、あの方も言ってましたので。無抵抗そうな女であれば、下心も相まって気軽に触れるでしょうと」
     これで自分は昇格できると、その男は嬉々として言った。青年の感情はいよいよ軽蔑の部類となっていく。
    「……もし俺が、敵としてこいつを殺していたら?」
     その声が凍りつくように抑揚なく発せられたことにも気付かず、男は笑って答えた。
    「それはそれで仕方ありません、所詮捨て駒です。ある方が被管理対象の処分には常々異を唱えていましたから、なかなか数が減らなくてねぇ。こうした無能な否定者が増えるのは面倒だったのですが、こちらとしては外部の貴方が処分してくれていれば食い扶持が減ったとして楽になりますよ」
     それは彼女も承知していた事実だろう。泣くでもなく、ただただ俯いているだけだった。諦めて、全てを受け入れる姿は、物悲しくも覚悟の虚無さを醸し出す。否定者だって人間──彼女がそれを体現していた。
     彼はそう話した男へ一瞥もなく黙って再び彼女に近づく。ハンターたちは青年が動き出したことに身構え直したが、指揮者が一度それを制した。
    「ようやくこちら側になる気になりましたか? ボスもお待ちかねです。ならその危険物をさっさと処分していただき……」
     その声が聞こえているのか否か。アンラックと呼ばれた女性は自身の前に仁王立ちでいる男の影に気付きながらも、顔を上げることはない。死を受け入れている──彼はそう見て取ると、その場にしゃがみ込んで彼女の顎に手をやり、くいっと顔を上げさせた。
    「あ……あぁ……」
     彼のは素手。直に触れたらまた能力が発動する。潤んだ瞳がそう伝えていた。
    「よく見たら、なかなかいい女だな」
     そう言うと、青年は元の笑顔を取り戻し、柔らかく目を細めて彼女の頬に手を添える。それからニカっと歯を見せると、後方に向かって跳ね上がるように飛んだ。
    「いい『不運』をくれよ!」
     そう叫んだ彼を呆然と見ていた彼女もその意図を理解した。そして、涙が溢れ出す。
     次の瞬間、彼が地上へ足を着けると同時に、壁の中から重機が突出し、アームに絡まっていたであろうワイヤーが中にあった大型の機械をも引き倒した。そこはちょうど、彼女とハンターたちの間。彼らを分断するように建屋が崩壊していき、簡単には越えられない障害物によって物理的な距離を作る。
     衝撃で舞い立つ埃が辺りを覆う中、彼女は自分の体がふわっと持ち上げられたことに驚いた。相手を見るとそれはまた体が再生した青年。
    「あ……あなた……」
    「俺はアンデッドだって、知ってんだろ? 『死の否定者』だ」
     白い歯をトレードマークと言わんばかりに光らせて愉しげに微笑む。
    「あいつらがいらないって言うなら、俺が遠慮なく貰っていくわ」
     そうして彼は、彼女を抱えたまま高く飛び上がり、その場から姿を消した。


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    ぴー子[UDUL] Link Message Mute
    2022/01/23 4:14:09

    NEGATORS

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    ##パロディ
    #再掲

    随分前に書いたもの。
    世界観が全然違う否定者パロディ。青年誌だったらこういう傾向かな、なんつって。

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