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    あなたに触れたくて

     ドアをノックする音。要らないと言っていたけれど、彼はいつも律儀に扉を叩いて自分が訪ねて来ていると知らせてくれる。コンコンコン、と三回鳴る音はとても特徴的で声を聞かずにも彼だとわかった。そしてそれが鳴ると私の胸も高鳴る。
     ああ、今日も来てくれた! ずっと一日一緒にいても寝る部屋はバラバラなのに。いや、あの時からはほとんど毎日夜も側にいてくれている。それでもこれは当たり前のことではないから、この合図が聞こえたらとても嬉しい。

    「よお」
    「アンディ!」

     入浴を済ませた後、ベッドの上で寛いでいたところ。ノックの音で飛び起きて、バラバラに脱ぎ捨てていたスリッパを履き、急ぎ足でドアへ向かう。カチャリ施錠を外し、ヒッチを引っ込めて、蝶番を軋ませながら重たい扉を手前に開いた。
     そこに立っていた待ち人。いつものようににこりと笑っている。歳上なのに、それも随分と離れているのに、この笑顔は時々かわいく見えた。それはきっと、気取っている様子と子供のような悪戯っぽさが混じって映るせい。その笑顔に吊られて私も彼を笑って迎え入れる。
     彼は部屋の中へ入り切ると、扉を閉めてもう一度施錠を掛けた。もう夜だから……。また期待が膨らんで、私の心は穏やかでいられない。
     これからテレビを観る、映画を掛ける、音楽を聴く、というのも楽しいだろう。任務以外で余暇を過ごす時に、そうした部屋での娯楽を一緒に見聞きすることから始めた。もちろん今でもそうやって過ごす時間もあって、それだけでも幸せと感じている。
     ところがそれ以上の触れ方を教えてくれた時から、私の身体は随分と欲張りになってしまった。

     きっかけはちょうど二人でのんびりとソファに掛けて映画を見ていたこと。緊迫したシーンで手に力を入れて座面に指を食い込ませていた。すると彼も手を休めたらしく、偶然に私の上の重ね置いた。
     あ、って思ったけれど、幸い手袋は脱がないでおいたからせっかく観ている映画の雰囲気を壊したくなくてそのまま何も言わないでいると、彼も同じ気持ちだったのか念の為にクロちゃんが手袋を作ってくれただけで特に気にしない態度で手を置いたまま。
     そして映画が終わってエンドロールが流れている最中に、「面白かったね」と言おうと振り返ったら、彼も「ああ」と相槌を打ち、もう一度私の手を取った。また、なのか、まだ、なのか、手袋を着けたままの彼の手。両方の大きな手が私の赤い手袋を包む。
     その時に何をされたわけでもない。本当に手に触れていただけ。それもお互いに手袋越し。それなのに、私の身体はじんわりと熱くなっていった。
     彼の顔を見つめることも出来ずにいたのはどこか後ろ暗さがあったからだと思う。その間彼はずっと手を握って、指でなぞって、裏と表を何度も差擦った。くすぐったさで背筋が震えてしまいそうだったのが、それだけではなく別の感覚を研ぎ澄まされたみたい。
     もし普通の触れ合いが出来るようになったら──。
     いくら彼が死なないからとは言え、傷付いては欲しくない。だからいつも「必要がなかったら触れない」ことにしている。
     彼も「必要がなければ」私に「直接」は触れない。
     
     彼を部屋へ招き入れ、二人でベッドの縁に腰を掛ける。男の人を自室に呼ぶなんてまるで恋人同士だ。そのことが私の膨らむ恋心を焚き付けて、このまま時間が止まってしまえばいいのにと悪魔が囁く。その度に本当の目的を見失わないよう自分を律した。
     それでも優しい彼は私に一時の夢を与えてくれる。黒い革の手袋を見ると、まだ触れられていなくても胸が踊った。何故なら人の肌に限りなく近いその感触で、私の髪を撫で、耳朶を弾き、頬を包んでくれるから。彼の手が滑る中、私は嬉しく、恥ずかしく、やましい気持ちに苛まれた。
     青い瞳をまともになんて見ていられない。喜びから口元は綻んでいるけれど目は潤んで涙が溢れそうになる不思議な感情が押し寄せる。
     そんな私を彼はどう見ているのだろう。誰にも触れられず、恋も出来ずにいた私を憐れに思うからこそ、こうして束の間の夢を映してくれる優しい人。きっと彼はこうやって自分の想いを押し殺して色んな人を助けて来たのだ。
     だから貴方の夢を叶えたい。願うほどに私は貴方が好きなのだと気付かされる。
     好きで、好きで、堪らない人に、首筋を辿られて肩にも触れられて、時々腕の弛んだ箇所を摘まれながら、先端にある手をぎゅっと強く握られたら、私の心臓は今にも爆発しそうなくらい大きく収縮して、ドキドキ鳴る鼓動は外にまで聞こえてしまいそう。
     手を握られることがこんなに特別なのだとは思ってもいなかった。漫画でもドラマでも現実の世界で手を握り、繋ぐことは親愛の証だと描かれていたから、憧れはずっとあったもの。パパとママに繋いでもらった手。おじいちゃんが握ってくれた手。そして貴方が差し伸べてくれた手。大きくて、温かくて、ゴツゴツしているのにとても器用な手。どこにも行って欲しくなくて、私もきゅっと強く握り返す。
     今この間だけでも貴方の優しさに触れていたい。今だけは好きの気持ちを偽らずに出させて欲しい。思えば思うほど、身体に篭った熱は高まって、お腹の下がきゅんと引き締まるようだった。
     その感覚ももう初めてではなく、毎回彼がここへ来て触れてくれる毎に感じている。ちくちく迫る欲。抑えなくてはと内腿に力を込めた。彼は私がこんな風になっているとわかっているのだろうか。そうだとしたら、未だ知らぬことを欲して火照る身体をどう見ているのだろう。
     思えば出逢った当初に少し口の悪い表現で下心があるように見せていたのは、いつかこうした日が来た時に私が後ろめたくならずに済むからだったのかもしれない。彼が言った通り、私はチョロくてすぐ彼に絆されてしまう。それでも本来の貴方は靡く私を欲の捌け口と扱う人ではなかった。尤も私が彼に吊り合わないことも大きな理由だろうけれど。
     ジュイスさんも言った通り、私はもっと貴方を好きになって、必ずこの好きで貴方を幸せな死へ導く。貴方がこの幸せな時間を私にくれたように。だから貴方に触れて欲しい私のわがままを、今はどうか許して……。
     指先を挟まれ、爪を圧される。指の間に骨張った彼の指が交差する。手の甲を摩られ、掌を撫でられる。彼は私の弱いところを全部知っていた。焦燥で息が荒れ、いやらしい声が出そうになる。
     はしたない。ふしだらな女。貴方に全く相応しくない。そんな嫌悪感は毎回後から湧き出てくるけれど、彼がいる間は、これも彼を好きになって能力を強化する一貫なのだからと言い訳して、その後ろめたさは仕舞い込んでいた。
     そんな想いが募り過ぎていたからか、今日の彼の仕草はどうにも勘違いしてしまいそうになる。
     彼は握っていた私の片手を引き寄せて、手袋の上から指先に口を付けた。その瞬間、思わず「あ……」と短い声が出る。
     その声に彼は視線だけを私に向けた。青い虹彩はいつもより艶かしく映る。
     それからまた、指の付け根の辺りに唇を付けた。私に目線を向けたまま、次いで手の甲にも落とされる口付け。
     私は彼の顔から目が離せないでいた。私の顔は一体どれほど赤くなっていただろうか。甲から離れる時、一瞬、彼の口元が笑っているように見えた。
     今度は掌を彼の口元へと連れられる。手首を優しく掴まれ、もう片方の手で指を包まれて、口を覆うように充てていた。表情は伺えないけど、双眸はじっとり見つめてくる。
     私が見惚れて呆けていたら、一枚の皮革の布を介して吐息の熱が伝わってきた。吐き出されると熱くなって、呼吸をする時は少し温度が下がる感覚。それが幾度か続く中、途中で何かに圧された気がした。じんわり湿っている何か。
     視点を固定された状態で、その何かを想像すると、私の鼓動は一層に強く脈打ち出す。息苦しくて喉の奥が震えていた。
     恐らく私の様子が随分と乱れていたから、それを見て彼は私の手を口から外した。それからシーツで頭からすっぽり私を覆う。夢から覚める一歩手前の合図。
     この夜伽はいつもシーツ越しのキスで終わるのだ。それは子供を寝かしつける親からの口付けに近い。それでも私には特別なキスだった。
     肌触りの良いリネンの上から、まずは眉の辺りに一つ。そこからこめかみにも口付け、頬の耳寄りにも落とされてから、口の端辺りにもキスをくれる。そうしているとわかるように、小さくチュッと音を立てて。
     布越しに彼の顔は見えない。この儀式を彼がどう思っているのか、私には全く推し測れないでいた。
     本当は、布なんて被っていたくないのに。貴方の瞳を見つめていたい──貴方の温もりに直接触れたい……。
     
    「風子……泣いているのか?」
    「ふぇ?」

     言われてようやく目から水が漏れていることに気が付いた。頬を伝った時にシーツの向こうへ滲み出てしまったから彼もわかったようだ。
     
    「ごっ、ごめんなさい! 私……」

     せっかく彼が出来る範囲で私の憧れに付き合ってくれているのに、それ以上を欲しがるのはエゴが抑えられていない証拠。そんなわがままは彼にも迷惑だ。
     それでも彼は優しい。

    「……抑えなくていい。泣きたいなら」

     そう言ってシーツを被ったままの私を腕の中に包み、強く抱き締めてくれた。
     そのせいで堪えていたものがもう少し漏れて、熱くなった鼻頭に滲む雫を啜る。その音の奥で聞こえる彼の息が、微かに荒くなっている気がした。



    【了】
     
    ぴー子[UDUL] Link Message Mute
    2022/02/21 10:07:10

    あなたに触れたくて

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    ##本編謎時空
    風子ちゃんのちょっとした不純な想い。
    着衣をなんとかと思いながらあまりそういう雰囲気には至らなかった。
    未だ付き合ってない。

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