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    Caress of the Wind 
     どれだけ人気の観光スポットでも早朝はまだ徹夜の疲れでとても静かだった。スタンドやカフェすら開いておらず、地元の住人さえ外を歩いていない。
     ようやく飛行機の旅に慣れた風子だが、空路はずっと眠っていた。組織にいた時はチャーター機だったおかげで不運が起こっても必中はアンディに対してだけであり、操縦士を含めた職員には退避の余地があるから安心していたもの、いざ大勢の乗客がいると不安が払拭できず、それは普通になってからでもトラウマとして残っている。眠っている間は不運が来ない──そのルールを信じて移動の道中は必ず眠るのだ。
     行き先や到着予定時間を考えると、ジェットラグの解消が早くメリットはあった。この日は風の流れが良く、予定より早めに到着地へ降りる。現地で何でも調達できる場所だからと、前日の午前まで用事があったことを含め、機内に持ち込めるバッグに二人分の荷物をまとめていたから、何ら手間を取らず空港の外へ出たのが小一時間前。
     このままホテルへ向かったところでまだチェックインは出来ない。それなら先に朝一番の太陽を浴びてしっかり目を覚そうとアンディはビーチまでレンタカーを走らせた。
     風に撫でられた砂浜は昨夜までに踏まれた足跡をすっかり掻き消して新しい装いを見せる。車を適当な場所へ駐車して、二人はまだ誰もいない浜辺へ降りて行った。
     こういうこともあろうかと足元は既にサンダルを履いている。アンディはいつものデニムに麻地のボタンシャツ。今回予約したホテルのクラスを考えてラフさ加減を調節していた。
     一方の風子はせっかく買ったものの国ではなかなか着れていない真っ白なワンピースに身を包んでいる。ノースリーブのせいで「二の腕の肉が気になる」というのが彼女の弁だが、その服は風子によく似合っていると思っているからアンディは何故それを気にしているのか、未だ乙女心を把握しきれていない。
    「まるで貸し切りみたい!」
     そう言ってはしゃぐ風子はアンディの先を行く。
    「一見きれいにしてるがゴミとか石があるから気をつけろよ」
     アンディはそう警告するが、これでも比較的外れの、日中でも人がそれほど多くない場所を選んでいた。変なものを見つけて興醒めなんてしたくなかったから。
     彼のその思惑は当たり、足を進めても柔らかい砂が続いている。長いフライトで固まった体を目覚めさせるには程の良い運動だ。まだ登りきっていない太陽の日差しは緩やかで、真夏日和とは画した光が照らす。
     海際でもここの空気はからっとしていた。あと少しすれば気温も上がり、押し寄せる観光客の熱気で汗が出てくるだろう。その前に最もその魅力を堪能できるのは、ある意味贅沢だ。
     そんな空気を揺らす潮風は尚のこと心地良い。時々フワッと強く吹く乾いた風は、涼しさをもたらせた。
     これまで日に晒されず、健康的な血色の良さはあるもの赤みのない真っ白な肌。風がその上をくすぐるように撫でているのが、黒い髪の靡く姿からわかった。
     ちょうど顎の辺りを隠す長さの髪は風に流されて、普段は見せない横顔の輪郭をくっきりと曝け出す。髪を掻き分け、その箇所へ触れられるのは自分だけだと思っていたのに、風はずっと以前からこうやっていつも風子の肌を撫でていたのかと思うと、少しだけ妬ましい──なんて抒情がアンディの中に込み上がった。
     しかし自分にも他の何人、何者も得られない特権がある。未だ伸ばさずにいる風子の髪を整える仕事。これは普通になって以降もアンディが担っていた。
     一般社会に溶け込み始めてから、色んなスタイルを試してみたいと思うのもごく自然なこと。一度雑誌を見ながら、新しく出来た友人たちや駅で見かける人はこういう感じだとカラーリングに興味を示していた。
     基本的にアンディは風子のやりたいことに寛容で、むしろ今まで我慢していたのだからと積極的に背中を押す。なのにこればかりは己のエゴが勝ってしまい、柄でもなく「お前には黒い方が似合うと思う」などと意見してしまった。美容師経験者としてバージンヘアの価値がわかっているのもある。だが客の要望に応じてアレンジするのが使命。それにせっかく風子が自ら考えての希望なのだから、否定すべきではなかっただろう。
     それでもあの艶のある滑らかな繊維に触れればこのままにしておきたくなる気持ちはきっと他の人でも同じく。今こうやって風に乗って舞う様子に、自分の選択は間違ってなかったと誇らしい気分になる。
     それにしても風子がトレードマークであり不運を防ぐ盾であったニット帽を使わない日が増えて久しいのに、周りに誰もおらず視界には彼女だけが映っている中で、漣の音をバックグラウンドに揺れ踊る髪は、長く生きたアンディにも随分青い部分があったのだと思い知らせた。如何に彼女を特別な存在と扱っているか。
     見た目が美しいだけなら抜きん出た人間が五万といる。審美の基準は概ね主観だが普遍的な美を追求すると、恐らく風子は可も不可もない位置だ。これを愛らしさに置き換えれば、全て受け手の判断に委ねられた。何故なら、文字通り「愛している」せいで何もかもが「愛おしく」なって、如何なる仕草も「愛らしく」見えるから。
     愛は盲目だとはよく言ったもの。いざ俯瞰して振り返ると、百年以上生きた中で彼女より器量の良い人との出会いは幾らでもあった。明確に好意を寄せてくれた人だっていると自覚する。けれどもアンディはいつもどこか醒めた気分だった。
     それなのに一度自分の想いに気づいたが最後、突然感情の蛇口が開けられて、喜怒哀楽が全部表に溢れ出した。そうするとその相手、すなわちアンディにとって風子は「愛しい」人であり、彼女の一挙一動がアンディの情緒に響く。だから微風に吹かれるがまま、目を閉じて潮の匂いを深く味わう姿をその目に焼き付けてしまいたかった。
     そうして旅の思い出とする名目でアンディが携帯のカメラを起動させている時。風子はそれを見て言う。
    「あ、写真撮るのー?」
     こっそりと──するのも大人らしくはないなとアンディは反省していた。
    「なかなかフォトジェニックだからいいだろ?」
     曖昧な物言いが得意になってしまったのは、これも自分の青さが原因だとアンディもわかっていた。素直に言えば、今のお前は見惚れてしまうほど愛らしいから──とまで言うと風子はまだ赤面するだろう。
    「ダメだよ! アンディも一緒に撮ろ!」
     これは二人の思い出だから。そんな風に言われたらアンディも快諾しない男ではない。
     写真に収めることで誰もが見れるようになるのも考えもの。撮らなければ自分にだけ残るのなら、むしろ好都合。そう思わせたのは、元来のポジティブな性格と、凝り性と言えばまだ聞こえの良い独占欲と執着心が故。
     呼び声と共に向けられた眩しい笑顔。それを見ながら死を迎えられたらどれだけ幸せかとアンディは未だその幻想に捉われていた。
     
     *
     
     少し汗ばんで吸い付くような弾力のある肌を無骨な手の全てを使って撫でる。風が触れたがるのも無理はないと、アンディはこと風子に関しては過剰と思えるくらい賛美してしまう己を自嘲しつつも、火照りの残る頬に口づけながらそんな考えを浮かべていた。
     人の出が増え始めたので、朝の散歩を切り上げ、とりあえず荷物を置いて軽い食事を摂るためホテルへ着いたのが数時間前。クロークを頼む際に理由を伝えたところ、部屋は満室でもなく、二人が予約していたランクでアーリーチェックインが出来ると言われたので、それならばゆっくりルームサービスでブランチだと予定を変えた。
     部屋から海岸を臨め、小さなバルコニーへ出られる窓を開け放しにすれば、爽やかな風が吹き込んでくる。腹ごなしも済ませてからまた散策に出掛けようかとも話し合ったが、風子の滑らかな肌に触れ、からりとした風が撫で続けるそれを取り返したくなった。と言う方便で触っているとお互いに欲が湧いてくる。
     真っ白なワンピースをシーツに変えてしまってもその魅力は変わらない。脱がすのは少し勿体ないと思っていたけれど、雄の本能はあっさりと情緒を捻じ曲げた。
     それからキスをして、脱いだものを無造作に積み上げてからベッドへ移動して、何度も、何度も体を重ねる。二人が踊り明かしたのは真上に来ていた太陽が僅かに傾いた後だった。
     ゆったり進む時間と同じように、慌てず、長くじっくりと絡み合っていたが、快楽は激しいから起こるとは限らない。愛しい相手を感じれば感じるほど、悦びは深みへと堕ちていく。
     だから行為が終わった時、風子が満ち足りた疲れに襲われたのも当然。アンディは重くなってきている風子の瞼にキスをして何とかこちらに引き留めていた。
    「うーん……せっかく時差ボケせずにと思ったのに……」
     眠気に抵抗する風子はむにゃむにゃと溢す。
    「そりゃあ悪かったな。ま、でも骨休めが目的だからこうやってダラダラ過ごすのもいいだろ?」
     そう言うアンディの声色は全く悪びれていない。それどころか自分の胸元にすっぽり収まる体を抱き締めて離す気など皆無だとする様子。
    「サンセットの眺めがイイって言うから、それはのんびり部屋から見て、夜は遊園地に行こうぜ」
    「遊園地⁉︎ 行く! じゃあ体力温存だね」
     風子は大義名分が出来たと、太い腕に包まれた安心感も相まって、微睡の誘いに応じ、目を閉じた。
     開放された窓から入ってくる風は、相変わらず二人の肌をゆるりと撫でる。おかげで汗もすっかり乾いて、流された髪の間から少しずつ大人びていく横顔が覗いていた。
     それでもお前にだってこいつを渡しはしない。
     アンディは心の中でひっそりと呟き、両の腕にもう少し力を込める。愛しい少女が拐われてしまわないようにと。
     
     
    【了】
     
     
     
    ぴー子[UDUL] Link Message Mute
    2022/01/30 16:36:38

    Caress of the Wind

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    ##カミコロ

    久しぶり(?)のカミコロ後。
    いつも通りまったり♡な二人のバケーション。
    関係は進んでるし仄めかしも含む。

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