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GALLERIA[ギャレリア]は創作活動を支援する豊富な機能を揃えた創作SNSです。

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    しおり
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    らぶみー?1日目 烟る2日目 夜風と迷子3日目 やけどさせてよ、4日目 おしえてあげない5日目 融解する温度6日目 燎原行7日目 春はゆく8日目 PANIC!9日目 冴え冴えと肌刺す空気にあんまん熱し10日目 こどもあつかいなんてしないで、11日目 たい焼き、どこから食べる?12日目 破裂しろ純情感情14日目 ハングリー・オーバーラップ14日目 どこへいたる曳舟よ15日目 メーデー!16日目 聞いてよバニー、あなたに酔った17日目 聞こえないなら叫んでやるよ1日目 烟る 互いが互いに、もう手元には決して戻らない過去を見ている。桐生はその事実を、今更ながらもう一度確認する。
     止んでくれそうにない雨が降り続く中、桐生は己の隣に居る春日一番に重ねてしまうもういない親友のこと、それに付随するかなしみ、うしなったものがもたらす滓を吐き出すように、紫煙を吐いた。すがたかたちなどまったく似ていないのに重ねてしまうのは声、のせいなのだろうか。人は声から忘れていくと聞いたこともあるが、案外、あてにならない話なのかもしれない。けれどその声は確実に桐生の中にこつんと入り込み、懐かしさの波紋をつくる。ドラゴン、と呼ぶ声によく似た別の誰かの声が重なるのはもう幾度目だろうか。
     桐生が横眼で一番を見ると、彼は一向に火のつかないライターにやや苛立ちを感じているようだった。とうとう諦めてくわえていた煙草を手にもつ。それを見た桐生は、たなびいてはすぐに消える紫煙を吐きながらかすかに苦笑した。ライターに根性出せとつぶやきながら口をとがらせるこの男の、どこか子供っぽいところが桐生は正直嫌いではないのだ。
    「火、やろうか」
     そういって、桐生は今は手に持った煙草を挑発するように緩く振った。意図が分かったらしい一番が、自分の煙草をくわえたのを確認すると、桐生は一番の持っている煙草に自分のそれを押し付けた。ほどなくして、一番の煙草にも火が移る。それを見届けると、桐生は吸った煙を吐く。空中でかすかに停滞している桐生の煙草のにおいに、一番の目の奥が、確かに痛みを伴ってゆがむ。桐生はあえてそれを指摘しない。春日一番という男は、あらゆる意味で己の芯である荒川真澄の存在を抱えてこれからも生きていくのだ。ただ同じ銘柄の煙草の香りに、面影を見てしまうほど、深く想いながら。
     雨はまだやまない。互いが互いに失ったものの面影を見ていることを免罪符に、桐生はまだここに、一番の側にいた。
    2日目 夜風と迷子 身を切る冷気を伴った、強い風が吹いている。己のジャケットを強く握りしめ、胸板に額を当てている一番の髪で遊ぶように手を動かす桐生は、冷気のせいではない震えの走る背中を見つめていた。赤いジャケット、その下の白いシャツの下で男の背に泳ぐ龍魚も、今は迷子になった男の背で、同じように震えている。一番の背にそっと手を当てようとして、桐生はやめた。触れれば、戻れなくなる。一番を、己のいる暗がりへ導いてしまう事実への危惧。片手で髪を弄びながら、桐生は背ではなく、肩に当てている手から伝わる一番の体温だけを感じる。目の前で惑う迷い子を、己のいいようにするのは簡単だ。けれど、しない。してはいけない。桐生の自制心や理性と呼ばれる部分が、本能の赴くまま一番の背に触れてどこまでも甘い言葉をかけようとするのを制止している。
     誰も通ることのない路地裏にうずくまっていた一番を最初に見つけたのが桐生だというのは、一番にとっては不運な話だった。何も言わず、けれどどこか甘やかすような慰めるような手つきで桐生は一番の髪に指を通す。弱り切った一番には、桐生の甘い手つきは毒だ。震え、時折抑えきれない嗚咽を漏らす一番を己はどうしたいのか。全て知っていながら、桐生は目をそらす。それが、互いの――いいや、一番のためだ。
     一番を桐生のいる暗闇に導いたとして、その先にあるのは何もない燎原を進むだけの前も後ろもない道だ。それ以上桐生が一番にくれてやれるとしたら、それこそ桐生自身しかない。一番の仲間なら、それぞれ形は違えど彼に平穏とそれに付随するささやかな幸福を与えられるだろう。桐生はそれすらできない。
     ――けれど、一番という道連れのいる焼け野原をゆく風景の甘美さに、桐生は抗いきれない。だからこうして、桐生は一番に胸を貸している。かすかな慰めを与える。桐生はドラゴン、とつぶやく声が、冷たい風に紛れたから聞こえないというふりをした。
    3日目 やけどさせてよ、 あの騒動にケリはついたが町が簡単に平穏を取り戻すかと言われればそうでもない。異人町だけでも細かい小競り合いは続いていて、一番はソンヒらに助力を乞われてはもめ事を鎮圧する。春日にとっては異人町への恩返しの一環であるから何ら苦はない。
    「はい、これ。いつもありがとうねぇ」
     ジャケットだけでは肌寒くなってきた季節に、温かい缶飲料は正直ありがたかった。新たにとった部屋に戻るまでこれをカイロの代わりにさせてもらおうと、それをくれた老婦人に一言礼を言い、一番は缶を両手で転がす。帰路につこうとしたが、果たされなかったのは、目の端に白いジャケットの端が映り込んだからだ。
     一番は急ぎ足でかすかな縁をたぐるように、次々角を曲がる白の後を追った。ただ、神室町なら向こうに地の利があるだろうが、ここは異人町だ。歩きなれた道をゆく男に追いつくために、一番はあえて別の道を通った。

    「ドラゴン!」
    「……春日」
     男には追い付けたが、引き止める話題がない。男がすぐに立ち去る様子もないが、いつ彼の気が変わるのかもわからない。強い焦りのせいか、手に持った缶だけでなく、体中が熱い。名すらわからない男は一番の言葉をじっと待っている。それなのに舌がもつれてうまく言葉が出ない。そのうちに、男が踵を返そうとする。
    「ま、待った! これ持ってってくれ!」
     男が何か言い返す前に、一番は男の手にまだ温かい缶を握らせる。一番の意図がつかみかねているらしい男に、一番は「いや、その。寒そうだったからよ」とようやく言葉を発した。男が一番の渡した缶を弄ぶ。それだけで様になるのだから、男前は罪なものだと一番は感じた。それじゃ、と一番はその場を立ち去ろうとした。それを、男自身の手が引き止める。
    「寒いのは、お前もだろ」
     奪われた唇に温い甘さが広がる。甘ぇな、とつぶやき男は再び一番に顔を寄せる。男の寄越す半端な温度に、一番は縋るように自ら顔を寄せた。
    4日目 おしえてあげない「あんた誰だ?」
     顔をしかめて桐生を警戒していることを隠さない一番に、桐生は違和を感じた。顔にも声色にも、いまだに名を教えない桐生をドラゴンと呼ぶ時に乗せられる人懐こくあたたかな感情はどこにもない。心なしかいつもより鋭い視線と、顔は同じなのに異なる表情。桐生はいつもの表情を崩さないままであったが、確かに戸惑っていた。
    「ここどこだ? 神室町じゃあねえ」
     一番の言葉が投げつけられるたび、桐生の中に混迷の細波が走る。目の前にいるのは確かに春日一番だ。けれど、何かが違う。桐生が「ここは異人町だろう」と声を絞り出すと、一番は「は?」と困惑しきった声を出す。強まる違和感に、桐生は彼の仲間の名前をきいた。すると一番はよく知る男の名前と、彼の舎弟の名前と、桐生は全く知らない男女の名を出した。桐生は目の前の男は春日一番であって春日一番ではないのだと、根拠はほとんどないがそう結論付けざるをえなかった。

    「……へえ、俺ぁ、どんな因果を辿ってもやっぱりおやっさんに撃たれるんだな」
     自嘲する一番の持つ記憶と、桐生の知る一番の成したことは全く違った。状況に似た部分はあるが全く違う分岐を経たらしい一番は、荒川真澄に撃たれた部分をさする。決定的に違うのはこちらの荒川真澄は死んでいる、彼の荒川真澄は生きていることだ。こっちのおやっさんは、と聞かれたとき桐生は繕うことなく死んだと告げた。一番は「なら、俺のところはまだ間に合うかもしれねえのか」とつぶやいた。
    「あんた、名前は?」
    「言えねえ」
    「またそれかよ」
    「ここにいるおまえにも言ってねえんだ、いえねえよ」
     桐生は煙草をふかしながら、上を見た。曇天とアスファルトのあわいに、薄紅色の花びらが舞う。桜の季節だったのを、桐生は初めて知覚した。「そうかい」とあっさり引き下がった男は、桐生につられたように宙を見た。何処からやってきたかわからない花びらは、隣の男によく似ていた。
    5日目 融解する温度 風に流れてきた桜を浴びながら機嫌よく遠慮もなく桐生の肩を背を叩く一番は酒気を帯びている。何が楽しいかはわからないが、酔っ払いは皆機嫌がいいものだ。ビール缶を片手に持ちながら歩いているかなり酩酊した一番をたまたま異人町に赴いていた桐生は発見した。足取りは完全に出来上がった酔っ払いにしてはしっかりしているから、あれなら絡まれなければ家にも帰れるだろう。桐生がわざわざ面倒を見てやる必要は、はっきりいってない。そう結論付けて桐生は踵を返して元来た道を戻ろうとした。果たされなかったのは、喧嘩の声がしたからだった。
     桐生は立ち止まって様子をうかがう。ふらついている一番一人に対して、ナイフを持った男が三人。確実に一番をしとめる機会を男たちが狙っていたのは、表情を見れば容易にうかがえた。桐生はやや速足で一番に近づくと、襲撃者たちの顔色が変わる。

     一番の肩をつかんで後ろに押しやり、桐生は自分が前に出た。どらごん?と桐生を呼ぶ春日は酔いで舌足らずになっている。襲撃者たちを叩きのめすと、桐生は一番に向き直った。しかしあの時と違い、今の桐生は一番にかけるべき言葉など持っていない。そのままその場から立ち去ろうとした桐生を、他ならない一番が引き止めた。
    「どうした、酔っ払い」
    「そんなによってねえよ、」
    「嘘つけよ。ここくるまで、何件はしごした」
    「んー…………おぼえてねえや、さばいばーでいっぱいのんで、そのあと……それから……」
     しゃべるたびに前のめりになり、足元がおぼつかなくなる一番を見て桐生はかすかにため息を吐き、一番のビールを取り上げてからその腕をとり己の肩に回すと一番はありがとうよといって、桐生の肩を遠慮なく叩いた。よく見ると一番の髪に肩に、桜の花が降り積もっている。肩を叩きながらすきだぜどらごんーと何度もいう酔っ払いに肩を貸しながら、桐生は肌を溶かすような男の熱をわざと意識からたたき出した。
    6日目 燎原行 一番の選択を待っている男の手を取った先にはなにもない。一番に名を告げない男の手を取るということは、あたたかい場所に、仲間に、成したことに、信じてくれたすべてに背を向けるということだ。干からびた喉が痛みを訴えるのを、一番はどこか他人事のように感じながらただ目の前に立つ男を見る。男はただ俺の手を取るも取らないも、お前が選ぶことなのだと示している。こちらにこいと男が自ら言えば、一番はそれを言い訳にできた。けれど男は何も言わない。言ってくれない。
     一番は何もない焼け野原を、陽など差さない暗闇を男とともに歩む光景を想像する。燎原を二人歩む光景は何処までも荒涼としている。男の手を取った先は何もない。けれど道理に縁に陽に背くものには、どこまでもお似合いの光景だった。一番は両手で顔を覆う、選択肢は二つあるが、最初から一つしかない。名を告げない男と出会ってしまった時からだろうか、それとももっと別の理由からだったろうか。一番は顔を覆っていた手を外し、らしくなく震える手で男の手を取って「おれをつれていってくれ」といった。あんたのいる寒々しい燎原に、身を覆う暗闇に、俺も連れて行ってくれ。そういうことだった。
     ドラゴンと呟こうとした一番の手を、男は握り返す。厚い手のひらは確かな温度を持って一番に触れている。一番は知らずに止めていた息を意識して吸って、吐く。明確な間違いを犯す感覚に襲われている一番の手を、男は引っ張って体勢を崩した一番の頭を肩口に抱き込む。
    「俺は桐生だ。桐生、一馬」
     男は、否、桐生は一番の耳にずっと告げなかった名を吹き込んだ。一番は、桐生に握り返された手に力をこめた。もう後戻りはできない。知ってしまったから、自ら選んでしまったから。もう一番は現世にいる人間ではない、仲間は悲しむだろう。憤るだろう。けれど今目の前にあるか細い縁に指を絡めながら、一番は桐生の温度に身を任せていた。
    7日目 春はゆく 名残の花が時折風に乗り、ナンバ達が座るベンチに去りつつある春の名残を運んでくる。膝にふわりと身を寄せた桜の花弁に意識をやりながら、ナンバは隣に座る男にどう声をかけたらいいものかもわからないでいた。コミジュルでやりやった、その強さのほかは何も知らない灰色のスーツの男を一番はドラゴンと呼び、ふとした瞬間にその面影を探している。仲間内では皆気付いていたがナンバは隣にいる男に一番が入れ込むのはあまりよくないのではないか、と思っている。素性どころか名すら教えない男であるのだ。あまりに露骨な危険のにおいはさすがにナンバでも嗅ぎ取れる。ハン・ジュンギや趙は関わらないが勝ちとでもいうように、男のことを一切話題に上らせず、一番がふと口を滑らせてもさりげなく別の話題にすり替える。足立と紗栄子、そしてナンバは一番が男の面影を探していまっているとき、それぞれの手段で現実に引き戻す。これ以上一番が底に落ちる必要はない。得たものは多いとは言っていたがそれ以上にあまりにも多くのものを失いすぎた一番が自ら奈落へ身を投げてしまう予感を、現実にしたくない。
    「……なぁ、連れてかないでくれよ」
     主語のない言葉に、隣で煙草をふかす男の空気がかすかに変わる気配がした。ナンバは男のことを知らないし、知りたいとも思わない。空気に乗って、男が吸っている煙草のにおいがナンバの鼻をくすぐった。男はベンチから立ち上がって「邪魔したな」とだけ言って、隣に座った時同様突然立ち去った。何だったんだ、とは思ったが男が結局連れていくともいかないとも言わなかったことに、ナンバは溜息を吐いた。散って風に乗って運ばれた名残の花が、男の座っていた部分に身を横たえる。
     春はもうゆく。そして夏が来て秋が来て冬も来る。自分たちをすいあげくれた一番が、男と暗闇に落ちる想像のどこまでも寒々しいさみしさから目をそらして、ナンバは己も、ベンチから立ち上がった。
    8日目 PANIC! 一瞬視界が揺れて、背に衝撃と無視できる程度の微かな痛みが走った。手の持っていた煙草が落ちる気配がする。上を見上げればつい最近一番の部屋に居候をする羽目になった桐生が、酷く余裕のない顔で一番を見下ろしていた。余裕のなさを指摘して、桐生の行動をなあなあにできなさそうな気配に一番の喉が上下した。それを見て、一番を押し倒した男はもとからひどく熱い視線にさらに薪をくべたような、女であればその気になってしまいそうな視線を一番へと注ぎ込んだ。
     桐生一馬と名乗った男を見つけたのは他でもない一番であり、のっぴきならないが本当のことか信用できるかと言えば難しい男の事情を聞いて、雨風をしのげる場所を提供することを申し出たのも一番であった。ナンバは難しい顔を苦言を呈していたし、趙とハン・ジュンギに至ってははっきりと信用できないからよした方がいいと告げられた。しかし宿もなく身以外は何も持っていない男をどうするか、という意見はまとまることはなく仲間たちは不承不承と一番への心配を一切隠さずに、それでも最初の意見を受け入れていくれた。そういうやつらだとわかっていたから、一番もまず仲間たちに意見を仰いだのだが。
     さて、床に一番を腕を縫い付ける男はそういったわけでこの部屋にいる。独身男が一人で暮らすための部屋であるからさほど広くはないし、金銭面の都合で選んだ部屋の壁や床はなかなか薄い。一番は桐生にどう言葉をかけようか迷った。一つ間違えればその時点で飢えた獣のような顔をした男が、一番をたいらげることは目に見えていたからだ。
     流石にそこまでゆるすほどお人よしではない自覚は一番にもある。けれど身を苛む飢えを危うい均衡でいなそうとしているらしい桐生を放っておけない程度には、確かにお人よしだ。荒い息をついて目には光を照り返す刃のような欲を滾らせる男に、一番はふだんよりずっと優しくいっそあやす口調で桐生に言葉をかけた。
    9日目 冴え冴えと肌刺す空気にあんまん熱し 初めての冬が来た。流石にジャケット一枚で何とかなる気温ではなく新しい厚めのコートを着て、街角にいた屋台で買ったまだ湯気がたっているあんまんに一番はかじりつく。品のいい胡麻の香りと滑らかなあんの甘さに、一番はうめえなぁとつぶやいた。
    「お前、ずいぶん美味そうに食うな」
     横からかかったからかいに一番は喉を詰まらせかけ、かけらを飲み込みながら一番は抗議する視線を横で笑う男に投げかける。紫煙を吐き出しながら短く笑う男に、一番はどう反応するのが正解なのだろうか。
    「美味いもんは美味いんだからしょうがねえだろ」
    「別に責めちゃいねえよ。いい食いっぷりだと思ってただけだ」
     そういって、男が煙草をまた吸い込む。一番は釈然としない心地ではあったが、とりかかっていたあんまんを平らげた。同じく屋台で買った肉まんや角煮のはいったものもいいかと思ったが、一番は再びあんまんを取り出す。隣になぜ男がいるのか、一番はよくわからない。屋台で一番が代金を払おうとすると何処からか現れた男が話しかけてきて、驚愕している一番を置いて男は釣りはいらねえと代金より多い札を出し、一番にあたたかい袋を押し付けるとほとんど拉致同然に今いる路地裏に連れ込んだ。
     煙草のほかには、まだ蓋を開けていないブラックコーヒーの缶しか男は持っていない。前見たよりは厚着だが、それでも十分に暖を取っているとは言い難い格好だ。寒くないのかという言葉は、うっかり口をついていた。
    「まぁ、お前よりかは温かくねえだろうさ。なぁ、」
     温めてくれよと素面で言ってのけ顔を寄せる男の口に、一番は思わず持っていたあんまんを押し付けた、男は目を細めると大口を開けてかじりつき甘めぇな、とつぶやいた。男は缶コーヒーを開ける。助かった、と胸をなでおろしていた一番は、己の肩を引き寄せた男の挙動に反応できず、口内を荒らす苦みを纏った舌に抵抗することもできなかった。
    10日目 こどもあつかいなんてしないで、 自分も珍妙なことに巻き込まれた経験があるほうだが、小脇に抱えた一番の抵抗を簡単に封じ込めながら、まさか面倒事に突っ込んだ挙句子供になるやつと遭遇するとは思わなかったと、桐生は思わず苦笑した。
    「だから! 自分で歩けるって!」
    「歩けはするが靴あわねえだろうが。いいから大人しくしてろ」
     少年らしい高い声でなお文句を言い続ける一番に「ならお前、仲間にその姿晒せるのか?」と無情な言葉を突き付けた。言葉を飲み込んだのを確認してから、桐生は極力人目を避けられる道を選んで歩き出す。一番を面倒に巻き込んだものは、一日経てば戻ります。たぶん。といっていた。子供になった原因についてはやたらと専門用語を浸かって語りだしたため一番にも桐生にもよくわからない、という感想で終わったが。桐生は一番が住んでいるアパートの前にたどり着くと、鍵のありかを一番に問い、一番を包んでいるワインレッドの上着から鍵を取り出す。家に迷いなく上がり込んで、一番を布団に案外優しい仕草で置いた。子供の扱いを承知しているらしい桐生の行動に、一番の目が探るように桐生を見る。桐生はその視線の問いに特に応じることはなく、上がり込んだ時同様、さっさと部屋を出ようとした。
    「ま、待てよドラゴン!」
    「一日で戻るって話だ、ここにいろ」
    「話逸らすなよ! 事情あんのは知ってっけどよ、あんたはなんだってそんな……!」
     桐生は今の一番の視線に合うように身をかがめた。急に近づいた顔と注ぎ込まれる視線に、彼が息をのむ気配がする。そのまま一番の顎が桐生の肩にあたる姿勢になるよう抱き込んで「……悪い大人に食われたかねえだろ? なぁ、」とささやくと、一番が桐生のシャツを強くつかんだ。
    「子ども扱い、すんなよ」
    「十分ガキだろ」
    「……見た目は、だ」
     桐生の首に、細い腕がそっと回される。「誘った以上、文句は受け付けねえぞ」と赤い耳に吹き込むと「上等だ、」と返事が返った。
    11日目 たい焼き、どこから食べる? あたたかい生地を一口噛むと、もはや生地より餡のほうが多い天然物のたい焼きはあっさりと少し甘さ控えめの餡を施してくれる。少々熱い餡が口を焼くのは焼きたてであるからしょうがない。熱いとうまいは両立するのだから。
    「ドラゴンは頭から食うのか」
    「あ?」
    「いや、この前たい焼きは足立さんは尻尾から食うしナンバは腹から食うって言ってたんだよ。サっちゃんは頭からって言ってたし、性格が出んのかと思ってさ」
     一番の隣でたい焼きをたべている男は一瞬怪訝そうな空気を出したが、一番の言葉に「そういうもんか」といって声をやわらげ「そういうお前は最初に食うのは何処って決まってるわけでもなさそうだ」という。
    「あー……普通のやつだと特にあんこ詰まってそうな場所から食うからなぁ」
    「……ある意味合理的だな」
     からかうような声を発した男に一番はぐうの音も出ない。仲間にも、言い方は違えど似た響きの同じような言葉をかけられたからだ。
    「だってよ、普通のたい焼きだと餡子こんなに大盤振る舞いじゃねえこと多いだろ。一口食って生地だけってのも珍しかねえし」
    「そいつはそうかもしれねえな」
     そういった男は、何か微笑ましいものを見る目を一番に向けた。男が一番より年上であることは振る舞いからなんとなくわかるが、さすがにそのような目で見られると反応に困る。いくら少年っぽさが残ってるとか言われることはあっても、一番は外見も中身も立派に42の成人男性だ。抗議するような目で男を見たが、微笑ましいものを見る目が余計和らぐだけだった。
    「いや、悪ぃな。子ども扱いする気なんざねえんだが、」
     笑い声すら立て始めた男に憤慨していいのか別の反応をすべきなのか、男の名すら知らない関係である一番にはさっぱりわからない。一番は釈然としない心地のまま、たい焼きを一口食べる。その拳の重さ程度しか知らない男のことを知れば、この不可思議な鼓動の原因も分かるのだろうか。
    12日目 破裂しろ純情感情「あ、春日さ――」
    「おい春日、ちょっといいか?」
     たまたま見かけた一番に声をかけようとしたハン・ジュンギは、己の発言を上書きするように発せられた声に秀麗な顔をゆがめた。ハン・ジュンギは振り向き、声の主、桐生一馬を睨みつける。この過去から来た存在は、今はソンヒの意向でコミジュルの預かりだ。ハン・ジュンギは不承不承ながらこの男の監視と世話を任された。
    「おう、お前ら二人一緒ってのももう珍しくねえな」
     声を掛けられた一番は、いつもと同じように声に応じて二人に近寄る。ハン・ジュンギが言葉をかけようとすると桐生はことごとくそれを遮る、最近それのせいでハン・ジュンギは一番とろくに話せていなかった。一番はいないがほかの仲間が揃っていた時、サバイバーでそれをぽつりと漏らすと、桐生は他の面々の前ではそういったことはしないらしい。
    「あいつ二十歳なんだろ? お前と末っ子ポジションが被ってるせいなんじゃねの?」
     対抗心燃やしてんだよと酔っ払っている足立の発言に、ハン・ジュンギは憤慨して喚き散らしてもいいのでは思うがそれは「ハン・ジュンギ」には似つかわしくない行動なので結局しなかった。
    「コミジュルでの生活はどうだよ、ソンヒの方も帰る方法の手掛かり探すとは言ってたけどよ」
    「ああ、それは――」
     流れるように桐生の近況の確認に意識を向ける一番と、他を見る時と全く温度の違う視線を投げる桐生の間にある感情は全くかみ合っていない。だが締め出された結果とはいえ、置いてけぼりの状況に少し怒りを覚える程度には、ハン・ジュンギは「ハン・ジュンギ」にはまだ遠い存在だった。
    「そうだ、一緒に飯食いに行こうぜ」
    「二人でか?」
    「何言ってんだ三人でだよ」
     行こうぜ、と一番はハン・ジュンギの背を親しい手つきで叩く。これはまだ、桐生にはされていないことだ。それとなく勝ち誇った顔を桐生に向けてから、ハン・ジュンギは一番とともに歩き出した。
    14日目 ハングリー・オーバーラップ「もう食わねえのか?」
    「ああ、もう胸いっぱいだ。年だなぁ、俺はもういいから食べてろよ」
     そうか、と返答しながら網の上で育ったカルビをタレにつけ、桐生は白米を包んで食べる。幼馴染のほどの胃袋はないが、それでも二十歳の食欲だ。すでに箸をおいた一番よりは食べられるものの許容量は多い。ビールでカルビと白飯を流し込み、他に焼けていたカルビを一気に二三枚箸でつかむと、タレをつけて頬張る。俺に遠慮はいらねえから好きなだけ食えという前置きはされたのは、桐生ほどには一番は肉を受け付けなくなっているからだと知った。
     それでも30年後の世界にいきなり漂流し、帰る手立てもないまま数か月が経った桐生は、久々に食べる肉はいつもよりうまいと思いながら箸を進める。今日ここに来たのは何かと桐生を気にしている一番が気を利かせたからだというのには気が付いていた。奔放にみえるし実際そうだが、その実周囲をよく見ている。
     桐生が食べる分の肉をトングで網に乗せながら、一番は帰れないこと以上に困っていることはあるかと桐生に問う。ねえな、みんな良くしてくれると桐生は返した。彼の仲間は単純そうに見えてなかなか複雑な内面を持つ一番という男に、形も発生した事情も全く違うがそれぞれ何かを救われている。どん底を自称する割にはどこまでも光が満ちた内面に、そういった意味で惹かれているものも少ないだろう。少なくとも桐生自身が、その一人だった。
    「そりゃよかった。帰る方法、見つけるからもう少し待ってくれよ」
     そういいながら網に乗せた肉を一番はひっくり返す。まだあの時代にやり残したことは山ほどあるし、帰らないという選択肢を選ぶ気はない。けれど、けれど。お前の側にいたいと告げたら、一番はどんな顔をするだろうか。想像はいくつか浮かぶが、どれも正解とは違う気がする。腹は満ちつつあるはずなのに感じる感じる飢えを、桐生はビールの苦みに紛れさせた。
    14日目 どこへいたる曳舟よ「たまにね、イっちゃんが私たちじゃあ連れ戻せないところに行く夢見るのよね」
     紗栄子の独白は、サバイバーにしてはやけに静かな空気を引き裂いた。思わずこぼれた独白が空気を裂いて響いたのも、嫌に静かなのも、この場に一番がいないだからだろうか。紗栄子が答えを求めている声色でなかったことで、独白の余韻が消え去ると、サバイバーの空気はさらに重く静まり返るばかりだ。今ここに一番はいない、大阪にいる元東城会の人間に呼ばれて、そちらを手伝いに行ったからだ。一番はちゃんと異人町に、この町に帰ってくるのか、とらしくもない不安が引いては返すさざ波のように押し寄せる。きっと紗栄子が見た連れ戻せない場所に行く一番の前には、一番がドラゴンと呼んでいる名も知らない男がいたのだろう。
     どん底にあってもその上にある快晴を見る一番が、明確に男を探すようになったのはいつからだったろうか。似たような色のスーツ、髪型や煙草の香り。一番がふと振り返った法を見ると、あの男に似た欠片はいつでもそこに存在した。近しい縁をことごとく失った今の一番は、気丈にふるまってはいるが、今は漕ぎ手のない舟のようだった、ゆっくりと波が押し寄せるままに進んでいく、さみしい航路をゆく舟が、波に誘われるままに底のない奈落に沈む危惧は、現実の問題としてそこにあった。
     飲まれない酒の氷が解けて、手に取られないグラスが次第に汗をかく。行かないで、というのは簡単だ。彼は必ず、どこにも行かねよ、と返す。けれど簡単に覆せる口約束でない、確たる証拠が欲しい。龍の刺青を背負った男に誘われて、伴われて、男のいる燎原の、男が行かねばらない最果てへなんて行かないでと告げたい。
     溶けた氷が、グラスに擦れて軽い音を立てる。行かないで、そう告げる前に一番が何も告げない男に手を引かれて、諸共に燎原へと落ちる幻の光景は、いつだってうら寂しい孤独に満ちた夕日色に染まっていた。
    15日目 メーデー!「待て待て待て! お前こんなおっさん相手にしなくたって、そこら辺の姉ちゃん達がほっとかねえだろ! 大体この間もお前アフター行ってただろうよ!」
    「うるせぇ! そういうことじゃねえんだよ!」
     二十になるという桐生が今年四十二を数えた一番を、サバイバーの上にある部屋で押し倒している。一番に理解できたのはその程度だ。下に仲間がいるかもしれないとか、なんでこんなことにとか、ぐるくる回る思考が、そのまま一番に百面相をさせていた。先日拾った若者が、欲望に耐えきれないとでもいうように眼を光らせて一番を射抜いている。ついでに肉欲に満ち満ちた唸り声すら上げている。
    「待て、お前なんか絶対勘違いしてるって! いいからまずどいて、いったん深呼吸しろ。話はそれからだって――」
    「勘違いじゃあねえし、深呼吸もいらねえ。あんたが欲しい、今すぐに。他の誰かなんざ、必要ねえ」
     今この時、桐生の肉欲はすべて一番に向いていた。その事実に、思わず一番が口が引きつる。なんでこうなったんだ、と泣き言だって言いたい。男に欲情を抱いたことはないし、桐生に欲望を抱かれる覚えだって、一番の中にはない。ワイシャツに侵入した不埒な手を引きはがしたいが、一番の手は頭の上で、桐生の片手で簡単に一纏めにされていた。一番、と色気と艶のある言葉すら桐生は発した。
    「まてまてまてまて! お前ここサバイバーだぞ!?」
    「他の場所ならいいのか?」
    「そういうことじゃねえって!」
     ならいいだろ、と一番の首筋に口づけようとした桐生は、完全に油断していたのだろう。紗栄子のポーチが思いっきり鈍い音を立てて、桐生の脳天にぶちかまされた。流石に鍛えられようもない部位への容赦のない一撃に、一番は紗栄子に起こされながら、サっちゃんが味方でよかったという素直な感想を抱いた。布団で簀巻にされていく桐生を見ながら、なんで俺なんだよ、とつぶやくと紗栄子は大きなため息を吐いた。
    16日目 聞いてよバニー、あなたに酔った「何であんたが雇われオーナーしてんだよ……あんた、人の目についちゃいけない人間なんじゃなかったのか?」
    「まぁ、俺がオーナーしてんのはお前と同じ理由だ。巻き込まれてな」
    「うぅー、くそ、しかもなんで俺がバニーボーイなんか、」
    「そうか? 似合ってるぜ、春日」
     全く嬉しくねえと頭を抱えた一番の頭には、黒い兎の耳が存在を誇示している。シャツ、ベスト、ズボン。全てが黒で統一された制服は体の線が誇示されていて、そのせいで少しきついのか一番の動きは少しだけ落ち着かない。ズボンには丁寧にウサギのしっぽを模した飾りまでついていて、店内を同じ服を着た男と女が動き回っているから自然とこの店のいかがわしさをより増長させていた。一応店主はただのバーだと言っていたが、店の装飾にまで店主の偏執的な趣向を感じるこの店を普通の店とは呼ばないし呼べない。桐生は少し席を外すことになったマスターの代理として、たまにバニーに手を出そうとする不届きな客を叩きのめしてくれといわれている。一番の方はこのバイトを受けてしまった男に半ば騙される形で身代わりにされたらしい。突如襲い掛かった理不尽に呻きながらもきちんと仕事をこなしているのを視界におさめながら、桐生は桐生で客に目を光らせることにした。
     なかなか高級な会員制のバーというだけあって、雰囲気は静かでいっそ荘厳だ。バニーと先ほど感じたフェチの空気さえなければ、内装も小綺麗で本当に良い店だ。桐生は一番に目を向ける。背格好は同じだったというが、鍛えられた体に特注であるという衣装の採寸が少し合わないのか、体の線どころではなく胸筋や尻が強調されている。
     桐生は一番に歩み寄り、他の客にカクテルを運んでいる一番の尻に伸ばされた手をひねり上げた。突然上がった悲鳴に驚いている一番にカクテルが行き届いていないと告げて、その場から立ち去ろうとした一番の耳に、桐生は一番以外には気づかれない誘惑を吹き込んだ。
    17日目 聞こえないなら叫んでやるよ「ねえ、隣いい?」
    「……あんた、たしか…………」
    「趙でいいよ、春日君にもそう呼ばれてるし……そもそも名前で呼ばれる筋合いもないし?」
     手にした汗をかいているグラスを弄びながら、うねる蛇身のような捉えどころのない悪意を言葉の端々ににじませた趙に、20の、今この時には存在しないはずの存在は「そうか」とだけ言葉を返して酒をあおる。最初、桐生を見た時誰よりも驚いた顔をしたどこかで見覚えがあるようなないような、奇妙な既視感を桐生に齎すマスターは素知らぬ顔をしてグラスを磨いている。桐生は一番についてはそれなりに知っているが、白髪と形容したら全力で否定された一幕のある美形の男と、その男とどこかに通った匂いのする趙という男は桐生に近づくことはほぼないため、他の一番が心配であるから桐生と接点を持ちづけているナンバや足立、紗栄子にエリなどから伝え聞いている程度の人柄しか桐生は知らない。
     ハン・ジュンギと趙が桐生に近寄らない理由はそれぞれ違うのは、一番や他の四人から聞く話からなんとなく把握してる。とはいえ、そもそも感情に鈍いきらいのある男が桐生であるから、なんとなく、以上のものにはならないのだが。
     理由は知らないが何か理由があって近づいてこないのはなんとなく把握はしている。だから桐生の把握していない理由から、趙は捉えどころのない彼から感じる印象によく似た敵意を桐生に向けているのだろう。
    「よくわからねえが、理由は一番か?」
    「さあ? どう思う?」
    「ひょっとして…………あいつを取られて寂しい、とかか?」
     桐生が挑発に酷似した言葉を発するのと同時に、グラスから壊れる寸前の悲鳴が聞こえた。趙がいちばん力強いんだよと酔いかけの一番が言っていたのは本当だったらしい。
    「まあ、期限付きになるとは思うが同居人だからな」
    「だと思うがって、ずっと居座って春日君のヒモにでもなる気?」
     桐生はあえて趙の言葉に返事をせず、らしくない曖昧を返した。呼んだかと近づいてくる一番に、何でもないと返している趙に何でもないことはないだろうと思ったが、何も言わない。首をひねる一番だけが、水面下の攻防にいささかも気付かなかった。
    夜船ヒトヨ Link Message Mute
    2022/07/10 20:19:03

    らぶみー?

    書き上げれなかった桐イチ800文字100日チャレンジのできている部分までのやつ。ぜんぶ桐イチなんですけど子供化とか2042のパラレルとかあったり一作だけナンバと桐生ちゃんしか出なかったりとかします。
    感想等おありでしたら褒めて箱(https://www.mottohomete.net/MsBakerandAbel)にいれてくれるととてもうれしい

    #龍が如く
    #桐イチ
    #腐向け

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