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    花嵐、そのあわいにある君の手を握り1.はなにあらし2.つきにむらくも3.くらげのほね1.はなにあらし 季節が一回転するまでまだ少しあるが、めぐる季節のただなかで時折忙しく立ち回りながら存在しているうちに、あの騒動の余韻も消えつつある。趙はどこかから運ばれてきた、地面に薄く積もる春に目をやった。何もせずとも季節は進む――死者を置き去りにして、時に失った季節にとらわれる生者のこころを一瞥もせずに。夏は去り秋は足早に冬へ代わり降り積もる冬は解けて春は来る、そしていずれ春もゆく。まだやってきたばかりの春はあっという間に夏になるだろうが、形見のような冬の名残がまだ抜けていない空気に、予感が来るのはまだ遠いと、追加で買った食材が入ったスーパーの袋を鳴らしながら趙は思う、そして隣で同じように足らない調味料が詰まったスーパーの袋を持った一番に、趙は視線を滑らせた。
    「春日君、ほんとに外出て大丈夫? 俺一人でも大丈夫だから先に帰って寝てても良いよ」
    「はなづまっでるだげだ」
     せきとかはねえからだいじょうぶ、と続いた一番の鼻声を趙は全然大丈夫に聞こえないと茶化す。オレは看護師であって医者ではねえからなと前置いてはいたが、ナンバの見立てでは栄養とって寝てればすぐに治るだろうとのことだった。多分ただの風邪の引きはじめだけど、お前すぐ無茶するからな。熱無いからって変に動いてこじらせないようにしろよと大き目の釘を刺された一番は、おとなしくナンバに従うことにしたらしい。そんな一番に、春日君さえよければおれが栄養あるご飯作ったげるよと声をかけた。いいのかといった一番に、ナンバは作ってもらえよお前料理できねえだろと趙の言葉を援護するように助け舟を出す。あんまり子ども扱いすんなよとぼやく一番を、ナンバは自己管理怠って風邪引いてるやつが文句言えた話かよと封殺した。
     わかったよ。ありがとなナンバ、趙。そういった一番に、きっとナンバも同じ心地で、胸をなでおろしただろう。表向きはなんでもないように取り繕っているが、えにしをことごとく失った季節に一番はとらわれているのは仲間内では、皆気づいていた。ふとした瞬間に、全てが決壊する危うさが今の一番にはある。そんな中でも、季節はめぐり時は過ぎていく。決定的なその瞬間が来ないよう、その瞬間が来ても引き止められるよう、趙は何かと理由をつけて一番の側にいる。
     だって、趙は一番に惚れている。年を考えれば恥ずかしいほど純粋な恋しさは日に日に膨らんで、けれど彼の大きな目の奥に走る無残な亀裂のようなさみしさが、幾度も告げようとした想いを飲み込ませる。一番はまだやわく照っている陽の下にいてくれていて――それだけで良いとは決していえないが、それ以上を今の一番に求めるのは、酷なことなのだ。少し肌寒さを与える風が、趙と一番のあわいをすべるように春のあかしを落としながら、それでも残った花弁をどこかへ運ぶ。すぐにでも、さびしいひび割れを宿す目が晴れれば良い。そして、何処にも行かないでね、と告げたい。あわよくば、ずっと俺の隣にいてよと繋げて。
    「まだ少し寒いねえ。かぜっぴきの春日君には中華粥作ったげるよ、鶏肉と生姜のやつ」
    「おう、楽しみだ」
     確かに同じ季節の中にいるはずなのに、季節におきざられた心は今ここには無い。何でも作ったげるよ。だから、どうか。趙がこれじゃあほとんど祈りと同じだと自嘲すると、一瞬風が強く吹いて、地面に散った花弁を巻き上げた。薄紅に一瞬支配された視界に、ああ、今は春なんだなとようやく気づいたかのように、一番は呟いた。
    2.つきにむらくも 調子が悪いときは特に三食食べるのが肝心なのだと言いくるめて、趙は一番が借りている部屋に転がり込んでいた。転がり込むときに自分の部屋の冷蔵庫にあった食材を一番の冷蔵庫が許容できる限界まで詰め込んだら、そんなに食ったら腹がはちきれちまいそうだなと一番は笑った。
     夕食の中華粥を煮込みながら、趙はいつ寝かせた一番を起こしに行くか算段をつける。中華粥は数度作ったが、一番はいたく趙の粥を気に入って、とりわけ今作っている生姜と鶏肉の粥を出すと食い付きが良い。
     火を消して、趙は足音を潜めて寝室へ行く。キッチンとリビングのほかは、寝室にしている部屋と仏間として使っている部屋がある一番の家は、そこそこ広さがあるにしては賃料は相場より安いらしい。趙は一番奥まった場所にある扉を見る。仏間と使っているその部屋には荒川真澄と真斗の写真が並んだ仏壇があると聞いている。死者になってなお一番の中に根付く彼らに、醜さに満ちた恨み言の一つも吐きたくなるのはもうどうしようもない。二人が一番に残した傷は永遠に癒えない。きっと、なんかでは終わらない確信に趙は知らずに拳を握っていた。扉から目をそらして、寝室の扉を開ける。
    「春日君、ご飯できたよ」
     そういって、そっとゆすって起こしながら趙は一番の眼が開くまでけっして安堵できない。揺り起こして眼が開かなかったことなど無いのに。一番といると、趙は己が酷く弱くなっていくのを痛感する。惚れた弱みからくるそれは決して不愉快ではないが、一番に感じる不安をより強くさせていく。
    「春日君、」
     眠りが深いらしい一番はなかなか起きない。揺するごとに唸っているのに、まったく起きる様子が無い。趙は眠っている一番の首に手を当て、血管の脈動を感じる。大丈夫、心臓は鼓動しているし、声も出している。生きている、ちゃんと、生きている。
    「春日君、いい加減に起きないと料理冷めるよ」
    「ん、っあ。ちょう、か」
     色素の薄い瞳に映る意識の輪郭は薄ぼんやりとしていて、薄く開いた唇がいつもより幼い響きで趙の名を呼んだ。そして意識を突き飛ばした胸を貫く衝動のまま口付けてしまってから、趙は己のしたことに気づいた。
    「あ、その、」
     冷や汗が滲んでいるくせに、身体は冷たいところと変に熱いところがあって趙の中に混迷を呼びやってしまった、という思考と少しがさついていた唇の柔らかさの記憶が趙の中で混ざり合う。唐突なくちづけでだいぶ眼が覚めたらしい一番に、くちづけを冗談として煙に巻くこともできない。趙のどこかにある冷静な部分が軽いとはいえ病人に何をしているのかとか、告白すらしてないのにとか、文句を付け始める。重たい理性の蓋で押さえつけていた恋しさがあっという間に全身を貫いて、重たいと思っていたものは、風に吹けば飛ぶ程度のものだったのだと趙は理解してしまう。
     今すぐ一番の目の前から消え去りたいという羞恥と、くちづけしまったことを好機と捉えてほら延々と積み上げた想いを今すぐに告げてしまえよという毒をはらんだ蜜の滴るささやきが、混ざる途中のコーヒーとミルクのように趙の中でくるくると回っている。
    「趙、」
    「いやほんとごめんかすがくんびょうにんになにしてんだってはなしだよなーははは」
    「趙」
     落ち着けというように一番が今は指輪をはめてない趙の手にその手を重ねた。いつもよりあたたかいのは、風邪を治すために一番の体が戦っているのか、それとも先ほどまであたたかい布団に包まっていたせいだろうか。少しだけ見慣れた、黒いスウェットの寝巻き姿の一番は、言葉を探すように視線をさまよわせた。その間も温かい大きな手が、趙の皮膚を撫でている。惜しげなく与えられる体温には深い親愛だけがあり、そのくせ失意で冷えていく趙の温度をすくい上げ、同じ温度へ変えていく。一番にすくい上げている自覚も失意を覚えさせているという意識も無い、一番にとって、深い傷を残した二人のほかは、感情の好悪に起因した上下はあれどほとんど、平等だった。
    「……春日君、ご飯出来てるよ」
     結局趙は言いたい告げたいぶちまけたい感情も言葉もすべてしまいこんだ。平等に与えられる体温を言い訳にしてしまいたかったが、直視できないほど痛ましい、幻覚の血をにじませる亀裂は何度だって趙に言葉を飲み込ませる。趙は己の手から離れる手を、一番が立ち上がるまでずっと見つめていた。際限なく膨れ上がる恋情と決して言い出せないむなしさを、趙は息を大きくつき、長く吐いて感覚を曖昧にさせる。すぐに出ていけとは言われなかった。出て行けといわれるまで、そして何より風邪が治るまでは、ここにいさせてもらいたい。趙も立ち上がると、リビングへ向かった。丹精こめて作った中華粥の米は、水分をどれほど吸っているのだろうか。膨れ上がる恋情に一緒に膨張していく、今までは存在もしなかった死者への嫉妬という醜さの塊を感じながら、趙はリビングへ向かう一番の背を見つめていたから、一番が唇に手をやったのに、まったく気が付かなかった。
    3.くらげのほね その一件から数日が経った。出て行けとは言われないが、あったことに別段触れられることも無いまま、よく寝てよく栄養をとった結果、ひきはじめということも関係しただろうが一番の風邪はほとんど治っていて、趙の狼藉を限界まで許容していた冷蔵庫の中身も空に近づいている。サっちゃんという単語が聞こえるから、一番は紗栄子と電話をしているらしい。おう、もう大丈夫という声はもう鼻声ではない。ソファに座ってインスタントの粉を溶かしただけのコーヒーを飲みながら、趙は今後の身の振り方を考えていた。理性の蓋を持ち上げてしまった恋情を、もう切り捨ててしまいたい。となると、方法は玉砕しかないだろう。最後の一口まで苦いだけで風味もなにもあったものではないコーヒーを飲み込んで、趙は覚悟を決めた。
    「ねえ春日君。俺、」
    「なぁ、ちょっと外出ようぜ」
     ワインレッドのジャケットを羽織って、見慣れつつあった黒のスウェットから見慣れた姿になった一番は、趙を外に誘った。誘いを断る理由も無い趙は、一番とともに部屋を出た。鍵をかける音に、この部屋に戻ってくることは多分無いんだろうな、と思いながら。
     いつの間にか冬の名残が消えうせて、暖かな光に満ちた春はもうすぐゆくのだろう。ゆくまえの最後の花盛りとでも言うように、薄紅の花弁が宙を舞っている。滑らかな革靴の上をすべり、ジャケットの肩に降り、鬣のような髪に命を終えた花びらが降り積もる。
    「髪、花びらだけじゃん、」
    「はは、まあそうなるわな。どうだよ、似合ってるか?」
     肩に髪に花びらを帯びたまま、憂いの無い笑顔を向ける一番の眼に、あのさみしい亀裂が走っていないことに趙は気がついた。一番はいつの間にか、もうすぐゆく、いまこの時の春のただなかにいた。趙は立ち止まった一番に、降りつむ花弁をそっと払う。
    「はは、そのままにしとくと今度は桜に攫われちゃうんじゃない?」
    「何だそれ、絵になんねえ光景だなおい」
     想像したのか、小さくふきだした一番は、花びらを落とす趙の手を甘受している。全ての薄紅を落として離れようとした趙の手を、一番はやわらかに握る。ひび割れ、あるいは傷跡が癒えた瞳は、ただ趙だけを見つめていた。
    「なぁ、趙。好きだ」
     一番は握った趙の手に指を絡ませて、ただ返答を待っていた。平等な体温は、視線は、今趙だけに注がれていた。花嵐が降り降る蒼天と力尽きた花弁が身を横たえるアスファルトのあわいで、一番は笑っている。一番の指が絡まった手に、趙は力をこめた。ずるいなぁ、と呟いて。それでもその言葉には隠し切れない喜びがある。
    「好きだよ、俺も」
     ふと、強い風が地に落ちた薄紅の花弁を青空へ再び捧げるように強く吹いた。巻き上げられた花びらが、二人のあわいに吹きすさぶ。花嵐が過ぎ去って、花びらにまなざしをそそぎながら春だなといった一番に、そうだねでももうすぐ夏が来るよと趙は答えた。
     もうすぐ季節は一回転するだろう。春はゆき、茹だるような熱さを伴い夏が来て、足早に冬にいたる秋が来る。――それを一番の隣で何度も繰り返す。その想像は何処までも幸福な色に満ちていて、趙は指を絡めた手にこめた力を、かすかに緩める。趙がもう戻れないと思った部屋に一番は帰
    夜船ヒトヨ Link Message Mute
    2022/06/19 19:54:59

    花嵐、そのあわいにある君の手を握り

    7本編後に趙イチが成立する話。最初は趙→イチからのスタートでなんかリリカル(当社比)な感じ。

    #趙イチ
    #龍が如く
    #腐向け

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