ラーメン食おうぜ!(現パロ)「ここの店、チャーシューが美味いんだよ! トッピングで追加すると山盛りくれるしな!」
「あ゛ー、あと煮玉子な。半熟加減と味の染み込みっぷりにビビるぞ」
「あっさりしたやつって言ってたっけ、なら塩白湯が一番さっぱりしてるよ」
「どれもクドくはねーけどな」
「俺、久しぶりに味噌にすっかなぁ……」
「俺の醤油、煮玉子追加で」
「やっぱり餃子も要るだろ~? 味はいいけど小さめだから一人前はちっと少な……あっ、千空、お前あれは? 米どうするよ、食うか?」
「食う。ライス……や、違ぇな、半チャー」
「おう、じゃあお前の分の餃子一人前でいいよな? 俺ぁ餃子は二人前は食べちゃいますよーっと。……なあ、ビール飲んでいい?」
「好きにしろよ」
「やりぃ! 飲み物どうするよ、水か?」
「ウーロン茶。コイツはコーラな」
「えっ、なんでお前が注文すんの?」
「いつもの事だから」
「あ、そう?……よし、ええと」
「んで、ゲン」
「「なに食う?」」
「……お、オススメで~♪」
いや、決められるかーい。
はてさて、何故俺がラーメン屋で石神親子に挟まれてサラウンドでおすすめメニューのプレゼンを受けているのかと言えば、話は三時間ほど遡る。
近所のデパ地下に以前メンバトのゲスト女優から楽屋への差し入れで貰って美味しかったラスク専門店が期間限定出店してたから、『杠ちゃんが前に食べてみたいって話してたお菓子を見つけたから持っていくね』という口実で千空ちゃんの顔を見に行くアポを取り付けたのが三日前。ねえ、誰が思います? 久しぶりの千空ちゃんだ~、ってウキウキで玄関のドアベル鳴らしたら、お父さんが扉を開けるとか。
「えっ」
誰!? みたいな顔しちゃったじゃんか、俺ジーマーで失礼なことを!
「どうも初めまして、父親です! 息子がお世話になってます~」
「あっ、ああ!? や、あの、こちらこそはじめまして、浅霧と申します。俺こそ息子さんにはお世話に、なってます……」
俺が、この俺がしどろもどろですよ、ああ格好悪い! まぁどうぞどうぞ、と満面の笑みで歓迎され、思考停止したまま馴染みになった部屋へ通される。タブレットで何やら読んでいたらしい千空ちゃんは、俺に気付いて顔を上げ、悪びれもせず
「よう」
と片手を上げた。
「よう、じゃないんだよなあ~千空ちゃ~ん! 何でお父さんいらっしゃる事を言わないかな君は!」
「あ゛? 別に必要ねーだろ」
「あるに決まってるでしょ、手土産の数変わるじゃん! ケーキとかだったら分けらんないんだからさぁ。あと普通に千空ちゃんが開けると思ってネタ仕込んでたら恥ずかしいことになる」
というかだね、そもそも一時帰国か何か分からないけど、久しぶりの我が家に帰ってきたのに息子の友人なんていう他人が居たらゆっくり出来ないでしょうよ。話したいことたくさんあるだろうし。
「まあ、いいや。ええと、こっちのラッピングかわいいやつが杠ちゃん用ね。あとは千空ちゃんと大樹ちゃんで好きな方それぞれ選んで。こっちは割れてるお徳用、おやつにどーぞ。ついでにこれは一緒に売ってた紅茶、飲まないならこれも杠ちゃんにあげて」
「おー」
「じゃあ用も済んだし、俺は帰る」
「は?」
「うん?」
「なんで帰るんだよ」
「えっ、帰っちゃうの!?」
うーん今のはちょっとおかしかない? 千空ちゃんはまだしも、何であなたが残念がってんですかパパさん。
「ゆっくりしてきなよ! ね!? わざわざ持って来てくれたのに!」
「いやぁ、でも折角のご帰宅でしょうしお邪魔になるのも」
「あ゛ー……ゲン、この親父はな、テメーのマジックが見てえそうだ」
「プロのマジシャンなんだって? そんなスゴい人と知り合うなんてなかなか無いし、色々話を聞いてみたくってさぁ~。コイツと遊びにきたのに悪いけど、おじさんにちょっとだけ付き合ってくれない?」
耳をほじりながら面倒くさそうな顔の千空ちゃんとは対照的に、パパさんからは期待に満ちた顔を向けられる。うっ、眩しい! 俺こういう顔にゴイスー弱い……!
「ええと、そういうことなら、喜んで」
親子水入らずじゃなくて良いのかね、なんて思いながらも俺は苦笑しながら肯いた。
「んじゃ、その前に持ってきたお菓子でお茶にしましょっか。千空ちゃん珈琲でいいでしょ、パパさんも珈琲でいいですか?」
「あっはい……ってちょっと待ったぁ! 千空お前お客さんに何やらせてんの!?」
一瞬、俺と千空ちゃんお互いの顔に『お客さんて誰だ』て書かれたのが見えた。いや、そういや俺お客さんだわ。
「えっ……千空、まさか毎回ゲンくんにやらせてんのか……!?」
「コイツのが珈琲淹れんの上手いし、そこの棚の器具コイツの持ち込んだやつだし」
「そうなの!? 俺、今朝使ったけど!?」
「あ、どうぞどうぞ。馴染みのカフェバーの店長が買い替えるっていうんで貰ったやつなんですけど、勝手に置かせてもらってます」
折角なんで飲んでくださいよ~と宥めて席を立つ。とはいえ家主が居るのに我が物顔で台所を使うのも気になるので、必要ないけど千空ちゃんを手伝いとして隣に立たせた。
電気ポットから細口ケトルにお湯を入れ替え沸かし直す間に、珈琲豆と器具を用意する。
「……わりと怒ってるからね、俺。パパさん在宅なの教えてくれなかったこと」
「なんでだよ」
「心構えの問題。千空ちゃんだって、俺んとこ来てみたら『わ~初めましてぇゲンの妹で~す☆ 聞いてた通りゴイスー格好いい~♪』とかいきなり言われたらビビるでしょ?」
「……妹居んのか?」
「居ないけど」
「何でその例えにした? あ゛ー……いや、言いてえ事は分かった」
「俺はねぇ、千空ちゃん。君の親に失礼のない程度の見栄はちゃんと張りたい。君はちょっと驚かせてやろうってくらいだったかもしれないけど、俺はこういう事に関してのサプライズは好きじゃない」
「あー……」
「親しい相手への甘えと礼儀をないがしろにするのとを一緒にしちゃあ、いけないよ」
「……悪かった」
「うん。パパさんがいつも使っているカップ、出してくれる?」
バツの悪そうな顔の千空ちゃんの背中を軽く叩いて、お説教は終わりの合図を出した。カップを並べる姿を横目に見ながらマスター直伝のハンドドリップで三人分の珈琲を淹れる。お湯を注ぎ、台所いっぱいに香りが広がるこの瞬間が好きだ。思わず笑えば、千空ちゃんの肩から力が抜ける。そこまで悄気てたの? と笑いを堪えながら、カップに注ぎ分けた。
「はい、自分のとパパさんの持ってって。あと適当にその辺の器借りるよ、ラスク出すのに」
「袋のままで構わねぇぞ、俺も百夜も」
「構うのは俺」
好きにしてくれ、と肩を竦めて千空ちゃんは両手にカップを持って先に席へ戻っていった。
「お前、めちゃくちゃゲンくんに懐いてんのなー……素直に謝るお前、久っ々に見たぞ」
「げ、聞こえてたのかよ。あ゛ー……納得出来る正論に屁理屈返す必要ねーってだけだ」
うわぁ、声潜めてても意外とよく聞こえる。親の前で説教かましちゃったよ、メンゴ千空ちゃん。ざまあみろとも思ってるけど。
器にラスクを盛り付け、自分の珈琲と一緒に持っていく。俺の顔を見たパパさんは、にかっと笑うとカップを掲げた。
「朝に俺が自分で淹れた時より飲みやすくて美味い! スゲーなゲンくん!」
「やあ~お褒めにあずかりまして! 千空ちゃん、君ももっと毎回のように俺を褒めても良いのよ?」
「今日のも美味い」
「よし」
俺らのやりとりに、パパさんがゲラゲラと声を上げて笑う。うーん、ホントに陽の気の塊みたいな人だなぁ。
珈琲飲んでラスク摘まんで、それからおしゃべりしながらマジックを見せて。いやぁ、トリックをあれやこれやと言ってくる人と違ってトランプシャッフルしてるだけで『格好いい! プロっぽい! スゲー!』って喜んでくれる人だとやり甲斐があるねぇ! 君に言っていますよ千空ちゃん! 新作思いついた時だけだからね、その研究熱心な見方が有難いのは。
カード当てを数種類ほど見せた後、そういやコレあんまり見せたこと無かったなと思って借りた五百円玉でマッスルパスを見せた時が二人に一番ウケたのには正直笑った。これトリックも何も複雑なことはせず『頑張って掌の筋肉を鍛えて飛ばす』っていう単なる荒業みたいなもんだから、コレが一番ウケたのはちょっと複雑だけれど久しぶりに千空ちゃんから『なんだコイツ』っていうシンプルな驚き顔が見られたから良しとしよう。
「うっわー、スゲーな……どうなってんの、この手!」
「おいセクハラしてんじゃねーぞ、エロ親父」
「なっ、男同士でセクハラも何もないだろー!? ねえ!?」
「まあパパさんに手ぇ掴まれてもセクハラとは俺は思いませんけど、男同士でもセクハラは成立するんで千空ちゃん正解」
「ほら見ろ。分かったらとっととゲンの手ぇ離しやがれ。ヒヤヒヤすんだよ、見てて。商売道具を荒っぽく掴むな」
ため息を吐きながら、ぺいっと俺からパパさんの手を引っぺがす。うん、ありがとう、パパさんわりと豪快なんで実は俺もちょっとヒヤヒヤしてました。
「百夜、言っとくがコイツ本来なら『ちょっと手品見せて』って気軽に頼めるレベルじゃねえ奴だからな?」
「千空ちゃん意外と俺の評価高いよねぇ」
「テレビで見た芸能人としてじゃなくて、実際のマジック見た上での評価だ。当然だろ」
「まぁね~、テレビじゃ出し惜しんでるし? 俺の技術は生で見てナンボのもんよ」
「本はゴミだったけどな」
「俺も何書いたか覚えてないや、あれ」
「ゲンくん、テレビ出てる人なのォ!? 本!? えっ、芸能人!? 今更だけど何で千空の友達なの、君。学校とかじゃないよね、年上だし」
わあ、今更のご質問。俺と千空ちゃんは顔を見合わせたあと、互いに指を差し合って言うことには。
「ナンパしました」
「ナンパされた」
「おう、ちょっと面ァ貸してもらおうか兄ちゃん……! てのは冗談として。いくら芸能人でも、こいつ口説く文句なんて科学関係でもなきゃ……」
「ヘイちょっとそこのファンキーな髪型のイケてる少年、白菜半分持ってかない?」
「斬新!!」
「斬新すぎて思わず『貰う』って即答しちまったわ」
いや、これには訳があるんだ。信号待ちで隣のお婆ちゃんに話しかけられてそのまま流れで荷物をお家まで持ってあげたら、何故かお礼にと親戚の畑で採れたという立派な白菜を丸々一個押し付けられたのよ。お洒落な格好の俺 with 剥き出しの丸々としたデカい白菜! いや、だって断れないでしょう、お婆ちゃんニコニコしてんのに!
どうするよこれジーマーで……と思ってたら、あら目の前に白菜そっくりなイケメンが。一緒に歩いてた子、大樹ちゃんね、彼の袋からはネギ飛び出してたし、育ち盛りの高校生が居るご家庭なら白菜くらいすぐ食べきるだろうと踏んで声かけしたのだ。
聞いたら科学部で鍋パするっていうんで買い出しの最中だったらしく、何故かそのまま流れで俺もご相伴に預かりました。その節は驚かせてメンゴね、部員の皆さま。全部千空ちゃんが悪い。ちなみに白菜は残さず食べきられました、高校生の食欲バイヤーでしたわ。
かくかくしかじか、そんな縁が切っ掛けで今とっても仲良しですと説明すると、パパさんはボソリと
「……若い奴のノリは分かんねーなぁ」
と仰った。うん、俺も他人から聞いたらそう言うでしょうね。白菜て。
でも、変な切っ掛けではあるけれど、俺はあの時アホみたいな口説き文句を掛けたことに後悔はない。というか自分の目利きの良さを褒めてやりたいくらい、最高の人間と縁付いたと思ってる。
そういや鍋で思い出した、今日の夕飯どうしよう。千空ちゃんと二人のつもりだったから何か食べに行こうと誘うつもりで来たけど、パパさんも居るしな。えーとおやつ時に来て今は、ああ、もうこんな時間か。夕飯の仕度するなら、そろそろ引き上げかな?
「……、夕飯うちで食ってくか?」
さっき鍋の話をしたから千空ちゃんも今晩の夕食事情を考えたのだろう。帰るよ、と俺が言うより先に言われてしまった。
「いや、それより食いに行こうぜ。冷蔵庫ん中、あんまり食材ないだろ」
「そういや昨日あれこれ使い切ったな」
「ゲンくん、『あっさりすっきり』『わりとあっさり』『こってり濃厚』なら今の気分どれ?」
「えーと、わりとあっさり?」
「あ゛あ゛~……ならあそこか」
「だな」
「はい?」
首を傾げる俺へ、石神親子はそっくりな顔で笑うと
「「ラーメン食おうぜ!」」
と、これまた同じ言葉を発した。
……はい、というわけでした! 状況説明オシマイ!
そして現在、俺の目の前には魚介白湯ベースの醤油ラーメンが湯気を立てて鎮座している。その隣には餃子もある、なるほど確かに小さめだ。分かんないからオススメでって言ったら、全部千空ちゃんが注文してくれました。趣味嗜好ほぼ把握されてるから俺的には楽なんだけど、俺に一切の確認せず注文しきった千空ちゃんにパパさんはちょっと引いていた。あなたの息子さん、俺と居る時わりといつもこうですよー。
「ゲンくん、こいつワンマンだなぁって思ったらいつでも文句つけて良いんだからね」
「いやぁ、モラハラっぽい時の駄目出しはちゃんとしてるから大丈夫ですよ」
「……なんかゴメンねぇ、ホント」
「いえいえ子守は慣れてるんで」
「おい、聞こえてんぞ」
ガキ扱いすんな、とカウンターの下で軽く蹴飛ばされる。残念、そういう抗議がかわいいので俺が飽きるまで年下扱いは続けるよ! 諦めな!
(いいじゃん、どうせすぐ君は大人になって、俺の手に届かないような人になっちゃうんだから)
にっこりと笑いかけたら、心底うんざりという顔をされてしまった。
「麺伸びるぞ」
「そうね~、いただきます!」
パパさんの忍び笑いを聞きながら、ラーメンに手を伸ばす。
「……、うっま」
スープをひとくち味わった瞬間、思わず言葉が漏れ出てしまった。いや、美味い、これはジーマーで美味い。濁ったスープの見た目でもっと濃いものと思いきや、魚介の旨味によるまろやかなコクはありながら豚骨のような重たいこってりさは無い。なるほど、透き通ったスープのあっさりさっぱりと、こってり濃厚タイプを両極に置いたなら見事に俺のリクエストである『わりとあっさり』に位置したラーメンだ。うん、パパさんが頼んだ味噌はきっとこれよりはコクがあるだろうし、塩ではちょっとあっさりし過ぎていたかもしれない。醤油だ、これは確かに今の俺の気分ならば醤油一択だ。
そのまま麺をずるずる啜る。ああ、この縮れた麺にスープが絡む感じ最高!
「当たりか?」
「当たりも当たりよ、ド真ん中」
隣で俺を凝視していた千空ちゃんにサムズアップ付きで答えたら、めちゃくちゃドヤ顔されてしまった。反対側からパパさんが吹き出して笑うのが聞こえる。
「何笑ってんだよ、百夜」
「いや笑うだろぉ!? なんだそのドヤ顔!」
「勧めたもん当たりゃ気分いいだろうが」
「熱っ、ん゛!? 餃子もうっま!」
「でっしょ~!?」
「テメーもめちゃくちゃドヤ顔してんじゃねえか」
はいはい、俺を間に挟んでやいやいと盛り上がらないでくださーい。なんてね、冗談。賑やかで良いなぁ、楽しそうで何よりだ。
「百夜さん、ラー油取ってもらえますか?」
「はいはいラー油ね、うい」
「どうも~」
「……なんで呼び方変えた?」
「えっ、だって外よ? 一般的には胡散臭いキャラな俺が明らかに血縁じゃない見た目の人『パパさん♪』て呼んでたらなんかいかがわしさがあるじゃん!」
「その発想がどっから出てくんのかサッパリだわ」
「そうそう、遠慮なくパパって呼んでよ!」
「……今理解した、止めてくれ」
「うん。世間体は大事だよねぇ」
などと馬鹿馬鹿しい話をしながらラーメン食べて餃子食べて、ついでに炒飯もひとくち味見を貰って。店長さんからサイン色紙を頼まれて、お礼にと杏仁豆腐をオマケで貰って
「おっちゃん、俺にこんなサービスしてくれたことねーじゃん!」
「石神センセにサービスしたって宣伝にならないしねぇ」
「ゲンくん連れてきてやったろ!?」
「息子さんの手柄でしょうが」
なんて仲が良さそうな会話に笑ったり。そうそう、持ち帰れるそうなので生餃子を二人前包んで貰った。明日以降も楽しみが増えた、うれしいな。さて腹も心も満たされて、後はもう帰るだけ。
「おっちゃん勘定ー」
「おーう」
会計の値段を横で聞きながら財布を取り出す。ええと、餃子の値段引いてざっくり三で割って……小銭ないな、切り上げて二千円でいいか。
「……待って、何やってんの? ゲンくん」
「はい?」
「いや、要らないからね? 普通に俺が出しますよ!? 子どもが支払いを気にしないで!?」
「成人してますが!? じゃなくて、いやでも餃子」
「美味いお土産も貰ったし珈琲入れてもらったし手品も見せてもらったんだから! これくらい出させてもらわないと、おじさん立つ瀬がないよ」
俺の背中を叩いて、百夜さんが苦笑する。
「俺も息子の友達に親父らしい見栄張りたいのよ」
……ああ、そうだ、聞かれていたっけ、俺の言葉も、あの時。
「じゃ、あ、……お言葉に甘えて、ごちそうさまです」
「うん」
やっばい、照れくさい、恥ずかしい。頭を下げて誤魔化したけれど、多分これバレてんだろうなぁ。仕方ないじゃん、久しぶりなんだよ。親の世代に、ただ子ども扱いされるのなんて。
俺を駅まで送ってくれるという千空ちゃんと、コンビニでアイス買いたいという百夜さんと店の前で別れた。次に会えるのは果たしていつになるだろう。
「……親父相手にデレデレしてんの見るのは複雑なんだが」
「千空ちゃんこそ今日いつもより浮かれてたでしょ」
二人で並んでゆっくり歩きながら話す。なんだか、たった数時間のことだったけど濃い時間だったな。
「ありがとね、お父さんと会わせてくれて」
大して付き合いが長い訳じゃないけれど、君にとって百夜さんの存在の大きさは知っているつもりだ。俺を紹介したい、俺に紹介したいと思ってくれた事が、俺は本当に嬉しかった。
「次はちゃんと教えてよ」
「悪かったって」
「ははっ! 大丈夫、もう怒ってない」
だってねぇ、実は君がトイレに立った隙に百夜さんと連絡先の交換してんのよ。千空ちゃんが言わなくても直接教えて貰うんで無問題! 言ったら拗ねるだろうから、今は隠しておくけどね。
「……、なあ」
「んー? ああ、俺の答えは変わんないよ? 言ったでしょ、世間体が大事なの俺。男子高校生と云々はちょっとねぇ?」
ゆっくり歩いたって駅までは近い。あと五分もかからないだろう。人の多い所で立ち話をするつもりもない。
「まだまだ君の見ている世界は狭いよ、千空ちゃん。海外の大学に行くんでしょ? 目移りするものたっくさんあるよ、きっと」
「しない」
「見てから言いな、そういうのは」
今こうして千空ちゃんが見てる世界の中では、俺の優先順位は高いらしい。でも世界が広がれば、相対的に俺の順位は下がるかもしれない。それは良いことだ、喜ばしいことだ。何にも文句つけずに、俺は背中を押してあげる。
「俺の答えは変わんないよ~、千空ちゃん。俺が欲しけりゃ、広がった世界の上で選んでみせな」
つ・ま・り、大人になってから出直してこい、ってことね。
大体ねぇ、青少年保護育成条例に引っかかるんですよ君の年齢! 今は何も出来ないの! 千空ちゃんの経歴にも傷ついちゃうでしょうが! 俺がコンプライアンスだ!
それに、まぁ、あれですよ。千空ちゃんの世界が広がってなお俺を望む頃までにはさ、俺もちょっとしたスキャンダル扱いされそうな君とのこの関係を圧殺出来るような立ち位置とか根回しとかしておくから。気兼ねなく君に両手を拡げられるだけの地均ししておく時間が要るのよ、いつだって下準備は念入りにするものでしょ?
「あ゛ー……クソッ、長ぇ!」
「あっという間よ~、たかが数年」
「……覚悟しとけよ」
笑っちゃうなぁ、ホント。地道な作業をまったく苦にしない子が、こんな事に焦れるだなんて!
ああ、駅についてしまった。残念、今日はこれまで。
「覚悟なんか、とっくにしてるさ」
君が俺を選ばない未来も含めて、俺はとっくに覚悟してるさ。
「じゃあ、またね~! 千空ちゃん!」
へらへら笑って、素早く改札を抜ける。何か言おうとした千空ちゃんは言葉を飲み込み、溜め息を吐いたあと
「またな」
そう笑って手を振ってくれた。
「千空、ひとつ聞きたいんだけどな。……ゲンくんって本当にただの友達か?」
「あ゛ー、友達だ。……まだ」
「……そうか。……子供の成長って早ぇなあ!」
「んだ、そりゃ」
「いやぁ、まぁなんだ。青春だなぁ!」
「夢追ってる真っ最中の奴が何言ってんだ」
「おうよ、俺はいつでも朱夏真っ盛りよ」
「へぇへぇ、そうですか」
その日、親子でそんな会話があったことなんか露知らぬ俺は、ずっと先の未来でガチガチに緊張して『息子さんを俺にください!』っていう挨拶をしに行くことになるわけだが、まぁそれはまた別の話。