ハロウィン衣装コラボパロ話 うとうとと眠っていた猫が、弾かれたように起き上がって扉を振り向いた。毛を逆立てる猫に気付いたゲンが扉を見やる。見計らうかのように、外から声が聞こえてきた。
「邪魔をするぞ、ゲン。入れてくれ」
「ああ、龍水ちゃんか。いいよ、入りな」
そう答えたわりにゲンは立ち上がりもせず、もちろん鍵を開けることもしない。だが、閉め切られた扉の隙間から薄らとモヤのようなものが入り込んできた。威嚇するように猫が鳴く。
「フゥン、相変わらず貴様より警戒心の強い猫だな」
「まぁそりゃねえ、そうそう慣れるもんじゃないんでしょう。ホラいいよ、あっちでゆっくりしておいで」
入り込んできたモヤは、やがて一人の男の姿を形作った。黄金の髪を持つ美丈夫だが、その顔色は血が通っていないかのように青白い。怯える猫を別の部屋に逃がしてからゲンは改めて彼に向き直り、思い切り顔を顰めた。
「うっわ、ジーマーで顔色ドイヒーじゃん」
「邪魔が入ってしばらく来れなかったからな……早速でスマンが血を分けてくれ、ゲン」
「あー……指先じゃ足りない感じ?」
「本当ならばその喉笛に食らいついてやりたいくらいだ」
「それは勘弁。しゃーない、手首ね」
ため息混じりそう告げて、ゲンは棚から小刀を取り出した。はい、とそれを手渡し、袖を捲って左の手首を龍水へ差し向ける。その手を取った龍水は、躊躇いなく小刀で手首を切り裂いた。一筋引かれた線は口をかぱりと開け、そこからくぷりと血が盛り上がる。その血が溢れ零れる間もなく、その傷すべてを覆い隠すように龍水が口をつけた。
「……いッ、……!」
切り裂かれた傷口の上を厚い舌がなぞる。痺れるような痛みと不快感で背筋が怖気立つ。溢れた血を舐めているというよりも、開いた血管をストローに見立てて吸い出されているかのようだ。急速に冷えていく身体とは裏腹に口付けられている手首ばかりが痛みと熱を孕んでいる。
「ちょっ……と、あの~、龍水ちゃ~ん?」
吸血された機会は何度もあるが、こんなにも勢いづいて血を奪われるのは初めてだ。足に力を入れて立ち尽くしながら、なんとか軽薄な声を作って呼びかける。だが、ゲンの声は龍水にはあまり届いていないようだった。
自覚以上に血が足りていなかった龍水にとって、今この口で触れているものは極上のワインよりなお得難きものだ。元より魔法使いであるゲンの肉体は、吸血鬼である龍水のような人の身を糧とする怪異にとってはご馳走である。彼らのように怪異と同等の魔力を身に宿しておきながら人間でしかない存在は、総じて同族喰いの快感すら得られる禁忌の食材なのだ。
足りない。欲しい。もっと、もっとだ、この短い切れ目では足りない、こんな物ではこの飢餓は埋まらない、手首を切り落としてしまいたい、そこからならばよく啜れるだろう、足りない、欲しい、手首では、首、欲しい、首に、欲しい、その首に太い血管に歯を立て切り裂いて顔を埋め、一滴残らずに何もかも、
「龍水」
「ぐッ……」
「その辺で止めてやれ、それ以上ヒョロガリのコイツから飲んだら死ぬ」
甘美なる時はマントの後ろ首を引かれたことで唐突に途断された。
「……千空か」
龍水が振り向いた先に立っていたのは、いつの間にやってきたのか、緑がかった白髪を逆立てた特徴的な髪型を持つよく見知った悪魔だった。呆れた口調で告げながらも、その赤い目は咎めるように冷えている。
「千空ちゃ~ん、ドクターストップありがと~! 龍水ちゃんメンゴ、さすがの俺もこれ以上はちょっとバイヤーだわ」
へらへらと千空へ謝意を述べ、それから龍水へと顔を向ける。眉を下げて笑うその顔は先程までの自身のよりも青白く、些かバツの悪い気持ちで飢餓感と焦燥を押さえ込んだ龍水は口周りの血を舐めとってから謝罪した。
「失礼した、品が無かったな」
「手加減してよね、まったくもう。ツヤッツヤになりやがってぇ……」
よく見れば刀傷以外にも自分が掴んでいた辺りに爪痕と手形が残っている。気持ちが落ち着いた今、自分のがっつきすぎた行いの跡がやや恥ずかしい。
「ハッハー! だがおかげで助かった。美味かったぜ、ゲン! 誇れ、貴様の血はフランソワの作る食事と並ぶぞ!」
「いや、別にうれしくないから」
バシィン! とフィンガースナップが音を立てる。次の瞬間には、ゲンの手首の怪我は跡形もなく消えていた。軽くその箇所を撫で、便利なもんだよねぇ、とゲンが呟いた。
「うーわ……フラフラする……」
「水分とってしばらく休んどけ、あとで食うもんと鉄剤持っていく」
「そーする、あとシクヨロ千空ちゃん。龍水ちゃん、他の用事もあるんなら千空ちゃんに伝えといて」
「ああ」
頼りない足つきでゲンは隣の部屋へと入っていく。閉まる直前、猫の甘えるような鳴き声がした。
「フゥン、存外上手くやっているようだな? 千空」
「それが契約だからな」
「ああ、そうだったな」
契約。そう、契約だ。ゲンは悪魔である千空と契約を結んでいる。つつがない生活の安寧に『協力』する、それが千空へ申し出たゲンの願いだった。悪魔を召喚してまで願うものではない、と正直なところ千空は思っていた。そんなもの千空のさじ加減でいくらでも手を抜けるのだから。
『そんな不審がらないでよ~! ぶっちゃけ悪魔ちゃんの存在で俺自身の能力を目眩まししたいだけだから、長く契約続けられてかつ対価が低めになるお願い内容にしてんのよ』
呼び出して契約を持ち掛けておいてこの言い草だ。変なやつだとは思ったが、人間の社会に自由に出入りできる拠点が手に入るならば千空からしても利益になる。なので、彼は言ったのだ。
「最低限協力はしてやるが、それ以外は自由に行動するし俺の手伝いもしろ……だったか?」
「……んだよ、その顔は」
「ハッハー! なに、貴様の『最低限』とはなかなかの大盤振る舞いを指すものなのだな!」
「うるせー」
先程のことで言えば、本当に最低限であるなら龍水の吸血を止めるまでで十分だろう。甲斐甲斐しく食事や薬を用意して世話を焼くのは『最低限』の行いではない……と思われるのは尤もだ。
「……前にそれで放っといたら飯食うより寝るの優先したらしく、飯食いたくてもベッドから起き上がれなくってそのまま床に倒れてたことあんだよ」
「……それは、多少は世話も焼くな」
「だろ」
ゲンに肩入れする理由はそれだけでもないが、わざわざ龍水に語ることではない。
「何にせよ、上手くやっているなら俺も満足だ。貴様らが組んでいるからこそ、俺にとっても価値がある」
そもそもの話、契約の内容など当人同士しか知らぬ筈の事を何故龍水が知っているのか。それは千空とゲンの契約の場に龍水が居たからだ。より正確に言うならば、龍水がゲンを『使って』喚び出したのが千空だ。
「ああも従わせられたのは内心気に喰わなかったが、現れたのが貴様だったからな! 俺の気持ちなど些細なことだ、いや、むしろ見返りのがデカい。どうあっても伝手の得られなかった、叡智と好奇心の怪物にようやく相見えた上に美味くて強くて愉快な友まで出来た」
「事実とはいえ何度聞いても信じられねえ話だな。テメーが魔力と血が混ざっただけの人間に操られたってのは」
「ハッハー! 俺自身でもそう思う。恐らく飲んだアイツの血が俺の身に混ざりきる前だったから、より効いたのだろう。外と中の両方から作用したということだ」
「油断しただけじゃねえのか?」
「それもある! だが……あれは人の身には過ぎた代物だぜ、強すぎる言霊など」
あの日の龍水にとって、見つけたゲンはただの獲物だった。捕まえてみれば予想以上に美味い獲物だった。そのまま総てを食い尽くそう……としたところで、
『ね~え?』
笑うような声が呼びかけてきて、たったそれだけの音が龍水の身体の自由を何もかも奪い取ったのだ。
『俺をここで食い尽くしたら腹いっぱいの一回きりだけど、もし止めて俺に手を貸してくれるなら少しずつだけど何度だって味わえるよ。その方がお得じゃなぁい?』
言葉自体は提案だった。けれどそれを断ることを許されてはいなかった。言葉によって他者を強制的に操る言霊、それがゲンの持つ力だった。
斯くして龍水は食事の中断を余儀なくされ、ゲンの言う協力……人を操る言葉以外で魔力の発露が出来ないゲンの代わりに召喚魔方陣を刻み込んだのだ。彼の背中一面に。そして、ゲンの身の中の魔力を無理やり引きだして背中の魔方陣に流し込み術を発動させ、やって来たのが千空だった……というわけだ。
「守れよ、千空。俺は貴様もゲンも両方欲しい。ここでひっそりと生きるだけなど勿体ない! 俺がまだ見ぬ世界を見せてやろう!」
「その世界を見せる為の船作んのは俺だろうが」
「ハッハー! 期待しているぞ千空! 俺は早く俺が乗るに相応しい美しい船が欲しい!」
「……ったく……吸血鬼が海を渡りたがるなんざ前代未聞だろうが」
「フゥン? 前例のない事に挑戦をしたくはないか?」
「いいや? クッソ唆るじゃねえか」
「だろう?」
その後、いくつか情報交換をしてから龍水はゲンの家から立ち去った。気配が完全に離れたのを確認してから、千空はゲンの寝室の扉を叩く。
「アイツ帰ったぞ」
「りょ~……何か言ってた?」
「テメー目当ての同族がウロついてたから排除しといたってよ」
「あー、それで中々俺んとこ来られなくて今回ああなったのね」
部屋に入ると、ゲンはベッドから上体を起こす。顔色はいまだ悪いままではあるが、気分はそう悪くもないらしい。食欲はちゃんとあるようなので、具材多めのスープを用意することにした。
「……健気なもんだねえ、龍水ちゃんも。船に乗ってまで捜したいだなんて」
「あ゛?」
「会いたい人が居んのよ、彼にも。君と同じでね? 千空ちゃん」
だから船造り頑張ってね? そう、にんまりと誰をも暴き詳らかにする男が笑う。
「よく聞き出したもんだな」
「俺に隠しごとが出来ると思う?」
「こえー奴」
「そうだよ、千空ちゃん。そんな怖い奴と君は契約しちゃったのよ」
大丈夫だよ、そう僅かに魔力を乗せて囁かれた声は悪魔の言葉よりも余程に甘い。
「俺は自分を守ってもらうために君と龍水ちゃんを利用する。龍水ちゃんは自分の野望の為に君の知識と、身体及び精神の安定の為に俺の血を利用する。そして君は、人の世を動き回る為の拠点としての俺を、世界を回る為の言い分と足として龍水ちゃんを利用する」
俺らは皆、一蓮托生だ、と。ゲンが言う。
「だから安心して、千空ちゃん? 君が本当は悪魔の身でありながら人間同様の能力しかない事も、君の父親の魂を持って生まれ直した人間を捜してる事も。今はまだ龍水ちゃんにバレると厄介だもの、絶対に隠しきってあげるから」
「だから安心して、テメーの世話を焼けって?」
「そういうコト♪ ってことで、千空ちゃん……ごはん、食べたい……またフラフラしてきたぁ……」
喋るだけ喋った彼は、ばたん! とベッドに突っ伏した。
「くだらねーことペラペラくっちゃべってるからだ」
呆れた千空の言葉に同意するように、猫がにゃあと鳴き声を上げた。
設定的なもの
ゲン:
魔法使い。ルーツの元を辿れば人外と人間の合いの子が力を持った存在だけれど、彼自身は一般的な町の夫婦から生まれた。流しの霊媒師に君は人外側に近いから身を守る術を知った方がいいよって言われて、独学で魔法使いモドキになった。魔力はあるけど言霊で精神に働きかける方法以外では発露しない為、力の持ち腐れではある。ただ、もし本気で扇動するなら国のひとつふたつ潰せる。人外から見ると美味しい食材なのでよく狙われる……けど、相手に聞く耳さえあればお帰り頂けるので危機管理能力が微妙に低い。現在は悪魔の千空の協力のもと、薬師や呪い師の真似事や人の手には余る厄介事の相談などを引き受ける、仕事としての魔女をやっている。
龍水:
吸血鬼。実は彼も人との混血ではあるが、吸血鬼としての側面が色濃く出ている為ほぼ人外である。なので吸血も最低限でいいし、得意ではないが日中も外出出来るし、水を渡ることも出来なくはない。ただし水についてはスゴく嫌な悪寒を感じはするが「これは武者震いだ」と思い込むことで克服している。がんばれ。魔力的な面で言えば三人の中で一番強いし、わりと何でも出来る。自分が渡れない水の上を進み行く帆船の美しさに魅了されたこと、人の側面が色濃く出た兄がそんな船で行方を眩ませたことが切っ掛けで、自分の船が欲しくなった。千空の事はとんでもない知恵者が居ると噂では聞いていたので協力者として欲しかったし、ゲンの事も美味しいし話も楽しいし気に入っているので二人とも船に連れ込みたい。フランソワという執事が居る。
千空:
悪魔。肉体は悪魔なのに何故か人の魂を持って生まれてしまったため、殆ど魔力を持っていない。その代わり人では持ち得ない記憶力と知的好奇心が備わっていたため、いつしか叡智と好奇心の怪物と呼ばれる存在になっていた。彼自身は弱くても大体の相手の対処法を知っているため誰かと組んだらめっぽう強い。元の魂の親らしき物の気配だけが傍にいたが、つい先頃から消えた為おそらく転生したのだろうと判断し、どんな人間なのか見に行きたいと思っていたら丁度よくゲンと龍水に人間社会に引きずり込まれた。どれだけ離れていても召喚陣が契約者であるゲンの身に刻まれている為いつでもその場に出現できる……が、マナー違反なので緊急時以外はいつも玄関から入ってくる。